367.『筋斗雲』
「私もボスとの戦いに夢中になってしまった、すまん」
シンに謝る私。
「おっけーおっけー! 久しぶりに格闘同士でいい感じにタイマンできた! 人型自体少ねぇしな」
「それはよかった」
思いのほか上機嫌のシンに安心する。
「闘技場行けばいいじゃない、闘技場」
「あそこは、ねーちゃんの誘惑が強くてな」
お茶漬の言葉に顔をそらすシン。
「カジノか……」
シンとレオはよくカジノに通っている。
レオは大勝ちと大負けを繰り返し、シンは勝ち負けは割と普通なのだが、勝つとカジノの店員さんだか仕込みの美女に誘惑され、またつい賭けてしまい、最終的には身ぐるみ剥がされるパターン。
つまりシンはカモられている。
「一応、行っちゃいけないって自覚はあったんだ……」
お茶漬が意外そうに呟く。
私もシンは宵越しの銭は持たないタイプかと思っていた。
「今はちっと欲しいものがあるから金貯めてんのよ」
「普段から貯めて」
けらけらというシンにドスの効いた声で返すお茶漬。
「まったりしてるとこ悪いが、外で出待ちがいるかも。俺と炎王は慣れっこだけど、そっちはどう?」
ロイが妙なことを言ってくる。
「あー。有名人二人の名前がアナウンスで流れたもんね。しかも一緒に」
お茶漬が納得顔。
「出待ち……? ロイと炎王と握手?」
もしくは黒百合系のライバル発言系?
「さっすが有名クランのマスター二人!」
シンが囃す。
「近くにいたクランメンバーが手が空いてたら見にきたり、ネタバレ気にしないやつらは攻略のヒントとか聞いてくるんだよ」
「この男は無駄に愛想がいい」
「炎王だってSS撮られまくってるじゃん。というか、今回はもっと騒がれそうだけど」
と、私を見てくるロイ。
「名前が流れてないからな」
「だな」
炎王とロイが頷き合う。
む? 白装備が目立つということだな。
「あ……!」
「ん?」
着替えたら炎王にショック! みたいな顔で見られた。
「装備見たかったか? 残念ながら貸し出し不可アイテムなのだが」
もう一度白装備に戻る私。
「貸し出せてたら貸し出すの? それ」
お茶漬が半眼で言う。
戦闘に使われるのは微妙だが、試しに着てみるくらいなら? 炎王とロイ……ものずごくローブ系似合わないな! ロイは額のバンダナ装備を変えれば? いや、想像だけで判断するのはあれだが。
「こんな近くで会える機会なんて滅多にないからなあ」
炎王でなくロイが寄ってくる。
いや、会っていると思うが。
「――ここの場所は特定されていない。いるとしても少人数だろう」
炎王が話を戻す。
「視線は出口で、ホムラに近づいてくっていう」
「普通に寄ってたほうがよくねぇ?」
お茶漬とシンがピンと伸ばした手で口元を隠しながら、わざとらしく内緒話。
見たいなら普通に見にきてくれて構わんのだが。そのために着替えたのだし。
「はははは!」
「――ふん!」
ロイが明るく笑うと、開き直った炎王がずんずん近づいてくる。
「どうぞ」
装備を見やすいように腕を広げる。
「黒い鎧も凄いよな」
「あれはバハムートという黒竜が鎧化している。私が装備するというより、バハムートの気分でだな」
ロイに答える。
願えば聞いてくれそうではあるが、傷が開かないようになるまでは私から望む気はない。本竜も、鎧になっているより自由に飛び回る方が好きだろうし。
白もバハムートも『闇の指輪』から流れ込む力で、だいぶ回復はしていると思うんだが、もともとが強大な存在だった上、力を奪われ続けていた時間は気が遠くなるほど長い。全て元通り、となるまではまだかかるだろう。
しばし装備のSSを撮られる時間。お茶漬とシンも参加して、武器防具談義をしながら私もみんなの装備を撮らせてもらう。
「これでご飯でも食べて出たら、出待ちの人いないでしょ。いたらいたで、多少クラン同士戦闘でも交流があるところ見せといてもいいし」
お茶漬的に色々ある様子。
私は大抵ソロでどこかに篭るし、シンもレオもふらふらしている。ペテロもソロ派だし、菊姫もクラン外の交流は生産系というかファッション系に限られる。それに比べて店舗持ちで、昼間は他の友人たちと戦闘もしているお茶漬は、交流範囲が広いので色々あるのだろう。
そういうわけでカレーです、炎王がいるからな。お茶漬がいるので少しスパイシーで、シンがいるのでチキンレッグ入りのカレーにした。
今度こそいつもの服に戻って、カレーを堪能。ラッシーはプレーン、苺、マンゴー……と言いたいところだが、お茶漬のリクエストで炭酸強めのコーラ。
「うをー! 『雑貨屋』のカレーだ!」
子供のようにスプーンを握りしめて喜ぶロイ。
「ふん」
黙々と食べ始める炎王。
「いいですね〜、このスパイシーさ」
「おじさんもギリギリ大丈夫!」
そう、お茶漬はスパイシーというか香草系というか変わった味も好むが、おじさんが香草系がダメで保守派。なかなか味の調整が難しいのである。
――現実世界とちがって数種類バリエーションを作っておくことが手軽にできるので問題ないのだが。でもやっぱり妥協できる範囲ならば同じものを食べてわいわいやりたい。
ちなみに私は茗荷とか大葉とかの和食の香草の類は好きだが、パクチーや変わったハーブ系はほんの少しでいい。無いのは足りなく感じるが、絶対増さん。
「『斉天大聖孫悟空の宝珠』は火属性強化か……」
「守護獣の宝珠は今んとこ属性強化だな。武器防具に使えば破格に上がるし、効果は落ちるが自分やペットなんかにも使える」
炎王とロイの会話。
「おおお! 燃え上がる男の拳!」
「打ち消し合う属性もあるから使い方注意ね。もう使っちゃったっぽいけど」
シンとお茶漬の会話。
私、これ以上火属性が強化されたらどうなってしまうのか。鸞とイシュヴァーンの宝珠ももったいなくってまだ使ってないんだが。
『イシュヴァーンの宝珠』は闇属性強化だし、リデルに使うか。いつまでも持っているだけではもったいないしな。
称号【覚醒者】はシン向け。格闘や体術に補正、勘がよくなる。私も何か体術系取ろうかな……。カルと手合わせしてもらった時に取得可能リストに色々上がってきてるし。
そして白、光の加減で金に見える『筋斗雲』。うむ、なかなかいい。
「ダメな感じです……」
「予想通りですね」
お茶漬の冷たい視線を浴びつつ、『筋斗雲』に抱きつくように乗っている私。ふわふわというか、濡れるどころか湿ることもないのだが、蒸気の粒が体に触れてはすぐに新しいものができているというか。しゅわしゅわではないのだが、なんと表現したらいいのか。
ちゃんと体を支えてくれているのに、『筋斗雲』の中に手を突っ込もうと思えば抵抗なく入る。外見はもふもふなのに!
「でもこれはしょうがない。下手なマッサージ椅子より寝転がってるだけで気持ちいい」
そう言うお茶漬は、私よりダメな感じ。
日々のお疲れが顔と体に出ている。
「うを〜! 無重力! 支えられてる感じがないのに、自分の体重感じねぇ!!」
ぼよんぼよんと『筋斗雲』の上で大の字で跳ねるシン。
どうやら勢いよく突っ込むと反発力が強くなる様子。なかなか変わっている。
「ははは、これ面白いな。ちゃんと飛ぶし」
『筋斗雲』の上で胡座をかいて、低い位置をゆっくり飛んでいるロイ。
「うむ。飛べる距離や騎乗時間が気になるところだが。騎獣扱いのようだが、餌で育てられるのか?」
眉間に皺を寄せつつも、そっと『筋斗雲』をもふっている炎王。
「そういえば何を食べるのか」
いや、食べるものは必要なステータスを伸ばすためにこちらで選ぶはずだが、『筋斗雲』の好物はなんだろう?
『筋斗雲』のステータスを開いて、説明を見る。
「ちょっと。餌がそもそも水なんだけど」
お茶漬が嫌そうな顔をする。
「聖水の類から毒水まで――。これは必要なランクのものを揃えるのは至難ではないか?」
炎王の眉間の皺が深くなる。
「『筋斗雲』自体のランクが見たことがない。そりゃ餌も高ランクになるよなあ」
ロイが言う。
「とりあえず『庭の水』でよければ渡しておこう」
神水や聖水の類は満遍なく『筋斗雲』の能力が上がるようだ。
乗り心地であったり、騎乗人数であったり、距離であったりは、相対する各属性の影響を受けている水を汲みに行くなり、落とす敵を倒して手に入れねばならんようだ。
「私の『筋斗雲』、好物が酒だ。この場合は飲酒運転にならんのだろうか?」
「俺の『筋斗雲』はソフトクリームだな。どうやって食うんだろ」
「僕のはわたあめですね。見た目から共食いなんだけど」
ロイとお茶漬、どうやら全員好物は別な模様。
「おじさんの『筋斗雲』はバナナ!」
「バナナ……」
思わずシンの頭の上にいる猿を見る。
『筋斗雲』と猿でバナナを取り合うのか。
「カレー……」
炎王がボソリと言う。
炎王と『筋斗雲』とでカレーを取り合うのか。いや、仲良く食べる?
「『筋斗雲』がますます金色になりそうね」
お茶漬が言う。
想像するからやめてください。
「さて、じゃあ出るか」
戦利品の称号やら何やらの確認を終え、ロイの一言で外へ。
「流石に誰もおらんな」
中で遊びすぎた。
通常、次のボスとの対戦希望者のためにさっさと出るのがマナーなのだが、迷宮もここも他の人が来ない前提でだらだら過ごし気味。
「こっちは流石にメールが凄い。レンガード様と攻略したの自慢していい? というか、どう攻略したか聞かれても説明できないから頼む」
「うん、白様のせいってことで」
ロイに答えるお茶漬。
ひどい。……が、連れてきてボス戦に突っ込んだのは私なので反論が難しい。
 




