出会い
シリアス書きたかった。
僕、荒賀一はフリーターだった。
学生の頃、両親は世間体がだとかなんとか言いながら高校まで行かせてはくれたが
高校をなんとか卒業した途端に家から追い出され、数枚の札だけ投げられボロいアパートに
押し込まれた。
なけなしの貯金で買った音の大きいノートパソコンをギリギリ届く無料Wifiに繋ぎ途切れる動画を見ながら安いアパートに一人で住みながら無心でコンビニバイトをこなし
ボロボロになった自転車で家に帰るような日々を過ごしていた。
22になっても特にやりたい趣味もなく、バイトの知り合いもこれと言って仲が良いわけでもなく、学生時代の友達も連絡を絶っていた。
そんなある日。
食中毒で僕以外の一家全員が死亡した との報せが入った。
働き疲れていてあまり記憶がないが、僕はとりあえず役員っぽい人の持ってきた書類にサインした気がする。
だが、それも直ぐに忘れ既に数か月が経過していた。
ふとある時、何の気なしに貯金を確認してみた僕は声を上げそうなほど驚いた。
残高が3000万くらいになっていたのだ。
そこで暫く考え、やっと血の繋がりがあり顔のわかる人が居なくなったんだと理解した。
数日の休みを取り、若干道に迷いながらも実家に帰ってきた。
帰った実家はやはりかなり荒れており、物は散乱してるし冷蔵庫の中身は悲惨なことになっていた。
2日ほどかけてゆっくり実家を掃除し、住んでいたアパートを解約、インターネットも契約しそして
昨日の夜はこれである程度はマトモな人間と同じ暮らしができるようになったんだなぁ、と実感した。
これが僕の昨日までの生活だ。
だが今、僕の家の、リビングの、僕の目の前には、中学生くらいの少女が暗い表情で座っている。
12月の寒さに凍えながら食材の買い出しに行った帰り、公園のトイレから酷く汚れた、制服も破れて
フラフラと今にも倒れそうな足取りで出てきた少女を連れ帰ってきたのだ。
いや、誘拐した訳ではない。
あまりにも見るに絶えず、さっさと通り過ぎようと思ったのになぜか思わず連れてきてしまった。
気まぐれなんだろうか、ただの思い付きなんだろうか。
死んだような目をした彼女は、大丈夫か?とか何があったの?という質問には答えず、
「付いておいで」 という言葉には従った。
というわけで、今、僕の目の前には少女が座っている。
「とりあえず君をこのままにしとく訳にもいかないし、風呂入っておいで」
まずは風呂にでも入って汚れ落とさないとね。
風呂場に連れて行ったものの、彼女は自分で服を脱ごうとしない。
「はぁ...脱がすからね?」
僕だって男だ。だけど、猿じゃない。
なるべく彼女の体を見ないようにしながら服を脱がせ、風呂に入ってともう一度促す。
今度はきちんと入った。
「いい?体と、頭をちゃんと洗ってから出るんだよ。服はこれを着て、悪いけど下着は僕ので我慢してね。
ブラジャーもないけど、ごめんね。」
よし、念は押しておいた。
女物のは母親のがあったんだけど下着は捨てちゃったんだよな。
それにしても
体中に痣が多すぎだ。
なるべく体を見ないようにはしていても痣が多くてどうしても目に入ってしまう。
殴られたような跡とか、かさぶたも多いしどんな生活を彼女は送ってきたんだろうか。
イジメだろうか、下らない事をする連中もいるもんだ。
とにかく綺麗にして、家に返してあげよう。
今のうちに夕飯を作ろう、と風呂場を離れようとした途端風呂場からドタッと音が聞こえ、慌てて開いた。
少女は洗い場にへたり込んでしまっていた。
...どうやら駄目っぽいようだ。
「洗うよ、大人しくしてて」
少女は若干抵抗する素振りを見せたもののすぐに大人しくなった。
ひたすら無心に頭と体を洗っていく。
「痒い所はある?」
反応はない。
「流すよ、目は瞑ってて」
途中から言いなりに体は動かすものの、彼女は喋りも抵抗も一切しなかった。
体を拭いてやり、服を着させ、先ほどまでいたソファーに寝かせる。
「ちょっと休んでてね」
少し寝ていてもらおう。
取り敢えず僕の分の夕飯ついでにクリームシチューを作るとするかな。
ぐったりしていたし、なるべく野菜は小さく、濃すぎない感じで作ろう。
米も炊いてと。
暫く調理や準備やらをしていると、彼女はソファーから上がってきた。
彼女のところへ向かおうと足を踏み出した瞬間、彼女の体がピクっと震えるのが分かってしまった。
「いや、いいよ。大丈夫、僕は君に触れたりしない。
何があったかも言いたくなかったら言わなくたって大丈夫。これは僕の気まぐれだから。」
自分でもなんでこんなことしてるのかが分からないよ。
気まぐれなのかな。
「あ、ごめん...大事なこと聞き忘れてた。
家はこのへん?内緒なら内緒でいいからね」
コクン、と頷いた。
「ん、そう」
食べ終わったら近くまででも送ってあげよう
それで終わりだ。
「よし、米も炊けたしご飯、食べよっか。座って座って。」
テーブルの方を指しながら促すと素直に座ってくれた。
「はいこれ、熱いからゆっくりね。」
作ったばかりのクリームシチューを善そう。
少女は十秒くらいぼーっとした後、ゆっくりと食べ始めた。
よかった。
それを見届けた僕も食べ始めた。
食堂にはしばらく、食器だけが静かに音を立てていた。
そこまで沢山ではないけれどもある程度は食べ、今、少女はソファーにぼーっと腰かけている。
「そろそろ、帰った方がいいんじゃない?きっとお父さんお母さん心配してるよ」
そっと話しかけたが
フルフル...と彼女は首を振った。
「帰らないの?」
コクン
「んじゃあ、泊まってく?」
コクン
何言ってんだ僕は。こんな年端もいかない子泊めるだなんて。
言ってしまったことは仕方がなく、彼女をあいている寝室に連れて行った。
「今日のところはここで寝なよ、僕は多分早く起きてるだろうから、起きたらリビングにおいで」
少女が布団に入ったのを確認して部屋を出ようとしたとき、はじめて、少女から僕に動きがあった。
部屋から出ようとした僕の裾を少女がつかんだのだ。
「大丈夫、隣の部屋で寝てるから」
一緒の部屋って訳にもいかないしね。
彼女の手をそっと両手で持ち上げ布団の方に戻してやる。
落ち着いたかな、ともう一度部屋を出ようとした時
「...って...」
それは酷く掠れ、とても小さく聞き取りにくい呟きだった。
普段なら気にしないであろうそんな呟きが、今日は僕の耳にはっきり聞こえた。
「...まって...くだ.....」
後半は音にすらなっていない。
ただ口を開けて寂しく掠れた音が出ているだけだった。
が、それだけでも
それだけでも僕の心を動かすには十分だった。
今日何度も見た彼女の虚ろな瞳に僕は何かを感じたのだろうか。
今日会ったばかりの、何があったか分からない少女に何故こんなよく分からない
気持ちになっているのだろう。
僕には何がどうなっているのか僕にも分からなかったが、反射的に言葉が出ていた。
「分かった。分かったよ。....隣にいるから、ゆっくりおやすみ」
言ってから恥ずかしくなってきた。
なんてこと口走ってるんだろう。
でも、ここで離れるのはきっと駄目だ。
これは離れちゃいけないヤツだ。
そんなことを考えながら、僕はベッドの横にもたれ掛かりながら瞼を下した。
のんびり書きます