2.遭遇
白い光に包まれ気がつくと噴水のある広場にいた。
足の裏に感じる石畳、匂い、多勢のプレイヤーで溢れかえる広場。ざわざわとしたたくさんの声も意識を向ければ近くの声は聞き分けられる。今までやったことのあるゲームよりもはるかに出来のいい仮想現実の世界に、私は目を見張った。
プレイヤーが選べる種族、獣人、エルフ、ドワーフ、ヒューマンが行き交い、もしくは私のように立ち止まって周りを見回したり、お互いに自分の姿を見せ合っている。最大身長、最大幅、最小身長、グラマラス、凹凸無し。髪の色が華やか!
人以外に目を向ければこげ茶色の柱と白い漆喰の家が広場の周りに見える、この広場に面した建物の一階は店舗になっているようだ。ヨーロッパの何処かの様な風景だが、それをモチーフにしたテーマパークの様に見える。整い過ぎてるな、という印象がそう思わせるのか。
綺麗なぶんにはいいか〜と思いつつ、初めての一歩を踏み出すと目の前にログウィンドウが現れ、同時にチュートリアルを開始しますか? と言うちょっと平坦な女性の声が流れた。
念のため言っておくと平坦なのは声の抑揚であって胸部装甲ではない。姿はないからな!
だいぶテンション上がっている自分を感じつつ、チュートリアル開始を了承した。テンション上がると思考が散漫になるのは自分でもどうにかしたい。
《チュートリアル中は、他のプレイヤーは表示されませんのでご了承ください》
周囲の喧騒が消えた。どうやらクエスト用のフィールドに変わったらしく、同じ風景なのに先ほどまで人であふれていたのが嘘のように、NPCらしき何人かが歩いているだけの長閑な広場に様変わりした。
《では冒険者ギルドで登録をしてみましょう》
《まずは、マップを出してみましょう》
ウィンドウに点滅する光が現われここに触れと主張してくる。素直に光っている「マップ」という文字に触れるとメニューとは別にマップのウィンドウが現われた。ウィンドウは透明なスマホかタブレットが浮いているのを想像して貰えば早い。大きさも表示の場所も好きなように変えられる。表示するしないも意思次第、お知らせがある場合に自動でウィンドウが開く設定にもできる。
《こちらのマップは始まりの町ファストになります》
《ファスト以外のマップに関してはスキル【地図】でマッピングした場所が表示されます。またNPCなどからマップを入手できる場合もあります》
《冒険者ギルドなど主要な場所は入手時から名前が表示されていますが、他に自分で見つけたお気に入りが登録できます。どんどん登録して貴方だけのマップを作りましょう》
《それではマップにある冒険者ギルドに行ってみましょう》
アナウンスの途中でマップに点滅する丸が現われた。そこが冒険者ギルドなのだろう。そして主要な場所以外表示されないというのは、武器屋とかも大きい店だけ表示されて、それ以外に穴場的な店があるということなのか?
あれか、隠れ家的飲食店もアリか? 美味しいごはんの店があるといい。
冒険者ギルドは広場に面したひときわ大きな建物だった。
視界が高くなったこととコンパスの長さに多少の違和感を覚えつつも、浮き立つ気持ちでギルドをめざす。ローブの裾を時々擦っているけれど汚れもほつれも気にしなくていいようだ。
開け放たれている扉をくぐると、外の光に慣れていたせいか中は少し薄暗く感じる。入り口正面に受付カウンター、入り口から見て左手にもう一つカウンターがあり天井から下がった案内には『素材取引』とあるのが見て取れた。
右手は食堂らしき丸テーブルが並んだ広い部屋で、いかにも冒険者らしい外見のNPCが何人かで酒を飲んでいる。部屋と言っても扉などはなく、ただ奥から部屋の三分の一ほどを壁で仕切ってあるだけのオープンなスペースだ。ギルドの中はこげ茶色の床、腰板、階段、白い漆喰の壁――木板の厚みを感じさせる丈夫そうなカウンターや掲示板は床などよりやや薄いこげ茶で統一されているが、カウンターの天板だけ黒に近いこげ茶とのツートン。
食堂との壁とカウンターの間に階段があり、階段側の貼紙に『資料室』と案内があるので後で二階に行ってみようと思う。このいかにも冒険者ギルド! という設えがたまらない。
入り口の左の壁には掲示板が幾つか設けてあり、中肉中背の男が貼り出された紙を見ていたので、自分も見てみると依頼が張り出されていた。
依頼名 ゴブリン討伐 常時依頼
依頼者 冒険者ギルド
報酬 1匹 100シル
依頼名 ルル草納品 常時依頼
依頼者 薬師ギルド
報酬 1本 10シル
依頼名 コロを探して! 期間 3日
依頼者 ミア
報告 ミア
報酬 300シル 受諾金60シル
掲示板の上のほうにはランクEと記してある。隣の人畜無害っぽい男が見ているのが一つ下のFランクなのだろう。依頼はどうやら今までのゲームとさほど変わらないらしい。二、三枚読んで満足してカウンターに向かう。
窓口にいるのは全員女性で、プレイヤーと比べるとおとなしい髪の色をしている。三箇所ある受付は一箇所はやたらガタイのいい短髪赤毛のNPCが使っていた。
NPCだからだろうか? カウンターに寄りかかり受付の女性に向かって、ややかがんでいるのでわかり辛いが、プレイヤーが設定できる身長限界を超えているように見える。背中には広場でみかけたプレイヤーの剣よりも二倍以上ありそうな、厚みのある大剣を背負っており男の膂力の強さをうかがわせる。
普通のRPGならNPCに遠慮なく話しかけ、情報を得るのだが、リアルと見まごうこの世界では、受付手続き中の人に話しかけて作業をさえぎるような真似もしかねる。かといって、隣で昼間から酒呑んで大きな声でしゃべっているところには近付きたくもない。
掲示板前の男はちょっと気弱そうに見えて話しかけやすそうではあるが、ぶっちゃけ避けたい。自分でもこの心がどこから来るのか最初わからなかったが、依頼書を見ている間に気がついた。頼りなげな様子が冒険者らしくないのだ。初心者の設定なのかもしれないがなんだか厄介ごとの気配がする。実は初心者狩りのアサシン設定だったりして。
同じく、所在なさげにウロウロしている不安そうな女子もいるのだが、こっちはゲーム的お約束な厄介ごとの気配。普通にスルーします、はい。
待ち合わせもあるしおとなしく真っ直ぐ受付へいくか? チュートリアルが終わったら改めて来ればいいし。などと考えながら見るともなく見ていると、受付の女性が言った『ガラハド』という男の名前らしき言葉が聞こえてきた。
ガラハッド、ガラハドはアーサー王伝説や聖杯伝説に出てくる『穢れのない騎士』の名前で有名だ。アーサー王伝説に出てくる騎士の名前はゲームやら小説のキャラに使われることが多いので馴染みがある。現にカウンターにいる男も、外見の印象が騎士というより戦士系の冒険者の格好なので某ゲームに出てくる同名の赤毛の戦士を思い起こさせた。
「『穢れのない騎士』というよりどちらかというとあのゲームキャラか」
小さくつぶやくと赤毛の男がこちらを向いた。
!?
聞こえるような声じゃなかったよな?
ばっちり目が合ってあせりながらも日本人らしく会釈して目をそらす。全力で見ないようにして一番近くの窓口を目指そうとしたが、声をかけられる。
「兄ちゃん、新人登録か?」
はい、思い切り赤毛男に話しかけられました。
目が合ったときの一瞬の真顔は精悍で身体の大きさもあいまって迫力があったが、笑顔の今は人懐こく見える。あれだ、私は曾祖母に『笑うときに歯を見せるな』と幼いころに言われて以来、口を閉じたまま笑う方式だが、白い歯を見せての笑顔というのは屈託なく見えていいですね! 特に男が白い歯キラリが良くなったのはいつからなんだろうか。
ちょっと展開についていけてないですよ、絶賛思考が空回ってますよ私! なんでチュートリアルに『冒険者ギルドで新人はからまれる』なんてお約束な項目が入ってるんですか!
「……ああ、手続きしにきた」
ちょっと間が空いたのは許してほしい。
「俺はガラハド、戦士だ。よろしく頼む。ところで、さっき『穢れのない騎士』って言ってたよな? 突然時間取らせてわりぃんだが、話聞かせてくれねーかな? なんなら兄ちゃんが登録した後で、依頼って形にしてもいいぜ?」
思いもよらない食いつき方だな。どういう展開なんだこれ。私に向かってきちんとガラハドと名乗った男は、どうだろう? とわずかに首をかしげて見つめてくる。
「かまわんが、たいした話ではないぞ?」
困惑しつつ答える。
最初に思わず以前やっていたRPGのキャラ口調で答えてしまったため、ちょっと慇懃無礼っぽいがもうこのまま行くことに。
「おう! ありがとう。金は話で500シル、俺にとって有用な情報だったら追加を払うんでいいか?」
笑顔で礼を言われて金額を提示される。
厳つめの顔に人懐こい笑みって器用だなおい。
「隣で茶でもおごってくれ、料金は不要だ」
そういって食堂のほうを見る。
「了解!」
ガラハドが一段といい笑顔で親指を立ててウィンクしてきた。
優男から遠いのにウィンクが似合う男ガラハド。
答えてから思う、『ここはゲームだ、割のいい隠しクエストだったんじゃないのか?』と。Eランクのゴブリン五匹分の金額にちょっと未練が出るがいまさら取り消しはできない。
ガラハドは受付の女性に軽く手を上げて挨拶すると食堂に向かって歩き出している。
友人との待ち合わせが遅れてゆくような気がしたが、ガラハドとの話をゲーム展開的に断る選択肢は私にはなく、彼の後について食堂に向かった。
友人たちとははっきり何時と約束したわけではないし、お互いチュートリアルはやる宣言をしていたし、大丈夫だろう。それにもしかしたら向こうも同じようなイベントをこなしているかもしれない。
何より私の友人たちは私も含めて個人行動大得意だ。待つようなことになっても早々に戦闘か生産に手を出しているだろう。律儀に何も手をつけずにぽつんと待ってくれるような友人はいないのだった。
ガラハドについて陣取った食堂改め酒場の一角。
ここは食堂ではありません。酒場でした。
食事も一応ありましたが、頼める水分が大部分酒です。かろうじて水とミネラル補給用なのか麦茶っぽいお茶が選べます。冒険者は水がわりにビールをがぶがぶ飲むようです。
もうお分かりでしょうが、私は下戸です。おのれ!
「私はホムラ、一応魔術士だ」
私はお茶を、ガラハドは酒を頼んで話をする。他にフライドポテトと、トビウサギの薄切りローストを頼むと、ガラハドが遠慮すんな、と言ってさらに料理を追加した。
燻製卵・干し魚・チーズ三種・ナッツ・ドライフルーツ、待て。それは私のためじゃない、自分のつまみだろう! とツッコミを入れるほど親しくないのが悔やまれる。
肉の名前は現実世界とは変えてある、というか、討伐対象の魔物の肉のようだし、この世界には人間より大きくなる獣人がいるせいか、酒場の椅子は身体の大きなガラハドでも余裕があるほどしっかりした作り。
ああ、ゲームでなく本当に『異世界』にいるようで心の底から嬉しくなる。
料理が運ばれ、店員が去っていったところで本題。
「で、先ほどの話だが簡単に言うと『穢れのない騎士』というのはアーサー王と円卓の騎士という伝説に出てくる聖杯を手に入れた騎士の異名だ。その騎士の名前が『ガラハド』と言うので、受付の方が貴方を呼んだ時に思わず口に出した」
「アーサー王? どこの国の話だ?」
ガラハドのビールは最初に口をつけただけで脇に追いやられている。伊達や酔狂で『穢れのない騎士』の話を聞いてきているのではないらしい。
「ここでない世界の、ヨーロッパと言うところの伝説だ」
ここでない世界と言ったとたん、ガラハドは明らかに落胆して視線を机に落としたが、気を取り直してこちらを見てくる。
「とりあえず聖杯って何だ?」
「聖杯は神の子の血を受けた杯だとか、神の子の最後の晩餐で使った杯だとか言われるけれど、この伝説では『病を治す杯』であることが特徴かな。ガラハドは病を得た王のために聖杯を探すんだ」
高校のころ一度読んだきりでうろ覚えなんですが。円卓の騎士で名前を覚えてるのはランスロット・ガラハド・パーシバルの三人だけで、あとは騎士とは別枠でマーリンくらいだ。
ちなみに覚えている理由は
ランスロット ⇒ 一番有名だから。
ガラハド ⇒ 同じ名前のキャラがやったことのあるゲームに出てくるから。
パーシバル ⇒ 近所の柴犬の名前、普段はパールと呼ばれている。当時中学一年生のお嬢さん命名。
こんな私に聞くのは間違っていやしまいか?
その後、聖杯を発見したのが三人だったことや神の園に呼ばれたガラハドの前に聖槍が現れた話を少ししたところでギブアップした。
「すまん、私も詳しくはないんだ」
「いや、ありがとう。実は俺が世話になったヤツの主がやっかいな呪いを受けてな。解呪の方法を探してるとき、預言者に『穢れのない騎士が呪いを解く』って言われたらしくってよ。ヤツには騎士じゃなくって呪いを解く方法そのものも本腰入れて探せって言ってやろう」
そういう呼び名の『呪いを解ける騎士』がいるんじゃなくって、『呪いを解いた騎士』が呼ばれるのかもしれねーからな、と言って脇によけていたビールをあおった。
トビウサギのローストにはパンとサラダが付いてきた。酒ばかりなのは不満だが、トビウサギのローストは旨かったし、こんがり焼けたパンでソースを拭って食うのも旨い。
「旨そうに食うな、こっちもつまんでいいぞ」
「ありがとう」
遠慮しないぞ、何せこの世界で初食事、いろいろ食べてみたい。味覚は完璧に再現されているようだし、これからも食事は楽しみだ。
そのまま飲んでいくらしいガラハドに別れを告げて、当初の目的を果たすべくカウンターに向かうことにする。別れ際ガラハドが「なんかあったら声かけろよ」と言ってパートナーカードを投げてきた。
パートナーカードの交換は他のゲームで言うフレンド登録だ。
このゲームでNPCとフレンド登録できるとは思ってなかった……というかパートナーカードの扱いのチュートリアルだったのかこのイベント。もしかしたらガラハド/戦士、酒場にいた客A/魔法使い、客B/回復職、客C/シーフとかでソロできついときにNPCをパーティーに呼び出せるとかだったのか?
と、思ったけれど自分のパトカの渡し方が分からない。焦っているとガラハドが飲みながら声を掛けてきた。
「あ、パートナーカードはギルドカードを手に入れないと出せないぜ? 登録終わったらオレのカードから交換承認してくれ」
どこを探してもないはずである。




