第5話
夏休みも明け、学校が再び始まったが、とんとん拍子にスムーズに次の恋が見つかる、なんていう甘い話はなかった。夏休み明けに土屋君と愛華さんを見てびっくりした。二人とも顔が吹き出物だらけになっていた。かつての美貌など見る影もなく、爛れたように白い膿がにじみ出ていてちょっと可哀想な感じだった。二人ともニキビ面のお互いの顔が見るのも嫌らしく、避けて通って、会えば口喧嘩をしていた「ブス!」「不細工!」と五十歩百歩な言い合い。かつての二人の心奉者もさざ波のように引いて行った。
「智花はやっぱり、無理そうでも頑張って森野君にアタックしておいた方が良かったんじゃない?」
「なんでここで森野君?」
話の展開が掴めずに首を傾げる。
「あんた森野君の事好きだったじゃない。」
そんな記憶はないのだが。
「友達としては好きだったけど…?」
「ちょっと大丈夫?私に見せたあんたのあの切ない涙は何?」
「え…?」
切ない涙?何のことだろう。何か大切なことを忘れているような気がするが全然思い出せない。思い出したいのに…
「そういえばなんかあんた変だったわよね。土屋君のこと好きだって言ってたと思ったら、森野君のこと好きになってて…そこまではいいけど、土屋君から告白されて『断ろうかな』って言ってたくせに翌日にはOKしちゃって…」
「私『断ろうかな』なんて言ったっけ?」
「言ったよ!しっかりとこの耳で聞いたもん!やっぱり、あんた、なんか変よ。まるで急に森野君への恋心を忘れちゃったみたいな…」
私は森野君に恋心を持っていたのだろうか。ぼんやりとして思い出せない。森野君と友達として沢山喋った記憶はあるのに…
***
10月に入って私にも少し気になる男の子ができた。佐々木勘助君。「運命だー!」とは思わなかったけれど、何となく優しい感じのする人だ。顔は平凡だけれど。ちょっとアタックしてみようかな…と思ってクッキーを焼いてみた。中々うまく焼けたと思ったのに、プレゼントしたら「料理は苦手か?」と聞かれてしまった。もう私のクッキーを食べて「旨いぞ?」と言ってくれる人はいないのだと思ってしまってから、生まれてこの方そんなこと言われた覚えがないことに気付く。なんだか誰かに言われたような気がしたのだけれど。
佐々木君と友達デート。この世に友達デートなるものが存在すると知ったのはつい先日のこと。男女の友達同士の軽い外出を指すようだ。
佐々木君とのんびり街中を歩く。商店街を覗きながら、ウィンドウショッピング。でもショッピングモールってわけじゃないからものすごく欲しいものがあるわけでもない。ただ時々なんでこれでこの安さ?なんて首を傾げるような、使いやすそうなアクセサリーが激安で売ってたりするから侮れない。駄菓子屋さんもあって、好きな駄菓子を買いそろえてみたり。
ぶらぶら買い物しつつ、小腹が減ってきた…と言うところで佐々木君が肉屋に入った。
「ここの肉屋のコロッケが旨いんだぜ。」
お勧めされたコロッケを食べると確かに美味しい。ソースも何もつけてないのにほっくりしたジャガイモに、お肉の旨味が出ている。
「おいしいね。」
思わず笑顔になる。熱々をハフハフ言いながら食べる。
コロッケは人気商品で、親御さんが幼稚園くらいの子供に買い与えたりしている。喜んで口の周りを油でべとべとにしながら食べている様子が微笑ましい。
「幼稚園生はいいよなー。まだこの世の重責になんて晒されてなくて。自由だ。」
「そうだね。」
「人間はいつから社会の檻に入るんだろうな?」
「うーん…小学生あたりじゃない?なんかおぼろげに小学校の人間関係に気を使い始めたり、勉強に絡めとられるようになった気がする。」
「幼稚園時代の友達とか覚えてるか?」
ふと誰かの存在が頭をよぎったが、すうっと消えて思い出せなかった。
「全然覚えてない。」
「俺も。唯一覚えてるのは初恋の夏恋ちゃん。可愛かったなー。『かん君、だーいすき!』なんて何度も言ってきて。」
さっきからガンガン脳を刺激されている。
脳が「思い出せ!!」と全力で指令を与えている。頭が痛い。すごく重要なことだと思うのに思い出せない。
幼稚園時代の友達、初恋、繰り返す告白、小学校……キーワードが頭の中を巡っている。
コロッケを食べ終わって肉屋を出るとパラパラと晴天から雨粒が降ってきた。お天気雨か。キラキラ光る雨粒が綺麗で、雨なのに全然嫌な感じがしない。
「狐の嫁入りだな。」
佐々木君が笑った。その時全てを思い出した。私が忘れていた、忘れてはならなかったことを全部。