374.ドロップ品
花が渦巻く空、その真ん中に少女が浮かぶ。
「ヤーヤー!」
その少女が腕を振り上げ叫びを上げると、舞い散っていた花びらの全てを矢が貫く。花びらを貫いて数多の矢が降り注ぐ。
「うっわっ! 絶対避けられない!」
お茶漬が杖を抱きしめて叫ぶ。
「堅固なる断固は!?」
レオが叫ぶ。
「多段攻撃には向かん!」
【堅固なる地の盾】は一度目の攻撃を完璧に防ぎ、二度目の攻撃を半減し――この矢のような、当たり判定が数回ある多段攻撃に対してはあっという間に効果が切れて役に立たない。
答えながら『高・生命活性薬』を全員に投げる。一定時間、生命が少しずつ回復する薬だ。先ほどお茶漬が回復を入れたので、全員生命はフルだが絶対いる気配がする。
「幸運のなんたらは!?」
ぎゃーっと叫びながら今度はシンが聞く。
「さすがに無理でし! 【手のひらのスノードーム】でし!」
叫び返した菊姫が新たなスキルを使う。
菊姫の使っていた【幸運の的】、流石にボスの必殺技まで自身に集めるほど強力なスキルではないだろう。それにこの量の矢、集めたとしてもすぐに戦闘不能になり、スキルは効果を失う。
【手のひらのスノードーム】の効果なのだろう、ガラスドームのようなものが現れ、雪というには丸くてぽよぽよしたものが周囲に渦巻く。
ドームにはたいした防御効果はないらしく、矢が当たってあっさりと割れる。――が、ぽよぽよしたものに矢が当たると矢ごと消えた。
「全部は無理でしよ!」
「僕は【回復】連発するから足りない分――」
「水の精霊『ルーファ』! 来たりて癒せ!」
お茶漬が言い切る前に回復をするべくルーファを呼び出す。
「いでででで!! 次、俺呼ぶ!」
「じゃあ次オレ! あだだだだだ」
「最後は私だね」
矢は私たちを狙っているのではなく、大地に満遍なく降り注いでいる。風景に起伏をつけていた岩は打ち砕かれ、大地が浅く小さなクレーターで埋め尽くされ、それがまた新しいクレーターで上書きされる。
とっくに切れたスノードームの効果。菊姫は盾を構え自分の生命の代わりに全員のダメージを軽減するスキルを使う。お茶漬はその菊姫と生命の減りが早いメンバーに【回復】を配る。回復しきれないダメージは、水の精霊を交代で呼び出して凌ぐ。
「ひー! いつ終わるでしか!」
「長い、長い!」
半泣きになりながら自分に【回復】をかけるお茶漬。
「ごめん、こっちにも回復お願い!」
そう言ってペテロがお茶漬に『MP回復薬』を投げる。
『回復薬』を使い過ぎて、半分毒になっている。一定時間毎にダメージを受ける生命減少が起きているが、矢を受ける一瞬だけでも回復していないと不味い。
「菊姫、水の精霊呼んで! 一瞬だけ防御代わる!」
そう叫んでペテロが白い紙の人型を取り出す。
見た目からして形代、身代わり的なものか?
「はいでし!」
菊姫が盾のスキルを解いて、精霊による回復を行う。
「ああああ、ごめんでし! 回復間にあわないでし」
精霊の召喚、召喚された精霊が魔法を使う――聖法の【回復】よりも効果を発揮するまで時間がかかる。
菊姫の水の精霊が魔法のモーションをとっている間に、矢を受けていた形代が破れ矢が落ちてくる。
「【堅固なる地の盾】!」
一瞬の時間稼ぎならば。
《初討伐称号【矢雨の雨宿り】を手に入れました》
《初討伐報酬『盗人の衣』を手に入れました》
《お知らせします、迷宮蒼天ルート地下45階フロアボス『アナトの盗人』がレオ他五名に討伐されました》
《盗人の花×5を手に入れました》
《盗人のライオンのたてがみ×5を手に入れました》
《『盗人の指輪』を手に入れました》
《アナトの盗人の魔石を手に入れました》
《『盗人の矢筒』を手に入れました》
《アナトの姿羽を手に入れました》
《『賭場の連帯保証契約書』を手に入れました》
《シン・レオ両名の連帯保証人になりますか?》
「だーーーー!!! 終わった!!!」
シンが大の字で寝転がる。
「わはははは!! 疲れたぜ!」
その隣でレオがぴくぴくしながら声だけは明るく。
「もうダメでし」
へなへなと座り込んで地面に最終的にうつ伏せる菊姫。
「減ってる、減ってるし、何かおかしなアナウンス聞こえたけど、少し休ませて」
うつ伏せで地面に倒れているお茶漬。
「『回復薬』過剰摂取の毒効果、どれくらいで消えるのか」
毒と違って今のところ直す方法がない。
「毒耐性も効かないしね。――ファイナルアタックでよかった」
足を投げ出して座るペテロ。
「ああ。あの後も戦闘が続いたら流石に無理だったな」
ファイナルアタックは字面の通り最後の攻撃。あの降り注ぐ矢が止んだ時、少女も消えてクリアとなった。
「不穏なアナウンスは聞き流したのに、『はい』『いいえ』のウインドウが目の前にあって忘れさせてくれん」
私はこういったアナウンスは切っているのだが。
普段は書類を読むという行為をして判断する。が、これは今返事をしろ、ここで返事をしろと迫ってくるかのような何か。
「へ? なんだそりゃ?」
シンが聞いてくる。
「『賭場の連帯保証契約書』、僕のぽっけにも入りましたね。シンとレオの名前がもう入ってるのが」
お茶漬が嫌そうに言う。
「え!? それ破っちまえば借金チャラ!?」
がばっと起きるシン。
「おお??」
寝たまま尻尾を振るレオ。
「いや、違うでしょ。他に名前書く欄があってそこは空欄。不穏不穏」
「あてちの方に来てるでし」
「私の視界にも確認ウインドウが」
お茶漬、菊姫、ペテロ。どうやらシンとレオ以外にはドロップしている模様。そして答えろの圧があるウインドウが開くのも一緒のようだ。
「これはあれでしね。この二人の連帯保証人になると、シンの言ってたアナトのクエストに参加できるんでしね」
「その代わりこの獣人二人の借金取りがこっちにも来そうなんだけど」
菊姫とお茶漬が地面にうつ伏せて、顔を付き合わせてボソボソ会話する。
「当然のようにレオの名前が入っているっていうね」
書面を確認しているペテロ。
アナトのクエストはシンが受けたものだが、しれっとレオが名を連ねている。
「一応、極度額は設定されているが――すごい金額だなこれ」
極度額は連帯保証人がいざという時に払う上限額だ。
払えんことはないが、気軽にやりとりする数字ではない。
「設定されてないと怖いけど、すでに書かれている金額がダメ」
お茶漬。
「二人とも、いったいどんな賭けしてるの?」
笑っていないペテロ。
「連帯保証人には絶対なるなって言われてるでし」
「僕も嫌。ひくわ〜〜〜」
「同じく。だが、アナトのクエストは気になる……」
シンとレオを除く4人で相談した結果、サインすることに。私がさっさと払って、二人は私に返す方向で。
二人ともゲームでは宵越しの銭は持たないタイプであるが、現実世界では堅実。この自堕落はゲームならでは――レオは割と生き方が博打なところがあるが、借金はしない。
ゲーム中でも欲しいものがあれば真面目に金を貯めるし、依存症的なアレではなく、ゲームを楽しむ一環なのだと思う。多分?
まあ性格上、私に金を返し終えるまでは賭け事には近づかないだろう。返し終えて、はっちゃけて倍の借財を背負う二人が見えたりもするが。
「で? アナトの羽はどこに持っていくのだ?」
クエストを始めたシンに聞く。
「エルフんとこ!」
元気よくシンが答える。
「どこのエルフさんよ?」
「世界樹にいるって言ってたかな?」
聞き返したお茶漬に答えるシン。
「大陸移動するレベルのクエストなんだ……」
呆れているペテロ。
「んで、その後また迷宮? だったかな?」
「どんだけでしか!!!!」
首を傾げながら言うシンに突っ込む菊姫。
「そのクエスト、どこまで迷宮潜るんだ?」
レオが聞く。
「大丈夫、大丈夫。確か、ここで本物のアナトに会えるまでとか言ってたから、階層はここだ!」
「それ絶対レアボス出るまで周回する、アンド戦闘の流れ」
お茶漬が少し投げやりに言う。
「あのファイナルアタック強化版とか来たら耐え切れる自信がない」
「さっきのもギリギリすぎるクリアだったしね」
ペテロと二人、遠い目。
「ま、エルフ大陸行って戻ってきたら強くなってるだろ!」
わははと明るく笑うレオ。
ちなみにここまで全員立ち上がらずに会話をしている。
「とりあえず地上に戻ろうか。動きたくないけどベッドで転がりたい」
「そうだね」
「おー」
「動きたくないけどここで転がってるのも不毛」
「本当に疲れたでし」
「とにかくクリアしたぜ!!!」
私の提案によっこらしょとばかりに立ち上がる面々。レオは口だけは元気だが起き上がれず、シンに背中の真ん中の服をつまみ上げられて転移部屋に移動。
クランハウスの自室で転がって、ゴロゴロした後ログアウト。ボスの攻撃に耐え切った達成感はあるが、ずっとギリギリだったので疲労が一番に出ている。回復したら嬉しくなる感じかな。
後でゆっくりドロップの説明を読もう。次は戦勝会が近いので、そっちの準備だ。
□ □ □ □ □
・増・
称号
【矢雨の雨宿り】
□ □ □ □ □




