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ダンジョンと共に往く  作者: 畔木 鴎
十二章 激甚災害
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吸血鬼と九尾

 シュヴァルツヴァルトから離れ、ここはノーマリー王国の首都。そこでは、エバノの命によりクローフィとシディが動いていた。


 「シディ、貴方はどうやって潜入していたのですか」

 「王女から仕事を斡旋してもらいました。『幻術』、『催眠術』、『魅了術』によって洗脳してはいますけど、どこまで解けているのかが分かりませんからどうにも言えませんね」


 クローフィの『吸血』、『従者創造』により彼女の従者と化した、ノーマリー王国第一王女であるアマンダ。彼女のコネによってシディは仕事を斡旋してもらっていた。それ自体はクローフィも既に知っていることである。クローフィが聞きたかったのは、どこの宿に泊まっているのか、人間関係はどうしているのかということだ。であればシディは的外れな答えをしているのだが、そんなことは無い。『変幻自在』を持っているシディにとって周りからの反応は作ることが出来る。これは聞いたクローフィの落ち度であろう。


 「すいません、いささか緊張しているようです」

 「クローフィ様は外は初めてではありませんが、やはり緊張するのでしょうか」


 クローフィは周囲を見渡すと、少し恥ずかしそうに答えた。


 「言いにくいのですが・・・、エバノ様が居ないというのが落ち着かないのでしょうか。今後、何が起こるか分かりませんから慣れないといけないのは分かっているのですけど、どうにも」


 彼女の言葉にシディはただ微笑みを返すだけに終わった。

 クローフィの気持ちは正しいものだ。ダンジョンマスターに創られた守護者ならば当たり前、誰もが持ち合わせている感情。シディだってソレは同じ。ただ彼女の場合は少し異なる。


 「ボクはそうですね・・・、御館様のお陰なんでしょうけど、単独行動が出来るようになっていますから」

 「創造時の感情でしたか」

 「その分帰って来た時は御館様によろしくしてもらってますし、プラマイゼロですけどね」


 もしシディが尻尾を隠していない状態であれば、彼女の背後に嬉しそうに波打つ9本の尻尾が見えた事だろう。クローフィはその姿が簡単に想像できたのか、目を瞑って薄く笑った。私も尻尾があれば。おもわずそう考えてしまう自分にもう一度笑って、街の中を分かれた。


 □


 クローフィがシディと別れてやって来たのはスラム街と呼べるような場所であった。まともな建物は数少なく、テントの様な物の方が多い。光ある所には影がある。そこまでひどいモノではないとしても、ここは正に首都の闇であった。

 そんな場所にどうして彼女がやって来たのか。『吸血』するにしても、『従者創造』するにしても、この場の人間では何をしようにも役不足なのは明らか。ただ使い道があるとすれば、それは数の多さがあげられるだろう。


 (シディが失敗するとは思えませんし私は自分が出来ることをしなければ)


 エバノが死んだことによりシュヴァルツヴァルトに光が失われ、守護者が避難と称して人間を撤退させたのは記憶に新しい。クローフィが行おうとしているのは、居なくなった人間を再び呼び戻すこと。ギフトからの念話によって、エバノが新しい施設を創ったのはクローフィも知っている。ならば、自分の主が喜ぶように動くのが守護者の務め。シディは優秀である。詰めさえ見ていれば問題は起こりはしない。それが彼女の考えだ。

 勿論、与えられた仕事はしっかりとこなす。適当にスラム街を散策した彼女は、王城へとその脚を向けた。



 王城の城壁にやって来たクローフィ。彼女は門番と何言か話すと、城内へと招かれた。予めアマンダに言い含めていればこの程度は簡単だ。問題は、この国の王となったスタージュに出会わずにアマンダの元へとたどり着けるか。もし出会ってしまえば、出合い頭にうっかり殺してしまいかねない。殺すのは黒幕であってスタージュでないのは彼女自身は分かっているのだが、殺してしまった方が今後の為になるのでは、と脳裏に浮かんでしまうのは守護者の悲しいサガである。

 敵は排除。障害は排除。邪魔者は排除。主の進む道に障害があってはならない。エバノが死んでからというもの、シュヴァルツヴァルトではそのような思いが強くなっているような節があった。これもその一環だ。


 クローフィは、運よく王子に出合う事も無くアマンダの元にたどり着いた。扉を開ければ広がる、高貴な空間。流石は一国の王女。調度品の全てが一流の職人が作ったものなのだから、それもあたりまえであろう。ソレラに一瞥もくれず彼女は歩を進める。目の前には、アマンダとその下女が3人控えていた。

 下女はそのどれもが美しく、アマンダ付きの下女の中でも選びに選び抜いた人物たちだ。


 「1人を残して部屋を退出してください。2人は部屋の前で待っててもらえればいいですから」

 「畏まりました」


 アマンダの発言に従い、部屋から出て行く下女。クローフィはその背中を目で追いながら言葉を放った。


 「目標はどうなっていますか」

 「悪評を広め回っていますね。戻ろうとする商人をそれとなく妨害しているみたいですし・・・」

 「頭は傀儡ですか」


 呆れた顔と声でそう言うクローフィに、アマンダは「申し訳ありません」と答えた。

 その様子に下女が眉をひそめるも、何か口を挟むようなことは無い。王女とその客人の会話に口を挟む真似をして無事に済むはずがないのだ。口を挟まずとも無事に終わる確証など無いのだが。


 「では、そろそろ」


 そう言って下女を羽交い絞めにするアマンダ。彼女の行動に思わず下女が口を開くが、それは聞き入られることは無く、その首筋に無情にもクローフィの犬歯が刺さった。


 周囲に漏れ出る喘ぎ声と熱のあるため息。王城の一部屋に官能的な空間が広がる。羽交い絞めにしているアマンダは空気に当てられたのか頬を上気させ、口の端からはだらしなく涎を垂らしていた。

 少しして漂ってきたのはアンモニア臭。その出所は、甘美な声を出す下女。アマンダが抑えていなければ彼女は地に伏してだらしのない表情を晒す事だろう。既に体を痙攣させ、涙を流し、涎を流し、下部から御漲水も流した。人間の威厳など等の昔に体外に垂れ流している。代わりに入って来るのは、守護者の血。吸血鬼を模して創られたクローフィの血だ。

 そして完成するのは彼女の従者。それと同じことが下女の数だけ繰り返された。他の下女の名誉のために言えば、失禁をしたのは最初の彼女だけである。


 アマンダの掌に下女の血を吐き出したクローフィは、口をハンカチで拭き、汚い物を見るかのような視線で呟いた。


 「エバノ様のためとはいえ、汚らわしいですね・・・」


 シュヴァルツヴァルトに戻るまで変えの衣装が無いのだ。なるべく汚さないようにしなければならない。




 少し時間はさかのぼり、シディの動きを確認するとしよう。

 王女のコネによって仕事を斡旋された彼女。その職場とは、貴族の家である。いわばメイドそのものであった。メイドとして創られたメラニーと比べるとどうしても劣ってしまうが、『宮中作法』を持っているのだからソレを生かさない手はないだろう。

 雇い主の貴族は現王に不満を持ち、尚且つ、教会にもそれなりの発言権を持つ人物。ノーマリー王国の中でも有数の貴族であることに違いはない。エバノが死んだために職場を離れたが、それは先方も承知している。彼ほどにもなればメイドに困る事も無い。そんな人物がシディに求めるモノとは、黒幕の排除のみ。休まれた所で痛くも痒くもない。


 「首尾の方はどうだね」


 重く、響きのある声で彼は言った。


 「御館様から応援をいただきました」

 「そうか・・・、まぁ、時間は随分と経ってしまってるからな。それも納得だ」


 彼の言葉にシディは唇を噛む。ぐうの音も出ない程の正論。ゆっくりと時間を掛け、失敗しないようにと心がけて来た。それが間違いだと思う事は無いが、エバノからクローフィを付けられたことは彼女にとって、自身の力不足を自覚するには十分である。

 何にせよ、まずは目の前の出来事に集中しなければならない。2人も守護者が居るのから相談をしない手はない。


 「私は結果が出ればそれでいい。好きにやってくれたまえ」

 「分かりました」


 こうして暗殺計画は進んでいく。エバノの知らない所で新たな繋がりが生まれ、それにより犠牲者が出るのは想像に容易い。守護者達はその数を気にすることは無いだろうし、エバノもそれに同じだ。

 世界のバランスを決めるのは神であり、ダンジョンマスターと守護者はそれに従うのみ。いつか自らが討たれることになろうとも、そう神が決めたのであれば物事はそうあるべきなのだから。

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