379.エルフたち
「説明では、まず港にある冒険者ギルドでアイテムを買うんだったな。ギルドは真ん中って言ってたっけ?」
「うむ」
私の確認の言葉に炎王が頷く。
歩く先に立ち並ぶ、小さな建物を見る。――一番頑丈そうなあの建物、かな?
森に住むエルフとは、『伝心の石』なしに会話が成立しないという。エルフの使う言語の問題ではなく、森全体に言葉への認識阻害があるとのこと。さらに言うなら、長く森にいると異邦人同士であっても影響を受けるそうだ。
「さっきのエルフ言葉通じてたよな?」
「通じなくなるのは森に入ってからだね。【封印の獣】の毒の鳥『シレーネ』に仕える、ハーピィが原因だって言ってたじゃない」
納得いかない顔のレオにお茶漬が説明する。
「ここから言葉が通じなかったら、『伝心の石』が買えないでしょ」
ペテロ。
買えないこともないだろうが、確かに難儀しそうだ。
「狐の獣は逃げちゃったし、『鵺』に続いてようやく二匹目ね」
ギルヴァイツァ。
二匹目……。
一部、バハムートや白たちのことを知っている奴らの視線が痛い。
「あ、屋台がある!」
シンが指差す。
「むしろ屋台しかなさそう」
ペテロが言う。
「ちょっと寂しい場所でしよね」
菊姫が首を傾げる。
「森に入る前のここ、結構広いのに建物はちょっとしかないから印象がね。プレイヤーが訪れた、これから発展が始まるとかかもに」
「こっち側の物資の問題で、冒険者はちょっとづつしか送り出せないって言ってたにゃ。もっと簡単に出入りできるようになるまで、きっとちょっとかかるにゃ」
「あるあるですね。後発の難易度下がるの」
「このゲームは初特典あるし、頑張りがいがあるにゃ。のんびりしたい組はゆっくり来ればいいにゃ」
お茶漬とクルルの会話を聞きつつ、屋台を物色する私。
「エルフも肉食うんだなあ、焼き串2本!」
さっそくシンが肉の焼き串を注文している。
さすが肉好き。
「エルフは生まれた時からの狩人、むしろなんで肉を食わないと思われてるのかね?」
代金を受け取って、焼き串を差し出しながら屋台のエルフ。
ちなみに見目麗しい男性。エルフは筋肉がないわけではないけれど、スレンダー……というか、手足が長いのか? 赤みのない色白の肌で、髪は金髪、瞳は緑が多いそうだ。
で、私は桟橋にいたエルフと屋台のエルフの見分けがついてないです。服装も似た感じだし、困る。
「私もこちらを1本。自然との共生のイメージが迷走したのかな?」
適当に答えつつ、そういえば『シレーネ』はファルの封じる獣だったな、と思い出す。残念女神は狩の神でもあり肉好き。
「ぐおっ! 舌が痺れてくる!」
先に焼き串にかぶりついたシンが叫ぶ。
「え?」
「ああ、この森のものは全部に弱い毒がある。動けなくなるほどじゃないし、すぐに治る。慣れないと大変だろうが、他にない」
涼しい顔で屋台のエルフ。
毒串がデフォのお知らせに、口をつけるべきかつけないべきか迷って、顔の前まで持ってきた焼き串をじっと見つめる。
「どれ。――なるほど、弱毒。【毒耐性】が効かないみたい、これ【呪い】入りかな? それにHPが1減るか減らないかだけど、効果が重複する毒だね」
横からペテロが私の焼き串をぱくっとして解説。
「効果が重複というと、食べるだけ毒の効果が強くなる?」
「そう。かといって食べないわけにもいかないから、セルフ毒沼状態で戦うことになるのかな?」
口の端を親指で拭いながらペテロ。
初期の頃ならいざ知らず、焼き串一本ではEPの回復効果が心許ない。絶対効果が重複する。
「世界樹を介して、毒の鳥『シレーネ』の毒が森の隅々まで広がっている。海の魚は大丈夫だから、慣れないうちはそっちを食うといい」
屋台のエルフが教えてくれる。
「そうは言っても、な。これから進む場所は森だ」
炎王の眉間の皺が深くなる。
「困るであります」
大地。
コレトがハルナの隣で頷く。この二人は、ハルナが極度の人見知りということで、あまり会話に入って来ない。
「食事の度、『毒消し』が必須っぽいわねぇ」
ギルヴァイツァが頬に手を当てて言う。
「こっちで扱っている『毒消し』も毒だからな、症状が弱いなら飲まない方がよい」
さらりと屋台のエルフ。
「は? それ、どうするにゃ?」
びっくりしたのかクルルの尻尾がピンと立つ。
「『毒が森の隅々まで広がって』には毒消しの素材も入るのだろう」
「なかなか鬱陶しいことになりそうだな」
私の言葉に炎王がため息をつく。
「【強毒】が『毒消し』を使うと、【弱毒】になるってことね。常に毒、毒」
お茶漬が言う。
「私たちは慣れているが、不便は不便だからな。交易の再開は喜ばしい」
笑顔のエルフ。
「なるほど、主な輸入品は毒消しの類か」
エルフが人間の何を欲しているのか気になっていたが、疑問が解けた。ついでに交易が必須とまでいかない訳も。
「とりあえずギルド行くでし。混んじゃうでしよ」
「はいはーい、行きましょうか」
菊姫に軽く返して同意するギルヴァイツア。
菊姫の言う通り、ぐずぐずしているとロイたちとの記念撮影で足止めされている皆様が来てしまう。
礼を言って屋台を後にし、冒険者ギルドの建物に入る。建物は木製、屋根瓦は葉の形をした薄い石、そして中は――
「エルフ……?」
思わず呟く。
内装どうこうより、ギルドの職員がムキムキです。エルフな証拠に耳が長いのだが、見事な逆三角形! そして上半身には胸から左腕を覆う防具しかつけていない。
「インパクト!」
シンが小声で叫ぶ。
「ムキムキでし」
呆然としている菊姫。
「待って。まさか進化するとアレになるの?」
焦っているお茶漬。
エルフ二人の動揺がひどい。
周囲の自然から力を借りるスキルに長け、古くから存在するアールヴ――現実世界では、北欧神話に出てくる初期のエルフ。
【聖法】と【光魔法】に長けた、光のエルフ。
【魔法】特に【闇魔法】に長けた、闇のエルフ。
【防御】に長けた、イェスズエルフ。
「イェスズエルフ、なのかな?」
ペテロが言う。
「……」
思わず菊姫を見る私。
「……」
途方にくれた顔で見上げてくる菊姫。
大丈夫、きっとあれは個性だ、上位種族の外見的特性ではない。たぶん!
「……」
レオが無言で、並ぶエルフたちに近づきマッスルポーズを決める。
ギルドのカウンター内にいた受付が一斉に立ち上がり、それに答えてマッスルポーズを決める。
「無駄に光ってんなあ……」
隣のシンが呟く。
マッスルポーズを何度か交互に繰り返した後、ギルド職員がレオに何かを手渡し、レオが支払いをする。
どうやら『伝心の石』を買った?
「肉体言語なの? 何なの?」
困惑するお茶漬。
時々レオに混じって奇行に走るのに、今は常識人顔である。
「手続きしようか」
ペテロはスルー。
「混む前に……」
私も見なかったフリをして、レオから離れた窓口に。
いや、職員がマッスルポーズ中なのだが。
「えーと、手続きを?」
「失礼、音の交流でしたか」
上げていた腕を下ろし、全身から力を抜くギルド職員。
すみません、マッスル言語未修得です。
「『伝心の石』は森の中で、乱された言語を理解できるように整え、伝える効果があります。ただ、『赤い嘴を持つ鳥』に3度つつかれると壊れますのでご注意ください」
「多めにもらえるか?」
「『伝心の石』は一人一つ。2つ持つと、干渉しあって言語が乱れますので」
ギルドの受付は、筋肉ムキムキだが受け答えの声は穏やかで優しい。脳がバグりそうなのだが。
「エルフの町というのは森のどのあたりにあるのだろうか?」
「ふふ。エルフの町というのは、人に聞いて訪ねるものではないのですよ」
質問したら微笑まれた。答えるつもりはないようだが、エルフは人嫌い設定なのだろうか。それとも何か理由が?
『伝心の石』を手に入れ、一応掲示板で依頼をチェックしギルドの外に出る。ここからは【烈火】とは別行動。
「レオに『伝心の石』は要らなかったんじゃねぇ?」
「わはははは!」
「僕らと意思疎通できなくなるでしょ! 今でもあやしいのに」
シンの言葉にお茶漬が突っ込む。
「宿屋、なさそうでしね」
「昔懐かし簡易宿泊施設だけだな!」
キョロキョロとあたりを見回す菊姫にレオが答える。
この町は町というより、最低限の迎え入れ場所みたいな何か。交易のための大きな倉庫と兼ねる商業ギルドの支店、冒険者ギルドにくっついた簡易宿泊施設、船の修理のための工房、屋台がいくつか。
「うーん。さっさと進んで、森の中の町を見つけないと。神殿もないんじゃ、死んだら帝国に逆戻りだし」
お茶漬が森を見据えて言う。
「スリルがあっていいな!!!」
レオが笑う。
新しいステージはいつだって心躍る。
10巻10/19発売になります
とうとう二桁!
よろしくお願いします
https://www.tobooks.jp/newgame/index.html




