365.斉天大聖孫悟空
暗い洞窟の奥、広い場所が見えた途端、その場所が大きな音を立てて崩れ陥没し、巨大な丸い岩が迫り上がってきた。上に動くたび、丸い石には亀裂が走り、オレンジ色の光――溶岩が見える。
音に驚いたのか、光に驚いたのか、黒い影が洞窟の隅へと走ってゆく。
「なんかいたな?」
ロイが周囲を見回しながら言う。
「獣?」
炎王が消えていった影を追うように目をすがめる。
「黒くて明るくすると逃げてくものって言やぁ……」
「絶対違うから!」
真面目な顔をして嫌なことを言い出すシンに、お茶漬が突っ込む。
四つ足、いやあれは手か。
「猿かな? 鸞もミスティフも、戦闘には参加してこない関係者というか、こう、なんか出たろう」
「確かになんか出たね。それはともかく、無茶でしょ!」
私も突っ込まれた。
巨大な丸い石が私たちの目線まで上がると、耐えられなくなったのか爆発するように内側から砕け、溶岩が派手に流れ出し、そして1体の獣人が飛び出す。
悟空ならば金のはずが赤黒い体毛、白く光る目にその下の隈。如意金箍棒――如意棒は手にあるが、頭に悟空を縛る緊箍児はない。
「誰だ! 人の家にずかずか入りやがって! クソ鳥といい、アホトカゲといい! 今度は誰だ! 俺は泣く子も黙る斉天大聖孫悟空! まとわりついてくる猿どもと一緒に、岩の隙間で震えてろ!」
現れた悟空の咆哮にびりびりと空気が揺れる。
「さすが美喉王」
美喉王は孫悟空と名乗る前の名前、名前の通り声がよく通る。
「うをっ! 燃える、燃える!」
「フィールドダメージあるのかよ!」
シンとロイが慌てる。
滝の裏から入った洞窟は、どちらかというと水の気配が濃かった。だが今は火のステージに変わっている。
「二人とも、パンツ穿いてないの?」
お茶漬が怪訝そうにシンとロイに尋ねる。
「パンツ……?」
ピンとこないらしいシン。
「ぐっ、アレか! というか穿いてんの!?」
パンツが何を指すのかピンときたのか、こっちを見てくるロイ。
「私は称号その他で火でのダメージはない」
私もピンときた。レオから回ってきた捨てられないブーメランパンツのことだろう。無実である。
お茶漬が愛用しているのは知っているが――
「……フンっ」
炎王が顔を逸らした。
そういえば【烈火】もパンツ愛用者だった。評価10になると、神器とまではいかんが無駄に性能がいいからな。特に環境や気候からの継続ダメージの軽減には効果的だ。
ついでに私の【火の制圧者】【残虐の火竜の討伐者】の称号効果もパーティーに及んでいるはずなので、パンツを履けばお茶漬や炎王のように継続ダメージは消えるはず。
「捨てられないんだから今も持ってるでしょ? 回復面倒になるからさっさと穿いて」
「穿くの!? まじで!?」
「おじさんトランクス派なのに!」
迷惑そうなお茶漬に、イヤイヤながらも穿いたらしい二人。
継続ダメージが止まったので、穿いたのがわかるという。他人のパンツ事情に詳しくなりたくないんだが。
「【黒耀】『闇の翼』。と、ついでに『活性薬』」
夜の帳のような翼がパーティーを包む。
「ありがとさん!」
「防御系の精霊か!」
そう言いながら、悟空の攻撃を受けるロイと炎王。
「っげっ!」
「……っつ!!!」
「ちょっ! えげつないほど削れてる!」
慌てて『回復』をかけるお茶漬。
「あれ様子見だろ? 本気でこられたら耐えられるか?」
「耐え切るしかないだろう」
ロイと炎王、並んだ2人が言葉をかわす。
「これ、当たったら僕死ぬから! 2人とも生命1でも僕の前に立ってて!」
完全に壁扱いする気なことを言って、防御付与を配るお茶漬。
「【時魔法】『ハイヘイスト』」
全体かけでレベル35の速さを上げる魔法。
レベル20の『ヘイスト』より速いが効果時間は少し短い。だが相手が相手、速い方がいいだろう。
「【時魔法】!?」
「これも持ってたのか!」
「一発くらいは当ててぇな! いくぜっ!」
驚く2人をよそに、シンが走り出す。
戦闘ステージは溶岩の穴を囲む外周と、穴から突き出る針のような岩の上、それをいくつかつなぐ細い通路。
「『回復』届かない、届かない!」
慌てて後を追うお茶漬と、お茶漬を守りつつ動くロイと炎王。
私はどうしようかな?
岩の上を移動する悟空は速い。効果範囲の広い魔法や、発動の速い魔法を使えば当たるだろうが、剣を選ぼう。近くにいれば、シンのフォローもしやすい。
『天地魂魄の刀剣』はまだ強化が足りていない。ならば使うのは。
「『月華の刀剣』」
刃も拵えも白い月のような優美な刀。ルバから贈られた2本目の剣。
「さあ、ゆくか」
つぶやいて走る。
装備はどうするか。火竜とフェニックスよりおそらく強敵、さすがに通常装備ではこのメンツを守りきれない。『蘇生薬』もあるが、誘った手前そう何度も死なす訳にはいかない。
お茶漬たちを追い越し、シンに追いつき、走りながら装備を替える。白く翻るローブとマント。
あからさまに魔法使いの格好なのだが、これが一番強い装備なのだから仕方がない。物理防御にいささか不安があるので、どう見ても格闘タイプの悟空とは相性が悪そうだが。
「レンガード……っ!」
「ヒュー、カッコイイ!」
炎王とロイ。
着替えただけですよ。
「有象無象が! 身外身!」
悟空がびんのあたりの毛を抜いて、ふっと息を吹きかける。
飛んだ毛が悟空と同じ姿をとる。数は私たちと同じ5体、2体は私の前に、3体は後ろに。
悟空に向かって走る足を止めず、身外身に刀を振るう。【一閃】、人型の魔物は弱点がわかりやすくていい。
「あれ、思ったより弱……っくない!」
「おのれ……っ!」
身外身の攻撃を一度は剣で受け、その後すぐに蹴りをくらうロイと炎王。
「頑張って、僕の壁! 生きてる時間が長ければ、レンガードの活躍が見られるから!」
ひどい声援を送りながら回復するお茶漬。
「くっそ……っ!」
何か盾のようなアイテムを使う炎王。
「帝国戦の褒賞……!? 二度ともらえねぇのにいいのか?」
「え、何? 帝国の紋章使ったの?」
驚くロイと戸惑うお茶漬。
「これで生命と耐久、防御が一時的に倍になる。ここで使わんで、とっておいてもしょうがないだろうが!」
炎王が叫びながら、身外身に斬りつける。
「……そうだな、もっと進んでエルフ大陸のボスに使おうと思ってたが、ここが一番進んだ先だ!」
そう言ってロイもおそらく同じアイテムを使う。
「えっ、これ僕も使う流れ!? もったいないぃい」
半泣きになりながら使うお茶漬。
私が帝国から鵺討伐の礼をもらったように、流石に宝物庫で選んだものではないだろうが、それぞれ帝国から何かもらっているようだ。
「あばばばば、僕、この戦いが終わったら悟空のドロップ売って、がっぽがっぽ儲けるんだ……っ!」
お茶漬がアイテムを使っている間に、削れた2人の生命を慌てて回復するお茶漬。2倍になってもあんなに減るのか、攻撃に当たらんよう気をつけよう。
「うえええ!! 使う暇ないぜ!! ひいっ速ッ!」
シンが身外身相手にギリギリ攻撃は避けているが、拳は空振りしている。
悟空もそのコピーである身外身も体術を極めているのか、身が軽く岩の上を飛びすぐに距離をとられる。
「【重魔法】『鉄塊の拘束』」
突っ込んできた悟空の如意棒を避け、地を蹴って後ろ向きに飛びながら魔法を発動。
その場から動こうと暴れるたび身についた鉄塊が増えてゆく魔法なのだが、行動阻害だけでなくダメージも入った? 悟空は五山で大岩の重石で封じられていた。【重魔法】は弱点なのかもしれない。
如意棒と刀を合わせ、放ってきた蹴りを躱すため離れ、また打ち合う。打ち合うたび、如意棒から小さな金属片が飛び、こっちにダメージが入る。
私の攻撃も何度か届いているが、悟空は弱点はきっちり守っている。それに、この溶岩の火と熱によるダメージは悟空を回復させるようだ。
「なんで回復してんのおおおおおおっ? ぐへえっ!」
シンが身外身と戦いながら聞いてくる。
問いかけと叫びが混じってるぞ。掛け声は悲鳴に近いが、ちゃんと避けて、ちゃんと攻撃を当てている。
「火のダメージフィールドだからだな」
答えるついでにシンを回復。
「理不尽! ダメージフィールドとはいったい」
お茶漬が叫ぶ。
「ここは悟空のホームなのだから仕方あるまい」
戦いながら答える。
特定の地形や特定の属性のダメージで逆に回復するボスは珍しくない。
「違う! ホムラの方!!!!」
シンが蹴りを入れながら叫ぶ。
「ああ……。火のダメージは回復するのだ」
【火の制圧者】【残虐の火竜の討伐者】。パーティーへ及ぼす効果より、当然の如く自身への恩恵が大きい。
そして今は弱体化する『闇の指輪』を付けておらず、神器装備で、『天地のマント』による能力の補正は上昇に転じている。
「ラスボス様はこれだから!!!!!」
お茶漬が叫びが響く。
 




