ダンジョンマスターであること
少し多いです。
昼食を食べ終わり、午後の予定である同盟についての話し合いの為に会議室へと向かっている。
入室制限で国の王、又は代表と護衛2人までしか入れないので、俺の背後にはブリッツとクローフィが控えている。
ブリッツが買ってきた本は、『ダンジョン分布と考察』、『魔物図鑑』、『創世記』。
この3つだ。
『ダンジョン分布と考察』
グラキエス教国並びに周辺国家に存在する、名のあるダンジョンの分布図を地図を用いて説明する。
また、ダンジョンに関する考察を行う。
『魔物図鑑』
魔物の習性、特徴を文章によって紹介。
第6版。
『創世記』
現在、存在する聖書の源典。
主な内容は、「世界創造と原初の2人」、「10人の天使」、「ディプレクトの生涯」の3つ。
難しそうな3冊を選んできてくれた。3冊とも今の俺には必要なものだと思う。
時間がある時に目を通しておこう。3つの中で最も気になるのは『創世記』かな。
それと、ブリッツが街を歩いている時に何やら不穏な動きをしている人物を見つけた。
これはハヤブサのからの情報だが、ブリッツを監視する様な動きをしていたらしい。監視者を下手に襲うわけにもいかないので、今は放置してある。夜にでも守護者を呼び出して偵察に向かわせるつもりだ。
歩いていると、騎士が扉の両脇に立っているのが見えた。あそこが会議室に着くようで、下女の歩くスピードが落ちる。
「こちらが会議室となっております。お席はご自由にお座り下さい」
下女が一礼すると騎士達が扉を開き、中の様子が見えた。会議室の真ん中には円卓が置かれ、入口からは座っているルーチェの顔が正面に見える。既にアルト殿、ワイアット殿、トゥイ殿、ギャレット殿が居るので、俺が座ればジャンナ殿が居ない形になる。
トゥイ殿の護衛には、例の人魚の姿があった。ルーチェの手助けもあれば上手く進む事だろう。
ジャンナ殿も直ぐに到着し、話し合いが始まった。
「全員揃いましたので同盟についての話し合いを始めます。まずは、グラキエス、ノーマリー、レクタングル、ルーマンド、オーラルフット、この5国で以前より決められていた同盟内容の確認をします」
彼女は侍女から書類を受け取り、読み上げ始めた。
「同盟国は互いに不可侵である事。トハン帝国に対する軍事同盟を組む事。各国が支え合う事。大まかにはこの4つです」
「コレはもう変更しなくてもいいのでは?」
「そうですね。では、次に移ります」
ギャレット殿が口を挟み、会話は進む。
まぁ、コレは俺も異論は無いな。
「この4つ以外に何か追加したいものがあれば言って下さい。別にそれ以外でも構いませんよ」
そうだな・・・。
特に俺から提案することは無いか?そもそも何を言えばいいのか分からない。
何かの事業についての意見を言え、とかならまだ俺も力になれると思うが、同盟にどうこう言うには経験が足りない。
「質問、よろしいですか?」
「どうぞ」
取り敢えず、現在ある軍事同盟について聞いておくか。どの国がどれくらい兵を出すのかは聞いておきたい。
「軍事同盟についてなのですが、現在、どの国がどれだけ兵を出すのでしょうか」
「そうですね・・・。トハン帝国に接しているノーマリー、レクタングルは多いと思いますよ。場合によって数も変わりますし、なんとも言えませんね」
「『果てしない渓谷』の南側は殆どが私の国土だったからな・・・、基本的な戦い方は私達が砦に籠城して、北からレクタングル、グラキエス、ルーマンドの兵が押し返す。といった感じだな」
「私は主に食糧の供給、運搬を請け負っている。帝国とは一番離れているのと、農業が盛んなのが理由だ」
俺、ルーチェ、アルト殿、ギャレット殿の順だ。
『果てしない渓谷』の南を占めるノーマリーが耐久している間に、北の国々が押し返すのが基本戦術なのか。あわよくば北と南で挟み撃ち、って算段だろう。
オーラルフットは帝国から遠いので食糧供給に徹しているみたいだ。変に兵を出すと折角の食糧も減ってしまうし、兵も遠出で疲れて使い物にならないだろう。そう考えれば合理的だ。
「ギャレット殿が食糧を供給するからな。我々は助かっている。勿論、各国も徴収はするが、兵を多く出せば、その分食糧を出す量も少なくなるのが常だ」
「なるほど。分かりました」
オーラルフットは食糧で出兵の数を減らしているんだな。
この場では他に意見も出なかったので、このまま戦争時の動き方を纏めようという話しになった。
「そういえばエバノ殿、ウチの者が言っていたんだが、『果てしない渓谷』を横断する手段があるとか?」
ああ、アサルトの事か。リアスの奴は何を言ったんだ?
姿を隠せるアサルトは秘密兵器になりえる存在だ。そう簡単に知られると困る。
かといって、このまま何も返さないのもマズイ。
「詳しくは言えませんが、確かに存在しますね」
「その件についてだが、我が国とグラキエス、シュヴァルツヴァルトとで『果てしない渓谷』に道を作る事になった。グラキエスとシュヴァルツヴァルトを繋ぐ道なわけだが、これが完成すれば兵の移動や、商人の行き来が幾分か楽になるだろう」
何か言わねばと口を開いた俺に、アルト殿が助太刀に入ってくれた。俺にアイコンタクトをくれた彼に、瞼を1回閉じて返礼する。
この機を逃したくないのだが、生憎、上手い言葉が見つからない。
そう思っていると、今度はルーチェが助け舟が出してくれた。
「道が開通すれば兵の動かし方も変わるでしょう。シュヴァルツヴァルトの兵を北に、まぁ、レクタングルに移動させるのであれば戦争の流れも変わってきますし、南、ノーマリーの砦に置くのであれば普段より攻撃を凌げます」
「北には私の国が参加するからエバノ殿には南に居てもらえばイイのではないか?」
ルーチェに続いて、今まで黙っていたジャンナ殿が口を開いた。
ワイアット殿の方を盗み見ると、これ以上言及する気は無いようで、俺とは明後日の方向を向いていた。
「この話しをする前に、シュヴァルツヴァルト
、ラフラインがどんな場所であるかを知る必要があるのでは無いか?それを見れば何が出来て、何が出来ないのかが分かると思うが」
「アルト様の言う通りかも知れませんね。流石に現地に行くには時間が掛かるので無理ですけど、どんな場所であるのかぐらいは知っておいた方が良いかもしれません」
確かに、敵を知る前に己を知っておくのは大事だと思うが、ルーチェとアルト殿からこの話しが出たのは少し驚いた。
何か意図があるのか?・・・ダメだ、さっぱり分からん。この場でも殆ど喋れていないし、振り回されている感が凄い。
「では、シュヴァルツヴァルトからお話しさせて頂きます。我が国は『果てしない渓谷』の南、バーチャル大森林と呼ばれている場所にあります。
装いとしては城壁都市でしょうか。国は城壁に囲まれています。璧内には街と農地が広がっていますが、人口が少ないので未開拓部が殆どですね。
何が出来て、何が出来ないのか。それについてですが、国内であれば基本的に何でも出来ます」
取り敢えずはこんな感じだろう。言葉に表して気付いたが、これでは国として成り立っていない気がする。
これから成長すると言えば聞こえはいいが、今は何も無いと言うことじゃないのか?
不安を募らせる俺を他所に話しは進み、俺に対して質問が飛んでくる。
「何でも出来るとは、どこからどこまでなのか」
「基本的に、死者の蘇生以外なら何でも出来ます。国内だけですので期待されても困りますが」
ここまで言う必要は無かったかもしれない。馬鹿正直に答えなくてもいいのは分かっている。
でも、俺にそんな事は不可能だ。ただの一般人にそんなに期待されても困る。
「エバノ様はダンジョンマスターですからね。そのぐらいは出来るでしょう」
「・・・」
ルーチェの言葉に、場が少し張り詰めた。
ルーチェ、アルト殿以外の周囲の人物は思案顔だ。
俺がダンジョンマスターであると思い出した。もしくは、ダンジョンマスターであると知らなかったのだろうか。
俺の種族はヒトであるものの、他人にソレを知る余地は無い。主天使である俺には、下の階級の人物の鑑定、看破は通らない。ダンジョンマスターに関する知識も無く、知る余地も無い。人間、自分の知らないものには恐怖を覚えるものだ。
「・・・すまない。私の勝手なイメージで話しをさせてもらうぞ。ダンジョン外に魔物が大量に出てくる現象があるのは知っているか?」
「ええ。ダンジョンマスターの命令1つでそうなります」
ジャンナ殿がゆっくりと口を開いた。
その現象については、俺も知っている。スタンビートだとか、大繁殖だとか呼び方は多くあるが、その事だろう。
彼女の質問は続く。
「エバノ殿は他のダンジョンマスターを見た事があるのか?」
「私が見た事があるのは3人です。うち2人は死にました」
俺がそう言うと、ギャレット殿が口を挟んできた。
「死んだダンジョンマスターについて教えて貰えないかな?私の国で、最近ダンジョンが無くなったので、気になってね」
「構いませんよ。主な構成モンスターは狼やケンタウロス、索敵用として大きな声で鳴く鳥もいましたね」
「ああ、おそらくそのダンジョンで間違いないだろう」
まさかリーグナがオーラルフットでダンジョンマスターをやってたとはな。
彼女は死んだし、ダンジョンも吸収したので、もう現地には残っていない筈だ。
「それで、後の2人は?」
「私の妻。そして、『果てしない渓谷』に居たダンジョンマスターですね」
「そうか、ありがとう・・・、もう大丈夫だ」
ギャレット殿に遮られたのが腹立たしかったのか、ジャンナ殿が身を乗り出して聞いてきた。
しかし、俺の返答を聞いた彼女は空気が抜けたようにションボリとしてしまった。
彼女とダンジョンとの間に何かあるのか?この場で聞くわけにもいかないので何も言えないが。
その後は質問もなく、ジャンナ殿の国、ラフラインについて説明するようにルーチェが促した。
心做しか、周囲から俺を警戒しているような視線を感じた。ダンジョンマスターだと再認識した彼等は、俺をどう思うのか。
少し話しがズレるが、恋人と上手くいかない理由として、最初のうちに無理して頑張るから、慣れた後に文句を言われるというのがある。「最初はやってくれてたのに・・・」みたいな感じで。
それなら、最初のうちから自分はこんな人間だというのを知ってもらっておいた方がいい。その点で言えば、この場で再認識させられたのは大きい。
果たして、今の俺は周囲から見ればどんな人物なのだろうか。