血の旗を掲げ、彼女は括目する
スタージュ・プリンケプス・ミニマ・ノーマリーが自らの国であるノーマリーに戻って来たのは、2月14日であった。エバノのように瞬時に移動できない彼にとって、ここでの時間の消費は一日千秋の思いであったことだろう。信頼できるものに向けて己とエバノ直筆の書状を託したとはいえ、何事も自身の目で見なければ安心できないモノである。
ここで、彼がエバノと話しをつける前の話しをしようと思う。
クローフィがアマンダの手引きの元『吸血』、『従者創造』により従者を増やし、シディが着々と暗殺実行に向けての下地を作っていた時のことだ。
クローフィは、血の味があまり好きでは無い。正確には、自らの主君以外の血が、と言った方が良いだろう。守護者として主の為に努力を続けてはいるが、苦手なものはどうしても好きにはなれなかった。恍惚とした少女の首筋に犬歯を優しく突き立てるクローフィとは、そういう守護者である。
彼女が創られたのは4番目。マナフライ、ギフト、マインときてのクローフィだ。創造時に何があったのか、少し思いだそうとはしたものの、「特に何もなかった」という言葉以外が私の口から出てくることは無い。特に何の感情も持たず、「『従者創造』便利だなー」などと考えながら彼女を創ったのだからそれも当たり前ではある。
要は、マインには『従者創造』で劣るということだ。便利だから、吸血鬼っぽいからという理由で付けられた技能が、思いの篭った技能にかなう筈もないためである。ジャンルこそ[死]であるが、吸血鬼にもなり切れず、数を作ることもできない。彼女はそれが嫌だった。
ならば、と、魔法を、剣とを育てた。これは彼女にとってごく普通の流れであり、守護者であれば誰もが通る道だと知っていた。身体が悲鳴を上げるまで動き、MP枯渇で気絶するまで魔法を発動する。最短の道をしっているからこそ効率的に、酷く自らを苛め抜くことが出来た。
彼女が感じる、血特有の鉄臭さ。これもまた成長への最短である。同一名の技能であったとしても、効果まで同一とは限らない。所持者によって形を変えるのが技能であり、だからこそ思いの力が上乗せされることもある。上げられるときに熟練度を出来る限り上げておく必要があるのだ。
1人増やしては私の為。
2人増やしてはダンジョンの為。
3人増やしてはエバノの為。
いつかはこの味にも慣れる時が来るのだろうか。それでも彼女は構いはしない。
それが守護者であるのだから。
エバノからの撤退命令が彼女に下るまでに犠牲となった下女の総数は127名。幸いなのは、従者となった者からは感染が広がらないという事だろうか。
ノーマリー王国の王城。そこの洗濯物の1つに、血で真っ赤に染まったハンカチがあった事は城内で真さやかに噂されという。それはまるで、主人の帰りを待つ人々が掲げた、旗のようであった。
一方、シディに目を向けてみる。
『吸血』や『従者創造』を持たない彼女の戦い方、それは『幻術』、『催眠術』、『魅了術』を用いての裏方工作である。一見すれば工作は簡単そうに思えるかもしれない。しかしながら、彼女がこんなに時間を掛けているのには理由があった。
それは創造時のことだ。エバノが、上記の3つの技能にブーストを掛けなかったのだ。魔法等の生活に必要な技能こそしっかりとブーストが掛かっているのに、大事な技能こそブーストを掛けなかった。これによってここまで時間を掛ける必要があったのである。要は、貧乏性を発揮したエバノのミスだ。
とはいえ、熟練度がいくら低かろうと技能は技能。時間を掛ければ、それに見合った効果というのが現れるのは当たり前だ。シディを匿っていた屋敷の住人は今はその殆んどが彼女の支配下にある。いくらノーマリーで名のある貴族だろうと、それが変わることはない。
支配下に落ちた彼に以前の威厳は無くなり、家具の1つとしてシディの目に入るゴミになり果てた。言葉を発する事も無く、彼女の尻に敷かれた彼は頬を緩ませる。クローフィとはまた違う、従者の形。だがシディの魅了はたった1つの貴族では終わることは無い。せめて4割の貴族は引き入れなければならない。後はクローフィがどうにかしてくれる。
彼女が次に訪れたのは、カルタという家名の家だ。諸君らははたして分かるだろうか。
ヴェデッテ・カルタ、パぺル・カルタ。この両名の名前を聞けば分かるかもしれない。かつて、シュヴァルツヴァルトという名前すら無かった、ただのダンジョンであった彼の地にて人質として過ごした彼女の家である。
しかしシディはその事を知らない。シュヴァルツヴァルトにある戦闘詳報を確認すればヴェデッテの名前が記されているものの、彼女はシュヴァルツヴァルトで過ごした時間がどの守護者よりも短い。彼女がダンジョンに戻って来たのはエバノが死んだ時であり、その余裕ですら無かったのだから彼女が知らないのも無理のないことではある。
ただ、それをクローフィが見逃すかと言われると、首を横に振らねばならない。彼女にとってヴェデッテとは大切な客人なのだ。それは何ヶ月経とうと、何年経とうと彼女の中で揺らぎはしない。
そのことについてクローフィとシディとの間でひと悶着あったのだが、最終的には、エバノの指示が下った事で問題は解決した。
カルタ家ではしばらくこの話題で持ちきりとなった。1日だけで去って行った、大貴族紹介の給仕。その噂を耳にしたヴェデッテは、遠い昔の事の様に目を細めて1人の人物を思い出していた。クローフィの姿を見た人から言伝にその外見を聞いた彼女は、静かに波乱の予感を感じていた。
あの人が動き出すんだろう、と。
9月(戦争開始)までまだまだですが、なるべく早く進めたいと思います。
今後は投稿が2日に1回とはいかないかもしれません。いつも通り、更新遅れる詐欺になるように頑張らさせてもらいます。