384.転移門の有無
「どうぞ。ミーディの仕入れてくるコーヒーは美味しいんですよ」
ユーディスカさんがコーヒーを出してくれた。
エルフってハーブティーのイメージだが、コーヒーか。ハーブティーよりはコーヒー、コーヒーよりは紅茶派だが、せっかく出してもらったものは飲む――残念ながら良し悪しはわからんので、飲ませがいはないだろうが。
「あ、僕好み」
「美味しいでしねぇ」
お茶漬と菊姫が言う。
「美味いけど、ちょっとすっぱい!」
笑顔のレオ。
「そこは好みだな。俺はアメリカン派!」
シン。
香りはいいと思います。
「ふ……」
格好をつけて飲んでいるペテロ。
なんだろう、このわざとらしい感じは。何か起こっている?
「う……っ」
「ぐっ!」
お茶漬とシンが変なうめき声を上げ、見るとわかりやすく顔色が青い。
「血の気が引くでし……っ」
「わははは! 視界が……!」
菊姫とレオも同じく。
「えっ、えっ。あっ……!」
ユーディスカさんがお盆を持ったまま慌てている。
「まあ、毒だよね。こっちに来てから飲食物には気をつけてたでしょ?」
笑顔のペテロ。
「気づいていたなら教えてあげてください」
やたら格好つけていたので何かと思ったら、こうなることに気づかない私たちへの分かりにくい警告だったようだ。
「どの程度の毒か、観察したかったから」
変わらぬ笑顔のペテロ。
そして分かりにくくした理由は知識の収集というか、実験のため。
「く……毒忍者……っ!!」
お茶漬がダイイングメッセージを書きそうな顔をして、テーブルに突っ伏している。
「油断したでし……っ」
菊姫の『油断』という言葉が、この大陸の食べ物へのものではなく、ペテロへの言葉に聞こえる。
「ご、ごめんなさい! まさかコーヒーでこんなになるなんて……!」
ユーディスカさんがオロオロしている。
「美味しいコーヒーですよ」
そう言ってコーヒーを飲むペテロ。
「毒・毒忍者め〜」
固まった笑顔で床に青い顔して大の字になっているレオ。
何故に大の字。
なかなかひどい状態にどうして良いか困っていると、奥からミーディさんが出てきた。
「……あら、これもまずいかしら?」
そう言って、この惨状に距離が縮められないまま立ち尽くしている。
手には料理が載ったお盆。
「いえ、こちらの耐性の問題ですから。ありがたくいただきます」
エルフの料理を食べない選択肢はない。
「ぐぅ……。いい笑顔しやがって……っ」
床に転がるシンが何か言っているが気にしない。
「こちらの料理は港町のものより毒性が強いようだな」
お茶漬たちもここまでの道中、毒耐性が上がっているはずだというのにこの状態なのだ、そうとう強い。
「世界樹に近いほど、手に入る食材の毒性が強いからかしら? 私たちは慣れているのだけれど――外からのお客様にごめんなさいね」
お盆を置き、頬に手をやって首を傾げるミーディさん。
なお、もさもさのままなため、一部想像である。
「なるほど。先が楽しみだね」
ご機嫌なペテロ。
お盆の上の料理は、小さめの四角いパンらしきものに色とりどりの野菜と、薄く切ったオレンジ色の魚の身が載せてあるオープンサンドっぽいもの。
オレンジ色の魚は鮭だろうか、鱒だろうか。
「いただきます。こちらに毒消しはあるのだろうか?」
料理を口に運ぶ前に、テーブルに突っ伏すお茶漬と菊姫を見る。
床に転がってる2人はどうしたものか。椅子に引き上げて、2人と同じようにテーブルにもたれさせるか、それとも床に放置してノビたままにしておくほうが楽なのか。
「ありますけれど……」
「コーヒーでだめなら、毒消しも毒かもしれません……」
困っている声の2人。
持ち込んだ毒消しはアイテムポーチにまだあるのだが、毒への耐性を上げる目的もあり、基本はぎりぎりまで耐える方向と決めてある。
が、今現在4人の生命が減り続けているので、差し迫った状態になるのは時間の問題だ。
「こちらには『転移門』か、それに類するものはありますか?」
ペテロが尋ねる。
「集落から集落への移動は、ここより浅い場所へなら可能です。ただ、外の方にはちょっと……」
ミーディさんが言葉を切る。
「もし、私たちの国への転移が可能なものだったら、こちらに訪れるたび毒に汚染されていない薬草などを運んでこよう」
この大陸の入り口の港町で会ったエルフたちの反応からして、必須ではないけれど欲しいもの。
さあどうだ?
「なるほど。では村長に顔繋ぎいたしましょう。おそらく、条件を出されますけれど」
ミーディさん。
「どのような?」
「長老の出す問題をクリアして認められることです」
聞くと今度はユーディスカさんが答えた。
「王道だね」
ペテロが真面目な顔で言う。
こう、ユーディスカさんミーディさんが普通の格好なら、王道というその言葉に素直に同意できるのだが、少し抵抗がある私です。
いや、人の趣味の姿で差別をしてはいけない。
食事を終えたら、村長の元に案内してくれることに決まった。
『浅い場所』というのは、『封印の獣』より離れた場所という意味で、シレーネの力が転移を邪魔しているのだそう。分かりやすく言えば、力とはこの大陸に張り巡った毒のことだ。
シレーネのいる『世界樹』に近い、『深い場所』は強くなる。
「『浅い』っていうのがそういう意味なら、毒の影響のないファストとかには転移可能かな?」
ペテロがはっきり可能と思えないのは、国家間の転移だからだろう。
「繋がっているといいな」
希望を口にする私。
「ぐ……食べてないでそろそろ回復して……」
お茶漬が限界のようだ。
オープンサンドみたいなエルフの料理はオープンサンドだった。ただし、パンがぎゅっと詰まっていて、大きさのわりに持ち上げるとずっしりとし、腹に溜まる。
チョコレートのような甘味と苦味がほんのり。オレンジ色の魚は、魚ではなく魔物肉だった。少し厚めに切った生ハムみたいな味に、鮮やかな緑のハーブ、赤い粒胡椒といった感じだった。
きっちり料理をたいらげ、みんなに毒消しを使う。
「ふは〜!! 死ぬかと思った!!!!」
お茶漬が大きな息を吐く。
「危なかったでし」
「きっつっ!!!!」
「戦闘以外の危険が危なすぎる!」
変な日本語のレオ。
「食後のコーヒーのおかわりは……?」
「いりません!」
「いらないでし!」
「わははは! パス!」
「無理!」
ユーディスカさんに即答する4人。食後ということは、私とペテロに聞いているのだと思うが。まあいいか。
ユーディスカさんの案内で、村長の家に向かう。あまりにもオープンすぎるので家だと思えないのだが、家だ。
基本の屋根は巨大な木々の枝で、それでカバーできない場所にだけ屋根がついているらしい。
木の枝を渡る道中、擬態した村人を何人か見かける。挨拶するべきだろうか、見ないふりをするべきだろうか――悩んだ末、見ないふりをして進んだ。
先頭をゆくユーディスカさんが挨拶していないしな。そして村長の家は、周辺で一番太い木の上にあった。
「ほうほう、報告は上がっておる。君たちが外からの客人じゃの」
すでに私たちが村に入ったことは、村長に報告があったようだ。
膝に届きそうなほど長い金髪、新緑の瞳、長いまつ毛、陶器のような質感を感じる白い肌。
お茶漬:エルフらしいエルフキタ!!!
菊 姫:ギリースーツ着てないでし!
レ オ:わははは美青年!!!
シ ン:でも喋りはじーさん!!!
ペテロ:ここにきて正統派
ホムラ:ちゃんとエルフの村だったんだな……
「で、転移門じゃったか。そうさの、今のところ魔物の被害もない。かといってタダで外の人間に解放するのものぅ」
考え込む様子を見せる村長。
声が若いんで、聞いているとおじいさんの喋りというより、女王様が話してるような気分になるんだが。
「村長、転移が上手くいけば、汚染されていない薬草を分けていただけるそうです」
ユーディスカさんが村長に耳打ちする。
「ほほ、それはいい。ではそうじゃな、村人を全員みつけること、でどうじゃ?」
お茶漬:え、そういうクエストの前振りだったの!?
パーティー会話にお茶漬の驚く声が響いた。




