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ダンジョンと共に往く  作者: 畔木 鴎
十二章 激甚災害
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失った威厳と得たもの

 ついに亜人の群れが『果てしない渓谷』を抜けた。レクタングル、ノーマリーに多少散りはしたが、その群れの数にさほど違いはない。帝国は亜人の群れが来ている事に気付いているようだが、未だにこれといった動きを見せていない。このままだと町の2つ、3つは飲み込んでしまうが・・・、さぁ、どうする。

シュヴァルツヴァルト、『謁見の間』でその様子を見ていた俺は薄く笑うと、『大聖堂』の正面に飛んだ。


 リェース、アクル、メラニーに呼びに行かせた修道女達が生活をし始め、荷運び等をし始めたために、『大聖堂』は随分と騒がしくなった。ただ単に、鎧が擦れる音だけだった今までがおかしかったのかもしれないが。アレはアレで俺はそれなりに好きだった。誰かの息遣いが聞こえないというのは、それだけで神聖な空間というのを際立たせる。

 彼女らが『大聖堂』に来た当初の様子を俺は確認していないのだが、うわさに聞く限りでは結構好評だったようだ。グラキエスの教会と比べても、シュヴァルツヴァルトが勝つ気がするし、創った側としては嬉しい限りである。物理法則無しの俺と比べられては教国の建築者達も困るだろうし、同じ建物だとしても、違うジャンルだと考えるのがいい割り切り方かもしれない。


 今日、ココにやって来たのには理由があって、国王として新しい住民に挨拶をするためである。本来、挨拶をするのは『大聖堂』を任せているスキアーだけだったのだが、なんやかんやで俺まで巻き込まれることとなった。挨拶と言っても注意点などはスキアーが言ってくれるので、俺は本当に少し挨拶をすれば終わりとなる。自室で寂しく練習をしただけあって、俺の中ではいい感じに仕上がっている。普段、演説をする時はアドリブが多いから自分自身でも何を言ってるのか分からないことがあるし、準備ができるのであればそれに越したことは無い。


 『大聖堂』の敷地内に入ればフロントガードが走り寄って来て、護衛役、案内役として先を進む。誰がどこに居て何をしているのか、そんなことは調べれば直ぐに分かるのだが、それをしてしまうのは少々無粋ではないかと思う自分がいる。何もかも分かっていて動くのは楽しくない。多くの事に意識を向け、もっと多感的に生きていくべきだ。

 予定の時間より少し早いのでユックリめに歩けば、フロントガードもそれに合わせて歩幅を小さくする。


 静寂に満ちた『大聖堂』の入口を、鎧が擦れる音、かかとが床を叩く音だけが響く。


 俺が挨拶をする場所は居住区だ。『人宮一体』で自由に動けるのだから、修道女達にわざわざ移動する必要は無いと言ったために決まった。・・・・・・その筈だったのだが、礼拝堂に到着するや否や聞こえてきたのは、盛大な拍手。


 フロントガードは知っていたのか身じろぎする事も無く立っていたものの、俺は無様にもビックリしてしまい、拍手を送ってくれた修道女達に情けない姿を晒してしまった。

 少しの間、俺と修道女、両者の間を静寂が駆け抜ける。

 俺が彼女等の様子を窺えば、修道女達の中で肩を震わせているのが何人か見えた。白を基調とした清楚な衣装を着ている彼女等だが、中身はそんなによろしくは無いらしい。


 そもそもどうしてココに居るのか。俺は居住区で待つように言ってあった筈だ。言いつけをきちんと守っていれば俺は無様な様を見られることも無かったんだが。


 「どうしてココに居るのか、誰か教えてもらいたい」


 なるべく怒っていない風に聞こえる様にユックリと口を開く。すると、見た感じもっとも年長者の女性が答えた。年長者と言ってもそんなに歳はとっていない。精々が20後半だろうか。


 「突然の拍手、申し訳ありませんでした。発言してもよろしいでしょうか」

 「・・・許そう」

 「では。まず分かって頂きたいのは、これが悪意によって行われたことでは無いという事です」


 やけに固い口調で話すな、そう思っている間にも彼女の口は閉じることは無い。


 「我々、修道女一同、王を心の底からお待ちしておりました。この溢れんばかりの気持ちをどうお伝えすればいいものか相談しましたところ、このようにすれば笑って下さるとお言葉を頂いたのです」

 「それは誰が?」

 「アクル様でございます」


 アイツは何をやってるのだろうか。絶対俺で遊んでるだろ。俺が『大聖堂』の内部を確認していればそうだったかも知れないが、人を探すとき以外は能力で確認などはしないのだ。

 俺が守護者に求めすぎなのかもしれない。アクルに悪意が無かったのかもしれない。だが、現状がこうなってしまったのだから、それは俺の中では悪手なのだ。


 (リェース、アクル、メラニーの3人は今すぐに俺の元までくるように。異論は認めない)


 念話でそう呼びかけ、この場に居るであろう人物に声をかける。


 「スキアー、出てこい」


 俺の声と全く同じタイミングで彼女は現れようとしていた。恐らくは『光魔法』、『闇魔法』のどちらかであろう、白色のカーテンの様な物を脱いだスキアーは、姿を見せるなり俺の前で膝をついた。


 「申し訳ないでござる。分かっていたでござるが、面白そうだった故に・・・」

 「放置したと?」

 「はい」


 お前もかブルータス。どうしてウチの守護者は肝心な所でポンコツなのか。

 俺だってな、しっかりと威厳を持ったまま挨拶できるように練習してきてるんだよ。それがこれだよ。出鼻を挫かれて、笑われて、堪ったものじゃない。

 どうにか内心で棘を吐く事で保っているが、その内の幾らかは表情に漏れているだろう。このままだと爆発してしまいそうだった俺はスキアーに告げた。


「リェース、アクル、メラニーが着次第、その3名と共にシュヴァルツヴァルトを50周するように。水分補給は自由にしていいが技能は使うなよ」


 あまりの展開の速さに追い付いてこれていない修道女に向き直り、既に手遅れ感はあるものの、頑張って威厳というものを出して自己紹介を始める。


 「私がエバノ・シュヴァルツヴァルトだ。用がある者は城まで来ると良い。時間が許す限り話しを聞いてやる」


 言っている途中でさっきの事を思い出し、恥ずかしくなってしまったので、彼女たちの反応を確認する前に自室へと戻った。

 フカフカのベットにダイブした俺は、その日、部屋から出ることは無かった。


 (本当に走らなくてもいいからな)


 冷えた頭でそう伝え、枕に顔を埋める。人がこれから増えるんだし確認はこまめにしよう。そう心に誓った。

 俺があの場で笑っていられたのだとしたら、また結果は変わったのだろう。修道女達には悪い印象を与えなかっただろうし、守護者だって今日より笑っていられたはずだ。


 □


 『大聖堂』での自己紹介が失敗に終わった次の日の事だった。

 妙に懐かしいモノを感じたような気がした。例えば、風を浴びた時に、ふと、後ろを見てしまうような感覚に近い。そして、俺が最近失ったものと言えば、・・・思い出してみると色々あるが、1番はそう、彼女だ。


 「アイリード!」


 思わず叫んでしまったのに苦笑いしつつ、彼女の反応を探せば、確かに感じる。この時を待っていた。かもめから魔力パターンがどうこう言われた時は随分と心配したものだが、遂に彼女が帰って来た。

 魔力パターンを同調させるために、アイリードは肌身離さず持っている。ならば試す事は決まっているだろう。それは、『人剣一体』が出来るかどうか。

 自らの掌に剣の切っ先を差し込めば、まるで泥沼にでも飲み込まれてしまうかのように沈み込んでいくアイリード。そして聞こえる、武士然とした口調で話す、彼女の声。


 (父よ、再び会えたことを感謝します)

 「・・・俺もだ」


 この時だけは何もかも忘れて喜び、手に吸い付く感触を楽しみ、そのままの勢いでブリッツに勝負を申し込んだ俺を誰も笑う者は居ないだろう。

 勿論、結果は惨敗だったが、俺としては大変に満足だった。




 ここ最近で感情の起伏が激しくて自分でも驚くことが多い。だがそれは、俺が生きているという事の証明の様に感じて嬉しく思う事もある。

 朝は楽しかったのに、夜になると悲しくなる。そうして次の日起きてみれば、案外昨日の事なんか忘れて、また笑っているのかもしれない。それで他人に迷惑をかけたとしても、それが人間だろうと割り切ってみるのも楽に生きていく方法なのかもしれない。そう考えてみると、今の自分はなんとも人間らしいと言えるのではないか。

 守護者に囲まれ、比較的自由にやって来た。周りの人間はそれに合わせてくれたし、守護者は俺の思うように動いてくれる。だが、それも昔の話しだ。今は違う。人が入ってきて、今までと違う俺が求められているのなら、ソレになれるようにしないといけない。俺は、「国を持つ」という事をもう一度考え直す必要があるのだろう。

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