守護者近況報告
「精神と肉体のバランスが不安定なのよ」彼女はそう言った。
種族の進化もメリットばかりでは無いという事だ。
主天使となることで肉体的な強さを手に入れた。だが、精神はそうはいかない。
まず、種族の進化をするにあたり、感受性が高くなる。
危機回避能力が上がることもあれば、怒りやすくなる事もある。
俺はソレが性欲へと変換されたようだ。
「ダンジョンマスターとして復活した貴方はスプラッタな場面に耐性が付くようになってる・・・。でも、若くなった事で精神も若くなって、進化がそれに拍車を掛けた」
「罪悪感が無いから性欲が勝ったと?」
静かに頷いたのが気配で分かった。
性欲に変換されたとして、性欲に勝る他の感情が出て来ないので性欲に流されるという事だ。
「それをワザワザ言いに来てくれたのですか?」
「そうね・・・。模造品と貴方とでは違うもの」
「模造品?」
「少し長くなるけど、いいかしら?」
俺が頷くと、一つ溜めを作って話し出した。
「初めて人を創造した時は確かに愛情を持っていたわ・・・でも今は違う。人は成長した。・・・勿論、悪い方向にもね」
彼女の言い方だと、この世界に他の神は存在して居ないようだ。
そして、隣の人物が神なのだと改めて感じた。
「・・・昔は平和だったのよ?獣と人とは心を通わせ自身で新たな種族を創ることにも成功した。大変喜ばしい事よ。・・・それが今では・・・」
「種族差別に戦争、ですか?」
「そう」
肯定した。ただそれだけの筈なのに、いろんな感情が織り交ざっていた。
差別は長く続いているのだろう。
獣人と人族の仲が悪いのはそんなに珍しいことでは無い。憶測は出来る。
「そのうち、こう思うようになったの。・・・人の形をした模造品だ、ってね」
「それで、私と模造品との違いは?大差無いと思うのですが」
「私が手を掛けたかどうかよ。私が創った人は死んで、子孫が居る。でも子孫と私との関係性は薄いわ。まして時が流れれば流れるほど薄くなっていく・・・」
なるほど。
「貴方は私が手をつけたヒト。心配するのは当然よ」
「まさか、それだけの為にココまで?」
「親が心配するのは当たり前じゃないの?でも驚いたよ。貴方に屍姦の趣味があったなんてね」
「それは何も言わないで下さい」
性欲が溜まるだけで趣味性癖は変わらない。つまりは俺の中にそういう願望があったという事だ。
ソレをツッコまれては何も言い返せない。というか見てたのか。
「それと私の目的だけどね、世界の均衡の維持になるわ。DMOだったかしら?そんな組織が出てきて負の感情に偏ってるの・・・。目障りなのよね」
「潰しますか?」
「何れはね。貴方の他にも私の子供は居るわ。貴方達の力で及ぶと思えばまた声を掛けるわ」
目的が出来るのはありがたい。
招集が掛かる前に存分に力を蓄えさせてもらおう。
俺はダンジョンじゃないと本領が発揮出来ないけどな。
「何にせよ、気を付けてくれたらそれでいいわ」
「・・・頑張ってはみます」
本当にその為だけに来たのか、言い終わると浴槽から出ていった。
「あ、言い忘れてたわ。感情が昂ってる時に守護者を創ると結構引っ張られるから気を付けることね」
「どういう事ですか?」
「アクルとディアは三大欲求の中でも性欲が優先されやすい、とかね」
あぁ。そういう事か。
そして彼女は本当に去って行った。
□
事情を知らない他の守護者から昼食が遅いと怒られたが、俺にとっては有意義な時間だったので素直に謝っておく。
ギフト以外は怪しんでいた様だが、俺からは何も言うことは無い。
そもそもギフトが落ち着いているのがおかしい。『人宮一体』でも使って覗いていたのでは無いだろうか。
彼女の事を言い広められたら対応が面倒臭い。釘を刺しておくか。
(他言無用。コレは命令だ)
(分かりました)
かなり遅い昼食を食べて自室に戻る。
今は何もしたくない。
『人宮一体』を使ってダンジョンと同化する。
午前中に感じた不快感は既に無い。
ダンジョンが俺を包み込む。
俺はダンジョンを守れているのだろうか。
『人宮一体』は相互の関係が大切な技能だと思っている。
一人では出来ない事をしているのだ。俺だけが良ければそれでいい筈が無い。
俺はダンジョンマスター出来てるか?
ふと、誰かに手を握られた気がした。
ココはダンジョンの壁の中。俺とアイリードとディアだけだ。
呼吸が要らない存在、且つ俺が身に纏っている存在。
俺除く2体しかこの場にいない。
・・・ハハハ、俺の気のせいにしておこう。
ありがとう、相棒。
お前の中にいるのも悪くないな・・・今日はここに居よう。
鏡を購入しても部屋まで運んでいってくれるし状況把握も完璧だ。
そうだ、『三階層』を覗いてみよう。
リェースは上手くやっているだろうか。
『三階層』は創ってから1度しか足を運んでいない。『人宮一体』とリェースからの情報で何となくは現状を把握しているが、自分の目で見るのとは違うからな。
俺が渡しておいた木の苗は『ヒノキ』、『スギ』、『サクラ』だ。コレは時間が掛かるのは分かっているのでそこまで期待はしていない。
食材に関しては『キャベツ』、『レタス』、『白菜』、『人参』、『タマネギ』、『ジャガイモ』、『トマト』、『小麦』、『サトウキビ』と、結構な数を渡してある。
ポーションの材料となる聞いたこともない名前の薬草なんかも購入した。
やはり一人だとキツイだろうか。
様子を覗いてみると、そつなくこなしているようだ。
魔法があるとはいえ、植えるのだけは手作業だ。1人だと時間が掛かると思っていたのだが、全て植え終わっていた。
ヴェーデの姿があったが、手伝って貰っているのだろうか。手伝わせて大丈夫なのか?一応お嬢様なんだが。
リェースには『時魔法』があるので時間をある程度操作出来る。
木材に関しては自然環境でないと根の踏ん張りが弱くなると聞いたことがある。天候について相談しておくか。
他の守護者はどうだろう。
マインは眷属たちと戦闘訓練。
クローフィは魔法の・・・訓、れん?
え?・・・部屋の中が炎で埋め尽くされるんだけど。
助けに行った方がいいのか?
(ディア、いけるか?)
(私にかかれば余裕ですよ!)
取り敢えず突入。
ディアのお陰で熱さを感じる事は無い。
理由は魔法による炎だからだと推測。
「何やってんだ」
「・・・いらっしゃったのですか」
「今来たんだ」
クローフィは大丈夫そうだ。
何処も焼けていない。
「練習もいいが見てて心配になる様なのは止めてくれよ」
「善処します」
何かあしらわれている感じがする。
拗ねているのだろうか。心当たりが全くないが。
「アクルはどうした?クローフィに合流するように伝えたのだが」
「彼女は隣の部屋ですよ」
「分かったありがとう」
壁に戻ってアクルの様子を除いてみればアクルが宙を浮いていた。
・・・魔法使いには禄なのが居ないのか?
「おい」
「カモメの声がする〜」
「後ろだ、後ろ」
宙に浮いたままで器用に反転してみせた彼女。
何をしているのかと聞けば『方陣魔法』の練習だと言う。
「遊んでるようにしか見えないんだが?」
「細かい事は言っちゃダメだよー」
「結局遊んでんのかい」
その後、軽く言葉を交わしてその場を後にした。
あとは・・・ギフトか?何処にいるんだろう。
彼女の姿は直ぐに見つかった。
玉座の前で膝を付いていたのだ。
ギフトの行動が一番分からない。
玉座の前に居るということは俺を待ってるのか?『人宮一体』でも念話でも使えばいいものだが。
玉座の真ん前に現れ、そのまま腰を下ろす。
確かこんな場面があったな。
その時はこの姿勢で寝ている彼女を玉座に運んだんだったか。
気が付けばギフトに向かって足が進んでいた。
本当に何となく。なんの考えも無かった。
俺も同じように膝をつく。
彼女を創造した場面を思い出す。
初めての侵入者で俺は焦っていた。恐怖していた。
神の言葉通り俺の感情が反映されるなら、ギフトにはそうした負の感情が移入している筈だ。
こうして玉座の前に居るのは俺が玉座に戻るのを待っているのだろうか。
彼女が求めているのは安心感なのだろうか。
俺には分からない。
他の守護者はどうだろうか。
考えるのは後にしてギフトの頬に触れる。
・・・反応が無い。寝てるのか?
ギフトを抱えて自室へと運ぶ。
前回は玉座だったが、今回は布団がある。
少しだが進歩しているはずだ。
守護者達にも自室(『一階層』の余り部屋)を与えているのにどうしてこんな所で寝ているのか。ベットはクローフィが頑張って配置している。
そもそも、まだ夜じゃない。寝るには早いとおもうんだが。・・・まぁ、いいか。
自室のベットに運び込んで髪を撫でる。
ギフトの髪質が一番好きだな。守護者全員のを触ったことは無いが、不動の一位だろう。
玉座とか、初期から配置されていた家具はダンジョンの一部認定されているのだろうか。
玉座に腰掛けて『人宮一体』を使うと、普通に同化出来た。
ダンジョンの備品ではなく、玉座そのものがダンジョンの一部だった。
謎は解けないまま、ギフトがいるベットへとダイブした。