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ダンジョンと共に往く  作者: 畔木 鴎
十章 後悔噬臍
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終焉を待つ者

 白竜と、それに乗った人物に案内されたのは、森を更に北に向かった場所。

 敢えてこの場所を一言で言い表すとするなら、そうだな・・・。

 『仙人の庭』

 これがぴったりだろう。


 森が広がっている中に不自然とある、色とりどりの花に飾られた幾数の池。

 森の一部を切り取り、そこに『仙人の庭』を移したと言われても信じてしまう程の美しさ。

 花弁に付いた朝露が姿を見せた太陽の光を反射し、朝にも関わらず、空に輝く星々を連想させる。


 だが、周辺を見渡しても人工物は見当たらない。

 竜だから家は要らないと言われたらそこまでなんだが。


 どこに着陸するのかと思っていれば、白竜は迷うこと無く、池の中でも一際大きいものに突っ込んで行った。

 決して水飛沫を立てずに、水面に大きな波紋を生んで水中へと沈んでいく白竜。


 どういう原理か分からないままに俺達も後に続く。

 アサルトが着水しても飛沫は飛ばなかった。不思議に思って水面を叩いても、波紋が広がる速さが変わっただけで終わる。

 首を傾げても、結果は変わらない。

 こんな不思議な現象も、アサルトが水中に潜り始めると納得に変わり始めた。


 水飛沫を立てない池の正体とは、街の入口。つまり、門の役目を果たしていたのだ。

 門の出口である空からユックリと降下しながら、ダンジョンマスターの街を見た。


 「これは凄い」


 そこは、思わず目を見開く程に綺麗で広大だった。

 『仙人の庭』だって大したものだったにも関わらず、俺の頭の中は、この街を少しでも脳裏に刻もうと必死に動き出す。

 幻想郷と言っても差し支えない程だ。


 天と地を繋ぐ、夜空の色を写した巨木。

 その合間をオーロラの道が繋ぎ、地上に柔らかな光を差し込む。

 街の中心と思われる場所には輝く樹が立っていて、その周辺を霧が包んでいる。

 空は夜。地は朝。この奇妙な組み合わせは反発しあうことなく、互いを助けあっている様に見えた。


 俺達は不思議な力に助けられ、ついには一度も翼をはためかせること無く地上に降り立った。


 空中からでは分からなかったのだが、地上には鈴蘭の様な花が咲いていた。

 透明な総状(そうじょう)の花の中には水色の光を抱きしめ、呼吸するかのように明暗を繰り返す。

 血管のように別れた小川の上には虹の橋が掛かり、小川を優しく照らす。虹自体が光を放っている様だ。


 アサルトの背から地面降りれば、霜を踏んだ様な軽い音が鳴った。

 足の下に何かあったのかと思って覗いて見ても、そこにはただの芝があるだけ。

 こういう草だと思った方が精神的に楽だな。


 都会に出てきた田舎者よろしくキョロキョロと眺めていると、案内してくれた白竜が俺達の方へと寄ってきた。

 丁度いい距離を保って止まった竜の背から、搭乗者が小気味よい音を立てて地面へと降りる。

 『鑑定』を付けた小物でも持ってくればよかったな。

 搭乗者は俺へと歩いてくると、いきなり質問をぶつけた。


 「ダンジョンマスターか?」


 言葉にはトゲがあり、コチラを警戒しているのが分かる。

 それよりも驚いたのが、声が女性の物だったのだ。

 対空装備なのかは分からないものの、彼女はゴーグルと鼻の位置まで隠れるマントを着けていて、俺から性別の判断は出来ない。


 「貴方がダンジョンマスターであるのなら分かると思うのですが」

 「・・・」


 俺がダンジョンマスターかと言う質問は無意味だ。

 敵対するダンジョンマスター、協力関係に無いダンジョンマスターが自分のダンジョンに居る場合、ダンジョンの動きは阻害される。

 これは、レイやアバビム戦で実証されている。彼女がココのダンジョンマスターであるのなら、こんな事はダンジョン側から教えてくれる。ということは、彼女はダンジョンマスターでは無いという事だ。


 「・・・」


 今も尚沈黙している目の前の女性は、何を待っているのか動くことは無い。

 ゴーグルで隠れているので、相手の目を見て判断する事も難しい。


 「・・・・・・。そうだ、ダンジョンマスターで合ってるよ」


 沈黙に耐え切れなくなったので素直に質問に答える。

 すると、彼女はひとつ頷いて右方向へと歩き出した。俺から見て左な。


 斜め前を歩く彼女がチラチラと後ろを確認してくるので、着いてこいと会いたいのではないだろうか。

 そう思う事にして、パリパリと音を立てながら後を追った。


 彼女について歩いて行くと、何体かの竜を見かけた。

 基本の形はそのままに、赤、青、黄色と色だけを変えていく。彼等は水を飲んでいたり、寝ていたりと自由に過ごしているように見える。俺と言う部外者が入ってきているというのにいささか不用心ではないだろうか。


 そうしてやって来たのは、この地に降りて来る時にも見た、輝く樹の近く。未だ距離はあるのだが、これ以上進もうとすれば霧に阻まれてしまう。

 そこで前を歩いていた女性は振り返り、言葉を述べた。


 「霧に入ってすぐに棒がある。それを掴んで前へと進め」

 「もし途中で手を放したら?」

 「霧の中を永遠に彷徨う」


 見た目以上に怖いギミックだな。

 何も知らない侵入者だと全滅間違いない。


 「アサルト、あー、竜はどうすればいい。棒が掴めないんだが」

 「ここの竜は人化出来る。ビアンコに案内させよう」


 ビアンコ、白竜の事か。

 それにしてもここ以外に別のルートがあるんだな。

 竜が人化出来るのにあまり驚かないのは確実に生前の影響で間違いない。何でもかんでも擬人化してしまうのがお国柄だ。


 白竜がアサルトを従えて飛び立つのを確認すると、霧の中へと歩を進める。

 何歩か進むと、いつの間にか1本の棒が俺の右側に現れていたのでソレを掴んで歩み続ける。

 霧の中は全くと言っていいほどに視野が通らない。見えるのは自分と棒のみ。彼女の姿は何処にもない。

 本当にこの棒を信じられるのか、このままココを彷徨い続けるのではないか、という恐怖心に襲われるものの、今の俺が信じられるのはこの棒だけだ。決して放すわけにはいかない。


 どれほど歩いただろうか。短かったかもしれないし、長かったのかもしれない。視覚を潰されただけで時間の感覚がだいぶ曖昧あいまいになってしまった。

 ようやく霧を抜けると、霧の中では一切見えなかった彼女が俺を待っていた。


 「ここから下に降りる」


 彼女はそれだけ言うときびすを返して輝く樹へと向かって行った。

 短い言葉だが、そこには良い感情が篭っている様に感じた。


 輝く樹の根元に到着したのだが、階段なんて気の利いた物は無くて、『仙人の庭』の池と同様に輝く樹へと沈み込む。安全だと分かっていて身を任せているものの、やはり恐怖は感じる。

 泥沼に沈んでいくような、底知れる感覚。地に足が付かないのもそう感じる一因ではないだろうか。樹の内部の感触は、大きなグミを踏んだよう。決して楽しいものでは無い。


 樹を抜けた。階層で言えば『三階層』だ。

 仙人の庭。幻想郷。ときての『三階層』。知らず知らずのうちに期待してしまうのもしょうがないと思う。

 それじゃあ『三階層』の様子を説明しよう。


 氷漬けになっている、幾つもの鎖によって地面に縫い付けられている巨大船。ソレへと導く様に立っているのは、船と同じように氷漬けになった複数の若い男女の姿。

 更に異質なのは、それらがある場所。氷に覆われた巨大船や男女をあざ笑うかのように地面には草原が広がり、空には青空が見える。


 「ここは異質だ」


 彼女の答えを期待して呟いたわけでは無いが、俺の呟きに彼女が答えた。


 「彼等は私の先祖。彼等は時を待つのみ」

 「時を待つ?どういう意味だ」


 それは意味深な言葉だった。

 ダンジョンマスターが自分の時間を止めてまで待っているものとは何か。神が関係しているのなら、俺も知っておきたい。

 色々と情報が入ってきて、今の俺は自分でも分からない場所に居る。考えれば考えるほど答えが見つかるんだ、どうすればいいのか。


 「世界が終わるのを待っている」


 この星最後の日って言う事か?そんなものを待ってどうする。

 最後の日っていうのは文字通りの意味で終わるんだぞ?


 「神が再び地を統治する事で今の世界は終わる」

 「・・・そう言う事か。だが、それはあり得ない。ダンジョンマスターは善悪のバランスを取るのが仕事の筈だ」

 「だからこうなっている」


 神の統治を待ち望み、ダンジョンマスターの仕事を放棄した。だから氷漬けになっているのか。

 じゃあ彼女がここのダンジョンマスターだと?


 「悪いが確認の為に答えてくれ、君が今のダンジョンマスターか?親はどうした」

 「その通り。ここのダンジョンのマスターは私。そして・・・アレが親」


 彼女が指を指す先、そこには、仲良く手を繋いだ若男女が居た。

神が言った。

「私が二度と洪水を起こさないという証明として、上の水が落ちれば、天に虹が架かるようにしよう」

こうして生き残った全ての生き物は、雨が降るたびに天に架かる虹を見ては神の慈悲に感謝するようになった。


紙が擦れる音がして、誰かが呟いた。


「川に虹を架けよう。神は私を見捨てはしない」


それは幼い少女の声だった。

1人でダンジョンに残された、幼いダンジョンマスターだった。

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