第1話
もうテンプレ中のテンプレ。異類婚姻譚と言えばこれか、龍神が王道だと思っております故。
「なら16になるまで智花がそのことを覚えていたら……」
私が16になるまで何を覚えていたらどうするって言ってたんだっけ「タロ」は。
小さな頃、私には「タロ」と言う幼馴染がいた。いつも狐のお面をかぶっている不思議な男の子だった。私は優しいタロが大好きで、いつも後ろをくっついて歩いていた。
そしてよく覚えていないが、私は何かをタロと約束して、16になるまで私がその約束を覚えていたら……どうするって言ってたんだっけなあ?悪いが全然覚えていない。だって私その頃5歳だもんよ。物心つくかどうかってくらいじゃない?ただ覚えてるのは、いつも狐のお面をしているタロが、その約束をしたとき、狐のお面を少しだけずらして、私の唇にキスしたということ。ファーストキスだったんだよねえ…
小さな頃はこのままずっとタロと一緒に成長していけるって信じて疑ってなくて…でも小学生になると一日の大半を小学校で過ごすようになる。タロは同じ小学校にはいなかった。同じ小学校の友達と遊ぶことが多くなって、次第にタロとは一緒に遊ばなくなった。時々ふっとタロにされたファーストキスのことを夢に見て「そんな子いたっけな…」なんて思い出すけれど、もうタロと交わした約束のことなど忘却の彼方だ。
今15。今年16になるけど、私はタロとの約束を覚えていないよ。ごめんね、タロ。
***
私の名前は泉智花。桜蘭高校1年。見た目が少しエロいだけの普通の女子高生である。なんかね。齢15にしてむちむちぷりんボディなの。太っているわけではない。腰はくびれているし、手足はほっそりとしなやかだ。ただ胸とか尻がぷりんとたっぷり実が詰まっている。顔立ちも艶やかな黒髪に黒々と濡れた大きな垂れ目、ぷっくりと肉感的な桃色の唇。何となく甘えん坊に見える容姿だが、体型と合わせてしまうとただただ性的にエロい風貌にしか見えない。まだ15で処女なのに!!下心過多な男子にはモテるけど、もっと普通のぴゅあっぴゅあな純愛がしたいのです。少女漫画に出てくるみたいな!
私の片思いは今風向きが変わりかけている途中です。最初は入学式に落としちゃった定期を拾ってくれた男の子、土屋英樹君が良いなあ…と思っていたのだけど…。土屋君はそれはもう文句のつけようもないほど格好良い。顔だって爽やかな美少年だし、白い歯で笑顔の似合う男の子だ。入学してサッカー部に入ったけど、早速サッカー部のエースとして活躍している。私も一発で目がハートになった。そんな土屋君には女の子のファンがいっぱいいて、よく差し入れなんかを貰っている。ならば私も!と思ってクッキーを焼いてみたんだけれど…実は私は大の家事音痴で、カチカチの焦げ焦げのクッキーが焼きあがってしまった。焼きむらがあったので、まだましっぽいところをラッピングして持ってきたのだが…他の女の子たちが上手な手作りお菓子を差し入れしているのを見て、怖気づいてしまって渡せずに…別の男の子に食べてもらってしまった。その失敗クッキーを食べてくれた男の子というのが森野君というのだが、茶色っぽい髪に糸のように細い目をしたいつもニコニコ笑っている男の子で、すごく優しいのだ。私の他の男の子に宛てた失敗クッキーも嫌な顔一つせずに食べてくれて、「旨いぞ?智花が相手の男に込めた気持ちがたくさん詰まった菓子じゃ。わしが食べてしまって、勿体ないのう。」と笑って撫でてくれた。なんだか森野君に優しい顔で撫でられてしまったら、急に胸が高鳴って、私って森野君のこと好きになっちゃったのかも…って混乱中だ。
「智花、もう土屋君は良いの?」
放課後廊下でぼんやりしていたら、友人の高橋美代子に聞かれた。前はこの時間になるといそいそとサッカー部の練習風景見に行ってたもんねえ。
「うーん…もういいかな。格好良かったから恋かもって思ったけど、なんか違ったかも。」
土屋君のこと凄く格好良い!って思う気持ちは今も変わらないけど、なんて言うか、アイドルに対するみたいな…この人は液晶越しでも十分かもと思ってしまった。森野君に対してみたく、苦しいほど胸が高鳴って、「独り占めしたい」「触れて欲しい」というような感情が起こらないのだ。
「なによ?他に誰か好きな人でもできたの?」
「うん…」
「誰?」
「も、森野君…」
「えー!!!なんで!?土屋君とは全然タイプ違うじゃん!!超フツメンじゃん!」
「でもすっごくすっごくすっごーく優しいし…フツメンって言うけど、好感の持てる顔してるし。」
「森野君ねえ……まあ、学校一の秀才ではあるけど。」
そうなのだ。森野君はチョー賢いのだ。中間テスト、私はテスト勉強手伝ってもらった。凄い捗った。
「どう攻める?」
「わ、わかんないよ…恋ってどうやったらいいんだろう…」
どうやったら好きって言ってもらえるかな?
「じゃあ、直接本人に聞いてみよう!」
「は!?」
美代子は私を教室の森野君の席まで引っ張ってきた。森野君は図書室で借りたと思われる本を席で読んでいた。
「はい!森野君!好きな男の子にアタックするとしたらどんな方法が効果的だと思われますか?」
美代子は元気よく森野君に質問してしまった。
「高橋に好きな男ができたのかえ?」
「いや、私ではなく智花!」
うわあああああ。何を暴露しているんだああああああ!!!私は真っ赤になってしまった。ほっぺ熱いよ。
「智花か。恋の作法など、わしも知らんのう。普通に告白すればよいと思うがなあ。智花は愛いし、何度も好きと言い続ければ心も揺れるのではないかの。」
森野君は普通に告白を提案してきた。
「直球だね…」
「遠回りしても仕方がないからの。己の憎からず思う相手に何度も好意を告げられれば堪らん気持ちになるものじゃて。」
「森野君も?」
「そうさなあ。可愛らしゅうて堪らん気持ちになったものじゃわい。」
ズキッと胸が痛んだ。森野君は可愛いと思ってる女の子がいるんだ…
「……森野君って彼女とかいるの?」
「……おらんのう。昔、将来を約束し合った女子がいたが、その約束はどうやら忘れられてしまったようなのじゃ。」
「…なんか切ないね。」
「そうじゃのう。その女子の愛らしく懐いてくる姿を思い出すと、わしは今でも切ないが、忘れられても仕方ない。人間は忘れっぽい生き物なようじゃからの。」
森野君はその女の子にまだ片思いしている口ぶりだった。これって普通に失恋だよね。私は意気消沈した。
「…そ。ありがと…」
私はふらふらと廊下に出た。
「智花…」
「…森野君片思い中だったね。」
美代子に笑って見せたけど、ぱたたっと涙がこぼれてきた。
「で、でもフリーだって。」
「今でも切ないって……」
私じゃ勝てないよ。将来まで約束し合った女の子なんて…