天に浮かぶは蒼い月
工事も無事に終わり、アルト殿、アマンダ殿は騎士を引き連れてノーマリー王国に帰って行った。その中にはシディも潜ませていて、馬鹿なスタージュ王の動向を探る様に伝えてある。
アルト殿は本当に何も知らないようなので、俺の方から何かを言う事は無かった。知らぬが仏。王位を退いてスタージュを育てているのならともかく、シュヴァルツヴァルトまで来ている時点で政治を丸投げしているのは明らか。本人が望んで政治から離れているのなら教える必要も無いだろう。
冒険者、商人、その他の人間。家族を持っていない、帰る家が無い、帰らなくても大丈夫な奴らはシュヴァルツヴァルトに残っている。彼等は『金酉宮』で暮らしているのだが、そのうち家を作ってやろうかと思っている。
税の関係上、住民票やら何やらで手続きが必要になってくる。ノーマリーに帰ってもらい、手続きをしたうえで戻ってきてもらう必要があるのだ。これは職業に関係なく、3か月以上住民票がある土地以外に滞在する場合の処置だ。
そんな事を考えていた、工事が終わった次の日の夜。
俺は久しぶりに神の元へと呼ばれた。
石造りの部屋に石柱が立っていて、豪華な装飾がされているのがこれまでやって来ていた神の場所だ。
だが今回はどうやら違うらしい。
壁と天井が全て取り払われ、床は大きな用水路に挟まる様にある。どこまでも続く空からは水が流れ落ち、用水路と続く。
紅茶に砂糖を入れる様に、空の水は地の水へと溶けていく。混ざりあう2つの水は同じものでありながら、全くの別物ではないかと錯覚される。
景色が変更されている理由を考えてもいいのだが、それよりも本人に聞く方が早い。
俺は後ろを振り返り、神へと向き直った。
「お久しぶりです、神よ。2か月と半月ほどでしょうか」
「そうね・・・、忙しそうだったから呼ばなかったのよ」
確かにこの2か月と半月は忙しかった。会議やら工事やらが立て続けに来たからな。
そうか、もうそんなにアバビム戦から経ってるのか。そうなると、この星に来てからだと4か月ぐらいか?もう少し長いかもしれない。
「では今日呼ばれた理由とは、仕事ですか?」
「いいえ。貴方が忙しかった時の話しをするために呼んだの。・・・十分に主天使と仕事を果たしているようだし私から言う事は無いわ」
主天使の仕事?記憶には何かをしたようなことは無いが。
神は考える俺を見て軽く笑うと、主天使の仕事について教えてくれた。
「主天使の仕事は「統治」と「支配」。権能と同じ様にね・・・。その点ではよくやってくれていると思うわ」
一息開けて続ける。
「トハン帝国の実質的な「支配」。主天使代行の始末。ノーマリー王国も動き出しているのでしょう?・・・「統治」か「支配」。どっちになるのかしら」
「それはまだ何とも言えません」
確かに言われたような事をした記憶はあるが、これらは副作用で付いて来たものだ。
ノーマリーに関しては今のところ「統治」が強いと思うけどアマンダ殿は「支配」してるからな。現段階では何とも言えない。
・・・代行で思い出したが、神に幾つか質問したい事があるんだった。『創世記』についてだが教えてくれるだろうか。
「・・・何か聞きたいことがあるなら聞くわよ?時間はあるのだし」
心を読んでらっしゃる?いや、神だし出来て当たり前か?
じゃ、まぁ質問していいという事ならさせてもらおうじゃないか。
「DMOに居た堕天使のアブラムを覚えていますか?」
神が頷いて次を促したので、再度口を開く。
「『創世記』にもアブラムという名前が出てきます。これは同一人物でしょうか」
『創世記』では「バベルの塔」の事件後にアブラムという人物が出て来る。
間をすっ飛ばして説明すると、アブラムは神から新しい名前を貰い、国を造る。彼と共に国は成長し、今ある全ての国の基礎となった。
「・・・そこまで知っているのなら続きも知っているのでしょう?」
「うろ覚えではありますが」
「それで十分。彼の息子を贄として求めた話しは?」
神はアブラムに自分の子を生贄として差し出すように言われた。
アブラムがその通りに行動しようとしたのを、すんでのところで神が止め、自分が与えた子牛を代わりの生贄とさせた。
その時に神はアブラムが神を恐れていると知り、彼に更なる祝福を与えた。
以上が話しの簡単な内容。神はアブラムを試したわけだ。
子供を生贄に捧げなければ神を恐れぬ人物と判断し、罰を与える。本当に罰を与えるつもりなのかは分からないが、それに近い事は起こったに違いない。
「その通り・・・、でも真実は違う」
「違う?今の話しで「違う」部分があるとすれば・・・・・・、アブラムが子供を差し出さなかった?」
突然のカミングアウトに、自然と声が震える。
それで、アブラムはどうなった・・・? 『創世記』にはしもべに息子の妻を探させて結婚を見届けてから寿命で亡くなったと書いてあったが。
はやる気持ちを抑えられず、神に彼がどうなったのかを尋ねる。
「神をも恐れぬ彼に罰を与えたわ。だけどそれと同時に、彼の息子へと対する想いは真実の愛でもあった・・・」
神はどこか懐かしむように続ける。
「私が贄に命じた息子は彼の正妻の子でもあり、私の子でもあったわ」
「それはどういう・・・」
「・・・彼の正妻は石女よ」
石女。つまりは、子供が産めない女。
にもかかわらず子供を産んだ。それはまさに神の奇跡ではないだろうか。だからこそ神は「私の子」でもあると言ったのか?
いや、考えるのはよそう。これでこの話しは一旦はケリがついた。
今はアブラムについて聞くべきだ。
「アブラムに与えた罰とは何でしょうか」
「堕天。・・・神から迫害されたモノは人の形をしていようと何者にもあらず。かつてのダンジョンマスターの様に人の目に触れるたびに命を狙われ、隠者として過ごさなければならない」
だからアブラムは堕天使だった?あーーー、また謎が出てきた。
確かに、この星初のダンジョンマスターは神によって人目につかない所で暮らすことを迫られた。だが自衛のために証を貰ってダンジョンマスターとなり、己の身を護る術を身に着けた。
ダンジョンマスターは寿命で死ぬことは無い。じゃあアブラムは?彼は確かに生きていた。寿命はどうなった?駄目だ。考えれば考えるほど沼にはまる。
「追い付いてこれてるかしら」
「少しお時間を・・・」
難しいのは一先ず置いておけ。考えるのは後でもできる。
俺がココにいられる時間は有限の筈だ。
・・・深呼吸、深呼吸をしろ。
俺が落ち着いて来たところで話しは振り出しに戻り、俺が忙しかった時に何があったのかの説明が行われた。
「協力者が集めた情報によると、もうすぐに戦争が起こるらしいわ」
「戦争ですか?・・・いや、季節が悪いと思うのですが」
今の季節は冬の少し前。ダンジョン内は温度が一定に保たれているとはいえ、『金酉宮』に入る商品で簡単な季節は分かる。
ここいらで雪が降るかは分からないものの、この季節に軍を動かそうとは誰も思わない筈。
トハン帝国の戦争は不発に終わったが、それでもかなりの備蓄を削ったのは確かだ。
俺の中ではトハン帝国が動くとばかり思っていたのだが、神が言うにはどうやら違うらしい。
「・・・DMOが本格的に動く?」
「そうよ・・・。目標は『最古のダンジョン』。ラフラインの北にあるダンジョンよ」
DMOに所属していないダンジョンの中では最大手のダンジョンを狙ったわけか。
しかしDMOの勢力が強まった所で何をするつもりなのか。
俺とレイを潰す?まさか。ソレは自意識過剰という奴だ。
「そのダンジョンには何かあるのですか?私にはメリットが少ないように思うのですが」
「・・・・・・そのダンジョンがある場所が問題なのよ」
間を開けて重く呟いたその言葉に俺の頭の中では疑問符が浮かぶ。
ラフラインの殆んどは丘陵で森に覆われていると聞く。珍しい魔物も、ダンジョンマスターには不要の長物。他に何があるというのか。
「私には思い当たる節がありません。教えていただけませんか」
「バベル」
短く、吐き捨てる様な言葉ではあった。だが、俺の耳は神の言葉を確実に、1つの間違いも無く拾った。
そう、「バベル」と。バベルの塔。それは前にも説明した、生き物が言葉を乱された原因にもなった建築物。
漆喰の代わりにコンクリートを持ち、レンガを積み上げて天にも届く塔を建てようとした。
そのバベルがラフライン北部にある。
「バベルの塔がその地にはあると?」
「バベルの塔は問題じゃない・・・、それは副産物でしかないの」
じゃあ何が問題なのか。
ラフライン北部にバベルの塔があって、それを狙っているのではないのか?
「バベルの更に北にはダンジョンマスターの街がある」
「そこでは、ダンジョンマスターの恩恵を受けながら竜が暮らしている」
「バベルはただの防衛線。そこまで重要ではない」
「DMOの目的は天を護る竜を根絶やしにし、バベルの塔を再建させ、『原初の地』へと向かう事」
途切れ途切れに聞こえる、神の透き通った声。
解釈するのに少しの時間を掛けながらも、しっかりも意味を噛み締めた俺は冷や汗をかくしかできなかった。
俺が思っていたより、事態は深刻であったのだ。
「洪水によって沈んだ『原初の地』」
「月へと」




