少年の考える事
春から夏に代わっていく陽気の中で、微睡んでしまう事は正直仕方ないと思う。
暖かな日差しが差し込む窓側の席は最高だし、昼までだったとはいえ、椅子に座ることを強要され続けた、貧弱体質のこの体は暖かな陽気に耐えることが出来るほど、体力が残っていない。
一つ残念なことを上げれば、今日は曇りだと言いう事かな。夕方から雨が降り始めるらしい。
眠りこけてしまえば、起きた時には空が暗くなっていることは分かりきっているので、何か興味を持つことのできるものがないか、外に意識を向けてみる。
窓から見下ろすことのできる運動場では、有り余る体力と情熱をキックベースに費やす暇人たちを見る事ができる。彼らの姿と僕の姿を比べると、眩しい物を見てしまったような気がしたので、僕は教室の黒板に意識を移した。
よくもまあ、テスト週間なのに遊ぶことが出来るなあ
黒板にはクラスの中でも上位カーストに位置している人たちが毎日書いている、テストまでの日数が、これでもかと面積を使って書かれている。
正直、テストが嫌だ嫌だと騒ぎながらも、ノリノリでこんなものを書いてしまう心情は分からないけれど、これを見るたびに、多少の焦燥感が沸き上がるからありがたい。
まあ、放課後の教室で微睡みに堪えている姿では、説得力がないだろうけど。
だけれども、僕だって好き好んで教室に残っているわけではないのだ。数少ない友人が図書室に用事があるから待っていてほしいと願い、僕は今その願いをかなえている最中なのだ。
願いをかなえていると言ったけれど、僕は別に神様でも何でもない。ただの高校生だ。最近はこれを言ったら、お前も主人公になれると友達に言われたけれど、僕には隠された力や実は王族の息子だったのだー、なんてことはないから、凡人アピールなんてしても、意味がない。非凡に憧れる凡人っぽさをアップさせるだけだ。
漫画の主人公たちのように隠された力が僕にもあったらいいなと思った時期も確かにあった。自分の精神エネルギーを実体化させて、そいつに学校まで送ってもらうのが中学校の時の夢だった。だけれども、今では黒歴史認定だ。
人間という生物のはこうして大人になっていくのかね。小さい時に見ていた夢を自分で否定して、より一層現実味があふれた夢を見る。そして、それが破れたらまた違う夢を。
恋愛じゃないのだから、もうちょっと節操があったほうがいいんじゃないだろうか。
と、恋愛の事を何一つ分かっていない僕が考えてみましたよ。
恋の多き人生は素晴らしいものだって、前にだれかが言っていたような気がするけれど、別に多くを経験したからって充実した人生になるとは限らないよね。人生の中でたった一人しか愛することが出来なくても、その人は十分に幸せだ。そもそも愛というのはそうであってしかるべきものなのではないだろうか。
僕は季節ごとに嫁を変えていくけれど、十分に幸せです。
季節が変わるごとに嫁が変わるとか、異世界ハーレムよりもひどい気がするけれど、仕方ないよね。
変わると言えば、毎日毎日、夢の内容は変わっていく。その内容はホラーであったり、コメディであったり、僕の鮮少な語彙力では言い表すことのできないジャンルであったり。どうしてあの想像力が日ごろから発揮できないのだろうか。あの能力を余すことなく発揮できれば、今頃僕はちょっとしたポエマーにでもなれているのではないだろうか。
無意味な事ばかり考えていたら頭が痛くなってきたので、考えることをやめて、また外を見る。青春の汗を流していた健康青年たちはいつの間にか撤収しており、僕の耳に流れ込んでくるのは風の音ぐらいとなった。
その静けさがなぜだか心地よく、本当に眠りこけてしまいそうだと思った時、教室のドアが開いた。
髪がぐしゃぐしゃじゃないか。走ってきたのかい? そんなに急ぐことなんてなかったのに。え、寝て待ってると思ったって? 失礼な、誰かを待つのに眠るなんてこと、僕はしないさ。嘘つきって、本当に寝ていないよ。ただ、もう少し遅かったら危なかったかもね
立ち上がり、隣の机に置いていた二つの鞄を持つ。少し重いけれど、許容範囲内だ。いくら貧弱体質だからって、鞄を持って倒れるなんてことはないだろう。
いいよ、いいよ。走ってきてくれたんだから、このぐらいはするって。はいはい、どういたしまして。じゃあ帰ろうか。家に帰ったら、録画している奴を見なくちゃ。テスト勉強なんて夜から始めればいいんだよ
中学の時から、テスト勉強をするのは夜だけという謎ルールを今日で終わらせるわけにはいかない。男の子には意地があるのだ。割とどうでもいい意地が。
いやいや、もう今週は二回お邪魔したからいいよ。テスト勉強は一人でするものさ。するかと言われたら怪しいものがあるけどね。分かった、分かったよ。じゃあお邪魔になろうかな。夕方には帰るよ。雨もそのぐらいから降るらしいしね。風邪をひく? 傘を貸してくれたらいいじゃないか。一本しかないなんて,そんな馬鹿な
僕の家にはビニール傘が何本も置いてある。雨男である父さんが会社帰りによく買ってくるのだ。もう傘はいいから、何か食べ物を持って帰ってきてほしい。
じゃあ、帰りにコンビニに寄ろう。そこで傘を買ってから、君の家に行くことにしよう。どうして傘は買わせてくれないんだよ。どうせ行くんだったら傘を買わせてくれてもいいじゃないか。え、今日は親がいないって? それじゃあ、おばさんの料理が食べれないじゃないか。前に食べた肉じゃがが美味しかったんだよねえ
僕にしては珍しく、お代わりを所望してしまうぐらい、おばさんの肉じゃがは絶品だった。思い出したらお腹がすいてきたよ。
え、今日は君が作る? なら、ハンバーグを所望するよ。肉じゃがにするって、ハンバーグでもいいじゃないか。材料がないなら仕方ないね。でも、今日は絶対に帰るからね