38.プレイヤーの露店
話しかけてきたのは防具屋の店主、エリアスと思い切り男名を名乗ったが、猫耳獣人の女性だ。淡い桜色の長い髪を結い、白い花をあしらった髪に、光沢のある白いロングチャイナを着てすらりとした足を見せている。肌は服に負けずに白い。胸はペッタン。……女性でいいんだよな?
「『サークルモスの胸当て』を持ってたらその胸当と交換するわん」
「交換? 何故だ、店の損になるだろう?」
材料が一つだけということはないだろう。少なくともその材料分損をする。
「普通の販売で十分資金はあるのん。儲けよりも生産スキルのレベルを今はあげたいの、なるべく高ランクの素材を扱いたいわん。でもボスドロップはさすがにまだ市場に少ないのん。だから持っているなら譲って欲しいのん」
そう言ってこちらを見上げてくる。
「悪い話じゃないとおもうのん?」
どうかしら? と言うように小首を傾げる。
「得意生産で評価5が確定か。双方にメリットがあるなら断わる理由はない、交換を受けよう」
「ありがとうなのん。察しの通り胸当は得意よん、ただ得意なだけじゃなくって【鍛冶の神の祝福】の称号を持ってるわ。サークルモスを使った胸当なら評価は6確定だと思ってもらっていいわん」
失敗したら目も当てられないが、得意生産ならば失敗はないしな。
って鍛冶の神???
「鍛冶の神? 神殿の神々以外にもいるのか?」
「あらん? ワールドアナウンス聞いてないのん? まだバグのある初期の頃だったから聞きそびれてるのかしらん? ちゃんとメニューからワールドアナウンスを確認したほうがいいわよん」
やんわり注意しながら説明してくれた。
神殿の神々のような上位の神々の他に、それぞれの系譜に様々な神々がいるらしい。そして上位の神々に比べて気軽に加護や称号を与えてくれるそうな。効果は当たり外れが激しい。
鍛冶の神は金の神ルシャが火の神アシャの吐息を捕まえ、初めて剣を打った時に現れた神でルシャの系譜にある神で、その名の通り鍛冶生産に補正がつく祝福や称号をくれるそうだ。
はい、メニューを見たら神の祝福を初めて受けたワールドアナウンスの人が、【石畳の神】の祝福を受けてました。いったいどういう祝福なのか大変気になる。
……上位の神の祝福や称号ってなかなかもらえないものなのか? ペテロも水の神の祝福もってるが。あれ?
「ホムラは委託販売契約してるのん?」
「しているが?」
「じゃあ、そこにこの胸当の値段で売りに出してもらったのを買うのでいいかしらん?」
「ん? ここで交換では駄目なのか?」
「ホムラがいいならいいけど、直接交換は詐欺が横行して嫌われてるのん。サークルモスはボスドロップだし評価固定で偽れないけど、プレイヤーメイドは低い評価のものにすり替えたり詐欺がしやすいのよん」
「ああ、聞いたことがあるな。交換でかまわんよ、こんな初期に露店をすでに出してるならずっと販売は続けるんだろ。詐欺をするとは思えん」
そして移動が面倒なんでとっととここで済ませたい。
「あらぁん、信頼してくれるのねん。嬉しいわん」
微笑んだエリアスとさっそく胸当の交換をした。
「私の得意生産は軽装備の胸当、手甲、脚なのん。でも素材の方はちょっと特殊でモンスターからのドロップ装備なのん。普通の鉱物じゃ面白くないと思ってモンスター素材を使おうとして勢い余って失敗しちゃったのん」
ああ、【得意】の取得方法の見当がついてて"モンスターの部位"に設定しようとして、うっかり"ドロップ装備"を素材に生産したのかこの人。
「そうなのん、防具のドロップは買取りするから持ってきてほしいのん。生産のレベルが上がるランクのものなら高めに買取るわん」
「貴方の生産レベルが上がるような装備というと、自分で装備したいランクな気もするが……マントは範囲外だろう?」
マントならグリフィンからドロップしたので、ヤグヤックルが余ってるのだが、どう考えても服屋のほうだよな。
「マントは裁縫士ねん。必要のないものが出たらでいいのん」
案の定そう答えが返ってきた。
「買取でなく、出来た装備を他の素材代だけで買うことは可能か?」
「さっきみたいに出来ている同じ装備と交換は可能なのん、でも受け取った素材で生産中待ってもらうのはやってないわん。私の生産レベルが上がるような素材の使用は、ほぼ評価6固定だから待つ意味も待たせる意味もないわん」
「ああ、では相場がわからんのだがこれで装備の交換を頼む」
相場がわからなくても、同等のものへの交換ならば面倒がないので差し出す。
「………見たことないわん」
エリアスがつぶやくように声を漏らす。
あ、『力の小手』ってグリフィンの『初討伐報酬』か! ソロ討伐報酬の能力が高すぎるのでつい初討伐報酬なことが抜けていた罠よ。さすがに『技巧の手袋』やら『疾風のブーツ』を差し出す気は無かったのだが。それにまあ二つとも裁縫だろうしな…。この二つはデザインもなかなかいいので、このまま使う所存。
『力の小手』は肘の辺りから羽根の生えている形状で色が白に茶色、黄土色の模様という外観だ。悪くないデザインだが、好みでもないので加工したものと替えてもいいだろう。評価6ならば性能も良くなるはず。
「フォスにあるダンジョンの初討伐報酬だったなそういえば。ボスドロップにはあたらんか」
この世界に十二個しかないはず。
十二個、そう考えるとすごいなおい!(遅)
ソロの報酬のほうが強いけどな!
…やっぱりソロ討伐って随分先を想定してたよな、きっと。
「いいえ、ちゃんと得意素材にひっかかってるのん」
「胸当にデザインを揃えられるなら願いたいが」
やらかした感はあるが、動揺は顔には出しませんよ! しれっと答えておくのだ!
エリアスは気を使ってくれたのか声を落として話してくれている。この店の客が気にしていないことを祈る。まあソロ報酬じゃないしばれても絡まれない気はする。ちょっと自慢できる程度? たぶん?
「デザインは揃えられるけど、ちょっと待ってほしいのん。さすがにレベル上げるためだけの生産材料にできるものじゃないのん」
ぬう、確かに6より高い評価の物ができれば嬉しいが、たぶん他の生産者ではモンスタードロップの得意補正なんぞ持ってはいないだろうから高くても評価は3だ。
高評価が望める頃にはもっと能力の高いドロップ品を手に入れられるかもしれない、入れられないかもしれない。悩ましい。
「これから生産用の装備を作りなおすわん、だからもうちょっとそれを預けるのは待って」
そう言ってエリアスがパートナーカードを渡してくる。
話している間にも客はひっきりなしに出入りし、装備を購入しているようだ。店主と直接やり取りせずに買えるというのは喋るのが面倒な時にはありがたい機能だ。露店が狭いために客とも距離が近い。一応交換対象のエリアスにしか小手の性能は見えないはずであるが、道具鑑定レベルが飛び抜けて高いやつが混じっていたらその限りではない。
若干エリアスと話したそうにこっちをチラ見してくるのも混ざっているが。
ぼんきゅっぼんではないが、しなやかに伸びた肢体に白磁の肌、胸はないのに色気がある。作る防具は性能もよく、デザインも美しい。
なるほど、話してあわよくばお近づきになりたいわけだ。
自分のパトカをエリアスに渡し、小手をしまって退散。うっかり目立つところだった。
スラムに近い端に商業ギルドのギルド員が委託販売用の店を出していたので食材や目新しいアイテムがないか出品物を眺める。けっこう離れていても販売ウィンドウを見ることができたので助かった。ここもまた人だかりだ。
アイテムポーチゲット! 最初に購入したものの倍入る!
アンズやすもも、イチジクなどの果物、チョトツや羊肉、鯵……って後ろ二つはセカンで購入してきてファストで売っているのか。まだ馬車でしか行けない人には便利だが、私は行って買えば転移料金払ってもまとめ買いしたらそちらの方が安そうだ。
チョトツの肉を大量に購入。チョッタイと一緒に出てきた分と合わせて結構な量になった。
他に野菜やアンズ、ビワなどの果物を大量購入。ナルン山脈でも思ったが、売っているもののラインナップを見て行くと、なんとなく季節によって採れる果物や野菜が決まっている気がしてならない。
あまり出品のない果物などは全部買い占めてしまうと次回から値段が上がりそうなので買い切ることはせず、こまめに確認して溜め込もうと思う。ベアラウフ、オレガノ、セージなどの若葉のハーブも売りに出ている。どこで採ったのか教えて欲しいところ。
薬草と魔力の実などの調合の材料も一通り買い揃え、今度は錬金の素材になりそうなものを見て行く。まずは各属性石。無属性も売っていた、製作者の名前が入っているのでたぶん錬金で作ることができるのだろう。
どこで掘ってきているのか属性石を含めて鉱物はけっこう豊富だ。みんな似たような値段をつけている中で時々見る安い値段のものはすぐ消えてゆく。比較的素材としてのランクが高いものもそう変わらない値段で売られている。今はまだ生産レベル上げのためにランクが低めの素材のほうが売れるのだろう。
運良く買えた安めの属性石のほか、ランクが高いのに、現在使われないため安い値段が付いているものを購入してゆく。シルに余裕があるからこそ「今使うもの」ではないものを買い込むことができるのだ。
委託販売のテントで、そのままストレージに預けることができるのでシルや購入した素材を預ける、持ち物は装備と調味料類、料理済みの食物だけになった。ストレージ拡張も時間の問題だ。
委託販売を覗いている間に、ルバから少し作業が遅れていると連絡があった。私は別に急いでないので問題無い旨、返す。
「そこから先は安全を保障しかねます」
露店が並ぶ路地をでてスラムに足を踏み入れようとした私に警備の騎士が声をかけてくる。
「ああ、承知している」
食事以外を預けたのには訳がある。プレイヤーのための露店街を作ったことで部分的に立ち退きになったスラムがどうなっているのか気になったのだ。
一応、空いているスラムの別の家屋に立ち退いた人は割り振ったとか聞いたが。
レオやペテロがもっとレベルが低い時に盗賊ギルドを探しに入っているはずなので、大丈夫だとは思いながらも預けられる荷物は全部預けたが、装備はそのままだ。いざと言う時疾風のブーツがないと魔術士あがりの私の逃げ足ではまずいしな。
気配希釈の上、シャドウをかけてゆくわけだが。
心配してくれた騎士に礼を言って進む。
露店街から少し離れただけで、道の石畳は剥がれ、ヒビが入りしばらく歩くと石より地面のほうが多い始末だ。下水が詰まったままなのか、カビくさいようなすえたような匂いがするが思いの外ゴミは少ない。
現代社会と違ってゴミ=焚き付けになるのですぐ拾われてゆくため、結果的に崩れた壁や敷石の一部、じめっとした泥のような何かはあるがゴミはほぼないのだ。
最初、ゴミがないのはゲームだからかとおもったんだがね。小さい子が拾ってた。
時々、痩せた子供の姿や、いかにも酒に酔って潰れていますというような男を見かける。
建物は無人らしいものも多くあり、これならば露店拡張のためにねぐらを追われても、潜り込めそうな場所はありそうだ。ちょっとホッとする。
私たちプレイヤーのために、悲惨なことになっていたら寝覚めが悪い。まあ、様子を見る限り最初から環境はよろしくないようだが。
マップを埋めるように歩いて行くと争う物音と悲鳴が聞こえた。
慌てて悲鳴の聞こえた方に走れば、ちょうど人相の悪い男が女を襲っているところだった。猫耳の出るとこ出た獣人だ、服装からしてスラムの住人だろう。
おいおい、成人指定は伊達じゃないということなのか。
そしてあれだ。
男の方は暗殺者ギルドの依頼対象だ。
死ね!
問答無用で『シャドウクロゥ』を食らわせました。
イベントフィールドに入ってるだろうなーと思ったらやはり入っていたようで攻撃魔法が使えた。通常街では魔法も含め攻撃スキルは使用不可だ。
即死ですね、はっはっはー!
私は人間殺すことに躊躇がないんじゃないだろうかと思っていたけれどやっぱりなかった。ゲームとはいえ、あんまりはっきり自覚したくなかったので積極的に殺りたくなかったのだが、二つも攻撃する理由があってはしょうがない。
まあ、現実世界では社会的に自分に責めがない状況が揃わない限り絶対やらないだろう自信があるからいいだろう。面倒だし。
女に怪我はなく、ぽかんとした表情で自分にのしかかるように倒れた男を見ている。あとは自分のテリトリーなのだし、逃げるなりなんなり勝手にするだろう。
私は解けてしまった『シャドウ』を掛け直して路地を戻る。
警備に屍体でも突き出せば褒賞がもらえる、暗殺者ギルドの依頼対象の詳細にはそれだけの余罪が記載されていた相手だ。あの女性も怖い思いをしたのだからその程度の特典があってもいいだろう。
名乗り出るつもりはない、なにせ暗殺者ギルドの依頼だ。それらしくしよう。
うん、変なフラグはたてませんよ!
って、路地を曲がったとたんに今度は行き倒れだ。
埃っぽい路地の角で黒い犬耳の幼い二人が抱き合ってうずくまっていた。酒に酔って正体なく転がっているわけではない。『シャドウ』を解いて呼びかける。
「おい、どうした」
額に触れると普通だが手は冷たい。痩せている。特に外傷はない。
病気か? 触ったのはまずかったか。いや、飢餓状態? 私にそちら方面の知識は薄い。
「ねえさんが……」
かろうじて一人は意識はあるようだ。弱々しいながら声を上げた。
「腹が減っているのか?」
さてこれは、ここまで衰弱した相手にファンタジーとはいえ普通の食事はまずいか? 空腹に回復って効くのだろうかと思いながら回復をかける。
EPが減るとどうなるのだったか、自分が食いまくっててEPが空になったことがないせいか覚えておらん。回復をかけるとほんの少しだけ気力が戻ったようだ。意識のなかった姉のほうも薄眼を開けた。
あれだ、砂糖水に少量の塩を落としたものが吸収がいいんだったか?
材料はあるのでその場で作り姉弟に飲ませた。ちなみにできたものは料理じゃなく薬扱いだった。
「なるべくゆっくり飲め」
口元に寄せてやると二人ともなかなか飲み込めないようだが飲むには飲んだ。口に含ませられるような飴が作れるレシピはどれだ。固めるとか冷やすとか。とりあえず蜂蜜をそのまま口の中に少量落としてもう一度回復をかける。