62.炎王
壮絶な仏頂面で「旨かった」と礼を言ってきた炎王。
カレーうどんはそんなに彼に葛藤を起こさせるものなのか。よくわからん。
「気にしにゃいでね〜。炎王はあれで真面目なのにゃ」
「『ゲームだからこそ真剣にする』のが楽しむことだと思ってるのよ、あれは」
「申し訳ないであります」
口々にフォローを入れてくる炎王のパーティーメンバー、愛されとるな。
最初の印象はアレだったが、戦闘中はきっちりダメージをたたき出しながらも、大地の盾をすり抜けた後衛への攻撃をフォローして受けたりと、印象を好転させるに十分だった。盾無しで受けるには痛いだろうに。
「『真剣にこの世界を楽しんでいる』んだが。肩こらんのかあれ。相反することではないと思うがな」
「ん〜迷宮都市にくる前にちょっとね。ますます全力で真剣にやるほうに今傾いてるから」
「強い住人とパーティー組んだへんなのにあたって機嫌ワルイにゃ」
「一回目はそれで突っ込み過ぎになって上手くいかなかったからあれで落ち込んでいるのであります」
強い住人というとガラハド達とかガラハド達とか柴犬達しか思い浮かばんのだがアキラだっけか彼のことだろうか、まあ私の知らん強い住人もいるか。
「クソ真面目なのね」
「お茶漬、カレーうどん食い終えてからにして」
「私はお茶漬と大地優先で回復フォローでいいか?」
「おう、なんとかHP半分切るようなダメージでなければ動けるようになったし薬もある、それでいい」
「称号のお陰かしら、痛くても動こうって気になるのがありがたいわ」
「ここに来るまでに一回目の僕たちより動けてるから楽勝のはず、問題は僕だけ」
始まるとお茶漬の言葉の通りだった。
【痛覚解放】した状態でボス戦、ハイゴブリンの全体攻撃よりも一撃でHPが削られる戦いを、負けたとはいえ経験済みの面々。自力回復も石柱に隠れるのも最初からきっちりこなしている。もちろんダメージの大きさによって動きが止まることはあるが一回目の私たちと比べたら雲泥の差だ。
問題は僕だけ、とお茶漬は言ったがどちらかというとここは私が試されている場面だ。一回目で上手くできるわけがない、私の一回目はお茶漬がなんだかんだ言ってきっちり回復をしてくれた、今回は私の番だろう。
と、思うのだが、攻撃しながら回復のタイミングを計るのが難しい。こまめに回復しすぎると痛みに慣れる機会を奪ってしまうし、回復が遅れてお茶漬が動けなくなってしまうと全体の回復が滞ってやばい。
お茶漬よく調整できたなこれ。
「うあっ!」
大地が盾を取り落とす。
「何だ?!」
「【部位破壊】状態にゃ!」
一瞬何かやらかしたかと思ったが、大地のHPは余裕がある。プレイヤーのほうにも【部位破壊】あるのか! お茶漬が慌てて回復するのと私が回復薬を投げるのが被った。回復はするが、盾を拾うのが間に合わない。
いや、HPフルでも腕は動かせない?
「くっそぉっ!」
炎王が割って入る。
盾を持たない炎王は大剣を両手で支えオークの斧を受けるが受けきれず膝をつき、みるみるHPを減らしてゆく。
「おっと!」
お茶漬の回復。
「もういい加減コイツは見飽きたぜ!」
ギルの連撃。
私のライトイーグル二連。
ギルヴァイツアさん、そっちが素なのか?
《憤怒のオークの皮×5を手に入れました》
《憤怒のオークの豚肉×4を手に入れました》
《憤怒のオークのブーツを手に入れました》
《憤怒のオークの魔石を手に入れました》
《黒鉄×10を手に入れました》
《体力の指輪+3を手に入れました》
「クリア!!!」
「やったにゃ〜!!!」
「やったであります」
「キツかった!!!」
HPを減らす炎王に驚き、思わず無詠唱とチャージを使ってしまったけれどバレている様子はない。
そしてクリアのアナウンスを聞きながら、このメンツになら称号やらスキルやらがバレてもいい気になっている。はしゃぐ四人を見ながら座り込んでいる炎王に手を貸す。
「フンッ、ありがとうよ」
炎王は照れているのか視線をそらすが、私の手を掴んで礼を言ってきた。
迷宮に入る前よりも雰囲気が柔らかくなった炎王ときゃっきゃうふふとクリアを喜ぶメンバー。いや、きゃっきゃうふふは嘘だが。ギルがいてきゃっきゃうふふはコワイ。
今日初めて会って初めて一緒に戦ったメンツだが、一緒に痛みを感じて助け合ったせいか強い親しみを感じる。まだどんな考えを持ちどんな行動をとるかさっぱり知らないのに、いざという時はお互い助けてくれるし助けるつもりだと思える。不思議な感じだ。
さすがに三パーティーいると祝杯に日本酒は開けられないな、などと思いながら宿へと戻った。
他のパーティーはまだ戻っていない、戻るまで各自休憩となった。後で修理も行かんとな。だがとりあえずこの間に今度こそ風呂だ!!
風呂に湯をはり半分たまったところでもう浸かってしまう。どうせ一回一回はり直しなのだ構わないだろう。湯に入ると爪先の痺れるような感覚に自分が思ったよりも冷えていたことを知る。風呂の文化は素晴らしいと思います。
次に戻ったのはロイたち、こちらも無事クリアしたようだ。
が、菊姫達は――
「失敗したでしー」
お茶漬の問いに菊姫の答え。
話を聞くと菊姫も【部位破壊】を食らって盾を取り落としたそうだ。
「あー、俺もなった。でもまあ、次の【咆哮】が来る前に削りきってくれたんでセーフだった」
と、ロイ。
分かった敗因は火力不足、レオとシンが張り切って回復薬を投げていて盾を落とした時点でもオークのHPがだいぶ残ったままだったらしい。それでもオークに【部位破壊】を起こさせて粘ったそうだが石柱が人数分なくなる前に削りきれなかったそうだ。
「確かに回復頑張れって薬も大分多く持たせたが」
「回復張り切りすぎた!」
「面目無い」
「でも痛みに慣れる、という目的は達していると思いますので、次はクリアできると思います」
聖法士の男が言う。後で菊姫に名前教えて貰おう。
「それにわたちも同じ態勢で受け続けちゃったでし」
【部位破壊】は一箇所に大ダメージを食らうか、同じ箇所に継続してダメージを食らうかで起きる。
「盾で受けるのも継続ダメージに入るって思ってなかったでし。次は途中に受け流しを入れるか態勢を変えてみるでし。あと【盾の盾】っていう盾使った場合の【部位破壊耐性】出たでし」
耐性が出たのは菊姫のみ、【部位破壊】されてからも暫く戦っていたからだろうか。次でロイと大地にも出そうだ。
「こっちも【部位破壊】されるけど、膝二箇所とか部位破壊積極的にしてゆく練習ボスなんじゃあるまいか」
「なるほど、そうかもしれませんね」
「痛みにばっかり気を取られてたわ」
菊姫達はデスペナ終えたらもう一度リベンジに行くそうだ。
食堂でその話を聞き、自由行動となった。
クリアの打ち上げするには菊姫たちがまだ未クリアなので片手落ちになってしまうのでできない、なんとなく締まらない解散だ。
私はリアル仕事が遅番で昼からなので、ここで寝てしまって早起きして昼までやるか、それとも夜更かしして明け方寝るか、どうしようかと一瞬迷ったが、観光するにも外は夜だし、何より宿代を払っているので思い切って早寝することにした。
その旨、みんなに伝えて部屋に行こうとすると炎王に話しかけられた。
何かと思ったらカレーうどんがまだあるなら譲ってほしいという打診。好きだったのか、カレー。
カレー&ナンとカレーうどんどちらがいいか確認、ついでに委託でカレーパンも出ていたことを伝えつつ、討伐記念にタダで5食分譲ったら憤怒のオークの豚肉が五ブロック返ってきた。
純粋な好意なので断れない、疑惑のオーク豚。……後で機会があったらカレーにして返すからな!
ところで迷宮の中は時空が歪んでいると住人たちの認識があり、迷宮内での一日がこちらの一刻にも満たないことや逆に数日経っている場合もあるそうな。
お茶漬曰く、「プレイヤー対策ですね。迷宮は五分が四十分じゃなくって四時間とか長くなってるじゃん。でも籠りっぱなしも困るから一定以上外に出ないと時間は現実の経過時間に近くなってくんじゃなかったっけ? 外時間とずれまくりやね」だ。
今回のように浅い場所の探索は迷宮自体広くも複雑でもないのでいいが、深部に成るにつれて複雑になり攻略に時間がかかることが予想される。あんまり現実世界での時間がかかるとパーティーでの攻略が難しくなるので引き延ばしてあるのだろう、たぶん。
ずっと武器保持で杖を利き手に、もう片方で糸を操っていたせいで【糸】のレベルがだいぶ上がった。扱える糸の長さも長くなり、レベル20で糸を消せるようになった。迷宮の曲がった先の通路に糸を放って音を拾い【気配察知】を併用しながらどんな敵かをそっと予想してみたりしたのだが、いかんせんハイゴブリンしか出なかったので似たような物音だった。せめて戦士のハイゴブリンがフルフェイスアーマーでも着ていてくれたら違ったのかもしれないが、奴らは基本半裸で拾い物らしい防具を適当につけているだけである。
幻術も手付かずだなあ、と思いながらベッドに潜り込む。
老舗の宿の寝台は中々寝心地がよく、シーツの肌触りがいい。サイドテーブルにあった水差は魔道具なのか寝る前に口に含んだ水は冷えていた。
ランプを絞ると部屋の他の灯りも暗くなり、消える。
電気も機械もないが便利なものだ。




