360.アハ・イシュケ
【結界】【結界魔法】と、【神聖魔法】で覚える『結界』――結界系のスキルはいくつかある。【結界魔法】は魔法使い系で知力の高さが影響、【神聖魔法】で覚える『結界』は、聖法使い系で精神の高さが影響、私が持つ【結界】はスキルで知力と精神が影響する。
通常は職でステータスに偏りが出るし、意識して偏らせる。異なる職で使い勝手がいいようにか、【結界】に限らず似たスキルが用意されていることが多い。
ちなみに【結界】は【符】と同じく扶桑固有、使用時に減るのは魔力とわずかにEP。【風水】を持っていると強化される。
『反射結界』はその名の通り、スキルや魔法の反射をする。通常は返すダメージはかなり弱まるため、三人にかけても三倍返しとはいかない。だが、【風水】を持っていること、私の魔力や精神が高いことで『クリムゾンノート』の威力は通常より高い。
そもそも『クリムゾンノート』の威力もアホみたいに強化されとるからな。ただ、この反射で倒すと敵にダメージを与えた時のMP吸収が働かんので微妙だ。他の称号やスキル、装備で回復はするのだが――って、普通にMP回復薬を使えばいいのだな。
で、ボス前です。
分岐はもう一つあったが、カルの知っているほうで。ただ、倒したことはないと言うので、一体何故知っているのか謎が残る。
迷宮に関する詳細な本があるのか、案内されているのはどうやら水が絡むルートなので、ファルにでも教えられたか。このまま進むと六十層は水の巨人な気がする。
カルにかすかに懐かしんでいる気配がするので、聞き出すのも無粋かと聞かずにいる。聞いたらここまでの行程も、途端にゲームのクエストに変わってしまう気がする。
パルティンやルバと同じく、カルの特殊クエストに片足突っ込んだ気配がこう、な? まあ、カルから誘ってきたのだし、そのうち教えてくれるだろう。
ボス部屋の入り口のそばがテーブルや椅子を出すことに向かん地形なので、それぞれ適当に座って食うことに。
「どうぞ」
今回のEP回復料理は、肉まんの皮のような割包に色々挟んだバーガーのようなもの。
定番で野菜と豚の角煮を挟んだもの。レオが釣ってきた伊勢海老のような『大錦海老』の身をぶつ切りにして作ったエビチリと野菜を挟んだもの。これもどうやって釣ったのか、『布袋帆立』の照り焼きに白髪ネギを挟んだもの。ちなみに豚は扶桑の『黒鞠猪豚』。
これにパクチーを入れるとお茶漬が喜ぶのだが、本日はなし。代わりと言ってはなんだが、野菜なしで濃いめに味付けした豚の角煮を挟んだものに木の芽を少し。
「もっと辛い方がいいか?」
エビチリをがぶりといったガラハドに聞く。
「いや、ちょうどいい。これ、エビだよな? すげぇぷりっぷり」
ガラハドには少し辛味が足りなかったかと思ったが、どうやら大丈夫のようだ。
「このホタテの煮物も薄甘い皮によく合います。貝柱まるまるのものと、ほぐしたものが混ぜてあるのも食べでがあって素晴らしい」
「食べたところに具がないと寂しいからな」
カルに答えながら、私も一つ。
豚の角煮はとろとろ。濃いめに味付けした方は、ほろほろ。ほろほろの方を口に運ぶ。
うん。やわらかな皮に甘辛い味の豚肉、二口目には木の芽の香りが鼻腔に抜けて、なかなかいい。
「とっと、あぶねぇこぼす」
ガラハドが食べていた方と反対側の方に口をつける。
具がないと寂しいが、具を入れすぎても挟んだだけなので反対側からこぼれる。特にエビチリととろとろの角煮は汁もたれるので気をつけねば。
ガラハドの食べ方は豪快だが、レオのようにこぼすことは少ない。本当になんでも美味そうに食ってくれるので、つくりがいがあるし、一緒に食べていると釣られて食欲が増す。
カルはどこで何を食べても、どこか優雅。こぼさないどころか、手掴みで食うものだというのに、指の汚れも最小限。スキルか何かを疑うところ。
「主、茶はどういたしますか?」
「私が緑茶を淹れよう」
ジャスミン茶や烏龍茶もあるが、具は日本よりの味付けなので濃いめの緑茶。ついでに別腹だろうと、ガラハドに煮卵を一つ、カルにカシス入りのミルクチョコレートを五粒ほど。
私? 私はカツオ梅を食べました。緑茶と合います。
EPの回復後は、当然ながら扉を潜ってボス戦。フィールドは背後に覆い被さるような黒い岩の崖、正面に曇天の空と鈍色の海。波に攫われ、からころと音を立てる丸い石の海岸。
海がぼこぼこと泡立ち、水柱を上げて姿を現した馬が、灰色の空に嘶く。
ボスは海馬か。
「【黒耀】『闇の翼』、【時魔法】『ヘイスト』」
初見の五十五層のボスなので、とりあえず防御を固め、スピードを上げる。
海馬がこちらを見据え、もう一度嘶くと、小石の海岸に何かが上がってくる。黒と白、腹をするように上がって来たそれが立ち上がる。
ペンギンにしては首が細く幾分長い。なるほど、ブブリィが出るなら、この海馬はアハ・イシュケか。
アハ・イシュケは馬の姿の時は背に人を乗せて海に引き込み、また髪の毛に貝殻を絡ませた美男に化けて女性を連れ去る水妖だ。肝臓が嫌いだそうで、連れ去り翌日に、海岸に肝臓だけ流れ着くそうな。
オオウミガラスに似たブブリィという鳥の姿をとることもある。オオウミガラスは人間が直接的に絶滅させてしまったので、別なゲームで初めて遭遇した時は倒すことに少々抵抗を覚えたものだ。
だが、私はゲームならばもふもふした狼さえ倒す男。
「【光魔法】『スティングハイ』」
空から無数の光の槍が降り注ぐ。
【範囲魔法】で魔法の効果範囲を広げ、クルルカンの杖を始め、周囲に浮く杖で同じ魔法を放つ。
「む……。流石に一撃とはいかんか」
本体はともかく、ブブリィも一瞬足を止めただけでこちらに向かってくる。
「お任せを」
カルとガラハドが剣を抜いて踏み出す。
鋭ささえ感じさせないまま、撫でるように剣を振るうカル。剣の通った時から一拍遅れてブブリィが爆発し、周囲に粘度の高い何かが散る。
「失礼」
妙なものを散らしたことへの詫びを口にしつつ、軽やかに躱わして下がるカル。
「爆発する飛べねぇ鳥か!」
ついでガラハドがブブリィに攻撃。
カルより出遅れた、その一瞬の間に状況を把握し、大剣の腹で斬るというより吹っ飛ばして処理。ブブリィが打ち上げられ、海の上で爆発する。
丸い石だらけで足元が不安定な中、危なげない二人。
「先ほどの何か、消えないところを見ると触ってはいかん物っぽいな?」
波打ち際と海面に、楕円にぺっとりと広がり消えずにある。
触ると爆発するとか、状態異常にかかるとかだろうか?
「そのようですね。後学のために、確かめておきたいところですが――」
「踏まねぇぞ!?」
「まだ何も言っておらん」
確実に復活できる異邦人ならばともかく、住人が体を張って確かめるのはやめてください。一応『蘇生薬』はあるが、いざ使う羽目になったら心臓に悪そうだ。
アハ・イシュケが苛立ったように海面を蹄で掻くと、鈍色の海が泡立ち、海水が押し寄せてくる。
が、綺麗に私たちの前で割れて左右に流れていく。よくよく見れば、薄い氷の膜のようなものが、押し寄せる海水を留め、流れを変えている。
「【アクアマリンの盾】という、ドゥルとファルのスキルです」
このスキルを使っているのだろうカルを見ると、春の微笑みが返って来た。
どうやら薄い氷ではなく、薄いアクアマリンだったようだ。まあ、スキルのエフェクトなので拾ったりはできないのだが、綺麗なものだ。
と、思いながら目を戻したら、そのアクアマリンが割れた。
「うをっ! って、来るかと思ったら来ねぇというか、引っ張られてる?」
ガラハドが目をすがめて海上にいるアハ・イシュケを観察する。
割れた場所から海水が流れ込んでくるのかと身構えたのだが、逆に引いてゆく。割れた原因は海水と一緒にアクアマリンに当たった粘着物のようで、その粘着物にアクアマリンの割れたエフェクトがくっついたまま、アハ・イシュケの背に海水ごと吸い込まれるように引いてゆく。
「あの粘着物が触れると、海馬の背に集められるようだな。おそらく、スキル無効と、人が触れれば海馬に乗せられ伝説通りに海に引き込まれる」
「背に味方が乗っている間は攻撃もできんだろうし、少々嫌な敵だな」
「だがチャンスだ。触んなければ問題ないだろ!」
ニヤリと笑って、怯むことなくアハ・イシュケに向かうガラハド。
私たちとアハ・イシュケとの間にあった海水が引いている。確かに近接攻撃を叩き込むチャンスだ。粘着物に誰も触れずに済んだ時に訪れるチャンスなのか、そうでないのかは分からないが、今のうち。
――戦闘を続け分かったことは、海上になんらかの方法で出ると回避不可のダメージと状態異常をくらうこと。魔法よりも物理攻撃の方がダメージが多く与えられること。海水がアハ・イシュケの攻撃手段であること。
ギリギリの戦いというわけでもないが、さすが五十五層、三人とも攻撃をくらうし、攻めあぐねる場面もある。ちょっとカルがダメージをくらったのが予想外で、びっくりしたのは内緒だ。
私よりガラハドがびっくりしすぎて動きが止まり、大ダメージを受けて、叱られてたが。私は顔に出さずに二人を『回復』したのでセーフです。
「【金魔法】『鉄槌』!」
遠距離物理有利がここでも続いていたことに気づき、遅ればせながら【金魔法】を乱用。
海水が引いた時に直接攻撃をするのが一番大ダメージを与えられるのだが、これはこれでコンスタントにダメージをを与えられる。
「幻よ、実体を持ちて敵を討て! 【姿持つ幻光の剣】!」
サンピラーのような白い光の剣がアハ・イシュケの真上に現れ、真っ直ぐに突き刺さる。
カルのこれは、【錬金魔法】を持っていると取得できるヴェルスのスキルだそうだ。強力な遠距離物理攻撃。
どうやら、このスキルを得るために私の【錬金魔法】を選び、取得後は【流星】に替えたようだ。
「これで終いなら、とっとく必要ねぇ! 【断罪の大剣】!」
ガラハドの振りかぶった大剣にかぶるように『ヴェルス断罪の大剣レプリカ』が現れ、切先がアハ・イシュケに落ちてゆく。
「確かに後は帰るだけだな」
腕を平行に振ると周囲に浮いていた杖が全て消え、『ヴェルス断罪の大剣』が手の中に現れる。
「主に倣い私も」
カルが微笑んで手にするのは『ヴェルス断罪の剣』。
――いくら五十五層のボスとはいえ、少しえげつない攻撃だった気はする。