選ばれし魔法使い達
日が明けた。今日は魔法使い同士の親善試合の日だ。
騎士とは違って、早朝から訓練場に出て行って身体を動かしたりはしない。やっている事といえば、瞑想だろうか。心頭滅却すれば火もまた涼し。みたいな。
シュヴァルツヴァルトから参加するのは、クローフィとアクルだ。
三角帽にマントと、いかにも魔法使い!といった格好をさせたかったのだが、拒否されたのでいつも通りの服装だ。その代りに杖が欲しいとの事だったので、2人の意見を聞きながら杖を作成した。
クローフィは30㎝程の杖。アクルは彼女の身長ほどもある杖を所望した。クローフィは分かるけどアクルは扱えるのか?持ち歩くのさえ邪魔そうなんだが。
魔法使いは事前に身体を温める必要が無いので昨日よりもゆっくりできるかと思っていたのだが、会場設営も昨日のを使えばいいので、思っていたよりも早めに呼ばれた。
もう俺の案内役はいつもの下女に一任されているようだ。名前こそ知らないものの、こう何度も顔を合わせていると愛着がわいてくる。今はそれが邪魔でしょうがないけどな。変なところで知り合いに会うと気まずくなるのと一緒だ。
広場に到着すると、観客の数が増えているのが分かった。すし詰め状態一歩手前だ。通路などは確保されているようなので、スポーツ観戦のスタンドみたいな印象を受ける。
噂を聞きつけて数が増えたのか、魔法が珍しくて数が増えたのかは分からない。ただ、ココにいる誰もが試合がいち早く始まるのを待っているというのは分かる。観客の質がいいのか、集まっている人数の割には会場は静かだ。しかし、静かだからこそ感じ取れるものもある。懐に隠された熱気がこの場を支配しているようだった。
自己紹介は既にやったので、ルーチェの挨拶の後は選手達の呼び出しが始まる。
親善試合に参加する魔法使いは26人。4人ずつ、6つのチームに分かれた。
この試合で注意する相手は、エルフの国、ルーマンドだけだろう。アクルは分からないが、クローフィはいい試合をしてくれるだろう。
「 —— 第2グループ、1試合目はシュヴァルツヴァルトのクローフィ殿!そして立ち向かうはオーラルフットから、ジュリアン殿!」
歓声とともに迎えられた両者。少し遠いので詳しくは分からないが、対戦相手であるジュリアンは随分と若く見られた。若くして取り立てられるに相応しい力量なのだろう。
確か、オーラルフットの魔法使いで一番熟練度が高い者で7台だったか。彼はどこまで魔法が使えるのだろうか。
「では、1試合目始めて下さい!!」
その言葉の直後に、ジュリアンから無数の氷の棘が飛んでいく。流石に先端の角は取ってあるようだが、当たれば痛いではすまないだろう。
クローフィは飛んでくる棘に向かって走り、自分に当たる物のみを『火魔法』を用いた爆発で砕いて行く。杖を持っているのは右の手なのだが、片手での処理は難しいようで左の掌からも爆炎が上がっていた。
「ジュリアン殿は珍しい『氷魔法』の使い手!しかしクローフィ殿も負けてはいない!棘を粉砕していくーー!」
なるほど。ジュリアンが若くしてココにいるのは『氷魔法』のお陰かもな。食料の保存に温度管理と、使い道はいくらでもある。実力もそれなりにあるみたいだし、若きエースなんだろう。
先ほどのようなやり取りを繰り返して接近してくるクローフィに恐れをなしたのか、ジュリアンは『水魔法』を使って彼女を押し返そうとした。
彼女が普通の人間であれば無難な一手となったであろうソレは、クローフィに当たり、魔法の使用者であるジュリアンに襲い掛かった。
水の勢いに負け、濡れた服を気にすることもなく呆然と腰を地面につけている彼にクローフィが杖の先端を向けて試合終了となった。
クローフィのイメージは吸血鬼だ。穏やかな水面には立つことが出来る、や、逆に、流水は苦手といった一面を持つ吸血鬼の特徴を俺なりに解釈しての『水反射』だったので、役に立って様でよかった。
あくまでもイメージなので日光に弱かったり、銀に弱い等の弱点は存在しない。その代りに、本来の吸血鬼よりも死にやすくなっている。わざわざ銀や聖水を用意しなくとも、首を断ち切れば一発だ。
『再生』こそ付けているものの、この技能は戦闘中はそんなに役に立たない。アバビム戦でレイが連れてきていたキメラの守護者がいい例だな。
「 —— 第2回戦、第5グループの試合は、シュヴァルツヴァルトのアクル殿 対 ラフラインのケイトリン殿です!女性同士の戦いとなりました!」
次はアクルの試合だ。相手はラフラインの魔法使いという事で、獣人の選手だ。体がデカい分、アクルからすると狙いやすいだろう。
ラフラインの熟練度も低かったと記憶しているし、彼女でも勝てる筈だ。
「では、二回戦目始めて下ださい!!」
先に仕掛けたのはアクル。土の礫、水の鞭と、怒涛の攻撃を繰り出す彼女。
ケイトリンは翼をはためかして速度を調整しながら、右に左にと的を絞らせないように動き回っている。彼女も魔法を放つのだが、その全てがアクルに凌がれている。
魔法が一発当たれば相手の勢いに飲まれるのはケイトリンも分かっているようなので必死だ。
最終的には魔法が当たり、回避が間に合わずに魔法の群れに襲われる。立ち上がったケイトリンに、アクルがクローフィと同じ様に杖を向けて試合が終わった。
相当数の魔法を打ちこんでいたけどMP管理出来ているのか?観客に被害が及ばないように配置されている魔法使いは肩で息をしてるんだが。
勝利したアクルは、大きな杖を振ってクローフィに戦勝報告をしていた。クローフィも笑っているのではないだろうか。『宮廷魔法使い』の仲間だし、仲良くやってくれているのはいい事だ。
試合は、クローフィが全勝、アクルが2勝1敗だった。
考えてみれば、ウチの純粋な魔法使いの数は少ない気がする。クローフィは『剣術』を持っているし、リェース、ソイルは農業に重きを置いている。そうなると、純粋な魔法使いはアクルしか居ない。
『宮廷魔法使い』が2人から変わらないのは、MPが多く手に入るようになったのが理由だろう。魔法使いを単体で創るより魔法剣士を創った方が活躍できる機会も多いし、選択肢も増える。
結局、名ばかりの証になってしまっている。最近は守護者を創造することも無くなり、マナフライによりMPが増え続けている。昨日は『創世記』を再現しようかと思っていたが、もっと有効活用した方がいいのかもしれない。
そんな事を考えていると、ルーチェが走り寄って来て耳元で静かに話し出した。
「主天使がニーに戻って来たという報告が入りました。私もエバノ様と鉢合わせないように気を付けますけど、エバノ様の方でも注意しておいてください」
「手紙で外見の特徴は把握しています。ですが、そこまで鉢合わせると不味いのですか?」
「主天使の権能は「統治」と「支配」。見た感じ、エバノ様は「統治」の方が強いです。ですけど彼は「支配」の方が強いです。考えが相反するのでいい気はしないと思います」
統治は周囲の意見を聞いてよりよくしよう。支配は強制的に従わせようとする。俺の中ではこんなイメージだ。確かに俺の性分には合って無い気もする。
更にルーチェは続けた。
「それに彼は自分が滅ぼされないかが心配になっている筈です」
「・・・またどうしてそんな事を」
「『創世記』に出て来る『10人の天使』は読みましたか?」
「いえ・・・、まだ『世界創造と原初の2人』です」
「そうですか・・・。今日中に確認しておくことをお勧めします」
そう言うと試合の締めの言葉を言いに、広場に躍り出ていく彼女。
彼女がそこまでして俺を急かす理由は何か。『世界創造と原初の2人』を読めば答えが出てくるのだろうか。・・・だがそれは『創世記』の内容が本物であると言っているようなものだぞ?もし本物だと仮定すると、俺が既に読んだ部分だけでも納得できない所がある。
確かめる必要がある。しかし、俺には神が居る場所への移動方法は分からない。ただひたすらに呼んでくれるのを待つのか?・・・それでは時間がかかり過ぎる。
やはり自分で確かめた方がいいな。
ニーに送り出した守護者も回収しなければならないし、追い詰められた主天使君が何をしでかすか分かったものじゃない。ローブか何かを上から羽織って身を隠すなどして身バレしないようにしなければ。
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自室に戻って最初にしたことは、身を隠せるローブを作成したこと。レイには俺の不在を周囲にバレないように取り計らってもらう。相手の手の者がどこに潜んでいるか分からない状況では必要な措置だと思う。
街に行くのは、俺とブリッツ、メラニーの3人。人混みの中を素早く行動しようと思えば、この人数が限界だろう。今日試合があった2人はお留守番だ。
身を隠すために用意したのが唯のローブではバレる可能性があるので、ダンジョンらしく魔法防具として作成した。付けた効果は、『認識阻害』、『隠密』。
俺や守護者の種族表示がバレなければどうとでもなる。服装も冒険者のソレに変えてしまえば言い訳もできるしな。
メラニーがローブを収納し、厩に向かう。途中で例の下女に遭遇したが、今回は何も言ってこずに頭を下げて終わった。ルーチェから何か言われたのか、はたまた、俺が気付かないだけで殺気か何かが漏れ出していたのか。
「いつも通りに見えるか?」
「誠に申し訳ありませんが、殿下はとても楽しそうに見えます」
「主はここしばらく丸くなっておられましたからその反動かと。眼が爛々(らんらん)としていますよ」
確かにレイが来てから大人しくなったと自分でも思うが・・・。俺はそんなに好戦的ではない筈だ。