81.完成
店舗の様子を見に行くと、もうほぼ出来上がっていた。
あとは転移陣や委託販売用などの魔道具を設置すれば完成らしく、クエロが商業ギルドお抱えの魔道具屋に指示を飛ばしていた。
ストレージそのものは普通の魔道具屋でも作れるが、商業ギルドの委託販売や売買カウンターに繋ぐことは流石に出来ない。なので一般家庭ならともかく、店舗の魔道具類は必然的に商業ギルドが絡む。割高なので商品用の温度調節の魔道具など別に発注する人もいるそうだが、私の場合はタダだしな!
「レンガード様、こんにちは。こちらの店舗も落ち着いた仕上がりですね」
クエロがこちらに気づいて挨拶をしてくる。仮面姿の時はレンガードと呼ぶように申し合わせてある。
「トリンのおかげだ」
「酒類の販売所のほうもすっかり出来上がっていますよ。あちらはレンガにしたんですね」
クエロが笑顔で現状を教えてくれた。
「いいときにいらっしゃいました、案内させて頂いてる間に魔道具の設置も終わるでしょう」
トリンがそう言うと、仕上げを終えている酒屋から案内してくれる。
「私が案内できて何よりです。少し歩くことになりますが正面から案内しましょう」
そういうことになった。
店の前に立つと赤煉瓦の外観。
素材倉庫側には馬車がつけられる両開きの大きな木戸。その隣に店舗にしては小さな扉。倉庫側には酒蔵へと続く階段もあり売買の品の出し入れは楽だと思う。
小さな扉を開ければ、後ろに酒棚があるカウンターが目に入る。ここで試飲して商談することになるため、シンプルな丸テーブルと椅子が二セット置いてある。
まあ実際は私がいないので丸投げ……いや、商業ギルドも委託を受けていた時の付き合いもあるだろうと、任せた卸の値段の交渉しかない。定期的な販売の契約などはなく、その場でどの酒を何樽、もしくは何本買います、で終了なわけだが。
何時もニコニコ現金払い、一応特定の客に極端に偏るなとは釘を刺している。
倉庫を広く取ったためもあって、この部屋には外に向けた窓がない。
かわりに隣の倉庫との間が大きな窓になっていて荷物の出入りが見える。木戸が開いていればそこそこ明るい。直射は酒が傷むし、ちょうどいいだろう。
「床は薄茶、壁は白、腰板と窓枠は白緑か。いいな」
とてもクラシカル。ちなみにトリン丸投げコーディネイト。
カウンター付近には倉庫へと抜けるドア。酒棚の裏には休憩室とミニキッチン、休憩室の鍵のついた奥の扉を開けると階段と裏口のあるホール。もし直接交渉しようと客が押しかけても客も従業員もホールへは入れない作りだ。二階にある醸造施設と何もない三階。二階は換気用の通風孔めいた窓のみだが、三階には窓らしい窓があり、何もない床を外からの光が照らしていた。
裏口から裏庭に出ると、端に沙羅の木に似た幹の細い広葉樹が一本頼りなげに立っていた。これが水をよく吸うというケイジュだろう。ライムレモン色の薄い葉がきれいだ。
「ここはこのままでいいでしょうか? それとも端に花を植えて他は雑草が生えないよう土に塩を混ぜて固めてしまいますか? もしくは踏みつけにも強いヘアグラスの種でも蒔きましょうか?」
そんな方法もあるのか。確かにこのままは埃が立つか雑草だらけかになる。
「ヘアグラスで頼む」
そのまま裏庭を抜け錬金や薬を扱うほうの店舗に入る。面倒なので雑貨屋と呼ぼう。雑貨屋は前回も見せてもらっているので主に装備品の確認なのだが、こちらも工房で見本を個別に見せてもらっているので配置の確認だけだ。変更点は二階にも狭いながらも部屋と風呂をつけたことか。
「使いやすいし、落ちつけるコーディネイトだ。ありがとう」
見て歩いている間に魔道具の設置も終わったようだ。
転移プレートは三階に設置済み、神殿からエカテリーナと神官二人が来たらしい。これも神々に祈りを捧げて開通に至るのだろうか。
何時からあるか判らん古いものは国と国の移動ができ、大体に於いてそれがある神殿の場所が首都になっているそうだ。古い転移門のある場所には神殿ができ、国ができ……。ここファストは例外。
白を封じるために神々主導で新たに神殿が建った――それでも古いが――とかそんなのか? ジアースには国を行き来できる転移門がファイナとファストの二箇所あるのだ。
なお街同士の転移門は、繋ぐ二箇所の神殿で大掛かりな儀式をして神々に開通を頼む模様。
完成後は、クエロ立ち合いでトリンに全額を支払い、トリンから商業ギルドや工房への支払いの約束になっている。通常は商業ギルドの立ち合いはないのだが、今回は私が直接トリンに依頼したのではなく、商業ギルドから話が行っているためと、商業ギルドもちの支払いが多数あるためこうなった。
「揃っているし今支払いをしてしまっていいか? なかなか何時と時間を合わせられないのでな。特にトリンはここを終えたら別の依頼がありそうだし」
「異邦人の方々の出店ラッシュですしね。私のほうは関係書類は持って来ていますから可能です」
クエロが応えてトリンを見る。
「すでにこの通りの角を請け負う予定でいます。近いので呼び出していただくことも可能かと思いますが、支払っていただけるのならありがたいです。折を見て実際使ってみての不具合の確認とヘアグラスの種を蒔きに来させてもらっていいでしょうか?」
おっと、先ほどの追加依頼を忘れていた。
「ああ。では頼む」
見積もりで出ていた金額は端数を負けてもらって四百万シル。ちょっと生産装備に入れ込みすぎた。ヘアグラスはサービスのようだ。
あ、やばい。ガルガノスへの支払はいくらになるのだろう? 残りの三百五十万で収まるといいのだが。宝飾品って何処まで値段が上がるか判らんので怖い。
「はい、確かに。こちら権利書と鍵になります」
「完成おめでとうございます。お酒の材料は最短三日で納品させていただきます。倉庫には保冷の魔道具が設置されていますし置いておいても問題ないと思いますが、都合が悪ければおっしゃってください」
トリンから鍵を受け取るのを確認してクエロが祝ってくれたが、すぐに開店のための段取りの話に。
「いや、大丈夫だ」
「開店はいつにされますか?」
「この区画に他の店舗が完成するのはいつ頃だ?」
「二週間後くらいでしょうか?」
「ではその頃までに商品の準備をしておこう。」
「承りました。それまでに従業員に販売手順などを確認させておきます。酒店のほうは私が監督者になっておりますので、何か至らぬ点がありましたらお手数ですが商業ギルドまでお願いいたします。実際ここに勤めることになるのは口の固い三人が交代で勤めることになります。男性のベイク、女性二人のロール、ショートになります」
ケーキ? ……まあ覚えやすいからいいか。ベイクドチーズケーキにロールケーキ、ショートケーキ。
酒店の正面の鍵はクエロにスペアを預けてある。そっちは表向き商業ギルドの直営に見えるようにしてもらった。実際交渉事も接客も丸投げで私はほぼ酒を造るだけだ。
「こちらの店舗に務めることになる獣人二人は今神殿からの依頼で商業ギルド加盟の雑貨屋で本格的に働いていてなかなか優秀のようですよ。ただ歳が歳ですので働かせるのは店舗が増えてもう少しこの区域の治安が落ち着いてからのほうがいいかもしれません」
人の出入りが頻繁になりましたし、だいぶ落ち着いて来ましたが、とクエロが言う。
二階の部屋を安く貸し出し用心棒代わりに元冒険者とかに住んで貰おうかと思っている。ただ、商業ギルドに斡旋を依頼してしまうと周り中が商業ギルドの息のかかった者だらけになるので冒険者ギルドに聞いてみるつもりでいるのだ。
さて、商業ギルドへの委託を断っていたためダブついていた酒を倉庫に突っ込んだ後、委託販売をチェック。店というか、生産場所で使えるのは大変便利だ。食材と、手持ちの銀が22だったため、三つ買い足してキリのいい数字にする。新しい設備で生産したいところを我慢して、ユリウス少年とルバに会いにゆくことにする。
本日は全員ソロ行動だ。
ペテロは夜勤の曜日だし、お茶漬けから、レオは腹を壊して入っては落ち、入っては落ちしてるのでおとなしく釣りをしていると説明される。
当のレオからの反応は
「わはははは」と「ぎゃあああああああもれルゥううううううう」「!!」とかなため、だいたいやっていることの想像はつくがあえて突っ込まなかったのだが。
菊姫は黙々と生産をし、シンは地図を埋めがてらお使いクエストを始めたらしく、時々場所をクラン会話で聞いてきている。
クラン会話は便利なのだが、魔道具の操作説明の時にレオの「ぐおおおおおビッグウェイブゥゥウウウウウ!!!!」とか同時進行なのはどういう顔をしていいかわからない。
仮面は便利である。
まず先にユリウス少年を訪ねて杖の工房へ。
「やあ」
「ホムラさん!」
工房で何か帳面をつけていたユリウス少年に声をかけると、顔をあげて笑顔になった。柔らかそうな色の薄い金髪と白い肌。外見的にはルシャと同系統の少年なのにユリウス少年は純粋そうだ。
「あの、杖はできているんですが、まだできていなくって」
立ち上がって依頼していた杖の話になると一転顔を曇らせた。
「いろいろ試しているんですが、出来がよくないんです。すみません」
出来がよくないという杖を見せてもらうと、評価はいいのだが、能力が今持っている杖と比べて格段に上がっているわけでもない。
「これはあれか、少年の腕が悪いのでなくて素材のランクが足らんのだろう」
「良い素材を手に入れることも職人の仕事のうちです。台座は何とかなったのですが頂いたルビーをつけられるような柄が出来ていません。僕はまだ駆け出しで信用がないから、僕になら特別な素材を売ってもいいと思わせるような実績を積み上げることからなんです、ごめんなさい」
「いや、謝られることでもないと思うが」
前回、素材で行き詰まったら連絡をくれと言った気がするのだが、ねだれない性分っぽいな。
「ホムラさんの期待に応えられないのが悔しいんです」
ちょっと涙目の少年。
少年らしい一途さを見せられた! 周りにいないタイプでどう扱っていいかわからん罠。
「とりあえず、今日は別に催促に来たわけではなくてな。杖に使えそうな木が手に入ったので届けに来ただけだ」
楢を十本手渡した。三匹のオークのドロップだ。
「あとこれを」
クリスティーナと交換して手に入れた魔法石を強化したもの。
「これは……」
そう言うと、手に取った楢の木の手触りを確かめたり、木目を確かめたりし始める。私の存在は見えなくなってしまったかのようだ。
と て も 周 り に い る タ イ プ で す 。
ルバやガルガノスと同じ反応だな、いい職人になるよ、少年。でも変人にならないよう気をつけろ。待っていてもしょうがないのは学習済みなので早々に退散する。
次はルバ。
【水竜銀】はどうなったろうかと思いつつ、窓から溢れる路地の花を楽しむ。ナヴァイ・グランデの路地よりもこちらのほうが落ち着く。――【水竜銀】を思い浮かべようとして出てきた銀色レオの脳内像が邪魔だが。
「ルバ」
一応、メールでくることを伝えたのだが返事がなかったので無駄足かもしれない。だが、なんとなくだがいる気がする。
閉じこもってほとんど飲まず食わずで【水竜銀】を加工しようとしているのではないかと、そんな予感というか予想が。
何度か呼びかけると扉が開いて無精髭のルバがでてきた。
この世界ヒゲが伸びるのか。
「ホムラか」
「顔色がひどいぞ」
「この歳になって寝食を忘れるほど夢中になれるとは思わなんだわ」
とりあえずこの困った年上の友人に食わせて、寝かせないといかん模様。
もしかしてガルガノスとユリウス少年も近いうちこうなるのだろうか。
いや、きっとパトス? パスタ? ――まあ取引相手のあの男が様子は見に行くだろう。ユリウス少年には家族がいる。
ルバの様子を見て二人にもやらかしてしまったんじゃないかと少々慌てたが、まあきっと初めての事ではないと思うので。うん、一週間後くらいに様子を見にゆこう。
「少し食べて寝たらどうだ? そんな様子では頭も働くまい」
「ああ」
「……」
話しかけてもあからさまに上の空である。可愛い生き物なら口の前に食べ物を持って行ってもぐもぐさせるのだが、生憎ルバは私と同じくらいの身長、肩幅胸板に至っては長年の鍛治仕事のためか、私よりある無精髭男である。
スリープの魔法は何処で取得できますか!
「せめて食え。食いながらでも考えられるだろう? 問題は何なんだ?」
手づかみかつ片手で食えるものにしたせいかおとなしく食べ始めた。
細めに切り分けたカツサンド、オリーブオイルとニンニクで炒め白ワインと塩胡椒で味をつけたキノコとロース肉のバケットサンド。カップで飲める野菜スープ。
考え事をする時の癖なのか空いたもう片方の手は人差し指がトントンと机を叩くのを繰り返している。
「炉だ」
「火力が足らんのか?」
「火力と魔力が足らん。精霊力は闇の精霊で何とかなる」
「【水竜銀】はそんなに難しい金属なのか?」
鍛治に魔力・精霊力いるのも初めて知った私にはルバの相談相手はハードルが高いが、話しているうちに思いつくこともあるだろう。
何よりこの話をしている間は、ルバが考え事をしながらも無意識に食べている。
「【水竜銀】を扱ったこともあるが少量だ。レオの像は条件を満たす炉に入らんのだ」
「デカイ炉があるところは無いのか?」
「無いな。魔力を集めたとして、そもそもあのサイズを鋳溶かす量の魔力圧縮に炉壁が耐えられん。大体あのサイズが考えられんサイズなのだ」
大きすぎた様子。
レオ小さいのに。
……想像の中のレオがビッグマグナムとか下品なことを言いだしたので思考を断ち切る。
ルバはだいぶ煮詰まっている様子だが、食事はさせたし睡眠の方は倒れたらそのまま寝るだろうと退散する事にした。床で寝てもまあ服を着ていれば大丈夫だろう気候だ。
最後に何となく渦中のブツを見せてもらう。有るのに使えない、使ってもいいのに使えないのは難儀だ。ファルも次はインゴットでくれ。
などと思いつつ、レオの頭を軽く叩くとガラガラと崩れた。
「はい?」
「なっ……っ!」
足元には【水竜銀】のインゴットの山。
あれか、【ルシャの下準備】か。発動したのか。
自分が生産する時だけだと思っていたが、素材系は何でも「使えるようにする」のだな。
うん。
私もルバもしばし無言であっさりとインゴットになった【水竜銀】の山を眺めていた。