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ダンジョンと共に往く  作者: 畔木 鴎
十四章 堅甲利兵
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流星

 いよいよ戦争が始まる。

 互いの軍は向かい合うように並び、戦いの火蓋が切って落とされるのを今か、今かと固唾をのんで待ちわびていた。トハン帝国皇帝、ルッツ・アーダルベルト・イーゴン・トハンが改めて声明を発表することでこの静寂はすぐさまに崩れ去ってしまうだろう。

 手に汗握る状況。1万もの人数が見える場所に居るというのは、何とも心臓に悪い。それもあと少しで終わりだと思えば我慢できなくもないが、不満ばかりが募っていく。


 「まだなのか」

 「気持ちは分かりますけど、もうしばらくの辛抱ですわ」


 思わず漏れた声を、近くに居たマインが諫める。

 バケツ兜から伸びたアホ毛の様な装飾が風に揺られ、まるで屈伸しているかのよう見え、思わずそこに視線が集まってしまう。そんな俺の視線に気づいたのか、マインから無言の圧力が寄せられた。

 ・・・悪かったな。気になるんだから仕方ないだろ。


 「カモメ様もそろそろ鎧を着てはどうですか。創っておられるのでしょう?」

 「ん?まぁ、あるにはあるな。あんまり好きじゃないが」


 互いに正面を向いたままに、話しは進んでいく。

 彼女が言っている鎧とは、ずいぶん前に創ったものだ。絶対に壊れない鎧という奴で、趣味全開なために装飾が多いし、色も金一色だしで創ったはいいものの色々と使いにくくなってしまった。一応は実際に使って調整してあるから、実用性が無い訳ではないんだが。


 どうでもいい流れ弾なんかに当たって吹き飛ぶのもカッコ悪いので、足元を領域にして素早く鎧を召喚。跨っている麒麟には悪いけど、体重を両手に掛けて尻を上げての着替えとなる。

 まずは浮いている腰から、太もも、脛へと変わっていく。その次は上半身へ。最後に腕、頭部と変われば着替えは終わり。誰もが驚く早着替えにノーマリーの兵がざわついているが、少しするとそれも落ち着いて来た。


 滑らかな曲線を描くような脛当ては、膝の部分でねじれ、細い角となっている。胴体部にはシュヴァルツヴァルトの国旗の紋章が描かれ、肩には鳥が食いついている。腕当てもまた滑らかだが、手の甲の部分には小さなスパイクが顔を覗かせている。

 頭部は横に倒れたどんぐりみたいな形だ。本来はもう少しシャープなのだが、そう間違ってはいないだろう。

 これらの防具には軽量化の能力を付けさせてもらっている。どうせ壊れないんだから軽くても大丈夫だろ、とかそんな感じだった筈だ。衝撃はもろに喰らう訳だが、ディアも居るしそう酷いことにならない。


 「傍から見たら、どこぞの星座の戦士にしか見えないな」

 「私は英雄王に思いましたわ」


 そんなに似てるか?ゴチャゴチャした装飾を取り除けばそう見えない事もないと思うけどな。法具も再現できない事もないし。今回は優秀な配下が居るから俺が出る前に終わるだろうから、出番は無さそうだ。




 ・・・来た。

 俺が鎧を着てしばらく。ようやく皇帝であるルッツが顔を見せた。真っ先に確認したのは『千里眼』を持っているシーゼンで、俺はその報告を聞いただけなのだが、肌で感じるプレッシャーは本物だ。これはまるで、大気が揺れる様な・・・。いや、ココに集まった1人1人の人間が出す、熱気に近い何かがそうさせているだろう。それは恐怖であり、執念であり、欲望である。感情、想いが膨れ上がっているだ。少なくても、全体を見渡せる位置に居る俺にはそう見えた。


 「余が、トハン帝国第十二代皇帝!ルッツ・アーダルベルト・イーゴン・トハンである!神の加護ある我が国は!神に愛された国である!大人しく属国になるならばよし!そうでないのであれば!この私自らが貴様らに神罰を与えるだろう!」


 風の魔法か何かで拡大された声は、こちらまでよく届く。だからと言って、いまさら怖気づくこともない。隊列を乱してこの場を去れば、待っているのは味方からの死のプレゼント。脚をしっかりと地面に縫い付けておかねばならない。


 ルッツが言い終わると同時に、1人の人間が馬に乗って俺達の軍勢に向けて走ってきた。恐らくは最終通告だろうか。口上でもそれらしき言葉を言っていたし、外れていなさそうだ。

 そんなことを考えていると、右手の方から物音が聞こえて来た。何事かと思って視線を投げかければ、そこに居るのは馬に跨ったスタージュ。予定では右翼側に居る筈なんだが、何をしに来たんだ?


 「エバノ殿、準備はよろしいか」


 そんなことをわざわざ言いに来たのか。ご苦労なこった。

 勝手に始めてくれて構わないというのに。俺達は俺達でソレに合わせられるし、そっちの方が楽だ。それにしても右翼は大丈夫なのか?一応は指揮官だろうに。

 俺の無言での考えは彼に伝わったようで、「直ぐに戻る」と言葉を付け足した。


 「そちらのタイミングでどうぞ。こちらは合わせますので」

 「分かった。・・・、言っておくが、無駄な戦果を得ようとすれば死ぬのは貴殿だ」


 少し諫める様な声でそう告げるスタージュ。兜を被ってるのにどうして考えが分かるのだろうか。不思議だ。そんなに分かりやすいタイプの人じゃないと思うんだが。


 「これは守っていれば勝てる戦。何も焦る必要は無い、ですよね?」

 「あぁ。分かってればいいんだ、俺は戻る」

 「では後ほど」


 言いたい事は言えたのか、スタージュは馬をUターンさせるように動かし、右翼へと帰って行く。

 まじまじと見るのは2回目となる、ヴェルジェンド鉱石を使った彼の鎧。ソレを視界の中心に、俺は小さく呟く。


 「守って勝ち、攻めて大勝。なら、攻めない訳にはいかないよな?」


 兜が無ければ、この、どうしようもなく歪む口元を周囲に見られていたに違いない。鎧を着る様に言ってくれたマインには感謝だ。

 いままで感じていた緊張感は何処へやら。申し訳なさそうに緊張感の代わりに身体から湧き上がって来たのは、燃えてしまうのでは錯覚するほどの熱量。これだ。やはりコレが無いと始まらない。戦いの度に感じて来たこの感覚。今までの不安は、熱を感じなかったが為に俺を支配していたのかもしれない。

 だがそれもこれまで。今の俺はさっきまでの俺とは少し違う。言わば、戦闘モードという奴だ。


 開戦を告げる、重くて不気味な角笛が聞こえて来た。


 後方では空気を震わせる、大きな銅鑼の音が聞こえる。


 煮えたぎった身体の熱を放出するように、身体から空気を吐き戻すように。

 勢いよく。威勢よく。力強く。己を主張させて。


 「左翼!突撃、始め――――!!」


 俺の声と共に、軍勢は動き出す。ノーマリーの兵は皆一様に驚き、間抜けな面を晒す。が、一度動き出したモノは簡単には止まれない。止まる意思のないモノであれば、それも尚更。


 俺の頭上を育雛もの火の玉が走り、敵陣へと向かっていくのを確認した。

 小さく、対処しにくい矢ではなく、迎撃可能な魔法を使うのはどうかと思わないでもない。俺達は序盤から魔法を使う訳では無いから、関係ないからだ。精々数を減らして見せろ。


 (第四列、弓構え)

  「弓構え―――――!」


 念話はシーゼンへ。左翼の四列目に居る、シュヴァルツヴァルトとノーマリーの混合弓兵に届く。困惑を隠せないノーマリーの兵を置き去りに、弓が射られる。遅れて飛んで行くのは、ノーマリーの兵のものだろう。

 魔法の弾道より低い矢の群れはアーマーナイトの頭上を通り過ぎ、走って来ていた帝国兵へと突き刺さっていく。

 帝国側からも遅れて矢が飛んでくるものの、予想していた攻撃に対して、平常心が揺るがない鎧達はめっぽう強い。ルーンフェンサーが『風魔法』を使い、矢を押し返すのではなく、あえて飛距離を伸ばすことで矢を避ける。


 第三列までが前線へと走って行ったために、彼等と第四列までは間が空いている。受けながらされた矢群はその間に刺さり、土埃が立ち上った。その中にも、第四列にまで届く矢というのは何本も存在する。しかし無情にも、それを阻むものというのは存在するものだ。

 第四列の後ろに控えていた第五列。魔法部隊で構成された第五列が第四列と交互に交わる様に並び、土の壁を出しては矢をやり過ごす。シュヴァルツヴァルトの守護者は『土魔法』を専門にしている者が多く、MPブーストも好きなだけ掛けることが可能だ。どれだけ横に伸びていようと、どれだけ勢いが強かろうと、敵は無い。


 弓矢によって勢いの削がれた帝国兵。

 彼等は盾を構え、槍を突き出す。隊列を組み直して第一列を迎え撃とうとしている様だが、中途半端な防備ほど脆いモノも無いのではないだろうか。


 兵は神速を貴ぶ。

 少し意味合いは違うが、俺はこの言葉ほどに現状に合う言葉を知らない。

 それほどまでに素晴らしい、始まり方だった。俺の中の熱は更に勢いを増していく。

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