75.祠の中
扉の中を見ると中は床や壁が薄く光る白っぽい石でできており中央に祭壇っぽいものがあった。
部屋は円形、見上げる天井も当然円形で中央には何か宝石が埋め込まれており、それを囲むように精緻な浮き彫りが施されていた。
「なんだか中央の宝石を讃えてるっぽい彫刻だな」
「うむ、そのように見えるな。もっともお主に言われるまであれが宝石には見えんかったのじゃ」
はめ込まれた宝石は無色透明、よく見ないと黒い穴があるだけに見える。
「それにしても祭壇というよりただの台だな」
「何かここに像があったのを誰か持ち出したのかもしれんの」
「ああ、そんな感じだな」
あるべきものがないように見える。台に触れてみても何も起きず、裏に回ってみても何もなく。
「あの扉に結界があったんじゃなくこの部屋が結界なのか? 通路も何もないな」
「いや、扉に刻まれておったからには扉封じの結界だと思うのじゃが」
とりあえず壁を叩いて隠し通路がないか確認して歩いている。私的には何もなくてもココで安全にログアウトできそうなのでもうけものだと思っている、もしかしてセーブポイント的安全地帯なのだろうか。
そう思い始めた時、天井の宝石から白い光が差し込み台を照らすと今度は台から強烈な光が溢れた。
「よく来たな、我が同胞の加護を持つものよ」
光が収まった頃、祭壇改め台座の上には後光を背負ったやけにキラキラしい金髪の男が乗っていた。
あれかこれはまた神か。
とりあえず見知らぬ神(仮)よ、私は後ろだ。
「遭遇していない神とすると、『光』の神か。それとも大穴で眷属神の石畳の神とか?」
「どういうチョイスなんじゃお主」
気になってるんです、石畳の神。
後ろで白とこそこそ話していると、お立ち台の神がくるっと振り向いた。
「よく来たな、我が同胞の加護を持つものよ」
やり直すのかよ!
「我が同胞たちと出会うまでにはさぞ困難な道を歩いてきたであろう。絶望的な【試練】もあったであろう。神々に与えられる使命に押しつぶされそうな時もあったであろう」
目を閉じて苦悩の表情で語りかけてくる秀麗な男。線が細いわけでなく肩幅もありそこそこ筋肉もついている神々しい男。
だがしかし、言っていることにまったく心当たりがない!
呆然としている間にも何か上の方を見上げて涙を流さんばかりだ。いや、涙を流して若干震えながら身に覚えのない私の苦労話を語っている。
「あれは誰のことを言っているんじゃ?」
白が唖然としている。
「少なくとも私のことじゃないことは確かだ」
幾多の試練ってパンイチになれと迫られたり、恋愛相談されたり、カレーを要求されたことだろうか。
こそこそ白と話していると、無駄に神々しい男がバッっと目を見開き裾を払って改めて私たちの方に向き直る。
「我が名は光を司る神ヴェルス、そなたの使命の助けになるよう我が祝福を与えよう」
「マテ、私に特定の使命はないのだがいいのか?」
手を軽く上げて止める。後から話が違うとねじ込まれても困る。
「何?」
予想外だったのかそのまま固まるヴェルス。
「強いて言うなら食材ハンターなのかの?」
白が追い打ちをかける。
「私が生き物に会うのは例外と思えるほど久しぶりなのだが……」
過去に会ったのは邪神退治の勇者一行だそうな。ちなみにその邪神との戦いで一つの大陸であったものが人の住む大陸、エルフの住む大陸、ドワーフの住む大陸など幾つかに分割されたそうです、どんだけだ。
「そういえば、闇の神ヴェルナとともにあなたの神殿は私の知る限り無いな?」
「おお、美しき女神ヴェルナよ、夜のやさしき月影よ。麗しいその光に包まれて私は現れる」
またなんか違う世界にいったよ、この神。
とりあえず月が中天にきて、天井の宝石に地上からまっすぐ光が注いだ時だけコイツが現れるのは理解した。天井の宝石は光の増幅器の役割があるのだろう。あんまり理解したくなかったが。
「夜のやさしき月影、麗しいその光、美しき女神ヴェルナは、人々に嫌気がさして地上から姿を消してしまった。それでも彼女は優しくすべてのものを照らし包み込む。それなのに姿を見せぬ女神に対する人々の態度といえばとても納得できるものでは無い」
やたら芝居がかって頭をふるヴェルス。
「それで私も彼女を真似て姿を隠したのだ」
おい。
なんかヴェルナのほうは相応に姿を隠した理由がありそうだが、あんたの理由はそれか。
「だが、幾つかの邪神の気配が濃い。てっきりその邪神討伐の【使命】を受けたものかと思っていたのだがな」
「いいや、どの神々からもそんな使命は受けておらんな」
「そなた、もしや六柱の神から加護しか受けておらんのか?」
「いいや? むしろ【加護】は一つも無いな」
何かを思いついたようにヴェルスが聞いてくるが否定する。
「あの気難しいタシャからの【祝福】を受けておいて【使命】を与えられてい無いと?」
「【寵愛】をもらっとるが【使命】は無いな。強いて言うなら食材ハンター」
「あれから【寵愛】だと?」
「疑うならステータスを見ていいぞ。【隠蔽】しているが」
視られるだろう? という視線を送る。
ちなみに現在、職業を魔法使い表示に変えている。結構できることが多くなったが、レベルが低いので相手の【鑑定】レベルが高ければ簡単にバレる。そのうち効果からいって【看破】持ちでないと見られなくなる予定のはず……。たぶん?
「【寵愛】を四つだと!? しかも 嫋やかなる 夜のやさしき月影 麗しいその光 美しき女神ヴェルナに会ったことがあるのか!」
長い!
いやまて、あれ?
「他の七柱の神に会うのが扉を開く条件ではないのか?」
「六柱に会うことが条件だ。私にとっていつでも 可憐で 嫋やかなる 夜のやさしき月影 麗しいその光 美しき女神ヴェルナは心にあるが、人の身で会うことが叶うとは思っていなかった」
「神を唖然とさせるお主に突っ込んでいいのか、あの神に突っ込んでいいのか迷うのう」
白が戸惑っているが、私も戸惑っている。とりあえずヴェルナ信奉者なのはわかった。
その後、ヴェルナとどう出会ったかなど根掘り葉掘り聞かれながらお茶をした。
馴染みの猫足テーブルと椅子を出したらまた白に呆れられたが、部屋に台座しかないのだからしょうがないだろう。ヴァルのように食器を浮かせてくれる親切というか、思いつきはヴェルスにはない。
ヴェルスは引きこもり過ぎて他の神々とも没交流だったようだ。
「む、これは良いな。アンラより歯ざわりが良い」
アンラは芒果によく似た水気の多い丸い鮮やかなオレンジ色の果物だ。神々の話から類推するに、過去まだヴェルスの神殿があった時代に彼に捧げられた供物なのだろう。
今彼が食べているのはルビーベリーのタルトだ。茶請けに光=太陽の安直なイメージで大きなホールを切り分けて三角にして出すより丸いままの方がいいかと、直径五センチくらいの丸いケーキとタルトを何種類か出した。
冒険者ギルドの受付お姉さんの受けを狙って作っておいたものだったりするのだが、その非常に乙女チックなものをいちいち声をあげ批評しながら食べているヴェルス。整った顔立ちだが結構きつめの顔した男なのだが思い切り顔にクリームがついている。
もちろんスルーしているが、なんとも微妙な心持ちになるので白をモフッて気を紛らわせる。
「よしわかった、この光の神ヴェルス、君に協力しようではないか」
「協力……?」
何のだ。
「私は君に【祝福】を与えスキルを与えアイテムを与えよう。君は私と、 愛らしく 可憐で 嫋やかなる 夜のやさしき月影 麗しいその光 美しき女神ヴェルナに料理を捧げたまえ。さあ、何が欲しい!?」
食材ハンターのだった。
「欲しいというか、騎獣のいる場所はどこだろうか?」
「な、に? 武具ではないだと……っ!」
驚愕するヴェルス。
「光の神は確かアシャと共に勇者たる資格を与え、言祝ぎ、伝説の武具を与える存在じゃぞ」
白がフォローしてくる。
「そうだ、光を司るこのヴェルスと火を司る神アシャは勇者たるものに武具を渡す。そして闇を司る 清楚で 愛らしく 可憐で 嫋やかなる 夜のやさしき月影 麗しいその光 美しき女神ヴェルナと水を司るファルは聖者たるものに神聖魔法と衣を与えるのだ」
「思い切り神聖魔法持っとるんだが……」
聖者ってあれだろ、勇者パーティーの回復役だろう? 私魔法剣士なんだが? ん?
「もしかして【ファルの聖者】がそうなのか?」
「【聖者】【聖女】、【勇者】【女勇者】だ。それはそなたを気に入った水の女神が【聖者】に与える能力をそなたに与えたため出た称号であろう」
そもそも【使命】もないのに、気ままなヴァルや面白そうだからとスキルを与えるルシャ以外の神々に遭遇するのがおかしいのだ、いや、ルシャはスキルは気軽に与えるが【寵愛】を与えたなど聞いたことがないな、などとブツブツ言っている。
「わかった、乗れればいいのだろう! 昔捕らえたアレをやろう! 三つの国を壊滅させ隠り世に抜け出そうとした暴れ者だがちょうどいい!」
いきなりそう叫ぶと足元の床が氷が溶けるように消えて、下が乳白色の空間になる。元床のあった場所に浮いている私たちの真下に、巨大な漆黒の竜が躰に楔を幾本も穿たれ鎖で繋ぎとめられている。鎖の先は見えないがこちらに気づいて威嚇しようとする竜の動きに合わせて引き攣れ、穿たれた楔の穴からは血が流れる。
「ふむ、大陸が別れる前に捕らえたというのに元気なものだ」
「……とてもやばいものにしか見えないのだが」
バハムート的強い竜に見える。しかも凶暴で悪い方。
まだ遭遇したことがなかったが、ドラゴンステーキを食ったせいで、この世界の竜のイメージがつるんとした表皮を持つずんぐりむっくりした姿になっていた。
今、拘束されながらも暴れようとしている竜は硬い鱗の外殻を持ち、金属質な質感で鋭利な刃物を思い起こさせる。
「これをやるから服従させたまえ」
「はい?」
よくわからんことをヴェルスが言ったかと思えば、次の瞬間私は竜の前に落とされていた。
「大丈夫、力勝負ではない」
ヴェルスの声が届くが、それどころではない。
竜の巨大な金色の目が縦に割れた瞳孔で正面からこちらを睨んでいた。
竜から出る覇気が体を絡め取る。
重い。
目が逸らせない。目を逸らしたら負けだ。
目を逸らした途端、竜の覇気は私を粉々にする。
力勝負でないということは気力勝負だろうか。
白が肩口で動く。
「白?!」
「集中するのじゃ、我は助けにはならん」
竜の出す圧で白が一緒にいることに今の今まで気がつかなかった。
竜から目を逸らさないまま白を呼ぶと、聞いたことのない声色の白の返事。
落とされたのは私だけだと思っていたのに。
「帰還は……」
「できんのじゃ」
私がこの気力勝負に負けると白を巻き込む。
白が帰還出来ないなら、神々に会うこの空間では召喚時間が切れることもない。召喚獣は戦闘不能となると「暫く呼び出せない」と聞くので死ぬことは無いのだろうが。だからと言って死なせるのは嫌だ。
指の先がチリチリする。
額からふつふつと汗が出る。
危うい均衡での膠着。
むしろこの竜の圧を抑えていられるのが信じられない。
釣り合うようヴェルスが何かしたのかもしれないが、考えている余裕はない。
私の世界は今、目の前の竜だけだ。
一体どれくらい経ったろうか。
額から、いや頭から汗が流れる。汗のせいだけでなく頭が重く感じる。
手も足もだるく座り込みたい。
背中が痛い。
私を睨むこの竜は、何故こんなにも怒っているのか。
――自由をこんな方法で奪われていては怒っても当然だ。
私を睨むこの竜は、何故ここに捕らえられたのだろうか。
――破壊を楽しんだからだろう。それとも他に理由があるのか。
私は何故ここで竜と睨み合っているのだろう。
――白がいるからだ。巻き込めない。
いや違う、そもそもは騎獣だ。
ガラハドの虎のタイル。
イーグルの白い狼のハガル。
カミラの黒い狼のウルク。
しなやかな猫科の尻尾もいい。
犬科のもふもふな尻尾もいい。
何で触るとゴツゴツしそうな奴を騎獣に勧められて苦労をしているんだ私?
イラっときた。
「私に従え……服せ……降伏しろッ!」
グガガガガ……
ひび割れたような唸り声が竜から漏れる。
「いい加減に諦めて私に降れ!」
ガアァアア''アアァアアアアアッ
そう叫ぶと目の前の対峙していた竜が咆哮し白い空間を揺らし竜を繋ぎ止めていた楔が抜ける。
覆いかぶさるように翼を広げ自由になった竜に思ったことは、襲われる、でもなく、殺される、でもなく。
"こんなに巨大ではどう治していいか分からない"
だった。傷つき楔の跡から流れる大量の血。
とっとと服従してしまえば外に出られるのに、出たいはずなのに抵抗する誇り高さ。
咆哮を上げたその口が、私に迫る。対峙していた位置より間近で金色の目と会う。
「お前、格好良いな」
牙が噛み合い丸呑みにされた次の瞬間、巨大な身体が消えて乳白色の空間に私は白を連れて血塗れで立っていた。
「何ですか、この鎧?」
いつの間にか私は血塗れの漆黒の鎧を着ていた。