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静養中です

「今日は怪我の具合はどう?」


今日も、いつもと同じようにジョルジュが頻繁に様子を見に来てくれる。怪我をしてからというもの、ジョルジュの過保護さに、さらに拍車がかかっているような気がする。


「ええ。随分、よくなった気がします。もうそろそろリハビリがてら歩いてもいいと」


「医師からそう言われたの?」


ジュリアがそう頷くと、ジョルジュがそっと手を差し伸べてくれた。


「そうか。では少し歩いてみよう」


彼が大きな手を自分の目の前に差し出してくれる。その手をとると、ゆっくりと立ち上がらせてくれた。


彼の手は大きくて、大柄なジュリアの手せもすっぽりと包み込まれる。


暖かくてしっかりした手。安心感と幸福感に包まれて、ジュリアは頬に血が上るのを感じた。むさくるしい騎士とは違い、かさかさや、ざらざらはなく、彼の手は滑らかで温かい。


貴族の手なのだな、とジュリアは思いつつ、彼が肩に手を回してくれるので、そのまま、もたれかかる。彼の肩越しに感じるほどよくついた筋肉や体躯は、思いのほかしっかりしている。彼は着やせするタイプなのだ。


服を着るとほっそりして見えるのに、脱ぐと思いのほか、発達した胸筋や、背筋が・・・


ザビラの一室で見た彼の逞しい裸体を思い出して、ジュリアはぼっと顔に火がつくのを感じた。あの時は、媚薬で正気を失っていたから、記憶全体が霞むようにおぼろげで所々、欠けているのだが。


あの時のことを思い出さないようにして、ジュリアはリハビリに注意を向ける。思い出したら最後、恥ずかしさのあまりうめき声をあげて、悶えてしまうだろうから。


「注意して・・・ほら、足を出してみて」


優しくて低い彼の声が耳に入れば、天にも昇りそうな幸せを感じる。


そうして、ジョルジュに促されるままに、ジュリアはそっと右足を出してみた。久しぶりに、足裏に感じる床の感覚。


「あ、ちょっと・・・」


思ったより怪我が酷かったのだろうか。出血量も多かったからまだ血が足りないのかもしれない。


軽い目眩のせいで、ふらりと体が揺れると、彼がさっと抱き上げてくれた。


「大丈夫? まだ少し早かったか。座ろうか?」


近くのソファーに降ろされて、柔らかな椅子に体をもたれかけると、その隣にジョルジュが座る。


彼が愛おしそうに自分を見つめて、形の良い指の背で、自分の頬をそっと撫でた。そのまま、彼が自分の両方の頬に手を添え、顔を覗き込む。


端整な彼の顔立ちが全面アップで映る。彫りの深い顔立ちに、いかにも利発そうな目つき。口元にはえも言われる微笑みが浮かび、蕩けるような目で自分を見つめている。


「とにかく、無事でよかった」


怪我をしていたとしても、命があっただけで神に感謝するべきだとジョルジュは言う。私がどれほど心配したと思うのだ、とジョルジュは言うが、自分を見つめる眼差しは蕩けそうなほど甘い。


すぐに口付けされそうな感じがして、ジュリアは慌てる。もうすぐ、執事がお茶を持ってやってくるはずだ。


「あ、あの、もう大丈夫っ・・・です」


「そう?」


ジュリアの動揺を彼はさらりと受け流す。そして、彼の唇が自分に近づいてきて・・・


ジュリアはもうすでに彼の唇を何度となく味わった。ザビラで救出された後、窓際の出窓に二人で腰掛け、月を眺めながら、ザビラの庭園の中で二人きりになった時とか、帰りの馬車の中でさえも・・・


そのまま彼の唇がそっと自分の唇に触れたのを感じて、ジュリアは目を閉じた。彼の唇は今度は頬や額に触れている。目をつぶりながら、うっとりと彼のしたいようにさせておいた。


(帰ってこれてよかった)


怪我が治るのはまだもう少し先だろう。けれども、ここにいる限り、もう何も心配しなくていい。


そうして、ジュリアは彼の胸に頬をよせて。トクトクと彼の鼓動が聞こえる。二人きりの静かな幸福にジュリアは浸っていた。


やっとジョルジュの所に戻ってこれた。ザビラで捕らえられていた時に、それをどれだけ望んでいただろうか。


「えー、ごほん、けほん」


後で何やら音がしたので驚いて振り返ると、そこには執事のマーカスが立っている。マーカスが持っている銀の盆の上には、カップがのせられている所を見ると、お茶の用意をしていたらしい。


「お取り込み中の所、大変失礼いたしますが・・・」


ブラック執事の顔を見るのも随分と久しぶりな気がする。こういう濃厚な場面をさらっと邪魔できる所も、ブラック執事たる由縁なのではなかろうか。


「・・・マーカス、今、取り込み中なのだがね」


邪魔をされて少し不機嫌なジョルジュに、マーカスは事も無げに言う。


「ジュリア様は、今、ご静養中でいらっしゃいますので。旦那様」


「わかっているさ」


それはそうだとジョルジュも頷き、ジュリアから身を離す。なんだか少し寂しいような気がしたが、従僕の前で過剰のスキンシップは慎むべきだと分かっている。


「・・・それで旦那様、お客様がお見えですが」


執事が盆の上の乗せた身分証をみて、ジョルジュはぴくりと眉を動かした。予期せぬ来客であったらしい。


「マクナム伯爵領の従者か」


感情が読み取れないような平坦な声でジョルジュが呟く。マクナム伯爵の従者であれば、自分に会いに来たのだろう。ジュリアが、ジョルジュの顔色を窺えば、彼もジュリアを見つめ返した。




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