64.エカテリーナ
帰宅して洗顔してお茶してログイン。
ログインしてクラン会話で挨拶するが誰からも返事がない。迷宮6層以降に潜っているのかと思いつつ自分の今日の予定を考える。
以前は勤務時間のズレのせいで友人たちと新しいイベントや新フィールドに一緒に行けないことになんとも言えない焦燥を感じたりもしたが、さすがに慣れた。
販売用の生産をしたら、アイルの星降る丘で『ティガルの星屑』を探す、と簡単な計画を立ててジアースに転移する。
エカテリーナ対策にスズキのムニエルの箱を出す準備万端にしていたのだが今回は神殿を出るまで遭遇することはなかった。
なかったんですがね……。
拍子抜けしながら生産所へゆき、冥結界石を作る下準備を兼ね、錬金で帰還石を製作しまくって、調薬して、菓子を焼いて。適当に委託販売に突っ込んで前回の売り上げを回収。ここまでは作業のルーチン。
さて取りいだしたるは『器用さの指輪』、ヤグヤックル産に委託販売に出品されていたもの、計三つ。
私が手に入れたヤグヤックルのマントは白黒ブチのホルスタイン柄だったが、他の柄もでるそうだ。中でも人気があり、かつ出にくいのは"柄無し"、つまり白だ。
ヤグヤックルは初期のボスで倒しやすいし、目当ての白のマントが出るまで通うプレイヤーが現在少なくない。私のブチ柄のヤグヤックルのマントは、後で生産プレイヤーに購入してもらおうと倉庫に放り込んだままだ。今では白のマント以外はひどい値下がりをしており、とっとと売り払ってしまえばよかったと後悔している。
そういうわけで比例して値下がりしている『器用さの指輪』。
できるかな? と思いついた時は、まだ値下がり前で失敗覚悟で試すには勇気がいったが、今なら行ける。
錬成陣に器用さの指輪を三つ置き力を込めて言う。
「『錬金生成』!」
『合成』でも『精錬』でもいいし、口にしなくても特に問題ないが、気合いを入れるため技名のように力強く言ってみた、初めてする錬金は緊張するのだ。
陣の輝きが治ると、一番私に近い素材を置くポイントに指輪が一つ。
『器用さの指輪+3』
うん。強化用の魔石で+10までは統合できたのでできるかと思っていたができたな。少なくともジアースのボスドロップに『指輪』が出る確率がやたら高くて、ちょっと変だなと思っていたのだが、統合し、そしてその過程で割る前提のドロップ量なのかと一人合点する。
ただ、たくさん出る魔石と違ってさすがに壊れるのを恐れずバリンバリンと割りながら+10を目指せるほど安くはないものだし、ついでに『技巧の手袋』があるので器用が足りているため自身では必要としない。
というか、指がすでにマスターリングで2本ふさがっているので指輪での付与は慎重に考えたいところ。
出来たのに満足してやめようかと思ったが、錬金のレベル上げに良さげなので、委託した時の上限金額を調べ、売れなかった時に半額まで落としても余裕で元がとれることを確認して作ることを決める。
結構な勢いでレベルが上がったので難易度はそこそこ高い錬成だったのだろう。
錬金は器用さが高ければ当然失敗も少ないのだが、博打の要素を内包しているらしく、余裕でDEXが足りても一定確率失敗が混ざる。高価な品を作るときはドキドキものだろう。昔別なゲームで成功率12%は成功して99%を失敗しまくるという、華麗なる過去を持つ私では尚更。
そういうわけでせっせと作ったのだが。出品数の制限を忘れていた。
薬などの消耗品は99個で1枠で済むのだが、装備は同じものでも1枠ずつ使った。出している料理の種類が多いのが悪い気もするが、出品枠はすでにいっぱいだ。
もしかしてマントと同じくこの指輪は不良在庫というやつになってしまうだろうか。
微妙に心配しつつ、蒸留器に突っ込んでこまめに作っていた酒を持って商業ギルドに届けに行くとクエロに話しかけられた。
「ギルド長が折り入ってお話があると申しております。ホムラ様のお時間に合わせて時間を作らせていただきますので……」
とのことで、なんだろうと思いつつ委託作業を終えたらと約束する。ギルド長も商談中だったため作業を終えても少々待たされたが、クエロが別室で茶菓子を勧めつつ、最近の冒険者の露店の様子や流行りの商品、果ては住人たちに流行の布の柄などを話してくれたため気にならなかった。
ギルド長の手が空いたと聞いてギルド長室に案内される。商業ギルドのギルド長室の扉を開けるとイタ。
モス=バゥワーギルド長の隣に笑顔でエカテリーナ女史。
そっと開けた扉を閉めて廊下を戻ろうとしてクエロに止められる。
「何故ここにいる」
「あらあらまあまあ、商業ギルドにいるんですもの商談ですよ」
白い尼僧服を着てにこにこ笑いながら言ってくる姿は、ほんわかした優しそうな女性に見えるのだが、偏見かもしれないがどうにもこの笑顔を見ると孤児を押し付けてくるか、寄付金を強請られている気分になる。時間がかかったのはエカテリーナを呼び寄せるためでもあったのだろうか。
「冒険者から露店でなくちゃんとした店舗を持ちたいという声が上がっていてね」
ギルド長のモスが間に入るように説明を始める。
「ここジアースでは原則として国民以外は土地は買えないことは知っているかな?」
「ああ」
古本屋で読んだのか冒険者ギルドの資料室で読んだのか記憶が怪しいが、土地は貸すことはあっても売ることはなく、例外としてしかるべき推薦人がいるのなら大金を払って購入が可能、だったか。
「本来なら貸し店舗での商売にも外の人間には規制が多いのだが、今回スラムになっている南西の地区を整備して冒険者に店舗を貸し出すことになってね。ああ、心配しなくていいスラムの住人の住居も確保したよ」
私がスラムを潰す話に眉をしかめると先にスラムの現状を説明してくれた。
もともとスラムの評判はひどくなる一方だった上、神殿に保護されたスラムの子の話から調査が入り、予想よりも不衛生な環境と住人の状態の悪さにびっくりしたのだという。古く壊れかけた建物は使えるものが少なく幾つかのマシな建物に何人もが固まって住んでいたが、真っ当な部類の住人は少なく、真っ当な部類の住人に健康なものはもっと少なかった。固まって住んでいた理由はスラムの中でも悪質な住人から身を守る手段でもあったらしい。
止むに止まれずかっぱらいをする程度は真っ当な部類だ。
当初思われていた流れ込んだ獣人達よりもむしろ王都から逃げ込んだタチの悪い犯罪者がスラムを支配しかけていたらしい。
冒険者ギルドと騎士達、神殿が合同で事に当たったらしく、調査という名目で行われたそれは、すぐに掃討に取って代わった。スラム全てに及んだわけではないが相当数を捕まえ、あるいは保護した。
件の犯罪者は騎士と冒険者が居場所を突き止め、部屋に入った時はすでに事切れており、暗殺者ギルドに暗殺されたのだろうという噂がたった。悪質なものには処罰を与え、罪の多寡に合わせてギルド預かりで強制労働、更生のための職を与えるなどのその後の作業についてはまだまだかかると思われる。
そして真っ当な部類の人々の処遇は。
「親のない子供達と病人は神殿で一時的に保護しました、収容しきれなかったので官舎を一棟貸していただいております。最初は調査をして様子を見ながら徐々に建て替えてそちらに移ってもらう予定だったのですが、不衛生からくる疫病に罹ったものが少数おりまして慌てて隔離、幸い今回は健康なものなら跳ね除けられる種類でしたが、いつ致死性の高い疫病が発生するかわからないので早急に進めたのですわ」
準備が足らないまま半ば強制的になってしまいましたが、と言ってエカテリーナが眉を落とす。
「罪人と病人のことはこの際置いておいて、働けるもの達や、病が癒えて働けるようになるもの達のことだ。領主のアスターク様から相談を受けてね。スラムの建物は相当老朽化しているし、冬場に暖をとる薪にでもしたのかあるべき柱がなかったりで危険なんだ。疫病の消毒も兼ねて取り壊して、今保護している住人が住むための共同住宅を幾つか建てて、後の土地は冒険者に店舗用として貸し出すことにした。もっともすぐに全部建て替えるというわけじゃなく徐々にだが。厄介なのは始末がついたので後は緩やかにスラムの者たちも街に馴染む方向に持って行きたい」
「冒険者の方々に貸し出す際に吹っかければスラムの整備費を補填できますものねぇ」
ころころと笑いながらモスギルド長の話の内情をバラすエカテリーナ。
店舗の貸し出し料に加え、露店より高いギルドへの上納金を定期的に納めさせる、ゆくゆくは南西に新しく門を設け新規参入者用の商業区を作る計画だそうだ。
ただ、冒険者ギルドのクランへの土地貸出に触発され、他の街だけでなく他国が異邦人への土地や家の貸出、店舗の貸し出しを容認し始めたため、ファストに留まる生産者がどれほどいるのか予測がつかないため街の拡張については後日だそうだ。
「『異邦人』の方々は時々長期に意識を失われるでしょう? 今も露店を出した冒険者から商業ギルドに売り子を雇えないか問い合わせが来ているわ」
「そこで今神殿が保護している人たちや、健康に問題がないスラムの人たちを紹介しようかと思ってね」
「冒険者としての意見を聞きたくて呼んだのか?」
口を挟まず大人しく出された茶を飲んでいたのだが私が呼ばれた理由はこれだろうか?
「そうよね、意見が欲しいわ」
「意見を聞くために、君に店舗を借りてもらおうと思ってね」
「いや、値段をつけるのも接客も面倒だし、私は委託販売で満足しているぞ」
「あらあらまあまあ、貴方の助けたスラムの子たちはまだ幼いですけど接客は上手ですよ。貴方の助けになりたくてがんばって覚えていたわ。うまく仕込みましたからね」
暗に私でなく露店を出すような生産者に話を持ってゆけという気持ちは通じなかった。通じなかったというかずっとエカテリーナには分かっていてスルーされている気がする。
うまく仕込んだってなんだ。うまく仕込んだって。
「委託の値段も参考にできるし、値段は決めておいて見本を展示、営業中の商品補充の品出しは売り子にさせれば表に出なくて済んでしまうんじゃないかな? 一応、無人でも『カウンター』があればセットした商品は販売できるが、売り子がいれば在庫を補充してくれるんだ」
苦みばしった顔に笑顔を浮かべニコニコと言うモスギルド長。
「あの子たちは幼いですが、獣人ですから見た目よりは体力もありますし、二人で日中の営業くらいこなせますよ」
慈愛に満ちた顔に笑顔を浮かべニコニコと畳み掛けるエカテリーナ女史。
押し切られました。
さらにしばらく聞かされた説明によるとスラムだけでなく、この際、長く空き家になっている物件や、曰く付きの物件も解放の対象とし、そちらは商業ギルドから見てこの街に益になる冒険者に貸し出すそうで、今なら場所を選ばせてくれると言う。
それに荷物を整理できない病に罹っている私にとって、販売枠が増えるのは嬉しい。値段も高いが好きな場所が選べる。迷う心に悪魔のささやきだ、なまじ金を持っていたのがいけない。
どうやら、酒と錬金という街の住人と商売が被らない私は店舗を持たせるのにうってつけだったらしい、そちらをメインに販売して欲しいようなことをモスギルド長が匂わせていた。
一番は住人の既得権の邪魔をせず且つ住人にも喜ばれるものの販売者、次に住人と素材の買取など売買の商談が出来る販売者。住人の工房があるからには武器防具販売者は飛び抜けて腕が良くなければスラム地区以外は選べないかもしれない。
もっとも売り上げを考えるなら露店も近く、 他のプレイヤーの店舗が密集するだろうスラム地区に店舗を持った方が有利だ。流石に大勢が利用する神殿やギルドのそばに借地なんかないから、ゲーム観点から言うとたくさんのプレイヤーが集まる事になるため、立地は実はスラムが一番いいと言える。
他にも何人かに声をかける予定だが私に一番に声をかけたのだと恩に着せてくるのも忘れない。本当は他国に商売人が流出してしまわないうちに確保したいのだろう。住人との多少の軋轢を考慮しても商業が活発な街というのはそれだけで人も物資も集まり益になる。
これで上手くいくようなら、流民と異邦人にも土地の貸し出しではなく、販売にシフトすることも検討するという。もともと廃墟で無人の期間が一定年数ある場合、国に申請を三年ごとに上げておかないと領主に没収されるそうだし、一応異邦人がログインしてこなくなっても大丈夫らしい。
ジアースには知り合いも多いし店舗を持つのもいいだろう。『家』の購入は他国で考えようか。
「ところで売り子の件だが、私は四六時中生産はせんので午後だけの営業でいい。店舗に住むつもりもないので神殿から通ってもらう。何日か働いてもらってみてこちらの条件に合わなかったら日数分の金は払うが雇用の件は無しにさせてもらうぞ」
神殿の孤児についてはなし崩しに雇うことになりそうなので先に釘をさす。子守をするつもりはない。
「あらあらそういえば孤児院の時間割を説明したのは私でしたね。同じ年頃の子と一緒にいることも大切ですし、お試し雇用の件もわかりましたわ。でも神殿預かりのままですと半日でもあの子たちの給与とは別に神殿にも何がしか支払わねばならないので一日雇っているのと費用は大差ないですわ」
工房の見習いと話は別ですからね、と雇っている間の寄進の要求をしてくるエカテリーナ。
最初は渋々とはいえ、借りることを決めてしまった後は選ぶのは楽しい。
服やら靴やら見るより、ホームセンターか家具屋などの方が楽しいタイプの私はちょっとワクワクしながら案内してくれるというクエロと一緒に歩く。
ギルドでお勧めのうち何件かをピックアップし、そこに案内してもらっている途中だ。
冒険者の露店近くのその露店のために最近整備された新しい通りから、スラムと商業区を隔てる通りへ入った一応商業区側にある三階建ての店舗。
「ここも治安があまりよろしくなかったのですが、スラムの掃討で急に静かになりました。今ならまだ金銭的条件が安いままですし、お買い得だと思います。ただ建物が傷んでいるので大きく手を入れなくてはいけないかもしれません」
二つ目は薬師ギルドや古本屋が近い地区の住人の営む雑貨屋などが立ち並ぶ狭い通り沿いの店。こちらも三階建てだが、間口が狭く奥に長い。以前は布地屋だったらしいがスラム以外では珍しい人死にを伴う事件があってから空き家だそうだ。
クエロに買わせようとする相手にそんなことを教えていいのか思わず聞き返すと、
「ホムラ様が後から知って関係が悪くなることを商業ギルドは望んでいません。それにすでに元スラム以外は訳あり物件だと知られていますし」
という答えが返ってきた。
三軒目は良さげな物件だったが、神殿が近すぎる気がして却下。エカテリーナに手伝いと称して他の孤児まで送り込まれそうだ。
四軒目は元工房だったという間口が広く、床が石畳の物件。こちらも周りの工房の作業の音が気持ちよく響いている中に長時間いるのはどうだろうと思い却下。
結局、建物は改装が必要という最初の物件に決めた。改装ついでに部屋の間取りも自由に決められるしな。
領主の名前変更いたしました




