脱獄 前編
時刻は深夜。
留置所の前。
私と、整形を終えた浮浪者の男は、遠巻きに入り口で待機している警備を見ていた。
「今からあの警備を眠らせて、催眠状態にするわ。 あなたは、警備に付いて行って、制服を貰ってきて」
「……分かった」
私は、薬指にはまっている指輪をこすって、バクを呼び出した。
「アームズモード」
バクは、ハリセンとなって私の手に収まった。
そのハリセンを背中に隠し持って、警備に近づく。
「……あ、すいません、ちょっと道を尋ねたいんですが」
「ん? 道、ですか?」
スパーーン! と思いっきり頭をはたくと、警備員は眠りに落ちた。
このハリセン、はたいた相手を眠りに誘うことができる。
アームズモードを解除すると、今度はバクの催眠を使って、トイレで制服を脱ぐよう命じる。
私はそのまま刑務所に足を踏み入れ、監獄の方へと向かった。
(シュミレーションでは霊獣を使えないから、ぶっつけ本番だけど……)
やるしかない。
(はあ、心臓がドキドキいってる……)
一旦、浮浪者の男が合流するのを待つ。
その後、業者の使う裏口に向かい、インターホンで、火災の異常信号を検知して来た、と事前に用意した嘘をついた。
「火災の異常信号ですか…… 分かりました。 お入り下さい」
幸い、中央で監視している従業員は一人しかいないため、この人をハリセンで眠らせ、操る。
マスターキーを持って、電気室に向かってもらい、大元のブレーカーを落としてもらう予定だ。
(セキュリティのカメラに私のことが映ったらマズい。 でも、非常用の電源ですぐに復旧してしまうから、猶予はわずか……)
ネットの情報によれば、インターバルはおよそ5分、とのことだ。
従業員の後に続き、中央の階段を降り、兄さんのいるB1階に到着した。
「032、の部屋だったわね」
従業員は電気室へ、私は鍵を取りに、管理室に向かう。
そこにも、巡回の警備が一人いるだけだった。
私は、トラブル対応できたと嘘をついて男に近づき、ハリセンで眠らせた。
「グウ、グウ……」
後は、電気が落ちるのを待つだけだ。
しばらくして、ドン、という音と共に、電気が落ちた。
「……今よ!」
私は急いで、32番の牢屋に向かい、その番号と対応した鍵を使って、扉を開けた。
「さあ、急いで!」
浮浪者の男が、制服を兄さんに渡す。
それに着替え、今度は兄さんの囚人服を浮浪者の男が着る。
入れ替わりが終わり、鍵を閉める。
あとは、これを元の位置に戻せば……
「紫苑!」
その時、突然バクが現れ、私たちの前に立ちはだかった。
「ビースト・モード」