51.畑のルール
振り返るといつの間にか日焼けしたがっしりした老人が立っていた。作業着に長靴、肩にタオルをかけて指先は土に汚れている。
「いや、自生しているならともかく畑っぽいしな」
その証拠に緑の葉に侵食され細くはなっているがよくよく目を凝らせば地面が見え、一応真っ直ぐ列で植えられていることがわかる。真っ赤に熟れたトマトは今にも皮がはち切れんばかりにぱつぱつで陽の光にてらてらと輝いている。
ベーコンは作ったのがある、パスタもある、これでトマトスパゲティ作ったら旨そうだな。
奥にはキャベツ畑っぽいものが見える。だいぶ離れたこの距離でキャベツと認識ができるほど巨大なのが植わっているわけだが。
それに甘く芳しいやたらいい匂いが漂っている、桃だろうか。
急に喉が乾いてきた。やばい、匂いの元を探してかぶりつきたい。
「旨そうなので食いたいが、な」
「ふーん? ここがどこか知らんで迷い込んだか」
「なんだ?」
「ここは『ドゥルの畑』、畑から野菜をとって食べれば、その種類で様々な恩恵が現れる。取れる機会は一度だけ、畑から大地を踏んで離れれば離れて食べるほど効果が大きい。ただし、ドゥルの畑番に追いかけられるがな」
大地を踏んでとは、転移魔法は認められず、走って逃げろという事か。老人が見る方に目をやれば白い何かがうねうねと。
巨大な白蛇だった。いや、二対の羽が生えている。
「アレは太古の龍の一種、速い上に神の領域に魂が収められておるからこの地上で滅ぼすことはできん。野菜をもいだことに気づくと追ってくるぞ」
ここがお茶漬が言っていた『ドゥルの畑』か。まだ野菜特典を調べていないうちに出会ってしまった。
「盗むのではなく普通にもらいたいな。貴方が採ればあの龍は追ってこないんだろう? ドゥル」
「ほほ、気づくか」
面白そうに笑う老人は好奇心に動く表情のせいで時々思いの外若く見える。
もっとも土の神ドゥルなら、他の姿も自在なはずだ。実際、神殿にある神像はどれも老婆の姿をしている。好んでとる姿があるだけで外見は自在に変えられる、神々とはそういうものだ。
「じゃが、これは昔からやっているゲームのルールでの。ゲームに参加もせずに恵みはやれん」
「んー、ではここで食べるのを約束するので料理させてくれんか?」
「料理を? ここで食べるとそんなに益にならんぞ」
「このトマトのせいで無性にトマトスパゲティが食いたい」
「ふむ、そういえばそなたはヴァルやタシャにもふるまっとったな」
おい、神々ネットワーク、残念女神の時といい飯食った情報が回ってるのは何故なんだ。
「すみません。大口叩きましたが食材ランクに引っかかって料理ができません」
思わず丁寧語。鑑定で見たことのないレベルだった。というか、見えないレベルだった。
食いたかったのに。がっくり。
「いいから作れ、野菜は扱えるはずじゃ」
ドゥルが何かした模様。
一時的に扱うランク上げてくれたのかな? 恒久的だと嬉しいが。
「あ"ーっ! そんな野菜を使うな!」
許可が出てトマトをかじり少し酸味がある甘いトマトであることを確認。おいしいです。
やばい、これで作ったパスタの味を想像したらよだれが。
トマトと宣言した手前、他の野菜を持っていたもので補おうとしたら先のドゥルの言葉である。
「何が必要だ? 言え」
「パスタに使う小麦とニンニク、鷹の爪が最低限かな。あ、あとオリーブオイル」
ドゥルの分ももちろん作ると言ったらいきなり協力的に。せっかくなのでスパゲティは手打ち生麺予定だ。オリーブからオリーブオイルも絞る所存。使っていいならどこまでも使うぜ。
「うわートマト旨い!」
もっちりぷりぷりパスタに絡むトマトソース、泣きたくなるほどうまい。一人だったら泣いた。
評価10のベーコンが完全にただの出汁と化している。いや、出汁というのもおこがましい。
「おお、われながらうまい」
外人ってマナー以前にうまく"すする"ことが出来ないと聞いたことがあるがドゥルは豪快にすすり上げている。あっという間に皿がカラだ。
「もう少し欲しいな」
ドゥルがこちらを見る。
「キャベツを貰えればキャベツのペペロンチーノを」
手打ちパスタはまだある。
キャベツが甘い。特に芯の白いところが甘い。そして唐辛子がピリ辛で。
やばい段々思考が文節区切りになってきた。
旨くて味覚に意識がいって他が単純思考になる。
「我らは様々なものを司っているが、食べる必要がなかったために、地上のものが多く持つ【料理】は範囲外でな。スキルは大抵のものが我らからの派生だが、【料理】は我らに捧げたモノからの派生よ」
「まあ、確かに神様が料理している光景というのもあまり考えつかんが」
畑やっている姿やパンツ配っている姿も思い浮かばんが。
「『地から在るもの』『地から在るものを食うもの』は、わしの管轄なんだが、『水に在るもの』はファルの管轄、『他者を食うもの』はアシャの管轄と分かれているせいもある。ファルのように狩猟の神の性質で獣や鳥も管轄範囲で他の神とかぶっておるものもいるし、属性が交じり合っているものもあるが、基本は他の神々の領分は侵さんことになっている」
そして神殿で捧げられるのは主に神々の司るものを慮って選ばれるため、なかなか他の料理を食う機会がないらしい。
「供物はそのまま食うわけでもないしな。おぬしの料理をタシャが食ったと聞いて皆興味深々よ」
「私は神々に会う度、料理を振る舞うべきなのか。他の料理スキル持ちにも言っておくか?」
「いや、こっちもイメージ商売なんでな」
冷えたビールのグラスを持ち上げニヤリと笑って来る。
「我は、醸造の時を早めるためだけに呼ばれしか……」
「おう、ありがとうよ。おかげで旨い酒が飲める」
酒は材料があっても出来上がるのに時間が掛かると伝えたらドゥルがタシャを即行呼び出した。
なんだろう私的にはタシャは魔術と錬金を司る神なのでメインな神様なんだが、なんか影が薄い気がする。
蕪を薄く切ってドライサラミと交互に並べ、ケッパーとブラックペッパー、オリーブオイルをひと垂らし。普通なら蕪は歯触り程度でそんなに味の主張はないのだが、この組み合わせで一番陰が薄いのはドライサラミという結果になっている。
鮭とば、干しイカ、ドライトマト、ジャーキー、ドライピーチ。
タシャの好きそうな乾き物を並べてみたはいいがここでもドライトマトとドライピーチが一番。多分タシャの好みから外れてしまっている。前回、乾き物でも固いものを手に取っていたはず。
まあ飲んでいる日本酒が気に入ったらしいのでいいとする。
ドゥルのほうは酒が好きというより、料理を食べながら飲むのが好きらしく、がっつり食べている。
畑の他に畜産始めるかな、などと呟いているが、その場合冒険者は牛を担いで逃げるのか乳を搾って逃げるのかどっちだろう。
かくいう私は、桃を食べている。
皮を剥いただけでうっすらピンクがかった白い果肉にふつふつと果汁がたれ、甘い香りが強くなる。口に含めば果汁が口腔いっぱいに広がり、鼻に香りが抜ける。
幸福だ。
私は果物は何も手を加えず果物のまま食べるのが好きだ。
「がんばって料理しても他の材料が野菜の旨さに負けてて、生で丸かじりか、丸焼きにオリーブオイル垂らすくらいのほうがいい気がしてきた」
「そなたが迷宮の最深部で狩りをできるようになればバランスが良くなるのではないかな」
「あそこはアシャをはじめとして色々生み出して遊んどるからな。いい肉が取れるぞ。儂もなんぞ放り込んでおくかな」
タシャがいい、ドゥルが補足する。
「無茶を言うな、まだ足を踏み入れてもおらん」
「早う踏破せよ」
おかしい、このままだと迷宮が食材調達の使命の地になりそうだ。何か私のゲームストーリーギャグパートに入ってないか? これが普通なのか?
「まあ、我らの理の範囲で旨いものを作る手助けをしてやろうぞ」
「理の範囲でとつけるところがお前らしいが、個人に肩入れするのは珍しいことよ。毎度むやみに力を与えるなと止める側だろうに」
「土の神ドゥルの畑の物を盗らんというのも稀有なものよ。それに我の好みのものは野菜の要素が少ないようだしな」
そう言うとタシャは自分の近くに並んだ乾き物の数々に目をやった。
「気を遣わせたらしい」
ドライピーチをつまみ上げ口に入れた。
ああ、さっきから桃ばかり食べていたので私がドライピーチを食べないのが丸わかりですね。確かにそれはここにある旨い野菜か果物でタシャが好きそうなものを作れないか悩んで作った産物だ。気を使うというよりは作る側としてはどうせなら好きな物、旨いものを食べさせたいだけだが。
「そなたは私の心にかなう、そなたはそなたの王であれ。巨木のように揺らぐことなかれ。束縛や支配は無いと知れ」
タシャに以前ヴァルにも言われた言い回しと似た言葉をかけられた。
それを聞いたドゥルは何故かやや呆れ顔だ。
「まあいい、これも持って行け」
ドゥルが投げてよこした桃を受け、注意を桃に逸らした一瞬でドゥルもタシャも畑さえも消えていた。
《称号【ドゥルの祝福】を手に入れました》
《【土魔術】が【土魔法】に変化しました》
《称号【タシャの祝福】が【タシャの寵愛】に変化しました》
《【時魔術】が【時魔法】に変化しました》
《称号【タシャの魔導】を手に入れました》
《称号【ドゥルの大地】を手に入れました》
《スキル【攻撃回復・魔力】を取得しました》
《スキル【無詠唱】を取得しました。これにより下位スキル【詠唱短縮】は統合されます》
《スキル【重魔法】を取得しました》
《スキル【堅固なる地の盾】を取得しました》
またなんかたくさんアナウンスが!
称号【ドゥルの祝福】はVITとドゥルの司る属性との相性が上がる、それ以外は相変わらず【鑑定】出来ない。
称号【タシャの魔導】は魔術魔法系スキルが上がりやすくなるのと、スキル【攻撃回復・魔力】と【無詠唱】の発現。
【攻撃回復・魔力】は攻撃を加えダメージを与えた時、自己のMPを回復する効果。かなり便利そうなスキルだ。【攻撃回復・生命】もありそうな気もする。初特典は回復量アップ。
【無詠唱】は魔法詠唱のロスタイム無しで魔法が使える。レベルを上げていた【詠唱短縮】の存在価値がこう……いや、【詠唱短縮】を持っていることが取得の条件だったかもしれん、上位変換だし問題無い。初特典は魔法速度アップ、魔法が発動した後の手元から着弾までの時間かな?
称号【ドゥルの大地】は生産系ボーナスで、大地からの恵みの素材ならばランク無視で使用できる、私がドゥルの畑で料理ができたのはこれのお陰なのだろう。草食獣もいけるのか。だが狩ってこいと暗に言われた迷宮の魔物って絶対草食じゃないよな。あ、鉱物や薬草も含まれるのかこれ。思っていたより適用範囲が広そうだ。
スキル【重魔法】は所謂"重力"だ。最初から覚えているレベル1の魔法は『グラビル』、重力をかけ敵の動きを遅くする。【時魔法】レベル1の『スロウ』と効果は似ている。基本属性以外の魔法は他の魔法と効果がかぶるものがあるというか、いくつかは代用できるようになっているのだろうか。
【堅固なる地の盾】は物理攻撃を一度完全に防ぎ、その後は二分の一のダメージを防ぎ三分の一、四分の一の計四回防ぐ。リキャストは三十分のところ初特典で二十五分。
いろいろ破格だ。
さてこの桃は一体どんな効果があるのだろう。
肉料理はSTR、穀物はVIT、お茶はINT、野菜はMID、卵はDEX、魚はAGI、デザートはLUK、評価10の料理につくステータスアップ効果だと大体こうなのだが。他にはシチューに耐寒がつくとか。
だが確かお茶漬が様々な効果と言っていた。精神に限らずつくのだろう。
そして離れるべき畑が今ないわけだが、この場合距離はどうなるのだろう。そう思いながらこの場所から一応離れて食べてみようかと思い、当初の予定の村を目指す。
村が見えたら食べよう。
そう思った。
その時の私はどんな効果が得られるのかワクワクしていたと思う。
《愛を司る神ファルと豊穣を司る神ドゥルの祝福を受けた状態で神饌の桃を食べたことによってスキル【房中術】を取得しました》
村に入る前に食べた桃は、MIDとLUKが10上がった。
スキル【房中術】を覚え……えええええええええええええええええ
待てや! 成人指定! 忘れたころに出るな!
私はまだ四次元なまま放置してあるんだが!
『易経』とか『太極』とか『和合』とか見えて結構真面目そうな解説もあるけどいかに相手を以下略なんてこの世界で予定がないから!
ちょっと【隠蔽】さん、頑張って。
超頑張って!
見せられん!!!!!
皮は煮出して紅茶を淹れ、ピーチティーに、白を呼び出しておすそ分けするつもりだったのだが、中止した。桃の種はいつか家を持ったら植えてみようかととってある。
MIDとLUKあがるしな?
MIDとLUKあがるからな?
他意はないからな!
□ □ □ □ □
・増・
称号
【タシャの祝福】→【タシャの寵愛】
【ドゥルの祝福】
【タシャの魔導】【ドゥルの大地】
スキル
【時魔術】→【時魔法】
【土魔術】→【土魔法】
【重魔法】
【攻撃回復・魔力】
【詠唱短縮】→【無詠唱】
【堅固なる地の盾】
【房中術】
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ホムラ Lv.32
Rank C
職業 魔法剣士 薬士(暗殺者)
HP 1057
MP 1335
STR 44
VIT 24
INT 71
MID 30(+10)
DEX 26
AGI 45
LUK 35(+10)
NPCP 【ガラハド】【-】
称号
■一般
【交流者】【廻る力】【謎を解き明かす者】
【経済の立役者】【孤高の冒険者】【九死に一生】
【賢者】【優雅なる者】【世界を翔ける者】
■神々の祝福
【タシャの寵愛】【ドゥルの祝福】
【ヴァルの寵愛】【ファルの祝福】
【ヴェルナの祝福】
■神々からの称号
【タシャの弟子】【タシャの魔導】
【ドゥルの大地】
【ファルの聖者】
【神々の時】
■スレイヤー系
【リザードスレイヤー】【バグスレイヤー】
【ビーストスレイヤー】【ゲルスレイヤー】
【バードスレイヤー】
【ドラゴンスレイヤー】
■マスターリング
【剣王】【賢王】
スキル(3SP)
■魔術・魔法
【木魔法Lv.9】 【火魔術Lv.8】【土魔法Lv.8】
【金魔術Lv.8】 【水魔法Lv.8】【☆風魔法Lv.10】
【光魔術Lv.16】【☆闇魔法Lv.22】
【☆雷魔法Lv.12】【☆氷魔法Lv.1】【☆重魔法Lv.1】
【☆空魔法Lv.10】【☆時魔法Lv.2】【ドルイド魔法Lv.1】
■治癒術・聖法
【神聖魔法Lv.1】
【幻術Lv.1】
■魔法系その他
【マジックシールド】【重ねがけ】
【☆範囲魔法Lv.4】【☆攻撃回復・魔力Lv.1】
【☆行動詠唱】【☆無詠唱】
■剣術
【剣術Lv.25】【スラッシュ】
【刀Lv.25】【☆一閃Lv.10】
【☆幻影ノ刀Lv.9】【☆見切りLv.14】
■暗器
【糸Lv.6】
■防御系
【☆堅固なる地の盾】
■召喚
【白Lv.1】
■精霊術
水の精霊【ルーファLv.3】
闇の精霊【黒耀Lv.6】
■才能系
【体術】【回避】【暗号解読】
■移動行動等
【☆運び】【跳躍】【☆滞空】【☆空翔け】
■生産
【調合Lv.19】【錬金調合Lv.18】【料理Lv.18】
■収集
【採取】【採掘】
■鑑定・隠蔽
【鑑定Lv.12】【看破】
【気配察知Lv.27】【気配希釈Lv.25】【隠蔽Lv.15】
■強化
【腕力強化Lv.4】【知力強化Lv.5】【精神強化Lv.6】
【器用強化Lv.6】【俊敏強化Lv.5】
【剣術強化Lv.5】【魔術強化Lv.5】
■耐性
【酔い耐性】
■その他
【HP自然回復】【MP自然回復】【暗視】
【地図】【念話】【☆房中術】
【装備チェンジ】【☆武器保持Lv.3】
【生活魔法】【☆誘引】
【盗み防止Lv.21】【罠解除】
【開錠】【アンロック】
☆は初取得、イベント特典などで強化されているもの




