ザビラ救出後のジュリア
「さあ、ついたよ。ジュリア」
馬車の窓から見慣れた風景が見えてから、長い道のりを経て、ようやっと公爵邸へと到着した。門扉から長くつつく森の道や、屋敷の前に広がる石畳みをジュリアは懐かしい気持ちで眺めていた。
── そう。最初にこの屋敷に来た時、自分は、ソフィー・チェルトベリーを名乗っていたっけ。
誠実な愛情を注いでくれるジョルジュに自分を偽り続けるのが苦しくて、悲しかったことを思い出す。あれから、随分と時間が経っているような気がしたが、実際はほんの数ヶ月前の出来事あのだ。
あの後、彼から自分の本当の名を知っていると打ち明けられ、求婚されてそれに頷いた。その後、王立騎士団の最後のミッションで捕虜になり掴まり、そして、ジョルジュが助けに来てくれた。
そして今 ──
ザビラから救出されたジュリアは、骨折が完治せず、まだ一人で歩くことができないままでいる。
「疲れたろう。さあ、私につかまって」
ジョルジュが馬車からひらりとおり、馬車にいるジュリアを抱き上げる。ガルバーニ公爵邸は随分と久しぶりだ。
「旦那様、ジュリア様、お帰りなさいまし」
執事のマーカスが二人の到着を首を長くして待っていたようだ。そんな執事にジョルジュは軽く頷き、ジュリアを抱いたまま、屋敷の中へと入る。
彼に抱かれたまま移動することにも随分慣れてきた。動いていないから体重が少し重くなったのだけど、ジョルジュは全く気にせず、軽々と自分を抱きかかえる。近い将来、この人が自分の夫なるのだと思うと、なんだか、くすぐったいような恥ずかしいような気がする。
彼にバレないようにそっと彼の横顔を見上げた。
彫りの深い横顔に、みるからに利発そうな額。彼の表情は溌剌としていて、長旅の疲れは微塵も浮かんでいない。
すでに見慣れた石作りのホールをジョルジュに抱き上げられながら通り過ぎる。どれもこれも、数ヶ月前、自分がまだソフィーと名乗っていた時と同じだ。
自分の部屋だった場所につれてこられて、椅子の上にそっと座らせてもらった。
「・・・ありがとう。ジョルジュ」
そんなジュリアに彼はそっと微笑みかける。見慣れた部屋、そして、もう見慣れてしまった彼の微笑み。
そんなものに、心が安らぐのを感じ、ジュリアは始めての感情に戸惑いを感じていた。
家に帰ってきたのだ。
子供の頃から住み慣れたチェルトベリー子爵領は残念ながら家と呼ぶには冷たすぎた。そこには、騎士団の部下と叔父以外に慣れ親しんだ顔はない。
ソフィーは薄っぺらくて、とても友達になれそうにはなかったし、他の従姉妹たちもみんなどことなく、もらわれっ子のジュリアにはよそよそしかった。
だからこそ、公爵邸の従者たちのさりげない気遣いや、優しさが心に触れる。
そして、当然、その真ん中にいるのはジョルジュだ。
ここに帰ってこれて嬉しい ─
ジュリアの口元にもほっとしたような微笑みが浮かぶ。ジョルジュは、そんなジュリアにそっと微笑みかけ、そっとかがみ込んで、ジュリアの頬に優しく唇を落とした。
「・・・疲れているだろう。ゆっくりするといい」
そう言うと侍女が姿を現す。
「旦那様、ジュリア様、お帰りなさいまし」
見慣れた侍女の出迎えをうけ、ジュリアも口元に微笑みを浮かべ、頷き返す。部屋の中は完璧に整えられている。暖炉には火がすでに入っていて、暖かだし、椅子の横には、茶器が並べられている。きっと、侍女がすぐに熱いお茶をいれてくれるのだろう。
公爵邸の生活は、すべてが手際よく準備され、ジュリアが何一つ不自由しないような配慮がすでになされているのだ。
「これからここが君の家だ」
ジョルジュが幸せそうにその言葉を口にする。
「── 私の家」
そして、私の家族になる。
ジョルジュ・ガルバーニに求婚されたことについて、まるで夢のような現実だった。ジュリアはいまひとつ実感がなかったのだが、やっとそれが形をなしているように感じられた。
そう、これが私の家。そして、私はジョルジュ・ガルバーニの妻になるのだ。
「奥様、病み上がりでお疲れでございましょう?」
そう自分に言い聞かせている横で、侍女が熱いお茶をいれ、ジュリアに差し出してくれた。
◇
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