376.宝箱
「お付き合いいただきありがとうございます」
「こちらこそ、光栄だ」
あまり口を動かすことなくクリスティーナが言うので、私も真似をしてなるべく動かさずに。
「各神殿にレンガード様に自由を、という神託が降りております。陛下からは貴族の側から近づくなと。ですが、若い者の中に機会を伺う者が」
クリスティーナがくるりと回り、私の視界に王太子が入る。
「以降は私のことも警戒を。レンガード様に煩わしきことのないように」
クリスティーナ自身にはその気がないが、誰かに命じられてそう振舞う可能性がある? 公爵令嬢に命を出せる若い者って一人しかおらん気がするな。
リズムを取り損なうから、後で考えよう。考えても近づかない一択だが。どうせもうエルフの大陸に渡る。
幸い、最初と次の曲あたりまで男性パートは簡単だ。昔、男性の正装に帯剣が義務付けられていた頃の曲だと聞かされた。腰の剣が邪魔にならない動きの制限された振り付け、なので最初に踊ってしまえとのアドバイス。
ターンの度にクリスティーナのドレスの裾が広がってなかなか美しい。女性パートは男性側より複雑だし、裾の長いドレスは動くのが大変そうだが。
そういえば、19世紀には男性もコルセットをしていた時期がある。そもそもは高級軍人らが姿勢を保つためや、乗馬などで怪我をしないための装備だったらしい。が、女性と同じ用途のコルセットが流行したこともある。
極端に細いウエストが男でも好まれた時代があり、ダンディなおじさんたちが競ってつけていたそうな。
ダンディは、身体にぴったりとした衣服が大事。ウエストの細さも大事なダンディズム。――私が認識していたダンティズムとずれが激しい。
特訓の成果か、仮面のおかげか、ボロを出さずにダンス終了。
カ ル:主、お綺麗でした
ガラハド:お疲れさん!
カミラ:よかったわよ
イーグル:お疲れ様
ホムラ:やっと終わった
パーティー会話で労われる。ダンス発表会を保護者に見守られた児童の気分である。
クリスティーナとはダンスの終わりの挨拶――ダンスの一部になっている――をして、話さず終了。おそらくレンガードではあまり関わらない方がいいのだろう。
あとで普通に顔を出そう。その場合、果たして公爵家に入れてもらえるのか謎だが。
ペテロ:お疲れ
お茶漬:SSのベストショット確保
シ ン:よくダンスなんて踊れるな
ホムラ:猛特訓で一時的スキルを発現させた。なお、すぐ消える模様
シ ン:使い所なさそうだしな!
菊 姫:友達、学園はダンスの試験があるからダンススキル必須だって言ってたでし
お茶漬:ダンスのレベル上げいるみたいね
シ ン:うえええぇ! ぜってぇ学校いかない!
菊 姫:おじさんは外見を考えるでし!
ホムラ:異邦人のおかげで、すでに幼女とショタと老人が混在しているぞ
ペテロ:www
友人知人が見ている中でのダンスは恥ずかしい。踊っている最中は気にしている余裕がなかったが、クランメンツだけでなく、【烈火】と【クロノス】からも見られていたようだ。
今視線に気づいた。仮面があるからポーカーフェイスにはなっているはず……口の端が引き攣りそうだ。
ホムラ:そういえばレオはどうなった?
ペテロ:そういえば静かだね
菊 姫:気にしてなかったでし
シ ン:そういやバタバタしてたな
お茶漬:どうなったんだろうね?
クラン会話にレオからの発言が途絶えている。レオだと会話を切り替え忘れているのか、事件が継続しているのか、どちらだかよくわからん。
レオの断罪劇どうなったんだろう、と思いながら入れ替えられた新しいお茶を飲む。さすが王宮のお茶、香りがいい。
他の席は貴族同士、異邦人と貴族など、そこそこ交流があるようだが、私のテーブルは人が近づいてこない。
これが王が言ってくれた成果――というより、カルもガラハドも寛いでいるように見せて、威嚇してるな? アイルに関係ないはずの異邦人も途中で怯えて帰っていくんだが。
ホムラ:義理も済ませたし、帰ろうか
長い王の挨拶の最中、褒賞はすでに受け取っている。異邦人が一番多い王族のいるフロアから遠い場所では、何人かの侍従が壁際に立ちそこで各々受け取る方式がとられているようだが、私のところには侍従がテーブルに届けてくれた。
ゲーム的褒賞はアイルの各都市の転移門が解放されてるし、乙女ゲームの進行は気になるが、それは異邦人がたくさんいる側で起きているため、覗きに行くのは面倒そう。
カミラ:あら、じゃあ最後に一曲お相手を
ホムラ:難しい曲に変わってるのだが……
イーグル:ホムラの踊った相手が一人だけでは、クリスティーナ嬢が勘繰られて苦労するよ
カ ル:次の曲は後半が複雑です、曲の途中で【転移】なされては?
ガラハド:帰って飲み直そうぜ!
と、いうことになった。
今度はカミラの誘いを受けて、ダンスの行われるフロアに移動。赤と黒のドレス、失敗すると毒々しく見えそうな配色だが、カミラによく似合って美しい。
ダンスフロアにいる女性たちのドレスはみんな花のようだ。異邦人が多いエリアの様子は統一性がなくてアレなんだが、少なくとも住人の多いこのフロアは。
が、ワンツーワンツーだけじゃ対応できない曲なんですよ! ワンツーワンワンワンツーワンワン、ワンツーにゃん……無理! 足を踏みそうになってバランスを崩す直前に【転移】。
さっさと『雑貨屋』に帰り、ソファーになつく。
「無理だ」
「お疲れ様です、主」
笑顔でカルが労ってくれる。
「もう少し密着してもいいのよ?」
笑うカミラ。
「主、お帰りなさい!」
「お帰りなさい、主!」
3人がけのソファーにぺったり上半身をつけて倒れていると、ラピスとノエルが出てきてくっついてくる。
「ただいま」
起き上がって2人を撫で、すっかり手触りのよくなった髪に癒される。
あんなにパサパサだったのに、あんなに痩せていたのに、今は髪に艶があり、体型も子供らしく健康的。
「おかえりなさい。ダンスは上手くいきましたか?」
レーノが聞いてくる。
「失敗する前に帰ってきた」
正直に答える私。
「ご無事でなによりです」
レーノが言う。
「ああ」
精神的にはごりぎりと削られたが、致命傷は負わずに済んだので無事と言えるだろう。
「さて、軽食でも食うか」
ラピスとノエルから手を離し、テーブルの上に摘めるものを並べる。
全員が席につく。ガラハドたちの前にはワインのグラス、私を始め飲めない組にはジンジャーエールのグラス。
「お疲れ様! 特訓の協力ありがとう」
グラスを掲げて乾杯。
「ふふ。また偶には踊りたいわね、ホムラのスキルが消えないようにも」
カミラが笑う。
「勘弁してください」
なんだかんだいって、カミラも帝国の貴族の出。
ダンスは趣味とまでは言わないけれど、『アシャの庭の騎士』になるまでは楽しんでいたそうだ。
「ぷはー。やっぱ、酒は家か酒場に限るな。ああいう場所は飲んだ気がしねぇ」
ワインを水のように飲み、息をはくガラハド。
「高い酒が出るので、味を試すにはいいが」
イーグルは香りを楽しんでいるのか、グラスを顔のそばで揺らしている。
私もああいう場所では飲み食いした気になれんので、料理を口にしたとしても帰ってからお茶漬けを食べたくなるタイプ。
ワインにお茶漬けを出すのもなんなので、粗挽きハンバーグを挟んだホットサンド、チキンとハーブのホットサンドを出している。
「あ、これうめぇ」
ガラハドの食べている粗挽きハンバーグは、肉汁が溢れるということはなく、かと言ってパサパサしているわけでもない。適度に肉肉しくて、汁がパンに滲みないでき。
挽き肉同士が変にくっついて不均一になることもなく、噛めば粗挽きの肉らしさの食感を残しつつほろりと崩れる。なかなか焼き加減の調整が難しかったので美味いと言われると嬉しい。
ほどよい頃にケーキを出すと、カルが紅茶を淹れてくれる。
「さて、褒賞はなんだ?」
ケーキには手をつけないまま、紅茶を飲みつつ貰ってきた物の確認。
自分でつくったオヤツより、貰ったものの中身が気になる。
・『宝箱ランクS』。赤・青・緑のどちらかから一つ選び、開けることができる。開けなかった方は消える。
・『祝いの花』。戦勝祝いに配られた花、幸運を上げる秘薬の素材の一つ。
・『アイルの王宮の通行証』。アイルの城門の通行証。
この3つだった。『アイルの王宮の通行証』王宮出入り自由か? 古のRPGのように城の宝箱を漁ってもいいのだろうか。いや、絶対だめだな。使わない気がするぞ。
『祝いの花』は分かりやすいが、【調薬】のレシピがわからんので、わかるまでは倉庫で塩漬けだ。
問題は『宝箱ランクS』だ。これ、色で出やすいアイテムの系統とかあるんだろう? 赤は近接武器が出やすいとか、青は杖やローブが出やすいとか、生産は緑とか。
開けた報告が上がってきてから選んだ方が良さそうだ。開けてしまいたいが、暫く待とう。せめて出たものが人と交換ができるものなのか知りたい。
「おっと、魔法か」
ガラハド。
もう開けた人が身近にいた。




