50.海運国家ファガット
早起き眠い。
朝食を食べようとして頭が働かず、とりあえずお茶を赤蕪漬けをかじりながら飲む。ゲームの中で紅茶が多いのでこっちでは緑茶だ。
一杯を飲み終える頃、漸く目が覚め簡単な朝食を用意し食事を済ませ洗顔し準備を整える。
さて今日は長丁場かな。
商業ギルドに寄って、委託の売り上げの回収と出品。
そういえば商業ギルドに卸している酒は、卸したことのない酒と評価10だと委託販売の三倍の値段、卸したことのある酒は委託手数料が取られないくらいの値段に落ち着いている。
被りやすい肉料理は避けようと思っていたのだが、部位が手に入ったから! 普通に出るロースとかの部位以外で作った料理は出品だ。料理前の肉も少々出品。
あとお菓子を多めに、あえて購入制限はつけない。
評価7,8の薬品類、この評価で最高額つけても売れるから、評価9、10を出すのは誰か似たようなのを作り始めてからでいいだろう。
そんなことを思い、若干金儲けで黒くなりながら出品。というか、評価10をこの値段で出してしまうと同じ商品を扱ってる人から苦情きそうだしな。
『活性薬』と『抗毒薬』、『帰還石』、酒類あたりを99で詰めておくのが儲かるのはわかっているのだが、つい色々作った料理も売りたくなる。委託でなく露店ならさらにぼったくれるんだろうなーと思いつつ。
アクセサリーを眺めてどんな種類の効果があるか確認する。錬金のレベルを上げて合成できる数を増やさないといかんがどうせ生産するなら売れるものを作りたいところ。
ファガットのシーサーペントをつつきに行くため、あとは露店に寄って良い装備がなければ委託に出ていたものを買おう。
移動の料金が結構痛いなと思いつつ、ファガットに到着。
どうやらここは像の配置からしてあの残念女神ファルを主神に据えているようだ。陽光が入る明るい神殿ではあるが、やはり蝋燭が売っているので購入して足元に置いてゆく。ファル以外の神像の付近にはあまり蝋燭がないな、と思いつつファルに蝋燭を捧げて固まる。
夥しい蝋燭に名前っぽいものが書いてあるのだが。
呪い?呪いなのか?
各神像へ捧げ終えて蝋燭を購入……お布施の代わりに蝋燭を受け取った場所に戻ると張り紙があった。
『愛の女神ファルに愛する人の名前を書いて蝋燭を捧げれば相愛になれます』
あの手この手でお布施を集めるのか神殿。
捧げるなら蝋燭よりブーメランパンツのほうがいいぞ。
水の神ファルは愛と狩猟の神でもあったなそういえば、と思いつつちょっとしたホラーだった神殿を後にする。
そういえばファガットへ来る前に受けた騎士の訓練の相手、双剣使いのミスジは十歳まで神殿に剣舞を奉納する舞子だったそうだ。
双剣を振るって撹乱し
緩急をつけ、こちらのペースを乱す。
そしてアクロバティック。
動きの基本は円。
踊っているようだが、舞踊だとするとなかなか情熱的だ。
そう思ってパターンと化した鍛練後のお茶の時間、寄ってきたミスジに聞いてみると
「元は神殿の奉納剣の舞子だったんだ〜」
とのこと。
神殿で双剣を使った舞を軍神、火の神アシャに神事のたびに奉納していたそうな。目下の悩みは振るう剣に重さがなく決め手にかけること、だそうだ。
確かに速いし巧いが、一撃に骨を断ち切るような重さは感じず、いざとなればそれこそ肉を斬らせて骨を断つで力押しできそうな気配だった。
鍛練が受けられるのはあと一日。
順当にいけばネクスだろうとファストでのことを思い出しつつ、買い食いしながら向かうのは冒険者ギルドだ。シーサーペントの出没するという場所の地図が欲しい。うん、ナヴァイ貝の串焼き旨い。
ファガットは海運の国で、ジアースやお隣のアイルと交易をしている。
ジアースからはドワーフの武器や細工物、アイルからは魔法石、時々エルフの優美な楽器なども手に入るようだ。位置的にはアイルの北北西に国境を接し、大陸から細長く飛び出たような東西に長い国となっている。ジアースの北に位置し、天気がよく空気が澄んでいると海を挟んだ対岸に首都ファイナが見える。
ギルドに着くと、シーサーペントの出現場所を尋ねる。
資料室に資料があるから自由に写していっていいと言われた。今までで一番オーバージェスチャーで歓迎してくれたが、今までで一番大らかでお仕事する気がなさそうな受付である。
服装も大らかで胸が半分見えていたので大人しく資料室に向かった。隣の受付からは冒険の受注ではなくデートの受注発注みたいな会話が聞こえてきた罠よ。あ、胸は男の胸なんであしからず。もっとも女性の職員も水着に上着羽織ったような格好だが。
とりあえず私は最初から見えているものにはあまり興味を惹かれないのだった。
資料室の係りはやはり大げさなほど歓迎してくれたがそのへんにあるはずだから自由に見ろといい、紙と筆記具をよこして昼寝をはじめた。紙の代金いいのか?
今無性にファストのアルに会いたい。
言われた場所を適当に漁って『この国について』という本から地図を写す。地図を写し終えて、情報を書き込むために本文に目を通す。
この国の主要な街は首都ナヴァイ・グランデ、ドロミル、カナル、ラコノス島。本土の他にラコノス島をはじめとした大小の島が多く存在する。
雨が少なく一年中温暖な気候のためか、のんびりした国民性。
首都ナヴァイ・グランデの貝料理が有名。
貝殻を焼いた石灰を材料とした漆喰で壁を塗っているため、白い壁の家が立ち並ぶ。
主食が貝な国のようだ。
偏ってるなおい。
ラコノス島にはダンジョンが一つ。すぐそばの海域に海賊が出るので注意。
カナルはオレンジとオリーブの街。
シーサーペントはドロミルから少し北にある村から近い入江で群れを形成しやすい。
小さな村だが、ナルン山脈の北端に位置するダルス村のダルス豚と呼ばれる豚は手に入りにくいが美味しい。
『この国について』以外の本からも必要そうな情報を拾って書き込んで行く。ダルス村も肉ゲットにいかなくては。
国の情報ではないがエルフとドワーフの情報もあった。
エルフは木工や革の加工に長け故郷の森から出たがらない。ドワーフは金属や宝石などの鉱物の加工に長け故郷の仲間に対する思いは強いが、修行と称してあちこちに旅をし根を下ろしている。エルフとドワーフはあまり打ち解けた関係ではない。
冒険者のおかげで姿だけならエルフもドワーフもジアースでたくさん見かけるが。いや、ドワーフは少ないか。
ここナヴァイ・グランデも少数のドワーフが居着いて、主に宝石細工を生業にしている。
宝石がジアースより出回っているからのようだ。それでもファガットの気候はドワーフにとって過ごし辛いらしく数は少ない。
そういうわけで只今宝石細工手習い中。
暑いからという理由で工房の地下に潜って出てこず、人付き合いは悪いが腕は一流、ガルガノスさんの工房にお邪魔しています。
人付き合い?
火酒で釣ったら一発でしたが、何か。
作業を見せてくれたガルガノスの細工は見事だ。
ずんぐりした頑健そうな体、ずんぐりした手。その指から繊細な細工が生み出される。ガルガノスの手に生えた指毛より細いんではないかと思うような鎖、宝石と金属の自然な調和。
ドワーフ、奥が深いです。
耳の縁につける装飾のイヤーカフスと指輪を作らせてもらった。
イヤーカフスは「職人含む男でも付けっ放しにできるもので、冒険者のアクセサリーとしてあまり他と被らんもの」と願ったら勧められた。指輪は十本あればどこかしら装備に空きがあるかな、と。
実際は薬指と親指を除く指にはめないと効果がないと後から聞いたわけだが。薬指は特別で神に誓いをたてる結婚や婚約、当主であることを表す家紋の入った指輪などをする指だそうな。
アクセサリー生産を取りたい理由があるかないかもわからん憑依防止のお守り製作のためなので小さなもの、つけやすいものに偏った。
「すまん、効果は最低限でいいのだが魔法石で作らせてくれんか?」
どうせ作るなら【得意】補正を期待する私です。
「なんだ? 効果が薄くてもいいなら高価な材料使いたいわけじゃなさそうだし」
「験担ぎのようなものだ」
「おー、ジンクスならしかたないな」
火酒でごきげんなドワーフは銀と薄い浅葱色の小さな魔法石を二つ用意してくれた。
「わしの取引のある男が他の石を置いてったときに付与は失敗してるが色が綺麗だからと置いてったんだ。タダだし好きに使え」
「ありがとう」
【鑑定】して見ると評価2で"少しだけ気分が向上する……ような気がする"とあった。
住人が作ったのなら評価2であるし、バツ技能の持ち主なのだろう。まだお会いしたことがないがスキルが上がっても、いや上がるほど失敗するという技能の持ち主。菊姫がリアルでレオの料理についてるって言っていた技能。
作業を進める工程ですでにガルガノスとの差に恥ずかしくなる。
型が決まっているものならともかくアクセサリーってデザインセンスがいるというか器用さだけが必要というわけではない罠よ。ガルガノスがそこはもう少し斜めに寝かせて鑿をいれろとか酒を飲みながらも細かく指導してくれ、一応簡単そうな作品を見本として見ながら作っているのだが。
「うむ、なかなかいい出来だな」
「感謝する」
ガルガノスは褒めてくれたが惨憺たる出来、だが目標に一歩近づいた。いや、熟練のガルガノスの作品と比べるのが悪い。たぶん。
戦闘をしていないのでまだアクセサリー製作自体は出ていないが、製作のための必要最低限な道具を一式譲ってもらう。ガルガノスが使おうとして手に馴染まず放り出した道具の中から使いやすそうなものを見繕ってくれた。
金は十分ある様子なので別れ際に火酒を一樽進呈して喜ばれた。こちらも目的が果たせた上に、素晴らしい作品の数々を見られて眼福だった。
ちょっとガルガノスの"穴倉"が暗かった為、外が眩しい。
職人街はそうでもないのだが、基本この街は貝殻から得た石灰の白い漆喰で壁が塗られている。照り返しが目に突き刺さる。
とりあえずドロミルを目指すこととして街の外に出る。
名産品? 抜かりなく貝やらオリーブやら購入したとも。
ジアースにもあったオリーブオイルはこの国からの輸入品だったのだろうか、こちらの方が酸化していないいいオイルのようだ。
アイテムポーチに入れれば劣化はしない気がするのだが、アイルの卸屋のじーさんにその疑問をぶつけた時、一般の住人は普通アイテムポーチに入れといても時間が経過するそうで、時間経過がないのは稀だと教えられた。
それは【異邦人】の持つ能力だと。
・アイテムポーチや倉庫の時間が経過しない能力
・死ぬ直前に神殿に引き戻される能力
・スキルが発現しやすい
・かわりに時々元の世界に魂が引き戻され、数日行動不能になったりする
この世界の住人としてはプレイヤーに対する認識は上記のようなものらしい。
また、魔物が増えるとそれを倒す異邦人が現れることが多いため認知された存在であり、魔物を多く始末してくれる異邦人は良き隣人であるようだ。
ただ、住人の冒険者も含め、冒険者という存在がひとところに止まらず地元経済に根ざさない、人の話を聞かない、乱暴であるなどのマイナスイメージがあるため歓迎されるかどうかは、お互いの個人の資質による。
そしてその冒険者ではない住人との信頼を構築するための手段としてシーサーペント討伐が使われている。冒険者ランクをBに上げるためのいくつかの条件の一つに『シーサーペントの討伐50匹』があり、この依頼か『街中(村含む)の依頼』を500件のどちらかを済ませておかねばならない。
ちなみにBランクになるとカードに『討伐者』『生産者』『探求者』の表示がされるようになる。条件はきっとこの『シーサーペント討伐』か『街中の依頼』なんではなかろうか。
とりあえず冒険者、運送業者になるのが儲かりそうです。
ドロミル目指して走る。
立ちはだかる敵はルバ謹製『月影の刀剣』の餌食になるだけだ。
ギルドで調べたところ、この国の本土の敵はそれほどの強さは無く、代わりに島や海にいる敵は厄介そうだ。イーグルの言葉があるもののシーサーペントが竜だったら無理かと思っていたが海蛇の魔物だったのでチャレンジしにきた次第。
戦闘で出たスキルは【宝飾】。
アクセサリー製作とかいう名前ではなかったらしい、さっそく取得したいがスキルポイントが足らん。一応これで素材さえ集まれば錬金で『冥結界石』を作り【宝飾】を取得すればアクセサリーにすることができる。
タシャからもらった『冥結界石』(神器)はどうしたものか。アクセサリーに加工する勇気がないぞ。
その前にスキルポイントなんだが。
カラッとした気候にオリーブ畑と小麦畑が広がる。
暑いことは暑いが今の所気持ちの良い暑さだ。ちょっとだけ街に入るのにまたボス討伐せねばならんかったらどうしようと思いつつ。その時はまっすぐ村まで行けばいいかと思い直す。
いや、むしろ街道をずれて真っ直ぐ村へ行こう。地図があるのを幸い、道を外れて最短コースを走りだす。騎獣が欲しいです。
私の走法のいいところは『浮遊』が入っているので(魔法の『浮遊』もレベル上げがてらかけているが)あまり高低差を気にしなくていいところ。走ろうと思えば街中で屋根の上もいけるんじゃなかろうか。
結構な高低差を無視して走っていると緑の中に赤いものが見える平らな一帯があった。一直線に走ってきた道を逸れ、近づいてみると遠目にジャガイモかとおもったらトマトである。
トマトというと支柱を立てて木のように上に伸びているものだと思っていたが、ここのトマトはそのまま地面を這っている。
ちょっと私のトマト畑のイメージと目の前のトマトの在り方が心の中で戦っている。
イタリア産のトマトのように長っぽそいトマトがブドウのふさのようになって地面に横たわっている。あれか、日本と違って海外でのトマト畑はこうなのか?
「取らんのかね?」
しばし立ち止まっていると話しかけられた。




