383.美しいエルフの村にて
エルフ大陸探索開始2日目。
「視線を感じる」
先頭を歩いていたレオがぴたりと動きを止めて言う。
「私の【探索】にはかからないけど、どの辺かな?」
ペテロが顔を動かさないまま、視線だけで辺りを探る。
レオは秘境の地に釣りをしにゆくため、探索や危険の回避能力が実はクランの中でダントツに高い。ただ、注意力が散漫というか何にでも興味を持つと言うか……。
具体的に言うと、【野生の勘】という称号を持っている。
なんの予兆も情報もなく、危険や望む物の在り処を察知する――効果はランダムで安定しない上に、時々危険な方へと惹かれてしまうおまけがついている称号なので、常時信頼はできないが状況からして今回は大丈夫だろう。
「うーと……。そこだ!!!」
ずびしっ! とレオが大声を出しながら木の上を指を差す。
「なんと。よく私の存在にお気づきになりましたね……!」
レオの指した先から聞こえてきたのは、よく通る澄んだ女性の声。
「声は聞こえるのに姿が認識できない――かなり高レベルな潜伏スキルだね」
いつも薄く笑っているようなペテロが真顔。
忍者として対抗意識のようなものがあるのかな?
「声の調子からして、敵っぽくはないけど……」
「透明化とかでしかね?」
お茶漬と菊姫が首を傾げる。
「声からしてきっとエルフの美女!」
「それはどうなのか」
シンにつっこむ私。
「わははは! いるのはわかったけど見えない!!」
レオが素直に口にする。
「おお! 私の擬態はイケてる……っ!」
答える声。
擬態?
「おいおい、なんかミノムシみたなのが降りてきたぞ」
シンが言う通り、声がした方にある木の幹から葉と枝の束みたいなものがもそもそと下に向かって動いている。
「ギリースーツでしか」
「ギリー……なんだって?」
菊姫に聞き返すシン。
「狙撃手がよく着る迷彩服でしよ」
「木の葉や苔でできた服を着たスコットランドの妖精の名前が由来だったはずだ。ここでは妖精の可能性のほうが――」
隣から口を挟む私。
「失礼、旅の方。私はエールフ村のユーディスカと申します」
地面に降り立つと、その葉枝の物体がぺこりと頭――たぶん――を下げた。
「エルフでした」
妖精発言撤回します。
「待つでし。エールフ村がエルフの村とは限らないでし」
菊姫に止められる私。
「こんにちは、僕はお茶漬。エルフをやらせてもらってますが、僕も含めて人間の大陸から来た冒険者です。迷惑でなければ村にお邪魔したいんだけれど、ユーディスカさんは見張りか何かかな? 危害を加えるつもりはないんだけど」
お茶漬が代表して話す。
エルフをやらせてもらっているとはいいえて妙だな。
「趣味です。お気になさらず」
「趣味」
返ってきた答えに、お茶漬が笑顔のまま少し固まる。
ミノムシのような格好で木の上に待機することを、バードウォッチングのような気軽さで趣味だと言われても反応に困るのはわかる。
「えーと。村にお邪魔させてもらっても?」
「ええ。歓迎いたします、異国の話など聞かせてもらえれば」
少しだけ動揺を滲ませたお茶漬の声に鈴を転がすような綺麗な声が続く。
「こちらです。村に登録がある者と一緒でなければ入れないので、お会いできてよかったです」
ユーディスカさんは顔を見せることもなく、私たちの背を向けて歩き始める。
村人と一緒でないと入れない村、ユーディスカさんを見つけられてよかった。よかったとは思うのだが、ちょっと釈然としない。
なんとなく黙ったままユーディスカさんの後に続く私たち。色々考えてしまうのだが、口を開いたらツッコミしか出てこない気がして。
村はそう遠くなくというか、一度通り過ぎた場所にあった。大きな木々と共にある村は何故目に止まらなかったのか不思議だが、ユーディスカさんが言ったように村人と一緒でなければ入れない……意識できないか、見えないかになっていたのだろう。
「すごい、綺麗でし!」
菊姫が目を輝かせる。
「これはまた繊細な道だね」
ペテロの言う通り、螺旋階段が太い木々の幹を取り巻いており、木から木へ移動するための橋もかけられている。手すりには透彫が施され、細い柵は優美な曲線を描いて規則的に並ぶ。
休憩のためか、壁で半分囲まれた小さな場所が所々にあり、こちらも木々に溶け込み、美しい風景と化している。
「バキッと踏み抜き、ボキっと折りそう……」
そうシンが不安がるくらいには、美しく繊細。
「踏み抜くとか言われると想像するからやめて。――ここを通っていくんですか?」
高いところが苦手なお茶漬が上を眺めて前半はシンへ、後半はユーディスカさんへ向けて言う。
広葉樹っぽいのに幹が真っ直ぐに伸びて随分背の高い木々だ。下の方の枝を伐採しながら長い年月をかけてエルフたちがこの形に育てたのだろうか。
そして樹齢がどれくらいなのかわからないが、ここまで通ってきた森の木々よりも際立って大きく、遥か頭上にも吊り橋のような道が見える。
「ここが私どもの村ですよ。人間の村の形とだいぶ違うと伝え聞いたことがありますけれど、その様子では本当に違うんですね。とりあえずカフェでお茶でもいかがですか?」
そう言いながら螺旋階段を登り始めるユーディスカさん。
そして案内されたのは、階段の途中、枝の大きく張り出した上に床を作ったテラスに壁をつけたような場所。下から眺めた時に休憩所っぽいなと思ったが、カフェだったようだ。
カフェにしては数が多いので、ただの休憩所も混ざっているのかもしれない。
「ユーディスカ、休みじゃなかった? ――あら、外の方? いらっしゃいませ」
「ミーディさんこんにちは。人間の大陸から来た冒険者だって!」
カウンターの向こうの店員さんらしき人にユーディスカさんが答える。
うん。店員さんもミノムシだな? 流行っているのかミノムシ化。フレンドリーで別に隠れたい欲求もなさそうなのに、一体何故――趣味だったな。
「えー……。趣味の擬態? でしたか、流行っているのですか?」
恐る恐る聞く私。
「はい! ここ500年ほど村全体でブームです」
笑顔――顔は見えないが弾む声からして笑顔で答えてくるユーディスカさん。
菊 姫:……もしかして、村人全員迷彩服でしか?
レ オ:全員ミノムシ!
シ ン:やばい、見分けがつかない自信ある!
ホムラ:大丈夫だ、冷静に見れば覆っているものが違う。こっちは引き裂いた布のような物だ
ペテロ:見分けがつけばいいというものでもないでしょw
お茶漬:この大陸のエルフ、僕のように美しいのはいないの?
レ オ:脱いだら美人かも?
シ ン:今のところムキムキエルフ、ミノムシエルフが圧倒的に多いな
クラン会話で一気に喋る。
「あ、座ってちょっと待っててください。コーヒーをお出ししますね!」
店員のミーディさんではなく、ユーデュスカさんがそう言ってカウンターの内側に入り込む。
どうやら仲がいいらしく、コーヒーを淹れる手伝いを始めた。休みがどうのと言っていたし、ユーディスカさんはもしかしたらこのカフェに勤めているのかもしれない。
「椅子もまた繊細で」
「美術品でしねぇ」
私の言葉に菊姫が同調する。
その美術品のような木彫りの椅子に腰掛け、風景を眺める。
「遠く見通せるわけではないが、木の枝を下に見ながらというのも非日常感があっていいな」
「村人から目を逸らして風景を見てる人が」
お茶漬からツッコミが入った。
「とりあえず目標のエルフの村は見つけたね」
ペテロ。
「村の風景は予想よりエルフ〜〜〜って感じだ。村人は予想外」
椅子に座るのが怖いのか、切り取られた壁の縁に半分腰掛けるように寄りかかっているシン。
「誰にでもブームはくるもんさ!」
「レオは色々ブームが来るでし」
「とりあえず話を聞いてみようか。食事の毒の話とか、宿屋の確保できるかとか、『封印の獣』の情報集めとか」
お茶漬が言う。
「なんにしても、村が見つかってよかった」
いい風景なんだけど、うっかり擬態した他の村人を見つけてしまい、視界に何人いるか確認し始めてしまった私です。




