76.勢揃い
目の前にいた竜の代わりに血まみれの鎧を着ている現在。
あれか、あの楔を穿たれた竜はこの鎧の暗示か隠喩か。鎧が竜の姿をとって手に入れるための試練となったのだろうか。
精神的にも肉体的にも疲弊していたのでとりあえず自分に『回復』をかける、精神の回復もするのがありがたい。肩口に顔を出していた白も今は帰還してしまった。
ん? 帰還出来たんじゃないか!
どうやら絶体絶命なあの場面に付き合ってくれるために帰還出来ないと嘘を言ったらしい。自分だけなら早々に諦めてしまっていたかもしれない、後で感謝の果物を渡してもふろう。
あ、ベリーの季節のうちに採取して、足らないようならば買っておかねば。
次いで鎧に【生活魔法】の『浄化』。血の跡が一瞬で綺麗になり、漆黒の鎧が鈍く光を返し、なぜか影の濃い部分がほの青く光って見える。
すぐにまた血まみれにもどったが。
あの竜の深い傷を負ったイメージでは私ごときの回復では流血を止められない気がする、そう思いつつも鎧に『回復』をかける。
うん、全く止まらない。これはあれか、呪いの鎧的なアイテムか? 脱げんし。
「おお、私の介入があったとはいえあの暴竜を降すとは」
光の神ヴェルスが感嘆の声を上げる。いたのか。
いやヴェルスがおらんと、この乳白色の空間からどう帰っていいかわからんのでいてもらわねば困るが、竜に集中していてすっかり存在を忘れていた。いったい何時間対峙していたのか?
一時間だったかもしれないし、一日だったかもしれない。神々の空間は時の流れが切り取られているためさっぱり見当がつかない。
「この血は止まらんのか?」
『回復』をかけ続けているが全く止まらない。これはこういう鎧なのかと一瞬思ったが、ヴェルスの言葉でやはりあの竜がこの鎧の本分なのだろうと思い直す。
「生憎、私は癒しを司ってはいない。しかしどこからどう見ても禍々しいね、そうだ!」
何か思いついたようだが、ヴェルスの思いつきは竜との対峙で懲りたのだが、止める間もなく右手を振る。
「どうだね!純白だ! ……赤黒いな。」
鎧が白くなりました。
推定だが。血が垂れるほどあちこちから滲み出していて色の確認どころではない。ヴェルスが若干しょんぼりしているが、色より怪我をなんとかしてほしい。
「傷を治すのが先だ」
「水の神ファルの分野だ。フム、久しぶりだが呼びかけてみるとしよう」
「その必要はないわ」
そう声をかけてファルが現れたのを筆頭に、次々神々が現れる。
「『暴竜バハムート』を解放したは何故じゃ」
木の神タシャ。
バハムートでいいのかこの竜。始まりは魚だったのにすっかり竜の代名詞だな。
「また界と界の境界を壊そうとされてはたまらんの」
土の神ドゥル。
老婆の姿は初めて見た。
「無理やり試練を作るのは君の悪い癖だけど、今回は最悪だよ」
金の神ルシャ。
大変視線が痛い気がするのだが、視線の向く先はヴェルスなので黙って回復をしておく。私は吹けば飛ぶような哀れな人の類だからな。
「いったい誰に討伐させる腹積りだ?」
火の神アシャ(服付き)
「ほほ、辛気臭く閉じこもっていたかと思えば派手よのう」
風の神ヴァル。
眉を顰めている他の神々と違って何処か楽しそうだ。
「いいではないか、あのまま留め置けば彼の竜は出血死するしかないであろう。人の役に立つのだ本望だろう」
ヴェルスが悪びれずにこやかに言い放つ。
というか、神々が全員集合するほどやばいことした竜だったのだな。おのれヴェルス!! 何考えてやがる!!!!
「兄さんが動くと世界が騒がしくなる」
闇の神ヴェルナ。
「おお! 森の奥に咲く百合の花 清楚で 愛らしく 可憐で 嫋やかなる 夜のやさしき月影 麗しいその光 美しき女神ヴェルナよ! 久方ぶりだ!!」
「兄!?」
まさかのシスコン!
ヴェルスが歓喜に震えて叫ぶのと私が短く叫ぶのとが同時だった。
視線が一斉に私に向いた。
いや、あれだけ麗句を並べ立て、褒め称えた相手が妹って。
そしてあの長い形容をスルーできるということは昔からああなのだな。
「そなたはいつも意外なところにおるな」
「ほうほう、目をつけられたのはお主かえ。確かに複数の【寵愛】を持つものは珍しい……」
「ヴェルスに興味を持たれたか」
「やめておけ。あれは例え複数の【寵愛】を受けた複数の勇者でかかっても人の身で討伐は無理だ」
「ヴェルスに乗せられて勇敢と無謀を履き違えるのはうまくないよ?」
「お肉……」
次々に止められる。引きこもる前試練の乱発でもやっとったのかこのヴェルスは。
ちなみに上からタシャ、ヴァル、ドゥル、アシャ、ルシャ、ファルである。肉をやるから回復してくれんかなファル。話の間も無詠唱でできるのをいいことに『回復』を行っていたが、とうとうMPが底をつきそうだ。さすがにこの雰囲気で回復薬は飲めない。
「いや、私はもっふもふの騎獣が欲しかっただけなのだが。あと無抵抗なのを討伐は止めてくれ」
有無を言わさず竜の前に落とされました。そして今討伐されると大変困ります、着てるし。
「ふむ、人が縁を結べる騎獣はこの辺りではアイルのパルティン山脈の麓辺りにしかおらんな。そちらへ行くがいい」
「南か、ありがとう」
「趣味の悪い鎧を着てる。脱ぐべき。ついでに服も」
「脱がんわ! ティーボーンステーキとトンカツを振る舞うから治してくれんか?」
ファルがとことこと寄ってきて鎧に触れると、あっと言う間に血が止まった。
「ありがとう」
約束のものを手渡して、鎧に浄化をかける。真っ黒だった鎧は確かに真っ白になっており、影の濃い部分は淡く金色に見える様になっていた。
カタチは鎧とローブ、もしくはコートの中間。左右の腰のあたりから踝近くまで布状のものが付いている。
「『封印の楔』がダメになっておるな。彼の竜を何処へやった?」
隣ではドゥルがヴェルスに詰め寄っている。
「此処に永の年月おったせいか、気配が濃くて他の痕を追えん」
タシャの困惑。
あれ?
「この鎧からバハムートの気配がする」
もしかしてこの鎧が竜だとは思っていないのか? と思い至った時、ファルが言う。
「心配ない、何故なら彼がもう【試練】を完了しているのだ!」
長衣の裾を払いこちらに向き直るヴェルス。
「倒したのか?!」
「いいえ」
アシャの問いに即座に否定を入れる。あれを倒すとか無茶言うな。
「彼の竜は彼に降ったのだ」
無駄に嬉しそうにキラキラしているヴェルス。
間があった。
「信じられぬ、と言いたいところだが、着ている鎧がそうか?」
「そうだとも! 彼は騎獣を望み、私はそれを叶えたのだ!」
どうだ、凄いだろう?崇め奉れ!的なドヤ顔ヴェルス。ちなみにケーキのクリームが顔に健在だ。
「どこがどう騎獣なんだ」
どう見ても鎧なんだが。
「ふむ、君に降ったのだ、乗れるだろう?」
「脱ぎ方もわからん。ついでに言うなら竜に戻ったとしてあの大きさで飛ぶのはともかく着陸したら騒ぎになるわ!」
「そこはそれ姿変えの魔法をサービスしている、大きさも自由自在。今もそれ、そなたに合った鎧となっているだろう。私は鎧を与える、君は騎獣を手にいれる、彼の竜は命を拾う、三方良しだ」
あくまで武具を与えたかったのだな……。
「とても弱ってるわ」
「まだ自力で姿を変えられない」
「ファルが治したけれど、あまり動くと傷が開く」
「新しい傷をつけることができるものは少ないわ」
「でもまだ鎧として攻撃を受けるのもお勧めしない」
何かを確かめるように言葉を紡ぐ闇の神ヴェルナ。
兄貴とは違うな。そういえば騒がしいのは嫌いとか言っていたか。
「すまん、首飾りにでも変えてくれんか。戦えないのも困るし、自力で姿変えできるくらいまでは、おとなしくしていてもらいたい」
「ん」
ヴェルナが手をかざすと鎧が消え、かわりに指の長さほどの青い光をたたえた宝石が私の胸に現れた。なんの宝石かわからんが綺麗だ。
「感謝する」
軽く頭を下げ謝意を示す。
「銀にしておいたわ」
青い石を縁取る台座と鎖のことだろう。もしかしてヴェルスの趣味と戦っている? 銀VS金?
ちょっと二人の兄妹仲が気になるのだが。
「なし崩しだけど、彼が竜の飼い主ってことでいいのかな?」
ルシャが意思の確認をする。
「神が出した【試練】を受けての正当な権利じゃ」
タシャが応えて他の神々が頷く。
どうやらこのまま私の飼い竜になるようだ。
「ふむ、それにしてもこれで我ら八神が封じた獣のうち二匹が自由になったか」
「こんなのがあと七匹もいるのか、【試練】を受ける奴は大変だな」
アシャの封じる獣 雷獣鵺
ヴァルの封じる獣 白き獣ハスファーン
ドゥルの封じる獣 狂った人形ハーメル
ルシャの封じる獣 傾国九尾クズノハ
ファルの封じる獣 毒の鳥シレーネ
タシャの封じる獣 終わりの蛇クルルカン
ヴェルスの封じる獣 かつての竜王バハムート
ヴェルナの封じる獣 永遠の少女アリス
それぞれ何カ国かを直接間接に破壊蹂躙し滅ぼし、そして人の世界にとどまらず世界の境界を破ろうとしたそうな。封印は破壊しようとした獣の力でほつれた境界を埋める作業でもあるらしい。永の封印で力を削がれているとはいえバハムートの様子を見る限り十分脅威だ。
「む、なんだ【獣の試練】を与えたのは私だけではないではないか!」
「確かに八匹ともそろそろ封印が解ける頃合いだな」
ドゥルが言う。
「竜は試練の最中に解けたぞ! あやうく【使命】を与えねばならんところだったのだ!」
ちょっと待て、終わった後冷静になって楔が外れたのって降伏したから外れたんだな、と思い直していたのにやばかったのか?
もしかしなくてもこの七匹、じゃない六匹は未来の討伐クエストのボスか?
「ハスファーンなど封印は人のせいでとっくに解けておったのは皆も承知じゃろ? もっともあれは他に仕事を与えておった故かその地で大人しくしておったがな。今も外にいるとはいえ境界の修復に大人しく力を吸われる事に同意しておるわ」
おとなしいのもいるのか。
「飼い主を得て自由を得たは『竜』と『白き獣』か」
「『白き獣』を得る【試練】もさぞや苦難の道だったことだろう! 成得た者に我も武具を授けよう!」
試練好きだなヴェルス。そして武具に限定してきた、学習能力は高い様子。
「【試練】なぞ与えた覚えはないの。いきなり獣を抱いて拝殿に来たかと思えばそのまま外に連れ出して慌てて追認したくらいじゃ。与えたくば飼い主は隣におる、好きにせい」
からかうようにこちらとヴェルスを交互に見てくるヴァル。
「……なんとかファーンって白のことか!」
「今かぇ!?」
ヴァルにつっこまれた。
そういえば白を連れて出た時にヴァルが国を滅ぼしたとか白が大暴れしたとか言っていた、その時私が思い浮かべていたのは「苺をよこさねばくすぐるぞ!」とか「スカートめくり」だった気がする。
「我が試練を受けし者はすでに獣を従えておったか! …………もしや、茶を喫している最中そなたの膝で喉を鳴らしそうだったあれか!?」
「まあ、そういう反応だわな。儂も見た時には目を疑ったし、聞いていなければ気づきもせんかったろうよ」
老婆の声でドゥルが言う。日に焼けた筋肉のついた農業じーさん姿のイメージがついてしまって腰の曲がった骨ばった長い指をもつ老婆の姿に慣れない。
あれ、もしや神々によく会うのは【神々の時】の称号と料理のせいかと思っていたが白を連れているからでもあるのか? 様子を見に来られている?
そんなことを思っているとヴェルナとヴェルス以外の神々が私を見ていた。
「まあ、竜の扱いも決まったし、ね」
「固い話はおしまい。これからは肉の話」
気のせいだった。




