破滅を運ぶ自由人
廊下を歩いていると、行きの時にもすれ違った下女に会った。服の色は薄い茶色だ。
頬には薄らとソバカスがあり、未だ少女と言った風貌をしている。
「すまない。場内を案内してもらいたんだが」
「えぇ・・・と」
下女は恐る恐る俺達に下げていた頭を上げ、周囲を見渡した。
残念だが周囲に人影は無いぞ。
「・・・私でございましょうか」
「他には誰も居ないと思うんだが」
「そう、でございますね。かしこまりました」
冷や汗をかきながら答える少女。
詰まりながらではあったものの、無事に了承の返事をもらえた。
「では、どちらに参りましょう。中庭と広場はご覧になられたと思いますので、私が案内させて頂ける場所としましては剣術訓練、魔術訓練を行っている所でしょうか」
「そうだな。そこに行ってみようか」
親善試合もあるし偵察にでも行くとしよう。
丁度ブリッツとクローフィが居るのだから見学するのも悪くないだろう。
「そういえば、魔法と魔術は違うのか?先程、魔術訓練と言っていたが」
「魔法を使っての実践的な訓練を魔術訓練と言います。自身のみではなく、相手の魔をも扱う術を学ぶ訓練。それらを短くして魔術訓練です」
・・・なるほど、分からん。
相手の魔を扱うっていうのは防御か阻害の事で合ってるのか?後でクローフィに聞いてみるか。
魔力、魔法について話しを聞いたのは、魔力を押し出した時以来だ。ダンジョンでの魔法の訓練は実戦形式だったから、基本的に話しは無かったんだよな。
(エバノ様の考えられている通りです。今までは外敵に対する防衛の為に実力重視でしたが、今後は座学も取り入れましょう)
(いや、座学はいらない。出来るところまでは一人でやってみたい)
(かしこまりました)
知識が無ければ熟練度にも打ち止めがやってくるだろう。そうなったら聞けばいい。
守護者の熟練度が上がりやすいのは知識量によるものだと思う時がある。俺が知らないこの世界の知識。神から与えられたのだろう知識。
それを自分が困る前から手を差し伸べられるのは寄生だ。面白くない。
そんな事を考えながら廊下を歩いていてれば、下女が立ち止まり、コチラに振り返った。
「この扉の先が訓練場になります」
そうして扉を開ければ、剣戟の音と何かが蒸発するような音が聞こえてきた。
蒸発するような音の発生源を見やると、互いに両腕を突き出している2人組が居た。今のは彼等の魔法が相殺された音だったのだろう。
俺達が入ってきた事に何人かが気付き、会釈をして訓練に戻る。
剣の腕も魔法の威力も普通だな。熟練度で言えば両方とも4ぐらいになるだろうか。強い相手でも7、8が関の山。到底ブリッツに勝てるとは思えない。
(どうだ?)
(余裕で勝てますね。ルーンフェンサーでもいい線いくでしょう)
(クローフィは?)
(私も負ける気は致しません)
言葉に出して言うのは悪いかと念話で話していると、案内してくれた下女の様子がおかしいのに気が付いた。
小刻みに震えていて、顔色も何処か悪いように見える。少女の視線を辿れば、その先に薄い赤色の服を着た下女が。
「どうした。体調が悪そうだが」
「も、申し訳ありません!失礼させていただきますっ!!」
そう言って走っていく少女。
恐らくは赤い下女から何か用事を頼まれていたんじゃないだろうか。
「・・・彼女には悪い事をしたな。クローフィ、後は頼めるか?」
「分かりました」
『幻術』使って周囲に溶け込むんでいくクローフィ。彼女を尻目に訓練場を後にする。
そろそろ帰ってもいい頃だろう。
□
クローフィside
エバノ様の命により下女を尾行しているのですが、どうやら先輩の下女に怒られているみたいですね。
「私が頼んでおいた用事は終わってるのかしら」
「申し訳ありません!」
「私は終わってるのかどうか聞いてるんだけど?」
「・・・終わってないです」
消え入りそうな下女の言葉の後に パンッ という乾いた音が響いた。
ビンタでもかまされたのでしょうね。不憫な。
そもそもはエバノ様がこの子に案内を頼んだのが原因というのに。
この下女に手をあげるという事は、案内を頼んだエバノ様に対して無礼に当たるのが分かっているのだろか。いえ、そもそもエバノ様自体を知らないのでしょうね。
良い夢でも見ていてください。
「大丈夫ですか」
「あなたは・・・先程の」
『幻術』を解いて姿を見せた私に、少女は顔を伏せて申し訳なさそうな雰囲気を出した。
「あの、ありがとうございます」
「私の主が案内を頼んだのに貴女が怒られてしまっては沽券に関わりますから」
「先輩はどうなっているのでしょうか」
少女の言葉を聞いて、『幻術』を見ているだろう女を見る。
きっと今頃はいい感じにストレスを発散しているのでしょうね。
「気にしなくても勝手に起きますよ」
「そうですか・・・」
「仕事に戻って構いませんよ」
「わかりました」
言葉では了承の返事を言っているけど、顔色は優れない。だけど、私に彼女の話しを聞いてあげる義理は無い。私が何か話したって現状は変わらないと思うから。
・・・さて、何やら場内が騒がしいですね。何か起こったのでしょうか。
(何やら兵が動いてでますけど、何かありましたか?)
(現地に向かってる途中だから細くは知らんが、麒麟を襲った馬鹿が居るみたいだ。お前も早く来い!)
それだけ伝えると、エバノ様からの念話が切れた。
それで、何処に行けばいいのでしょうか。
(中庭に来て頂ければ分かります)
(分かりました)
コレはブリッツから。
彼は周りをとてもよく見ている気がする。そういえば客観的視点がどうのこうの言ってましたね。なんでも、ギフトが何やら言い回っているとか。
私が創られたのは、人型で言えば3番目。目的はマインと似ているかも知れません。『戦力の増強』、それが私の核。
マインはライトアーマーを『従者創造』で無制限に創れるみたいですけど、私は違う。私の従者はコウモリ。それも、数に上限がある。おそらくですけど、侵入者の血を吸って従者にするのが理想だったのでしょうね。そのために技能に制限が掛かっている、と。私も『吸血』の相手は選びたいのですけど。
頭の片隅で考えながらも脚は動かし、無事に中庭に到着。
人混みを掻き分けながらエバノ様が居るであろう場所へ向かうと、口論が聞こえてきた。
「その馬を買うって言ってるの!分からないの!?何回言わせれば気が済むのよ!」
「ですから、売らないと言ってるではないですか。幾ら金を積まれても私は売りませんよ」
声の主は、腰の辺りまだある赤黒い髪を1つに結った女性とエバノ様だった。
敬語を使う程の相手には見えませんが、きっと偉い人なのでしょう。エバノ様も性に合わない敬語をいつまで使うつもりなのやら。
「奥様、お辞めください!人が集まってきております!」
「アナタは黙っていなさい!」
馬丁も止めようとするものの、一蹴されます。
どのタイミングで合流しますか。
一緒になって絡まれるのは嫌なのですけど。
(エバノ様、この状況はどうすれば)
(待機してろ。これは相手が悪いからな。勝手に自分の評判を落としてくれてて助かってるよ)
まだ聞きたいことはありましたが、口論が再開したので念話を切りました。ブリッツも周囲を警戒している様ですし麒麟にでも話しを聞きますか。
・・・・・・街で麒麟の噂を聞いたお偉いさんが、是非ウチで買取りたいと言ってきた。
部屋に戻ろうとしていたエバノ様を馬丁が見つけて今に至る。
そうでしたか。困りましたね。相手に品が無いのが更に自体の悪化を招いていますし。
「決闘よ!決闘しましょう!!」
「コチラに利がありませんので了承しかねます」
行くところまで行ってしまという感じですか。もし決闘が行われても剣術の熟練度がマックスのブリッツに勝てる騎士など居ないと思うですが、どうでしょう。
聴衆も騒ぎ出す中、人の群れが2つにわかれた。騒ぎを聞きつけたルーチェ様が来たのです。
「何の騒ぎですか」
「ルーチェ様・・・」
その一言で騒いでいた女性も静かになる。いや、アレは勝ちを確信した顔だ。頑張って無表情を作っているけど、目が笑っている。
エバノ様の事を知らないからそんな風に笑ってられるんですよ。
「ルーチェ様、実はですね。こちらの方が飼っている不思議な馬を買取りたいのですけど、どうしても譲ってくれませんの」
「そうでしたか」
ルーチェ様がエバノ様を横目で見る。
何を言うつもりでしょうか。言葉によっては攻撃も致し方ありませんが。
「で、エバノ様はどうですか」
「無理だと言ってるんですけどねぇ。それと、前言を撤回して頂きたい。いい加減家族に対する侮辱を聞いてきて腹がたってるのんですよ」
「馬を家族だと言いましたか。変な趣味をお持ちみたいですね!」
そろそろですね。女性の方は煽った積もりでしょうけど、今ので馬丁や馬と仲の良い騎士を敵に回した。
それに、エバノ様が怒り始める頃合い。
ブリッツも完全に頭に血が登ってるみたいですし、私が止めなくては。
「エバノ 「何を仰られる。産まれてから今まで成長を見てきた生き物を家族と言わないだなんて心が死んでる様ですね」
あぁ・・・、間に合わなかった。
何言ってるんですか。いや、確かに正しいんですけどね。
「まぁまぁ、2人ともそこまでにしたらどうですか?カルラ王妃、諦めてください。エバノ様は折れませんよ」
「覚えておくことですね!」
王妃?こんな王妃を持って国王は大変でしょうね。
捨て台詞を吐いて早足に広場へと向かいましたけど、どうするつもりでしょうか。
カルラ王妃の周囲の心象は随分と悪くなった様ですけど。