65.店舗
借りることに決めた店舗はスラムとの境の、少し前までは夜一人で歩くのは身ぐるみ剥がれる覚悟でと言われた通りに面し、店舗へと忍び込む者のあまりの多さに借り手がつかなくなったという物件だ。
騎士と冒険者ギルド、神殿の合同作戦のおかげでこの地域も以降は徐々に安定してゆくだろう。ただ立ち上げ初期の厄介ごとの類をやはりよそ者の冒険者に押し付けたんじゃないか疑惑もそこはかとなく。しばらくは自分でもなんらかの対策を考えなくてはいけないかもしれない。
周りの店と開店時期を合わせること。
用心棒を雇うこと。
このくらいしか浮かばないわけだが。
スラムを潰す代わりにそこにいた人々を受け入れる無料宿舎を作る予定と合わせ、衛兵の詰所を作るそうだ。今まで臨時で露店の警備に当たっていた騎士達もこの詰所に正式に配備される。建設中のそれらを荒らされないように巡回は強化されるので、改装中に荒らされる心配は低いから安心してほしいとギルド長が言っていたが。さて?
神殿もこの付近にいる貧しき人々がまた犯罪に走らないよう、仕事を紹介したり相談に乗ったりする支部を出す予定があるそうだ。支部ができるまで当面は一日一回炊き出しを行うが、タダで食べられることを覚えるとダメになる人間が多いので、雇用場所の確保ができたら徐々に減らしてゆくそうだ。
炊き出しは恒久的問題の解決にはならないのも同意だし、今の現状では急ぎ炊き出しを行うことが何人かの命をつなぐかもしれないこともわかる。何せ餓死寸前二人拾っとるしな。
そういうわけで大量のモツを煮込みにどうぞと、エカテリーナに渡しておいた。決して嫌がらせじゃありませんよ? トリッパとかにして料理の状態で渡しても良かったんだけど時間がなかったからね。うん。しかたないよな。
他にもそういった店舗が通り沿いにあるが、その中でも条件がいい物件を勧めてくれたらしい。壁や天井は傷みが激しいが柱や梁は太く傷みはないようだ。ついでに言うならカビも虫もついていない。
一応、露店に続く通りとの角地の物件も案内されたが改修に費用が大分かかりそうな上に、賃貸料もかかりそうだ。生産が本職な方々に任せよう。
クエロに紹介された建築士兼大工のトリンと動かせない柱の位置、作り変えるにしても抜いてはいけない壁の位置を確認しながら私の希望を伝えてゆく。
家の配置とか、家具とか考えるの楽しいよな!! 横幅は狭いし、階段と動かせない壁を考慮すると自由度は狭まるけれど、制限があるのもパズルのようで楽しい。それに現実世界の改装の制限よりははるかにゆるい。
この国に地震はほぼ無いが、一度建てたら何代も使うのが普通らしくしっかりした建物が基本だ。
ところでこの家、他の家にない裏口が付いている。いや、かつて裏口があったようだ。
壁を調べていたトリンが塗り込められた扉を見つけたのだが、漆喰が剥落し所々見えているがもちろん開けられる状態ではない。普通はこの家の東西の壁と同じく、手の入る隙間もないほど後ろも他の家と接近しているはずなのだが。
「この並びの店の後ろに昔道があったんでしょうね」
ホラー的何かかと思ったがどうやら違うらしい。
トリンに聞くと、まだ土地に余裕があった頃は左右の隣こそ離れていないが、玄関はそこそこ広い通りに面し、裏は細い路地に面するように整地されていることが多かったそうで、その後、人口の上昇とともに整地しなおされ、家の裏に路地のある街並みは消えていったらしい。古い家から時々使わなくなり塗り込められた扉が見つかるそうだ。
今でも広場の店や大通りに面するクラスの店は裏口がある。営業時間中、荷物の搬入搬出と従業員の出入りを裏口から行い、客に見せないためだ。上の決定の区画整理って今回のスラムといいあんまり金も地位もないところから始まるのかね。
「まあ、どちらにしても一度周囲の壁を落とさなくてはならないので扉も撤去して普通の壁にしましょうか」
「ああ、頼む」
裏口欲しいのだが扉開けたら壁ではなあ。
一応神殿とだけの転移陣は設置できると聞いたがこれがまた馬鹿高い。だが玄関から出入りしていたら関係者だとイッパツでバレる。後ろの建物も借りられればいいのだが流石に賃借一人一店舗と制限が付いている。因みにジアース内には、というギルド長のセリフだったので他国には店舗を増やせそうではある。
個人では生産が追いつかないと思うが、なんかクランで生産特化も幾つか出たとお茶漬が言っていたので各国に支店を持つクランも出るかもしれない。
転移があるのでそこまで需要が無い気もするが。
その後は大体のレイアウトの希望を伝えることになった。
そして気づく。薬か錬金、食品やアクセサリを見本に並べても鎧や武器のように場所をとらないことを。薬を扱うからには日のさしこむ南向きの店舗はやめたほうがよかったことを。
密集した建物のせいで東西は隣の店舗と接しており窓は南に大きくあるだけなのだが、南からの日差しは燦々と。
取り払えない壁が、建物の中央よりやや北よりにあるのでそれより南を店舗とし、裏にストックヤードと狭いが売り子が自由に使える台所、休憩室を作る。
図面というには簡単な図に休憩室を書き込みながら、結局エカテリーナに孤児との関わりを作られてしまったな、と思う。
拾った手前、気にならなかったと言えば嘘だが、私はどちらかというと戦闘をしたり気ままにあちこちうろうろしたりするのが好きだ。連れて行くのは論外だし、例えば寂しがって帰りの時間や次の予定をやんわり強請るような、自立しとらん子供との関わりは負担で邪魔以外のなにものでもなかったので会う気は全くなかった。
あ、好きな人からのおねだり、気の合う仲間からのお誘いは大歓迎ですよ? むしろないと寂しい。我ながら勝手だが。
エカテリーナは私のそんなところも見透かして子供に私の苦手というか面倒だと思っている仕事を覚えさせ、送り込む場所まで用意してきた。多分私が偶にしか寄り付かなくても大丈夫なくらいには仕込んでいる。なんでこんなに私にあの二人を押し付けたいのか謎だが、外堀埋めてきやがった! という気分だ。
ギルドで「何に使われるかわからないお金でなく、食料を渡してくるのは確実にあのこたちが食べられるようにでしょう?」とエカテリーナに言われてぐうの音も出なかった。
そこまで深く考えてアジフライを乱舞させていたわけではないのだが改めて言われるとそうだったのか自分? みたいな。
まあ、今回は言い返せず詰まってしまった私の負けだ。素直に押し付けられよう。いざとなったら店舗のレンタルを止めて終了だ。
だがきっとそうはならない。エカテリーナは人の性格を見透かす、そこが気に入らないのだが。
孤児たちはきっと私との相性がいいのだろう。だから会いたくなかったのだが。
建物の東の壁沿いには北に登り口になる階段が続くので休憩室の端は階段の下になる、やや窮屈かもしれんので心持ち広く手直しする。
店舗のレイアウトはとりあえず西の壁沿いに南の窓を潰さないようにFの形の天井までの棚を置き、横に伸びた入り口に近いほうの棚の隣からカウンターを伸ばす。
東側にも同様に天井までの棚を壁沿いに置き、その真ん中の辺りから両面使える棚を横にさらに追加。日差しが差すほうに外から見えるようになにかディスプレイでもして、その裏の棚は薬置き場にする予定だ。
カウンターの東隣には狭いながらも商談スペース的に小部屋をひとつ。ここからカウンターの内と外に出入りと、休憩所にも抜けられる。狭いので構造を説明して、日本の引き戸を作ってもらうことにする。閉めておくと一見出入り口に見えないし、開けておけば戸袋に収納されてしまうので扉がない分、他の部屋と一体となり開放感が期待できるだろう。
二階には調薬とちょっと一緒に置きたくない調理設備と倉庫。
一階のストックヤードに商業ギルドで貸し出しているようなストレージの魔道具を配置、倉庫のものがストックヤードでも取り出せるんだが、この辺のことは商業ギルドお抱えの魔道具屋に依頼をする。これは別料金で結構お高い。
三階に調剤、錬金、装飾の生産装備を入れ、風呂と自室。三階は天井が高めの屋根裏部屋風になっておりちょっと気に入っている。左右がぴったりくっついた建物のせいか空の方向を向いた天窓がふたつ。手入れをして新しいガラスをはめれば寝ながら星が見えるはずだ。
だが、ルバに紹介された宿屋を気に入っているのでここに泊まるとしてもごくたまにになるだろう。宿屋夫婦の料理の腕がどこまで上がるか楽しみだしな!
図面に書き入れて行くのは楽しいのだが、正直三階建ては持て余し気味で、二階はかなりいい加減に決めた。二階建てでもほしいものが収まった気がするが、この街で二階以下の物件はむしろ珍しい。
まあ、当たり前だが倉庫は広いほどものが入るのでいいとする。
どうせ荷物はアイテムポーチにいれて運ぶか、ストレージ経由だと開き直った結果、生産施設は上の階に持ってきた。床は抜けないよう強化を頼む。
余計なものの撤去作業を進めつつ、何度か打ち合わせをして完成させてゆくことになる。
棚やカウンターなど大抵のものがオーダーなので時間やコストがかかるかと思いきや、スキル持ちが作るため、店舗の棚程度ならば実際作る作業よりどんなものがいいか希望を詰めて行く時間のほうが長くかかるのがザラだそうで、思ったよりもだいぶ早く出来上がりそうだ。
リフォーム代は安いが売買カウンターと転移プレートの魔道具代が馬鹿高い。
あると便利だが無くても人力で解決できるものについてはお高めだ。賃料もあるし半日営業じゃ回収が難しいかもしれん。まあ、その時は狩りして素材売ればいいか。迷宮早く深層に行きたいな。
店舗を持つと言っても接客を全面的に押し付けられるなら販売制限のゆるくなった委託販売と大して変わらない。月々高いけど。
広場のあの無許可営業バザーで職業に【商人】が出たそうなのでその道に進み、真面目に商売の駆け引きを楽しみ店を大きくしてゆく人もいるかもしれない。
生産について私は中途半端、商売に至っては真面目にする気がない、赤字が出ても魔物を倒して補填する気満々だ。縁があって金があって、それを望んで努力している人より先に店を手に入れてしまった。
……パンツ神に感謝だ! 仮面万歳!
ますますコソコソ隠しますよ!!!
HAHAHA!
決意も新たにパンツ神に祈る、次回会う時があるならそのケツがちゃんと隠されていることを。
いや、隠すのは私=レンガードだった。
ちがう、両方隠すべきだ。




