363.お茶漬の店舗
お茶漬:こんばんは
ホムラ:こんばんは。お茶漬、手すきか?
ログインしたら、先に入っていたお茶漬から挨拶が飛んできたので、他のメンツが集まるまでの予定を聞く。
お茶漬:特に予定はないかな。販売物の整理くらい?
お茶漬の店は新しくできた冒険者区にある。元スラムだった場所に隣接して広げられた居住区と商業区を兼ねた異邦人向けの区画だ。住人にはそのまま異邦人区とか呼ばれている。
商業ギルドの支店だけでなく、神殿の分殿もでき転移門が使えるようになった。便利になりすぎて、なんというか、住民と最低限しかかかわらない「ゲームをしている」層向けみたいな印象がある。
お茶漬の扱っている商品は、ネタモノも多いしプレイヤー向けなのでちょうどいいのだろう。
ホムラ:お茶漬が好きそうなネタアイテム拾ったのだが、見るか?
お茶漬:見る、見る
と、いうことになったので、お茶漬の店舗にお邪魔する。『雑貨屋』からだと、商業ギルドの支社側から馬車が出ている。だが、あまり足を踏み入れない区画なので見学がてら徒歩で。
途中、【クロノス】のギルドハウスを通る。前よりもさらに重厚になった建物に、青に白抜きの紋章のある腕章をつけたクランメンバーが出入りしている。マントであったりローブであったりと様々だったんだが、腕章に統一したのか? いや、マントの奴も健在だな。
むしろロイたちはつけていないし、クランの階級によってつけるものを分けているのかもしれない。なにせ人数もまた増えたっぽいしな。ん? 建物も横幅増えたのか? 重厚さが増したと思ったのは、そのせいかもしれない。
土地の制限があったはずだが、なにか解除するクエストでも起きたのだろうか。ロイたちは街にも貢献しているようだし、そんなクエストが起きても驚きはしない。私も『雑貨屋』と酒屋を持っているようなものだしな。
それにしても、ロイたちが他にくつろげる場所を求める気持ちがわかる気がする。こんなに人の出入りがあって、おそらくその大部分に憧れを持って眺められる――いつも見られているというのは、大変そうだ。
『雑貨屋』と『アトリエ』の前の建物は、開店はまだだがもう建築は済んでいる。ロイたちとご近所さんになる日も近い。
さらに足を進める。この辺になると、『雑貨屋』周辺とは雰囲気がだいぶ違う。一応、元々の街壁の中は建物の外観はある程度制限があるのだが、広げられた新区画は制限なしだ。
金を払えば広い土地を持つことも可能だし、一つの敷地に建物を二つ建てることも可能。異邦人同士で取り合いになっているとはいえ、だいぶ自由だ。
最初の頃の広場で許可なくバザーを開いていた時のような雑多な雰囲気。店舗はちゃんとあるが、異邦人しかいないし、店舗の外観もそれぞれの趣味で作られ、統一性がないというか、キテレツなのが混ざっている。
なんでアスレチックがここに? きのこハウスが生えていたり、かと思えば趣味のいい洋館もある。
そしてお茶漬の店舗がある一角は、同じ趣味の者たちが掲示板に集まり、企画した場所。統一された建物群なのだが、統一方向が廃墟というか、九龍城のスラム街。ファストのスラム街は一掃されたのに、ここにスラム街が爆誕している。
まあ、ここは見かけが怪しいだけで、犯罪者が入ったら一発で憲兵に突き出されて賞金に変えられるのだが。
壁が迫ってくるような路地に、看板が多数、無意味な配管のパイプが多数通り、よくわからない配線――この世界に電気はないので、よくできた偽物――が垂れる。どれも古びて朽ちかけたような処理がされている。
「あ、ごめんなさいね」
「いや、かかっておらんし平気だ」
そして何故か定期的に撒かれる水で、あちこちに水溜りがある。
そういうプレイなんだろうが、妙なガラクタが溢れた薄暗いところで生産しとる人とか、よくできている豚の人形をぶら下げてある部屋で営業してる店とか。狭い路地で扉がないので、通る時に中が見える。
そんな怪しげな一角の、怪しげな扉を開け、怪しげな通路を進む。そしてさらに突き当たった扉を開けると、趣味のいい明るい店内。
「こんばんは」
「こんばんは〜」
ここがお茶漬の店である。ちなみにこっちは裏口で、珍品だけ扱うカウンターが置いてある。鰻の寝床のような細長い店舗で、反対側は普通の通りに面して、普通の外観をして、普通の商品を扱っているのだが、そっちは雇った売り子に完全に任せている。
「中は普通になったんだな」
前回来た時は、妖しい呪術師の部屋みたいだったのだが。
「ギャップもいいかと思って。というか、怪しいディスプレイしてたら、レオははしゃぐし、シンは怖がるしでダメでした」
カウンターに頬杖をついたお茶漬が言う。
「ああ、うん。仮面とか、よくわからん木彫りの人形とか喜びそうだな、レオ。シンは幽霊系の怖いのダメだし」
「プーアル茶淹れたげる。ここの住人が屋上で育てて、屋上で作った逸品」
ちょっと出自が怪しい感じだが、単にプレイヤー産というだけで問題ないはず。
「どうぞ」
「ありがとう。生茶のほうか?」
「そそ。甘い香りでしょ」
熟茶と生茶があり、熟茶は褐色で生茶は黄色っぽいのですぐわかる。熟茶の味は保存の長さでそう変わらないのだが、生茶は保存の年数を増すごとに花のような甘い香り、果物のような甘い香り、蜜のような甘い香りと、だんだん濃厚な甘い香りに変化する――と、聞く。
お茶漬の言うように、受け取った茶からも甘い香りが漂っている。
「現実世界じゃ、すぐ湿気ってカビ臭くなるんだけど、こっちはそんなことなくていいね」
目を閉じて香りを堪能するお茶漬。
「食うか?」
ブッセに生クリームを生地の厚さの3倍挟んだような菓子を出す。生茶は甘い香りだが、渋みのあるお茶なのでクリームによく合う。
「もちろん。いいねぇ落ち着いた静かな時間!」
「クランハウスは食事もおやつも騒がしいからな」
誰のせいとは言わんが。
最終的にだいたい全員叫んでるのだから、全員の相性の結果なのだろうな。あの騒がしさは嫌いではないが、たまに落ち着く時間も恋しい。
しばしお茶漬と、プーアル茶を堪能。ブッセもふわっとして甘さも程よく、生クリームを茶で流すと甘い香りと相まっていい感じだ。
「で? 珍しいアイテムってなに?」
「ああ、これだ」
『男の娘の心』を取り出す。形状は、白い羽根に埋もれたとろんとしたピンクの宝珠。
「う、っわ。何コレ、名前からして性癖全開アイテムじゃん」
驚いてるのか引いているのか、笑いたいのかよくわからん表情でお茶漬が言う。
私の性癖では決してないぞ? お茶漬の性癖とも違う――ただ、お茶漬の場合はネタで使いそうではある。
「外見はともかく、女性限定装備も装備可能になるし、同じく女性限定クエストも可能になるって、わざわざ闘技場で性転換薬もらってくる必要なくなるね、コレ。女装時魅力アップ笑う」
アイテムの説明を読んで確認しているお茶漬。
性別や種族を限定した装備やクエストもこの世界にはある。
対のように陰と陽があって、陰は女性で陽は男性しか装備できないとか。『異世界』は、西洋風とみせかけて、陰陽思想も混じっている。
まあ、性別も種族も変えられるので好きな方になればいいだけだ。途中でかえるのは、金がかかるが。
「ドロップしたものの、扱いに困ったので、任せる」
押し付けるとも言う。
「任された。これは絶対高く売れる。確信」
わざとらしくも力強く頷くお茶漬。
「あとはこれだ。『白鶴大夫の横笛』、うちに楽器使うやついないよな?」
「いませんね。でもこれ、ランク馬鹿高いからもう少しプレイヤーが育つのまってから売り出したほうが、値段釣り上げ楽かも」
「なるほど? ではしばらく寝かせておこう」
金に困っているわけではないので、急がない。値段を釣り上げるのはともかく、待っていた方が投資目的ではなく、使う人が買ってくれそうだ。
「さっき掲示板チェックしてたらカオスだったけど、『男の娘の心』って迷宮のどこで出たの?」
「50層のレアボスだな。『白鶴大夫』」
通常ボスにも会いに行かねば。
「遥か遠いけど、死ぬ気で通う人いそう。というかカルマが通いそう」
カルマはお茶漬が昼間遊んでいるプレイヤーだ。私はあまり絡むことはないが、ずいぶん古い付き合いなので何度かは会っている。
「いっそカルマに売れば良いのでは?」
「高値つけてくれたらに」
にこりとニヤリの中間みたいないい笑顔でお茶漬が答える。
カルマからの搾取の未来が見えた。手数料をのぞいて私のポッケに入るのだが。




