43.魔法石
魔法陣は見本の本を見て、これまた錬金で作られた特殊なインクで魔力を乗せて書いて行く。インクの調合は特に門外不出というわけでなく、一般的な錬金術店でも程度の差こそあれ扱っているそうだ。
図書館にインクのつくり方の記述がある本がありますわよ、とクリスティーナが教えてくれる。レシピに苦労すると思っていたのに案外色々揃いそうである。
冒険者ギルドのアルが、ジアースは魔術が盛んではない、と言っていたのを思い出す。専門にしている国家にくれば情報も多いということか。
クリスティーナは魔力UP効果のある魔法陣を選び、私は守護効果のある魔法陣を選んだ。
私が選んだ理由は単純で魔法陣の見た目が気に入ったからだ。魔法陣の見本の本は買わねば覚えきれない。見せてもらった見本はバインダー式で、袖口をインクで汚したおじさんが金具を外して選んだページを書写台にセットしてくれた。仕事の邪魔してすまぬ。
宝石はクリスティーナがルビーを、私は水晶を選んだ。ここの宝石高そうだったからな!
いや、水晶は並んでいる中で素材ランクが低かったので、錬金は自分でするつもりなので選びました。なんか水晶でもランクが高いのがあったがそれは別に並べられていた。ランク別に並べてくれている優しさよ。【鉱物金属鑑定】もとらんとダメだな、これ。
どうやら石同士の方が錬成の成功率が上がるらしく、転写しやすい水晶は職人が本命の宝石に錬成する前に魔法陣を写し、下地として使うためにも置いてあるらしい。
支配人の手前かあまり雑談はでてこないが、職人さんの話はためになる。覚えておこう。
職人さんの指導でしばし無言で書く。
適性がなければ書きあがっても効果がないただの模様になるし、INTが少ないと書ききるまで保たずやはり効果がなくなる。これハンコにしちゃダメか?細かいので彫るのも大変そうだが。
「できましたわ」
「同じく」
「ほう、お二人ともよくかけてらっしゃいますな」
どうやらうまく魔法陣として機能する様子。
「では職人に錬成させましょう」
支配人が笑顔でクリスティーナの書いた魔法陣をうやうやしく受け取り職人へと渡す。
「私の分は自分でやってもいいか?」
「錬金術はお持ちで?」
「ああ、持っている」
「ではご随意に。錬金台はお使いいただいてどうぞ」
視線の先はほぼクリスティーナから動かない支配人。只今の支配人にはクリスティーナの魔法石製作が最重要事項らしい。
私の扱いがぞんざいですよ!
それにしても錬金台である。
ジアースの生産所にはなかった設備だ。魔力同士が干渉しないようにするためか錬金台同士の間隔は離れている。一応陣を出せば何処でもできるが、料理がそうであるようにお高い設備を使って作ると成功率や評価が上がりやすい。
いつかは自分の生産設備が欲しいところ。ハウスの説明読むの忘れていたことに気づいてしまったが一人になったらゆっくり読もう。
さて、持ち運び自由の錬成陣から錬成台に設備はグレードアップしたが、私の錬金できる数は三つだ。
魔力を流して発動させた錬金台には錬成陣と同じ模様が浮かぶ。
一つは涙型に加工された指の先ほどの水晶、一つは先ほど書いた守護の魔法陣、あと一つはせっかくだから何か魔法を流そう。害がなさそうで相性が良さそうなのは回復か。
ちなみに三個合成の成功率は100%だ。そこからさらに素材ランクや流す魔法によって変動する。
技巧の手袋を脱いで成功率を見てみると二個合成で70%、三個合成で60%だ。マスターリングはつけている。レベル低いしこんなものなのだろうが、魔法が錬金の条件だとすると魔術士の本来の器用さでは悲惨な結果になるのではないだろうか。
いや、錬金をメイン職にしてレベル上げすればステータスもそれに必要な項目があがるのか。シーフで魔術師経由、もしくは他の生産職から魔術師経由の錬金術士が一番能力が高そうだ。
逆に「魔法を流す」ことの成功率はINTと該当の魔法レベルによるようで、大体詠唱時間が長いものほど成功率が落ちると考えると目安になる。
さていざ魔法を選ぼうとすれば自分の魔法レベルの低さに愕然とする。
闇以外は20を超えてない現実。光が20になっていたらきっと闇の『シャドウクロゥ』と対な感じの魔法が込められたのに。
仕方がないので一番レベルの高い魔法『シャドウクロゥ』を込める。
生産のためにも戦闘で精進しよう。魔法レベルが低いおかげで成功率が下がることはないがな。
陣がひときわ輝きやがてその光が消えると魔法陣を宿した薄い紫の宝石がそこにあった。
水晶どこいった! 透明だったはず!
手にとって良く見ると水晶は元の通り透明で、中に浮かぶ魔法陣が紫、そしてその色に淡く輝いているためぱっと見薄紫に見えるのだという事に気づく。
【黒鳥水晶のアミュレット】
製作:レンガード
評価:10 Rank : 4
付与:精神守護の効果。
素材特性 :なし
持っていると心が落ち着く。
呪い・精神攻撃を受けた場合、二度肩代わ
りする。
評価10の効果により対象に羽根が飛び攻撃
者が判る。
こんなの出来ました。
一応道具扱いになるのか、鑑定ができた。戦闘にもってったらすぐ壊れそうな罠よ。水晶じゃなければ回数制限ないのだろうか。いや、守護じゃなく【呪い耐性】とか個別の耐性アイテムのほうが常時発動してて良さげな気もする。あと名称変更ができるようだ、ネーミングセンスないからしないけど。
「お互い上手くいったのかしら?」
隣で自分の書いた魔法陣を職人が錬成するのを見ていたクリスティーナがそばに来る。
「ああ、お陰で色々学べた」
「記念にお互いの石を交換しませんこと?もちろん利用の予定があるなら無理にとはいいませんけれど」
「水晶とルビーでは価値が釣り合わんのじゃないのか?」
戦闘で使う予定がないので私は構わんのだが。
「あら、今日共に造ったということに価値があるのよ。私、実は街の一人歩きも家族以外と店に入ったのも初めてなのですわ。それにその、よく学園で周りが友人と何かを交換したり楽しそうで……」
後半視線を逸らして耳が赤いんだが。
贈り物はよく頂くんですが……などと聞こえないような小声になってゆく。
ぼっちなのか? 高嶺の花というやつだろうか。
「内緒だ」
笑いながら支配人から見えないようにクリスティーナの手に出来たばかりの魔法石を落とす。
「内緒?」
怪訝な顔で私の手にルビーを乗せる。
作り笑顔と無表情気味なのをやめてもっとその笑顔を見せれば友達も恋人もすぐできるきがするが。内緒なのは、思い切りレンガードの名前がはいってるからだ。
「ここでは魔法石の話は無しだ」
【魔力のルビー】
製作:ハウエル魔法石店
評価:4 Rank : 3
素材特性:火との親和
魔力増強の効果
通常杖やアクセサリーに使用する宝石。
なんか愛想のない説明文が。せめて製作者の名前はクリスティーナが良かった。あれだユリウス少年に渡して杖に加工してもらおう。
クリスティーナが黙り込んでしまった。
「支配人、お暇しますわ」
無表情で踵を返し出口へと向かう、クリスティーナ。
なんだろう怒らせたか? そんなに出来が酷かったろうか。支配人が慌ててついて行く。とりあえず私もクリスティーナの後ろをついて行く。
あ、ホムラって偽名を名乗られたって思ってるとかか?
違いました。
内緒にしようとしてくれた結果のようです。
取り繕おうとしたら貴族の無表情がでたとかそんな感じなのか。
大きな宿屋の一階、個々に衝立で大きく仕切られた喫茶店兼ロビーっぽいところに連れ込まれた。立ち話での確認はお嬢様的に無しだったようだ。
「何故、光っているんですのこれ……」
「さあ?」
評価10だからだろうか。
どうやら光っているのを見て「内緒」に絡めて考え、店の外に連れ出してくれたらしい。
「魔法をこめるとその色に輝くことがあると聞いた事がありますけれど……、魔法剣士ですもの魔法は使えますわね。驚きました、鑑定させてもらっていいかしら?」
「どうぞ」
魔法をこめると光るのか。
クリスティーナも鑑定持ちか、宝石に目が肥えてそうだしな。私は断る前に鑑定してしまった、反省。
「水晶でこんな効果がついたものを見るのは初めてだわ。制限なしに呪いや精神攻撃なんて広範囲な種類を防ぐものなんて王家の至宝にあると噂に聞くだけだわ。回数制限は石の強さで仕方がないことでしょうし……お返しします」
ぬ、珍しいのか。回数制限ない王家の至宝とやらなら戦闘に持ってけるのにな、何でできてるのか。
「何故?」
「私の魔法石とは釣り合わないわ」
「使い道がないか?」
「貴族なら欲しい品よ。でも評価10なんていただけないわ、それこそ値段が釣り合わない」
そういわれれば前線に出ない貴族ならピンポイントで呪いを防ぐ、とかよりも広範囲で防げたほうがいいかもな。どこでどんな嫉視を買ってどんな嫌がらせしてくるかわからんし、物理的な何かは護衛がついとるようだし。対峙した魔物と違って人間は、呪いがきかなければ次はこっちの何か、と手を替え品を替えやってきそうだし。
その点私が作ったそれは、広範囲に見えない攻撃から守ってくれるわけだし、攻撃を仕掛けてきた相手もわかる。攻撃してくるのは雇われ人だろうけど。
まあ、貴族の足の引っ張り合いは私のイメージからの想像にすぎんのだが。
「今日共に造ったということに価値がある、のだろう?」
そう言われた言葉を返すと、逡巡していたがようやく受け取ってくれた。
「大事にしますわ」
いや、使ってくれよ?
「内緒なのはこの効果ですの? 名前ですの?」
「名前の方だ。それは物を作るときの名前なんだ。商品の出来が批評されるのは別に気にせんが、製作者が私とバレると鬱陶しそうなのでな」
「わかりました、私はホムラとは知り合いだけれど、レンガード様とは会ったことがないとすればよろしいのね?」
「ああ」
話が早くて助かります。ってレンガードに様がついた。
その後、魔導師ギルドの場所を教えてもらい、図書館に来た。登録の方法を教えてもらったところでタイムアップ、クリスティーナは学園に戻る時間のようだ。
課題クリアの証明書らしきものにサインをして、500シルを添えて返す。
証明書にはAグループ提出課題とある。
話を聞いたらAグループはぼやかして言っていたが結構な身分のお子様の集まりらしく、その中でも上の身分の男子生徒の発案だそうで。見える範囲に護衛なし、身分も家名も名乗らず、自分の知識だけで観光客に接すること、だそうだ。安全対策にもせめて二人組にすればいいのに、と言ったら他は二人組なんだそうだ。なんだそれはと組み分けしたやつに対して文句を言えば、やんわり止められた。
「あら300シルではなくて?」
「飯・宝石屋・宿・魔導師ギルド・図書館だな」
「休憩は案内を頼まれたわけではないし、ギルドは前を通過しただけよ」
「あの宿も紹介がなくては入れない類だろう、顔つなぎの代金だな。あとは魔法書の閲覧許可が取れるようにしてくれた礼だ」
魔法書は別棟にあり法術学園の生徒が頻繁に出入りしている。結構な身分の子女も混じっているため、図書館の利用登録とは別に閲覧許可に資格がいった。資格は学術学園も含みこの国の学生はその学生たる身分によって、学生以外の資格は、神殿か魔導師ギルド、それなりの貴族の紹介を持って得られる。
ちなみに学術学園は魔術適性を持たない街の子が大多数だそうだ。
あと法術学園は短いジャケットにワンピース型で裾が長い、男は詰襟軍服風。学術のほうはセーラー服のような制服でミニ、男はブレザー。
「魔導師ギルドに所属するだけで得られるものですわ」
「その所属が面倒そうでな。今日は一人では入れんようなところに案内してもらって楽しかった」
散財したが、米がゲットできるはずだし!
クリスティーナと握手して別れた。
さて、閉館まで読書三昧といきたいところだが、閉まる前に米を手に入れねばなるまい。
場所はここからほぼ対角線上にある土の神殿より。馬車です、馬車。
時間があれば散策しながら行ってもいいのだが、日が落ちたら店が終了してしまう。酔い止め、じゃない酔い耐性とっておいて本当に良かった。
土の神殿で降りて少々歩く。
白を召〜喚〜!
『……お主、前回戦闘に呼ぶとかいっておらんかったか?』
『そういえばそんなことを言った気もします』
『お主のう……』
『次回こそはお外で呼びます』
すばらしきもふもふ。
着いた先は思ったより小さな店。
が、店先で紹介状を見せたら隣の大きな建物を示された。どうやら本業はレストランなどに直接販売する卸しで、仕入れの半端な数のものや、数のあるものを隣に小店を出して販売しているようだ。
『今度はなんなんじゃ?』
『米だ、米。探していた食材なんだ』
中に入って紹介状を見せるとタオルで手を拭きつつ、じーさんが出てきた。
「おう、あんたかヤツの紹介状を持ってきたのは」
「ああ、米を分けて欲しい」
ヤツ? 店同士の付き合いでなく、料理長と個人的な知り合いなのか。てっきり大店同士の付き合いなのかと思っていた。
「ありゃ珍しい食材だがこっちじゃ使い道が限られてなあ、個人販売はやっちゃいねぇんだが」
「では生産場所を教えてくれたら自分で買いに行くが、それはそれで仕入れ先を荒らすことになるだろう?」
「珍しいのは産地が遠いからとこの辺じゃあ需要がないからだ。産地は別に教えてやっても構わんよ、一軒だけじゃねぇしな」
「おお! 嬉しいが、勝手に教えてしまって店主に怒られんか?」
「わしが店主じゃよ」
あら。
このでかい店の店主が一緒に作業してるのか。
『紹介状は店主あてだったのか?』
『封されてたんで中身見てない。店の名前と場所聞いただけだな』
白が聞いてくるのに答える。
「食材は結構重そうなのにまざって品出し荷積してるのか、元気だな」
「食材の状態は座ってたんじゃわかんねーよ」
いいな、この卸屋。うれしくなっちゃうじゃないか。
「ほれついてこい、とりあえず今回手に入って余ってるの売ってやろう」
レストランででた米から考えるに現実世界で食べている米とは少々違うかもしれない。いや、ここの開発陣やたら食い意地張ってそうだから旨い米も必ずあるはず……っ!
米が手に入れば日本酒ができる。日本酒ができれば味醂も煎り酒もできる。醤油味噌がなくてもしばらく飽きない日本料理が楽しめるだろう。麹のこともネットで調べてあるし、現実世界で作れと言われたら挫折するかもしれんが適当でもうまくいくのがここでの料理のいいところ。
もっとも麹作るのが料理に入るか謎だが。おいしい麹ができる麹菌を作れるといいな。スキップしそうな勢いでついていった私だ。
『お主、本当に嬉しそうじゃな』
「あんた、本当に嬉しそうだな」
ウキウキしていたらダブルで突っ込まれた。
はじめに通された接客室のようなところを出て、事務室脇を通り抜けて裏の倉庫兼荷下ろし場のような場所にやってきている。
道からフラットな平土間になっているそこはまるで市場のようにたくさんの食材があった。市場と違って棚もずらっとならんでいたが。
色とりどりの食材が届いてはすぐ荷馬車に乗せられて運ばれてゆく。
あの辺は鮮度が命な食材なのだろう。
はい。
そんな中で対面した米は麻袋に籾殻付きで入っていた。脱穀からのようです。
だがしかし、種麹を作るには幸運だったのかな? 麹のことを調べた時に稲穂につく黒っぽい小さな玉から種麹を作ると記述があったはず。
「ここには他にもたくさんの食材があるぞ? 本当にこれでいいのか」
「うむこれでいい」
「そんなに癖になる味とも思えんがなあ」
このじーさん、届いた食材全部味を見ているのか。
「癖がないから主食になるんだ。食ってみるか?」
「やたらあんた嬉しそうだしな、ちょっと食わせてもらおうか」
そういうことになった。
 




