82.迷宮へのお誘い
ルバに【水竜銀】をインゴットに変えたスキルを追及されたりしたが、当初の目的通り銀を渡して、いいから寝ろと部屋に追いやりルバの家を出てきた。
精進潔斎して万全な態勢で剣を打つと言っていたのでおとなしく寝るだろう。
酒好きのドワーフらしいドワーフ、繊細でおとなしい少年、背筋の伸びた軍人上がりかと見紛う老人、まったく違うタイプなのに似たような職人気質の三人。
なかなか出会えるものではないな、と感謝しつつも、『スリープ』の魔法が欲しいものリストに加わった。
油断すると不眠不休になりそうなこいつらを面倒なく強制的に寝かせる手段が欲しい。
さて、当初はギルドの資料室に行ったり古本屋にも行きたかったのだが、なんだか本日は人に会うのは面倒になってしまったため、神殿へ転移、そしてすぐさま店舗へ転移。生産をすることにした。
とりあえず売り出すつもりのものを作って行く。
回復薬各種、抗毒薬、抗麻痺薬。毒消しなどの後からの処方薬は他ですでに評価10を販売しているのをちらほらと見るので割愛する。
『帰還石』の評価10と9。
『帰還石』は例外ありとは書いてあるが、魔物などの敵視が切れればフィールド上でもダンジョンでも使用ができる緊急避難用だ、高価なドロップ品を持っているほど必要になってくるだろう。あと純粋に行きはいいが帰りの道中が面倒な人用、なので割高でもいけるはず……。
『転移石』は転移門を持つ神殿と競合するので一応、相談しに行くかな。エカテリーナから苦情が来そうだし。そんなことを思いながら光と闇の属性石を委託から買い取り、『帰還石』に加工してゆく。
そういえば、店には買い取りの設定もあり、買い取り上限の個数と買い取り金額の設定ができる。あとで属性石の買い取りの設定をしておこう。私の店の設備は「売る」方なので買取の設定はおまけ程度だが。素材の買取をしている店のカウンターは「買う」方で逆に「売る」方の設定がおまけ程度、両方のカウンターを入れる店もあるだろう。
暫く経っているせいか器用さの指輪が委託にまた増えていたので安いものを買い取り、+3にする。こちらも店のストレージに放り込んで開店の時に売り出せるようストックしておく。売買用のストレージはもちろん店員さんにも引き出す権限を設定してある。
料理はお弁当を十ほど。
肉、穀物、野菜、魚、卵、デザート網羅してるから上げたい能力から口つけてくれ。お茶も買え!
ゴマをのせた塩むすび二つ、焼き鮭、味卵、グリーンサラダにラディッシュ、ほうれん草の胡麻和え、唐揚げ、三口くらいで食える小ぶりのチョコレートパイ。
焼きおにぎり二つ、牛肉でアスパラと人参を巻いたもの、漬物、トマト、アジフライ、卵焼き、小ぶりのビワのタルト。
二種類の弁当を五個ずつ、目玉はもちろんお米。
これ以上は米がもったいなくて出せません。はやくフソウを探さなくては。それにはまず騎獣。
あとはサンドイッチやら焼き串やら世間で冒険中に食べられている歩きながら食えるものを用意。開店時くらい世間のニーズと合わせたものを……。
さっきのルバの姿を見れば夢中になっている時食べるのは二の次になるんだな、と思った次第。でもきっとそのうち作ったものを適当に放り込んで売るプレイに戻るんだろうな、と自分で思う。
ルシャからもらった塩を使うとどんどん料理のレベルが上がって少々怖いくらいだ。いや、素材だけでなく称号やらでスキルが上がりやすくなっているのか。調合や錬金も以前より上がりやすくなっている気がする。
その後、宝飾品をレベル上げのために作っているとメールが届いた。
ガラハドから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「おう! すまんな」
「いいが、どうした?」
待ち合わせのファストの宿屋の一室。どうやら私の居場所に合わせて迷宮都市からわざわざ移動をした様子。
「でないのよ」
「お通じが」
ゴスッ!
いらん茶々を入れたガラハドにカミラがこちらを向いたまま肘の一撃を入れる。なかなかいい音がした。
「この男は気にしないでくれ」
イーグルもガラハドのほうは見ず、呻いているのはスルーである。
「フェル・ファーシの雫か?」
ちょっとガラハドにレオの影を見た気がしながら聞く。
「そうだ、よく覚えているな」
「まあな」
「九回チャレンジしてダメだったのよ、さすがにこれはドロップ率が低いんじゃないかと思って」
「そろそろ予定していた期限がくる。はやく手に入れないといけないんだけれど、期限をこえて不本意ながら長丁場になりそうなんだ。それで少しでもドロップ率を上げておきたい」
「あなたの【ヴェルナの祝福】の称号狙いで悪いんだけれど」
「すまん! 勝手なこと言ってるのは承知なんだがついてきてくれねぇか?」
「いいぞ」
復活したガラハドがガバッと顔を上げて勢いよく頼んでくるのに答える。
「レベル帯が合っていない上、当然危険も伴う。同じ冒険者についてくるだけでいいっていうのは心苦しいが、必ず守る。だから……って、いいの?」
「レベルが上の敵相手で私たちが倒すってことは、レベル上がるだけでスキルがスカスカになるわよ?」
「大丈夫なのかい?」
「下手すりゃ即死だぜ? 俺等ホムラの称号だけ当てにしてるんだぜ?」
代わる代わるマイナス点を確認してくる三人。
「初対面のヤツに言われたら断ったろうが、三人はそうじゃないだろ? 物理近接は邪魔になるだろうから控えるけれど、魔法を当てながら適当について行くさ」
「へへ、友達だもんな!」
「ありがとう」
「あら、私は恋人でもいいわよ?」
嬉しそうに三人が笑う。
友人だろ、と言いたいところだが照れくさい上に、短い付き合いで三人にとって私がどう見えているのかわからんので口に出せなかった。レアドロップ率アップのお守り扱いでもいい程度には三人を好いていて、ガラハドに友達と言われて嬉しい自分がいる。
簡単に『友』を口にするタイプは胡散臭いと思ってたんだがなぁ。
ガラハドなら大勢の友達がいて、その『友達』のために等しく手助けしてそうだ。いい漢、というやつか。
そしてカミラ、また胸があたってますよ!
どこまで本気なんですか!
明日は休みだし何処までも付き合うさ!
意気込んだのだが、さしあたっては部屋で軽い宴会になった。
ずっと迷宮にもぐりっぱなしだったそうで、カミラは隣の部屋で二度目の風呂を満喫したあと宴会に合流。酒もあたたかい食事も久しぶりのようだ。住人のアイテムポーチは時が止まらないというのはダンジョン内の食事面において著しく不便だ。
明日からまた迷宮だからとガラハドに釘を刺していたイーグルも気が付けば結構飲んでいる。
二日酔いの薬は用意してるし、寝不足にさえならなけりゃ明日の体調は大丈夫だ! と、ガラハドは言うのだが、だったらイーグルが釘をさすことはないんじゃないだろうか? と思いつつも楽しいのでつい流される唯一の素面。
夜はガラハドとイーグルの部屋に泊めてもらった。
隣の部屋も二人部屋で取っており、四人分支払済みなので特に宿屋から何か言われる心配もない。隣にカミラに誘われたが酔っ払いの冗談か本気かわからんかったので!
イーグルが完全に正体を無くしたガラハドをベッドに押し込むと、力尽きたのかそこでそのまま寝てしまったので、申し訳なく思いながらもベッドを一つ占領して寝た。
ここでいったん私はログアウト休憩。
【祝福】でなく【寵愛】に変わっているのを言いそびれている。まあいいか。
リアルで紅茶を飲んで一息ついて再びログイン。
起きる時間には早いのでベッドでゴロゴロ至福の時間を少々。痛覚解放をしてから不快な感覚も鋭敏になったが心地よい感覚も鋭敏になったと思う。
空が白み始めたころに起きだして静かに風呂に入る。
これからダンジョンに籠るのだ。
装備品の耐久度確認。
評価10の薬品類確認。
歩きながらでも取りやすい食品確認。
隠蔽陣確認。
さて、冒険だ。
と、思ったんだが。
ガラハドたちはまだ撃沈中だった。
割と早く復活したのはイーグルで、こちらでも紅茶を淹れて飲みつつ他の二人が起き出すのを待った。二日酔いで時々眉を顰めているが白い髪に水色の瞳、色素の薄い爽やかなイケメンだ。
プレイヤーのせいで私の中では美男美女が飽和していて今まで顔はスルーしてたが。たぶんこれからもスルーだ、すまんなイケメン。
飲みながらイーグルから本日潜る迷宮の話を聞く。
私が10層までしかクリアしていないので11層からになること。40層へ行くことになるが、25層からはガラハド達が一度クリアしているのでマップがあるため迷宮の変動がなければ最短距離で行けること。イーグルから説明を受けていると、ゾンビのようだった二人が復活した。
さあ、今度こそ出発である。
と、思ったのだが。
転移をしようとした神殿でエカテリーナと会った。
私は仮面をかぶっていたにも関わらず話しかけられた。
「あらあら、なんとお呼びすればいいかしら?」と。
「レンガードで。何故分かった?」
にこにこと笑っているエカテリーナに問う。
「私は【浄眼】持ちで称号【見通す者】を持っているの。隠されているものを見つけるのが得意なのよ」
自分の眼に指を近づけて示し、称号とその効果を語る。
「その眼はこの仮面による隠蔽も見破るのか」
他にもいたら厄介である。
「その仮面を見通せるほどの力を持つ人はいないと思いますよ。私は両目が【浄眼】な上、称号と【ファルの寵愛】で効果が強化されているの」
どうやら他には居そうにないのでちょっと安心する、まったく油断も隙もない。
その後、店を二週間後あたりに開店の予定で進めているがこれから迷宮にこもること、『転移石』を売り出すつもりでいるが神殿と競合しそうなので了承できる値段のラインを検討してほしいこと、これらを伝えてスズキのムニエルを3箱渡した。
今回は穏やかな遭遇だったのではないだろうか。
「ホムラ、エカテリーナ女史と何を?」
「今後の予定を伝えてムニエルを三箱渡した」
イーグルが聞いてくるのに答える。
ちなみにパーティー会話だ、外には聞こえない。三人には宿の部屋を出る前に、認識阻害の効果を無効にするため目の前で『アシャ白炎の仮面』をかぶって見せ、人前ではレンガードと呼んでほしい旨伝えてある。
「そうか、ムニエルか。いや、箱の中身も気になったが、そうではなくエカテリーナ女史と何かあったのか?」
「特にまだ何も。厄介ごとの匂いしかなかったので避ける癖が付いていたんだが、よく考えたら今回はこちらから話があってな。あと認識阻害の仮面をかぶっているのに話しかけられて驚いた」
「厄介ごと……エカテリーナ女史は、教会の聖女の地位を辞退してジアースに引きこもった実力者なんだが……」
「【聖王】の称号を持ってるんじゃないかって噂のあった『嘆きの聖女』に食い物の箱ってスゲー組み合わせだな」
「ん? 聖女?」
「知らんのか? エカテリーナ女史は迷宮60層まで到達したパーティのメンバーだ。神託がでてそれを攻略したのをもって神殿が聖女と認定しようとした」
イーグルが説明してくれる。
人々からの認識によって発生する称号があるそうで、その最たるものが【聖人】【聖女】【勇者】系らしい。もちろん神々から与えられる【聖人】【聖女】【勇者】系の称号もある。私の持っていた【ファルの聖者】とか。
神殿はそれらを認定、もしくは追認することによって【聖人】【聖女】【勇者】に与えられる畏怖や感謝、羨望を神殿のものと混同させ功績の一部をかすめ取る。かわりに『称号』というふわふわしたものに現世の権力とか地位を結びつけて持ち主に与えるのだろう。
「随分昔の話だが、まだ迷宮60層攻略の記録は破られちゃいねぇ」
「神殿の認定は、大多数の住民の意思でもあるわ。本人は辞退して"閉ざされし国"に引きこもっちゃったけど。迷宮を攻略中にお子さんを亡くしているらしいわね」
「"閉ざされし国"はジアースのことだ、あの国は神殿の影響も各ギルドの影響も少なく、かといって王家もそう強くない」
"閉ざされし国"が分からない私に気づいたのかイーグルが説明してくれる。
「その割にドワーフとの交易があって貧しいわけじゃない」
「権力に嫌気がさした人間が住むにはうってつけなのよ」
「ナルン山脈と海に囲まれて実質他との交流は転移門からしかねぇからな、他国も神殿本部も口が出し辛い」
もしやルバもその伝で住んでるのか?
「で、なんで食べ物?」
「ノリです」




