光と破滅、品のある曲がった鼻
カルラ王妃が去るとルーチェが話しかけてきた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、まぁ。相手の立場が立場なので・・・」
麒麟を売れと言ってきたカルラ王妃。
フルネームは、カルラ・ルイーナ・ベスティア・オーラルフットと言う。
名前が長いのと、王妃と呼ばれているのを見れば、あの傲慢さも頷ける。内心では腸が煮えくり返っていたが、今後の事を考えればそんなに強く出ることも出来ない。もっとも、会話の後半の方は俺も盛り上がって色々と言ってしまったが。
「彼女は、教国から見て東、ノーマリーから見て北東の位置にあるオーラルフットという国の王妃です。馬系統の動物に目が無いという噂は聞いていましたけど、こんな所で尻尾を掴めるとは思ってませんでした」
「今までは分からなかったので?」
「王が優秀でいつも抑えていると聞いてます。この話し合いは一度決めた事の確認なので軽く見ていたのではないですか?」
幾ら王が優秀だからと言って、あんな人物を妃に推す周りの人間の気が知れない。
ルーチェは相手の弱みを掴めて嬉しそうだけど、俺としてはそんなに嬉しくない。麒麟の警備を強化しなければいけないのは勿論、後々難癖をつけられては困る。
「エバノ様の事をご存知ない様でしたし、後で吹っ掛けても何も言われませんよ」
「生憎、欲しい物は何でも創れますので」
「それもそうですね」
「では、失礼させていただきます」
「また後ほど会いましょう」
オーラルフットの特産品が何かは知らないが、俺が創った方が何倍も良い品が出来るという自信はある。
食糧は領内で賄えるし、金銭だって必要性を感じていない。イザとなれば宝石でも創って売ればいいしな。
カルラ王妃とのイザコザで無駄に疲れた気がする。部屋から出るのは失敗だったか?いや、でも、女性2人の話しを聞くのもなぁ。結局はカルラ王妃が問題を起こしていた筈だから結果オーライ?
・・・さっさと部屋に戻ろう。
部屋に戻れば、レイの守護者達が戦闘態勢で警戒していた。どうやら下女が慌ただしくルーチェを連れて行ったらしく、何が何やら分からぬまま今に至るようだ。
現場で何があったのかを大まかに話すと、守護者達は自分の部屋へと帰っていった。
「それは災難でしたね」
「それで、ルーンフェンサーを麒麟の護衛に行かせたいと思ってる」
「私は構いませんよ」
「すまんな」
ルーンフェンサーを麒麟に回したことで夜の護衛の時間が長くなる。護衛はメラニーとルーンフェンサーを除けば8人。1人頭1時間ってぐらいか?
ジャンルにもよるが、守護者にも睡眠欲がある。ギフトが寝ていた事からコレは分かるし、寝る事で自身のパフォーマンスに影響を及ぼす事も容易に想像出来る。
明日は親善試合もあるのだ、無駄な警戒はさせたく無かったのだがな。
「基本的に2人で行動すると思うけど、カルラ王妃の特徴を教えておくからパーティの時は気を付けてくれ」
「旦那様が頑張って下されば私は楽出来るのですが・・・」
「はぁ、善処するよ」
わざとらしく愚痴を言うレイ。まあ、俺の麒麟が事件の発端だからな。出来る限り自分でどうにかするしかないか。
立食パーティでもカルラ王妃と会うことになるだろう。その時にオーラルフットの王とやらにも会う事になる。カルラ王妃とは出来るだけ顔を合わせたくないが、優秀な王とやらが今回の件をどう纏めるのかは楽しみだな。
話しをする機会があれば、立食パーティに参加しているお偉い方に、シュヴァルツヴァルトがオーラルフットよりも上だと思わせられるようにはしたいものだ。
□
陽が首都をオレンジに染め上げ始めた頃、控えめなノックの音と共に、立食パーティの準備が出来たという知らせが届いた。
服装もスーツに直し、準備も万端だ。
レイの方も何時も着ている物より装飾が入った服を着ている。十二単の裾を引き摺らない様に短くしたら、レイが着ている物と似たようになるんじゃないか?ダンジョン素材のお陰で重さも軽減されている。
「ん?」
レイを連れて扉を開けると、アクルの後ろに俺が案内を頼んだ下女が居た。
隠れてるつもりか知らないが、アクルの身長が小さいせいで普通に見える。
彼女も俺に気が付いたのだろう。いつの間にか折り目の付いた薄い赤色の着た少女は、緊張の面持ちのままで俺達に一礼した。
「どうか致しましたか?」
「いや、気にするような事じゃない」
あの後はクローフィに任せた筈だが何があったのだろうか。そこまで重要な話しでも無いので別に言う必要は無いと思うが、個人的に気になる。
(私は何もしていませんよ)
そんな念話と共に隣の部屋からクローフィが出てきた。その後にはブリッツの姿も見える。
彼女等にもアクルからの念話が入ってるようだな。
レイの守護者も姿を見せ始めたので話しはまたの機会だ。
立食パーティに連れていく護衛の数は特に決められて居るわけではなく、10人全員を連れて行くことも出来る。
ウチは6人で、俺からは、ブリッツ、クローフィ、メラニー。レイが残りの3人としている。多く引き連れていても邪魔なだけだしな。
アクルは留守番ばかりでつまらないと嘆いていたのをレイの守護者に宥められていた。結局はルーンフェンサーと一緒に麒麟の警備に向かって行ったが、何かガス抜きをした方が良さそうだ。
レイの残りの守護者が空き部屋の警備に付いたのを見て会場へと向かう。
ちなみに、今回連れてきた守護者達もメラニーから手ほどきを受けている。レイの守護者は創造時に『宮中作法』が付けられているようで、1発クリアしていたのを俺の守護者達が羨ましそうに見ていたのを覚えている。
すまんな、お前ら。道連れだ。と、内心で笑っていた。
少し歩けば、両脇を騎士が固めている扉に辿りていた。
騎士は胸当てと脛当て以外には分厚い服を着ている。脛当てには縦に線が彫られていて、それがオシャレの一端なのだと分かった。
「シュヴァルツヴァルト御一行様をお連れ致しました」
「ご苦労様でした。では、どうぞお中に・・・」
少女が一声掛ければ、2人の騎士が同時に扉を開け、俺達を会場へと誘う。
開かれた扉からは、多数の楽器が奏でる優美なメロディーが聞こえる。
警戒と緊張とを表情に出さないように苦労しながら、1歩、また1歩と進んでいく。
やっとの思いで扉を抜ければ、飛んでくるのは好奇の目。分かってはいたものの、居心地が良いものでは無い。
さっと見渡せば、大きな人の塊が4つ。
ルーチェが居る集団。
カルラ王妃が居る集団。
アレは・・・キメラか?流し見しただけなのでよく分からなかったが、ケンタウロスの馬の部分を鳥にした様な生き物だ。そんな彼等の集団。
あと一つは普通の人間の集団。
恐らくは国ごとに分かれているのだろう。
(陛下、主催国であるルーチェ様にご挨拶を)
(分かってる)
メラニーから念話が入ったので、観察も程々にルーチェの方へと歩を向ける。
相変わらず視線は飛んでくるが、それもルーチェの目の前までくると幾分か大人しくなった気がする。
「お招き頂き誠に感謝致します」
「私に対してはそんなに畏まらなくても構いませんよ」
「人の目がありますので」
ルーチェの服装は白いドレスで、所々にヴェルジェンド鉱石が縫い付けられていた。
金が掛かってるな・・・。何かようやく聖女らしくなったって感じだ。日常での残念感さえどうにか出来ればなぁ。
髪も会場の光を反射しているし、何か塗っているのだろう。
「カルラ王妃が居ない方の人間の集団はレクタングル王国の方々です。今回は私達に助力頂いたので、先に入って貰って居ます。次に挨拶に向かうなら彼等でしょうね。王の名前はワイアット・ウィル・キャメロン・レクタングル。身長が低くて、鼻が折れている人を見つければ間違いなくその人です」
「分かりました。出来る限り身長の話しはしないように致しましょう」
名前が長いな・・・、何て呼べばいいんだろうか。ワイアット? ウィル?
殆どの王族の名前が長すぎるんだよなあ。そう言えばルーチェは短いな。確か、ルーチェ・クルイローだったか。王と言うよりは代表の様な感じなのか。
「獣人の集まりがラフラインと言う国の集団です。今まで獣人は纏まっていなくて王と呼べる存在は居なかったんですけど、遂に国として動き始める様でしたので、戦力になるかと思って呼びました。王の名前はジャンナ・ラフライン。彼女の名前が国の名前の起源になったと聞きますね」
「彼女と言う事は、王は女性であると?」
「そういう事です」
よく分からない鳥人を獣人と呼んでるみたいだ。何気にこの星に来てから獣人を見るのは初めてだ。
彼女等も出来立ての国らしいし、是非とも仲良くさせて貰いたい。そうしたら何時かはモフらせてくれないだろうか・・・。
「残りがオーラルフットですね。先程の件で余り良い印象はないかも知れませんが、国土の殆どが平地という立地条件を活かしての農業が盛んです」
「自国で賄える我が国には余り旨味がありませんね」
「周辺国に対抗馬が居なくて値段を釣り上げられる事が多かったのですけど、エバノ様のお陰で解決出来そうです」
あぁー。ルーチェが言っていた、捕まえた尻尾とやらがココで効いてくるのか。
オーラルフットへの挨拶は一番最後で構わないかな。
「ノーマリーとあと1カ国もそのうち呼びますから今のうちに挨拶をした方が良いですよ」
「あと1カ国?何処の国ですか?」
「教国の西、レクタングルの北西にある国。ルーマンドです。王が居ないので、代表が来る手筈となってます」
代表が来る? ルーマンドは民主政の国なのか?
取り敢えずはレクタングルに挨拶に行っておこう。
挨拶をする順番によってその国が何処と関わりたいか分かるからな。レクタングルはその為に先に入ってるんじゃないだろうか。