356.ガルグイユ
「遅い」
「うるせえ、ジジイ! 俺はスピードタイプじゃねぇ!」
ガラハドが敵に突っ込んで戦っている。大剣にしてはだいぶ速いと思うのだが、カルの及第点までは遠いらしい。
道中はガラハドが突っこまさ……突っ込んで行き、カルが大盾を持ち鉄壁の守り、私がその少し後から魔法を放つ感じで進んでいる。
私とカルは敵がいようといまいと一定の速さで歩き、その歩く速さをかえず進めるようにすることがガラハドの課題のようだ。カルの「遅い」という言葉には、歩みを止めさせるなという意味も含む。
四十層越えできつくないか? いや、まあ、白と黒が戦闘に混ざると違う意味で足を止めるな状態になるのだが。
走り抜けるあの戦闘とは違い、考える暇もあれば話す暇もある。ガラハドに強化系の付与を切らさぬようにしつつ、私は失敬してレベルの上げづらい魔法やスキルを使わせてもらう。
ガラハドは最初、四十層の先ということで珍しく鎧を装備していたのだが、すぐ脱いだ。耐久、防御などの上昇を捨てて、速さをとったかたち。速さが上がるアイテムや装備がダブったら、ガラハドに贈ろう。
スパルタだな、と思いながら斜め前を歩くカルを見る。ガラハドに飛ばす指示は短くもえげつないが、微笑みを浮かべて機嫌はいいようだ。
ガラハドは私の目から見てもファル・ファーシを倒した時と比べて強くなっている。厳しいことは言っても、弟子の成長を認めて喜んでいるのだろう。
そのカルは片手で大盾を持ち、まったく高さを変えずに進む。大盾でなくとも同じ腕の高さをキープするのは大変だと思うのだが、持ち替えもしないってどんな腕力をしているのか。
というか、何のスキルを使っているのだろう? 防御は盾を中心に発動しているが、どちらかというと『雑貨屋』にかかっている結界系のスキルの気配がする。
「このスキルは【不動の守り】と呼ばれ光の神ヴェルス、地の神ドゥルの複合スキルになります。『動かぬもの』にかける防御結界の一種で、通常は拠点に使用することが多いスキルです。盾を弾かれれば消えますが、この程度でしたら問題ありませんのでご安心を」
私がよっぽど訊ねたい顔をしていたのか、目があったカルが教えてくれる。
それで盾を一切動かさないのか。いや、攻撃が当たっても微動だにしないってどうなのだ?
白と金、青の装備を汚すことも着崩すこともなく、涼しい顔で笑みを浮かべている男。その少し前で鎧も纏わず一人修羅場な男。その二人についていく男。
ボス前の共有エリアにプレイヤーがいたら変な三人だと思われるなこれ。幸いこの層にプレイヤーが到達している気配はないが。
道中は問題なくサクサク進んだ――ガラハド一人が大変そうで、カル的には遅滞があったようだが。
あっというまにボス前。
「この広さならテーブルが出せるかな?」
周囲の敵は殲滅し、再び姿を見せるまで十分時間がある。
EP回復のためにゆっくり食事をしよう。
ボス前が階段だったり、狭い洞穴だったりするとテーブルを出すことは叶わないが、珍しくスペースがある。大抵、皿かお盆を抱えて食うことになるのだが、出せるならテーブルを出す。
なお、普通は戦闘用のアイテムを厳選し、なるべく荷物は減らすことが鉄則。ドロップ品でアイテムポーチがいっぱいになると、途中で取捨選択をするはめになる。テーブルと椅子が出せるのは容量無限の【ストレージ】のおかげなのだ。
「ほいよ」
ガラハドが足に小石を噛ませる。流石にまっ平とはいえない場所のため、がたつき防止だ。
「ありがとう」
椅子は少しがたつくが、体重移動をしなければそう気にならない。
テーブルに並べたメインは4センチ越えの分厚い赤身肉。つけあわせにアスパラガス、小玉ねぎをオーブンで焼いたもの、ベイクドポテト。ガーリックライス、ひよこ豆とキャベツのトマトスープ。クレソンとマッシュルーム、サヤインゲンのサラダ。
「やった! いただきます!」
笑顔全開で肉にかぶりつく。
ガラハドは肉と炭水化物、揚げ物を好む。同じ肉好きでもシンは脂身、ガラハドは赤身肉だ。赤身肉というより、分厚くて少し歯応えのある肉が好きなのかな?
「焼き加減は間違いないし、肉食ってるって感じが最高!」
肉を大きめに切り分け、豪快に食べるガラハド。
「どこで頂いても主の料理は美味しいですね」
どこで何を食べても優雅なカル、但し甘味を除く。
「おかわりもあるぞ」
うむ、粒マスタードのドレッシングもこのサラダにちょうどいい。
「ホムラの料理食うと、酒が飲みたくなるんだよな。特にこのガーリックライスはそそる」
残念そうにガラハドがぼやく。
デザートにティラミスとコーヒーを出す、私は紅茶。ガラハドのティラミスはコーヒーシロップに使ったラム酒多め、甘さ控えめ。私は甘さ控えめ、カルはそのまま。
大変美味しそうに食べてくれるのを眺め、紅茶を飲む。うむ、場違いだな!
EP回復の食事を終えて、ボス部屋へ。黒い鍾乳石が垂れ下がり、黒い水をたたえたステージ。
水面がざわめいて、蛇のような長い首と、翼が現れる。咆哮なのか、ごぼごぼと何ともいえない音を口から漏らし、翼が広がる。
【鑑定】結果、ガルグイユ。相変わらず【鑑定】のレベルが足らんというか、レベル上げが追いつかないほど随分先に進んでしまったので、名前ぐらいしかわからん。
「主、ガルグイユの解説は入用ですか?」
「いや。せっかく初見だ、ネタバレはなしで」
カルに答える私。
プレイヤーにならともかく、住人にボスについてネタバレというのは変か、と一瞬頭をよぎったが、通じたようなのでいいとする。
ガルグイユは水の中から火を吐き、水を吐き、首を振るって攻撃してくる。
「かてぇ!」
「なかなか厄介」
ガラハドの剣が弾かれ、私の魔法が鱗を滑って逸らされる。
カルは防御担当という名の見学。ガルグイユの対処法を知っておるようだし、最初は口も手も出さないようお願いした。
水から水球があがり、その水球をガルグイユが噛み砕く。
「酒臭い!」
一番近くにいたガラハドが水滴を浴びて叫ぶ。
「あの水球、酒か?」
「アルコール度数が高いですが、ただの酒です。ただ、この後――」
カルが言い終わらないうち、ガルグイユが火を吹く。
「ぶえっ!」
あがるガラハドの悲鳴。
「――火を吹くので、通常よりよく燃えます」
にこりと笑うカル。
酔っ払ったのか、首を不規則に振り回すガルグイユを避け、慌ててガラハドに回復をかける私。カルが私に説明するために、ガラハドの防御はずした疑惑!
《ソロ初討伐称号【大酒飲みの強靭】を手に入れました》
《ソロ初討伐報酬『シメール・ガーゴイル』を手に入れました》
《お知らせします、迷宮天鱗ルート地下45階フロアレアボス『大酒飲みのガルグイユ』がソロ討伐されました》
《大酒飲みのガルグイユの皮×5を手に入れました》
《大酒飲みのガルグイユの鱗×5を手に入れました》
《大酒飲みのガルグイユの水×5を手に入れました》
《大酒飲みのガルグイユの魔石を手に入れました》
《大酒飲みのガルグイユの皮膜×10を手に入れました》
《大酒飲みのガルグイユの目×5を手に入れました》
《『大酒飲みのガルグイユの酒杯』を手に入れました》
45層クリアです。
一瞬、首と翼だけグラフィック作ったのかと思ったくらい、水から一定以上は出てこんことを訝しんで、下半身に攻撃をしかけた結果、そこが弱点だった。しかも【火属性】に弱い。
ガルグイユがこちらに大ダメージを与えるような攻撃を仕掛けた後、少しだけ体が水から浮き上がる。そこを狙ってうまく攻撃を加え、ダメージを蓄積させて――という感じなのだが、ガラハドの攻撃は一撃が重いこと、普通は回復行動をとるしかない場面でカルの防御のおかげでノーダメージ、攻撃にすぐさま回れること。
私は【火属性】の魔法を持っているし、ガラハドの属性も火。三人しかいないのに、効率が良すぎる戦い方になった。
【大酒飲みの強靭】は戦闘前に呑んだ酒の量で耐久が上昇する――称号なので、パーティーにも多少の影響を及ぼす。やったね、菊姫!
『大酒飲みのガルグイユの酒杯』は注いだ酒が倍になるそうなので、これも菊姫にやろう。
『シメール・ガーゴイル』はハウスを守るためのアイテム。ノートルダム大聖堂についとる雨樋の役目を持たないガーゴイル、ということなのだろうが、彫刻が動き出すガーゴイルの方がゲームをやっている身としては馴染み深い。
なるほど、そういえばガルグイユはガーゴイルのモデルといわれている魔物か。
「水ん中にいるくせに火が効くとか、よくわかんねぇヤツだったな」
倒したものの少し納得がいかないようなガラハド。
「ガルグイユは聖法魔法などを使い、酔いを醒ますことで弱体化もできます。なかなかクセのある魔物ですが、知ってしまえば楽な部類です」
カルはさらりと言うが、体が浮き上がる攻撃がくるまでは耐えねばならんし、攻撃が来たら来たで結構なダメージを食らうだろうし、ガルグイユの体が沈んでしまう前に攻撃を入れなくてはならんし、なかなか大変だと思う。
だがしかし、この三人で余裕だったのは確か。このまま迷宮を進んで、どこまで到達するのだろう。なんか戦闘以外のなんともいえない不安を感じるのだが、大丈夫かこれ?
マント鑑定結果【大丈夫ではない人が出る、という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
大丈夫じゃない人って誰だ!? ガラハド!?
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・増・
称号
【大酒飲みの強靭】
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