69.露店をうろうろ
それぞれ寝たり、寝る前に生産を行うという友人たちと別れてジアースに戻る。
長男オークの藁、次男オークの木、末っ子オークのレンガは店舗やクランハウスの模様替え素材のようだ。店舗の勧誘があった話をお茶漬たちにすると、迷宮5層のボスを倒すのが店舗解禁の条件だったのかもね、と言われた。
楢は一瞬床板か? と思ったが冷静に考えれば全く足らない数なので普通に杖の材料なのだろう。
寝る前に荷物整理をして委託販売に出す人が多いので販売物のチェックをする、またお茶漬たちから回復薬を頼まれている。生産の材料を買い込み、自分の委託販売の更新をする。せっかくだから露店が増えたかも覗きにゆこう。
ああ、商業ギルドに面倒だが書類も渡しておこう。
以前は五軒しか埋まっていなかった露店はすでに空きがない状態だ。エリアスのような先行する数人の生産者が露店を出した後、今は要領のよい多くの生産者も出店するに至ったのだろう。
中には他人の生産物を委託販売しているのか仕入れの契約でもしたのか、はたまた共同出資でもしたのか、四人以上の生産者の銘が入った様々な商品を扱う露店もあった。
ゲーム的には正午近いのだが現実時間で遅い時間なので閉めてしまっている店も多々あったが、貴金属専門……じゃない能力付加のアクセサリー屋、シーフ系職業向けの革の鎧・盾などを扱う店、フルプレートアーマーを扱う店、杖、剣、得意生産が細分化しているせいか店もなかなかバラエティ豊かだ。
面白いところでは素材買取屋があった。まだあまり市場に出回っていないものは委託販売の上限より少し高く買い取り、委託販売に多くあるものは委託販売で売りに出ている下限額で買い取る。そうやって貯めた素材を生産職にまとめて卸しているそうだ。底値を調べるのも面倒、即金で欲しい、露店に来たついでに売り払うなどの人で結構繁盛しているようだ。
アクセサリーでベルトが売っていたのでつい購入。防具扱いのベルトとアクセサリー扱いのベルトがあるのを初めて知った。
腕に巻くもので耐火+1とSTR+1がついていた。料理はべつとして、二つ別な能力が生産でつけられるのも初めて知った。あとで宝飾で試してみよう。
そういえば、なんで生産がアクセサリーじゃないのかと思っていたが、よく考えたらガルガノスの作るものは身につけるものだけでなく宝石箱やら置物、ペーパーナイフ、杖の持ち手やらもあったのでそのせいだろう。
冷やかしながら歩いているとエリアスの店の前に来たので覗くと、どうやら接客中。まあ、では後にするとか思ったところに声をかけられる。
「あら、こんにちわん」
「こんにちは、お客ですか」
客なのかと思ったらどうやら違う様子。客だったら私に客かとは聞いて来んだろう。
「こんにちは。ええ、まあ」
「例の件お待たせしちゃってごめんねん」
笑顔で挨拶を返してくれたあと、声を落として申し訳なさそうに眉をひそめる。
「いや、急がんのでいい」
『技巧の手袋』があるしな。
「得意生産はモンスタードロップ装備を素材と軽装備系だったか。使うか?」
小手の催促しに来たと思われるのもあれなのでエリアスが使いそうな素材を見繕って、憤怒のオークの胸バンド、憤怒のオークの皮、黒鉄を見せる。
現物を出して見せることもできるが、本日は知らん男もそばにいることだし、露店内で使える売買交渉用の共有ウィンドウ内でだけ提示する。
「あらん〜ギルが昨日メールであとで売りに来るっていってたやつだわん」
「ああ、炎王のところのか」
おネェのギルヴァイツアとぺったんで性別不詳のエリアスが知り合い。惜しげも無く晒している脚は女性の物の様な気がするのだがどっちなんだ本当に。いや、性別に付き合いが左右されるわけではないが、その脚に内心ドキドキしていいものかどうかのジャッジをですね。
現実世界の性別は会う予定はまったくないのでどうでもいいが、この世界での性別は知っておきたいところ。
喉仏はチャイナの襟で隠れているし、ヘソの位置がわかれば腰骨より上か下かで見分けがつくのに服がピッタリしているくせにヘソの位置がわからん。いや、この世界でそれで見分けられるかも不確定か、そもそもエリアスは猫の獣人だ。
「攻略トップ組と知り合いなのか」
男が聞いてくる。
「たまたま会っただけだ」
「挨拶くらいは交わしたのか?」
訂正、男が絡んでくる。
これは炎王の名前を出した私のミス、炎王の名前はワールドアナウンスで流れてるからなぁ。
「ウェンス、私のお客に絡まないで」
エリアスが少し目をすがめて笑顔で首をかしげるとむき出しのノースリーブの肩にサラサラと髪が落ちる。笑顔だが語尾が素……? なんだか周囲の温度が下がった気がする。
「う、ごめん。じゃ、じゃああの話考えてくれ」
視線を浴びた男、ウェンスがそそくさと退散してゆく。
男の姿が見えなくなるまでそちらを見ていたエリアスがため息をついてこちらに謝ってくる。
「ごめんなさいねん、どうにも攻略トップとか生産トップとか好きな類の人らしくって」
「いいや、不用意に炎王の名前を出した私がまずかった。気をつけてるつもりなんだが、世の中にはああいう類もいるのが意識から抜ける」
「ああいう類は多数ではないけど、強烈なのがいるわねん」
「それにしても往復八万なんてもったいないわねん」
売買交渉用のウィンドウを改めて見ながらエリアスが言う。
転移代金のことを言っているのだとわかったのでこれには無言で肩をすくめるにとどめた。ギルヴァイツアがメールだけで売りに来ないのも転移代があるからだろう。
「全部買わせてもらうわん。初見の素材だしギルよりお高めに買わせてもらうから値段は内緒におねがいん。アイツいつ帰ってくるかわからないし」
「了解」
先ほど回収した委託販売分と合わせて所持金が700万の大台に戻った。
「例の小手の件だけど、今受けるわ〜ん」
「かまわんが、どんな心境の変化だ?」
ついさっきまで生産依頼を受けそうな雰囲気はなかったが。
「友人知人に器用さの指輪+3の買い取りか購入したら貸し出しを頼んでたんだけど、今メールが届いて全滅が確定したのん。実はさっきのウェンスからも指輪貸そうかと申し出があったんだけど、条件がどうしようもないから受ける気はないのん。他の準備はやれるだけやって終了してるからもう造っちゃう。申し訳ないけど、評価6は確定だけれど7になるかは微妙だわん」
「評価6でも十分だが、指輪があってもそう変わらんのじゃないか?」
「あら、ステータスの上げられるところは上げておくべきよん。一定の値を確保できればコンスタントに高評価出せるようになるし」
そういえば売り出した指輪は全部捌けていた。生産職の皆さん真面目だな。
「まあでは、これを」
そう、さっき委託に追加してきたが器用さの指輪+3は作りすぎてまだあるのである。
「あらん〜うらやましい買えたのねん、運がいいわ〜」
エリアスにグリフィンから出た『力の小手』と指輪を渡そうとして止められる。
「指輪はありがたく借りるけれど、グリフィンの小手の受け渡しは怖いから、むしろ私が他の素材を渡すから小手は生産依頼でだしてね〜ん、デザインと色味は前回の胸当に揃えればいいかしら?」
「ああ、頼む」
言われるとおりウィンドウを操作すると、生産依頼の項目が出た。
「これで持ち主が貴方のまま生産できるのん。評価詐欺防止もできるわん」
評価詐欺は素材を受け取って生産、例えば評価8ができたら手持ちの同じアイテムの評価5と取り替えて依頼主に渡すことだ。
「なかなか便利だな」
「露店の機能よん。普段はやりとりが面倒で持ち込み生産依頼はほとんど受けてないのん」
「それはありがとう? そういえば、サークルモスの胸当の加工も、評価6の加工済みの胸当と取り替えるだけだったな」
「かわりに他に使う素材おまけしてたし、どちらにしても自分のレベルが上がるような持ち込みしか受けてなかったから結果は評価6でほぼ変わらないわん」
「ちょっとまってねん」
そう言ってオムレツを食べ始める。卵料理は器用さが上がる、常備しているのかもしれない、とゲーム的な考え方はできるのだが、なんとも奇妙な心持ちになる。
とりあえずこのままエリアスの食事を見守っているのもマヌケなので紅茶を取り出して飲む。
「いいわ〜ん」
若干色をにじませる声色と仕草でウェルカムされたのだが、平常心で先ほど教えてもらった手順で、生産を依頼する。
待つ事しばし。
胸当と同じく白が基調で落ち着いた緑の蔦の装飾が入った小手が出来上がった。緑の蔦は細かい密に絡む手元から腕にかけて広がり色も薄くなってゆく。系統はグリフィンの小手を引き継いでSTR補正、評価は7で元の能力より上昇している。
しかし今腕に巻きつけているベルトと甚だ合わない罠よ。せっかく買ったがベルトはお蔵入りかな、せめて白にしておけばよかったか。
「貴方の造る防具は繊細だな」
「ありがとん。本当はここに金で差し色をしたいんだけど、まだ二色いれようとすると評価が落ちるのん」
必要最低限の素材の他に、デザイン的に色を入れたり、装飾に鉱物などを足すと評価が安定しなくなるそうだ。
「作ったもののデザインだけかえる装飾専門の生産者もいるわん。基本の能力に+値をつけられたり、後から効果は低めだけれど耐性付与したりできるのん。デザインと一緒に能力もSTRからINTにかえることもできたりするらしいけれど、それは私が知る限りまだ一人しかいないわん」
「そういえば刺繍で能力付与サービスしとる露店もあったな」
前回露店を回ったときのことを思い出した、確かそんな露店があったはずだ。
「そうね〜、できれば自分でデザインまでしたいけれど元の能力を落としていたら私的には本末顛倒なのん。だから気に入らなかったり飽きたりしたら遠慮なく他所で改造してねん」
「気に入っとるから今のところ予定はないな。ローブの色を変えたら合わせて色変えくらいはするかもしれんが。代金はいくらだ?」
「あらん、レベルが上がったしサークルモスと同じく素材代はタダでいいわん」
渡された中に結構いい素材が混じってたんだが。
「まあじゃあ、物々交換と行こう。指輪はそのまま使ってくれ」
「ありがたいけどもらいすぎよん。元の値段はともかく、今これ手に入らないのよん」
すみません、入手は簡単な上に元の値段はさらに安いぞ。
「私が持ってても使わん。それに次回以降も頼むと思うしな」
「うふふ太っ腹ね〜ん、私は近々露店じゃなくって店舗を持つ予定なのん。完成して引っ越したらメールするから遊びに来てねん」
笑顔で投げキスされた!
投げキスがギャグでなくて似合う人種もいるのだな、とへんなところに感心しながら店を後にする。