42.魔法都市アイル
転移門を出て特に「ようこそアイルへ!」的な挨拶を受けることもなく、とりあえず拝んでいくかと拝殿に行けば魔術を司るタシャの神像しかなかった。さすが魔法国家、そう思いながら神殿を出ると遠くにまた神殿が見えた。
同じ形の尖塔が五つ、今自分のいる神殿の尖塔を合わせると六つ。どうやらこの都市では神々ごとに一つの神殿があるらしい。
その中心にはドーム型の屋根を持つ城がある。
私は信心深くはないが、ここでは神々と実際に会い存在していることを知っている。少々面倒だが全ての神殿を回るとしよう。昼食を摂ってからだが。
あ、ギルドの受付LOVEな男どもがかわいそうなので一応残っていた少量の菓子を委託販売に突っ込んできましたよ? ギルドから走り出た人数全てに回るには全く足らんだろうがな!
アイルに移動したら風もなく晴れていい気候だ。青い空に白い月が見える、相変わらず上空は風が強いらしく、これまた白い雲が流されてゆく。
さて、うまい飯屋はどこだろう? 末端の神官たちは粗食なイメージだし、誰に聞けばいいか。そんなことを思いながらも一応、入り口付近で訪れる人の案内に立つ神官に声をかける。
「すまん、この国は初めて訪れるのだが、見ておくべき場所とお勧めの飯屋があれば教えてもらえるか?」
「それはそれはようこそ、魔法都市アイルへ。ここ首都アルスナは法術、学術が盛んです。この神殿から王城の間、右手には法術の学園が、左手には魔力を持たない学術の学園と図書館があります。法術学園には許可がないと入れませんが、学術学園の方は出入り自由です。この大陸で一番大きな図書館ですので興味があるならお勧めです。神殿に仕える身としては各神殿をお勧めしたいのですが、作りが一緒なせいか奉じる神の神殿だけで済まされる方が多いのが現状です。それでも日々たくさんの方が参拝にいらっしゃいますが。食事処のお勧めは参拝の方の話を聞く限り、ルシャ神殿の側にある『カテリーゼ』というのが少々お高いそうですが人気です」
思いの外立て板に水状態の返事が返ってきた。
もしかして多いのか観光きゃ……いや参拝客が多いから案内なれているのか。しかも入り口付近でまだ学生っぽいというか制服っぽいものを着た十四、五の少女がお手製のリーフレットを有料で配りながら観光案内はいかが……って。
いいのかこの国。
「王都がこんな観光地になっていると国防が大丈夫なのかと若干不安になるのだが」
リーフレットに簡略な地図が載っているのが見えたので購入。5シルを渡しながら思ったことを口にする。リーフレットを確認し、しまうとマップが更新される。
この国は城を中心に三角形が二つ集まって六角形を作るような道をしている。六角形の頂点は神殿だ。北に今出てきた木神タシャ、あとは時計回りに火・風・土・金・水。
神殿からさらに道は延び、交わり大きな六芒星を作りまたその外側が結ばれ再び六角形を作る、神殿からはそれぞれ大通りが六本出ていることになる。マップがあるからいいが、実際に歩くと迷子になりそうな構造。覚えれば神殿の尖塔の微妙な形の違いで方角がわからんこともないが。
「あら、この国はもともと学術都市としてあちこちの国から人を受け入れていますし、六つある神殿は信仰の地として種族を問わず様々な方が訪れますわ。そして入ってはいけない場所については強力な結界がありますので、無防備というわけではないのです」
「結界……って、習得させてくれるようなところはあるか?」
新しいスキルの気配!
「魔法学園では結界や城の防護魔法系の授業も選択できますが、部外者は立ち入り禁止です。それとも入学なさるのかしら?」
今更座ってお勉強とか無理です。菊姫やレオならともかく外見年齢的にもアウト――!!な気がする。学ぶのに年齢は関係無いのだろうが。
「いや、遠慮する」
「観光案内とずれるかもしれんが、ここの工芸品の工房やギルドも案内できるか?」
ふと思いついて聞く。
「ええ、もちろんですわ」
一箇所100シルで案内してくれるそうなので早速頼む。
「ではさっそく、気軽な店で旨い飯を出すところに頼む」
「食事で気軽……ですか」
"気軽というと、庶民の気軽よね。気軽?"
小声が聞こえて来るんだがこの案内の少女は言葉遣いといい良いとこのお嬢様なのか? それがなんで観光案内?
「……気軽じゃなくていいから旨い店を頼む」
完全にその場に固まってしまった少女にオーダーの訂正をする。これはもしかして出費を覚悟するコースなのか?
歩きながら話を聞くと、言葉を濁して言わなかったがやんごとなき令嬢らしい。名前はクリスティーナ。黒髪につり目気味の紫水晶の瞳、気が強そうに見えるなかなかの美人候補だ。
「クリスティーナは何故観光案内などやっているんだ?」
「呼び捨てなど本来なら許しませんが、私も名乗っておりませんし今回は特別に許しますわ」
特別らしい。一瞬表情が固まったがスルーします。
「学園の課題です」
「なるほど。ところで後ろからついてきてるのは護衛か何か?」
「よく気付きましたわね、私が一人になるなんてことはありませんわ」
さらりと言われる。
そして連れて行かれたところは、ファルの神殿と城を結ぶ大通りから一本入った見るからにイチゲン様お断りな高級レストランだった。馬車止めがある、構造からして本来ここ徒歩でくる場所じゃないっぽいのだが。
私この格好で入れるのかここ? ドレスコードは? クリスティーナは制服だ。
「これはお嬢様、ようこそいらっしゃいました」
「コンラッドは後から来るわ」
お嬢様の顔パスでした。
コンラッドというのは護衛の名前だろうか。他の客から浮きまくるんじゃあと思ったが、本気で高級店らしく他の客と会うこともなく個室に案内された。コンラッドとやらはこない、従者用の控え部屋があるのかもしれない。
まて、いくらかかるんだここ!!!
そういうわけで美女候補と食事をしています。
さすがに金が足らんということはないだろう、覚悟完了だ。どんとこい。
場違いで緊張するかと思ったが、個室で一皿食べ終えたタイミングで料理の説明を兼ねて給仕しに来るだけで人がいないため思ったよりも気楽だった。給仕しに来たのが執事服のほうが似合いそうな、初老の料理長だったけどな!
高級食材が丁寧に料理されている。
通常は住人の生産物に評価はつかないというか評価4から不動、可もなく不可もなく。なにかのきっかけ ――たぶん冒険者からの名指しの制作依頼か素材提供での制作依頼とかそのへん――で化けると住人でも評価5以上の生産物ができたり、あるいは失敗するようになる。
それとは別にイベント関係で例えば料理をどうやっても失敗するバツ技能的な物を持った住人の話をきいたこともある。もしくは逆にルバのような一般に名人やら匠やらと呼ばれる問答無用で高評価を叩き出す特別な住人。
ここの料理長は後者ですね!!
高ランク食材にチート料理長ですよ!!
やばい旨い。
サラダも前菜もやたら旨い。
サラダに米がかかってた!
米!
牡蠣のムニエル大振りの身で大変美味しい。
じゃない米!
なんか水っぽいというか粘り気が全くないさらっとしたものだが。
米だ!
私の心が旨いものを食べているのと米との遭遇で揺れに揺れている。支離滅裂な内心は出さずに、クリスティーナに尋ねる。
「この国では米が流通しているのか?」
「先ほど説明していたこの野菜ね? ここでしか食べたことがないわ」
「野菜ではなく麦などと一緒で穀物だな。そうか流通はしていないのか」
「どこで手に入るか聞いてあげましょうか?」
がっかりしていたら優しい言葉!
「是非」
全開笑顔で即答したのは仕方のないことだと思います。
給仕しに来た料理長にクリスティーナが米の入手先を聞いてくれ、帰りに紹介状をもらえることになりました。ありがとう。ありがとう。
「ありがとう。おかげで手に入れられそうだ」
「隣で落ち込まれたまま観光案内なんて嫌ですもの。食材で一喜一憂しすぎですわ」
ストレートに礼を言ったらそっぽを向かれてしまった。照れている様子、可愛いぞ美人候補。
「結界を学びたいなどというので聖法士なのかと思いましたら、違うんですのね?」
「魔法剣士だな」
結界はMID依存の聖法系か。
「……料理人じゃありませんの?」
澄んだ硬質な声が揺れる。
「料理は趣味だ」
「無いとわかった時の落ち込み方が、趣味の方がひどかったですわ」
「まあ、結界は有れば嬉しいとは思うが他の魔法もあるし」
「貴方の属性は何ですの?」
「私の?」
属性? 使える魔法のことだろうか、相性のことだろうか。
「答えたくなければ無理には聞きませんわ」
ちょっと考えてたら気を使われた。
「いや、属性という意味を考えていた。相性のいい属性は水……と風と闇と木?」
最初から相性のいい水が活躍していない、そもそも相性があるとは思っていなかったので炎属性メインで行くつもりだったしな。
「まあ、4属性が使えるのね? しかも風だなんて」
「いや? 使えるのは木・火・風・土・金・水・光・闇」
くらいまではいっていいかとおもったが、驚かれた。基本あまり表情の変わらない顔が唖然としている。
「全属性じゃありませんの!」
あれ? 住人って全属性覚えられないのか? シンも謎解きに悪戦苦闘中だし光と闇両方というのはないのか。雷や空魔法はノーカンなんだろうか。
「いろいろ取りすぎたせいで個々のレベルは低いぞ」
「それでも全属性使えるなんて珍しいですわ。一般貴族でダブル、上位貴族でトリプルが普通です。私が知っている中ではセクスタプルが最高ですわ。冒険者にでもなって魔物を数多く倒せば増えるような話を聞きますけれど……貴方は冒険者ですの?」
セクスタプルは六か? 日本語でお願いします。六属性は木・火・土・金・水と光か闇か?
「ああ、冒険者だな」
「私、冒険者の方と直接話したのは初めてですわ。光と闇、両方使えるなんて冒険者でもめずらしいのではなくて?」
「そうだな、珍しいらしい。だがこれから増えるだろう。光と闇両方の取得方法は話してしまうと聞いた者が取得できなくなる可能性が有るので教えてやれんが」
アルファス鯛のポアレが皮がパリパリで身がふっくら、下に敷かれたポポトポテトのペーストを成型してこれまた表面に焦げ目をつけたやつがソースを絡めて食べると絶品で。最初に出た前菜の中にあった肉も美味しかったな。肉メインのコースも食べてみたい。
そのままいろいろ聞いたら衝撃の事実が判明、住人は属性全部は使えませんでした。光と闇という意味でなく。持って生まれた属性プラス、適性があれば神殿で光か闇の属性が上乗せ。
あとは精霊の祝福を貰うとその属性が使えるようになるそうだ。
冒険者であってもそうぽこぽこ新しい属性が発現することはなく、四属性以上は珍しいそうだ。
カミラも闇しか持っていなかったし、あの三人にステータス見せた時は雷属性のほうで驚かれてたので住人にとって属性がたくさんあるのが珍しいとは思っていなかった。
魔法だけでなくスキルの発現が多いのはプレイヤーだけで、住人はたとえ冒険者であっても適正職業外のスキルの発現は珍しく、例外的に回復魔法は取得しやすい、他と比べればの話ではあるそうだが。
神殿にゆく機会が多い方ほど現れやすいので知らず知らずに体に馴染んでいるのかもしれませんわね、とクリスティーナが言った。
クリスティーナ本人は木・火・金・水・闇の五属性持ちだそうだ。
回復は? と聞いたら光や闇に比べても取得できる人が多いため、回復以外の治癒術か聖法のスキルを取得するか、回復の効果がよほど高くない限り聖属性持ちとは名乗れないそうな。
ちなみに回復は転んだ子供の膝小僧を治す程度だそう。いたいのいたいのとんでけ豪華版か。
そんなこんなで思いの外この世界について情報を仕入れた気分だ。
デザートのチョコレートのタルトにサンオレンジのアイス添え、大変美味しゅうございました。一緒に食べるとまた違った味わい。
……うん、お支払金額はちょっと前に装備一式揃えようとした金額より高かった。ナチュラルにクリスティーナが家の後払いにしようとするのを止めた私を褒めろ。
米の紹介状も受け取ってウキウキしていたら、クリスティーナに本当に食べることが好きですのね、などと言われました。
「希望は魔法石の工房だったわね?」
食事中に聞いたら、産業は魔石の加工や宝石の錬金加工が盛んだそうで。
アイルでは魔石の加工済みのものを付与魔石と呼んで未加工品と区別しているそうだ。錬金加工された宝石は色々な効果が付与された魔法石になり、アクセサリなどに使われる。
「店の工房でいいかしら……」
そう呟きながら案内された店は大店だった。
うん、ちょっと予想はしてた。
そして木と水に挟まれた区画は学園があるから学生街なのかと思っていたら、あからさまに老舗の格式高い店が集まっていてびっくりだ。やたら敷地が広くて建物も一見店とは思えないようなものが建っている。
店に入るとショーケースに飾ってある強い魔力を感じる付与魔石や中に魔法陣を宿した透明度の高い宝石が出迎え……なかった。あれです、確かにショーケースはあるが、趣味の良いロビーに飾られた美術品みたいになっている。これは客が来たら客の趣味に合わせて品物を持ってくる方式ですね? しかも一点物を。
ここで買ったら今度こそ破産します。
クリスティーナが出迎えた支配人らしき男と話して、私を呼ぶ。
どうやら加工の工程を見せてくれるようだ。しかも店長が案内役でつく。クリスティーナの家ってどこまで身分が高いんだ。
付与魔石は魔石同士や相性のいい宝石、薬草などを組み合わせて錬金し、魔石の効果を何倍にも高める。これは現れた陣に置いて合成するだけなので組み合わせさえ間違わなければ問題なさそうだ。できたものは単独で利用されるのではなく、大体が武器防具などに属性や特殊能力を付与するために使われる。
宝石のほうは色々だ。
あまり程度のよくない石同士を合わせて1ランクは上の傷のない明度の高い宝石を作り出したり、魔法陣を書いた羊皮紙と宝石を錬金し、魔法陣を宝石に閉じ込めたり。
魔法陣が宝石の中に移るのは冒険者ギルドで国家間移動の許可書がカードに吸い込まれる仕組みを思い出させ、あれも錬金の一種か魔道具なんだろうなと今更ながら思った。
支配人の説明では、作業をしているのは錬金術から派生した宝石錬金というスキルを持つ特化職の方々だった。
「どうですかな、一つ作ってみませんか?」
「あら作れるの?」
「錬金術のほうは無理ですが、お嬢様でしたら魔法陣はお書きになれるのでは? それを好きな宝石に錬金させましょう」
私はクリスティーナに案内されているが、店長が案内しているのはクリスティーナで、蔑ろにされはしないが私はおまけだ。
「ホムラどうします?」
私を振り返って見る表情はあまり変わっていないが声が少し弾んでいる、多分作りたいのだろう。私も魔法陣を学習したい。バッチリ便乗するとも。