354.『火華果実』
《お知らせします、初めて『カンブリア帝国宝物庫』の隠れた財宝を手にしました。なおこの情報は秘匿されます》
《スキル【宝箱】を手に入れました》
そして、私が振り返って壊してしまった本について告げるのと、アナウンスが被った。
【宝箱】?
「まさか、この場所に崩れるような宝があるとは」
「管理はどうなっておる?」
「ここには、あの方が保存の術をかけているはず。あの方がいなくなった故か?」
「いや、宝物庫に到るまでの術も、帝国を包む護りの結界も、そのままなのは確認をとっている」
ざわついているのは、この宝物庫に触って崩れるようなものがあったということに対してのようだ。
本が一つ崩れたということにでなく、『あの方』と呼ばれるマーリンの掛けたあれこれが無効となるのでは、という予測に動揺している。
「お選びいただくのはレンガード様への帝国の感謝の印。崩れるような物で済ませるわけには……」
言い淀むボール王。
【宝箱】は気になるが、確認は後だな。
「私が選んで手に取った。それに、崩れたのは傷んでいたわけでなく、元々精霊と契約が成立すると崩れる仕様なのだろう。かなり強力な精霊のようだし、良いものをいただいたと感謝する」
暗にマーリンの術がなくなったわけではないと伝えつつ、礼を言う。
様付けをやめてもらいたいのだが、後ろでカルがニコニコしてる圧で言い出せない。
こう、『カルの主』>王の構図。私個人ならとっくにやめろと言っているところだ。私をセットにせず、カル単体で立場の上下を決めてくれんだろうか……。そもそもカルが私の立場をカルの上に持ってくるのが間違っている。
――もしかして、ボール王もカルから同じ圧を感じて敬語なのだろうか。ありそうだな。
「しかし……」
なおも言い募ろうとするボール王。
本当に強力な精霊っぽいのだぞ? 私が【精霊使い】を職業のメインにもサブにも据えていないから、使いこなせない問題があるだけで。使いこなせないだけでなく、つい喚び出すのを忘れるだけで。
「確かめてみるか?――我が喚び声に応え、姿を見せよ。氷の女王【グラキエース】」
グラキエースはラテン語でそのまま氷か。
精霊は喚び出すだけなら特に何もない。喚び出すためのMPは持っていかれるが、レベル1だろうしそこまで多くは減ら……減ったな? レベル40超えの【黒耀】より少ないが、喚び出すだけで結構減った。
「おおっ」
「これは」
ガウェインをはじめ、騎士たちが驚いた顔でこちらを見る。
肌に、髪に、白い煙のような細かい氷をまとう美女。人より大きな姿を宙に浮かせ、薄氷を重ねたような衣と髪を靡かせ、金の瞳で王や騎士たちを睥睨している。
【グラキエース】に近い床に霜が広がり、それをなぞるように氷の結晶が伸びてゆく。ついでにMPが減ったり戻ったり忙しい。喚び出している間、減るのかこれ? 珍しいな。私は減った分、称号やスキルのおかげですぐ戻るんだが。
周囲が【グラキエース】に注目している間、メニューを開いて説明をざっと読む。
『喚び出している時間が長いほど【グラキエース】のスキル及び、氷属性のスキル効果が増大する。喚び出している間はMPが減り続け、術者のHPが4分の3を切った場合か、【グラキエース】のスキルを使用した場合、帰還する』
なるほど? 【グラキエース】を喚び出して放置後に、【氷魔法】を使えばよいのだな?
あと、【グラキエース】を呼び出しておる間MPを消費する代わり、【氷吸収】が働いてHPが回復しそうだ。今はHPフルなので、どの程度の回復効果かはわからんが。
「この精霊が顕現している間ならば、炎の巨人さえ屠れそうです」
ついでにカルも強化される模様。
「……くっ!」
アグラヴェインがギリギリした顔をしている。そう言えばカルを目の敵にしとったな。
春のひだまり笑顔でカルの言っていることがひどい。【グラキエース】を見上げていた他の騎士たちも、ちょっとカルに引いてる気配がする。
エカテリーナの攻略した炎の巨人ルートは、どう考えても火属性のフィールド。『火華果山』で弱体化すると言っていたことを考え合わせると、【グラキエース】の存在はカルの弱体解除どころではなく強化までいきそうだ。
かわりに【グラキエース】を喚び出している間、ガラハドが弱体化しそうだが。それにしても、寒いの好きじゃなさそうなのに、氷で強化されるのは難儀だな。
「帝国からの礼は、確かに受け取った」
【グラキエース】を帰還させてボール王に告げる。
「はっ」
また頭を下げるボール王。
騎士か何かだったのだろうか? 「仕える者」としての心構えでいたのに、突然王位につかされれば戸惑うだろう。王様らしくなるまで苦労しそうだ、あまり下手にでているとアイルの貴族たちに侮られる。
「どうしても進めなくなったら、私で助けになるのならば呼ぶがいい」
カルやガラハドに帝国の手助けをしてやってくれとは言えない。帝国か、『雑貨屋』か、身の置き場を選択し、『雑貨屋』を選んでくれた。おそらく帝国を助けたい気持ちもあるだろうけれど、その気持ちを断ち切って。
選んでもらった身としては、帝国を助けろなどと半端に帝国に戻れというようなことは言えない。その決意を無にするようなことは言えない。
だが、私が二人の代わりに帝国を助ける分にはいいだろう。帝国のことは私では分からんことだらけだし、その場合、詳しい二人に頼ることになると思うが。
「ありがとうございます」
って、お礼と共にパートナーカードが飛んできた! 私、王様のカードもらえるのか? え? 王様呼び出し特権可能? 騎士王とか書いてあるんだが? 武器はランスですってよ、奥さん。
脳内ツッコミをしつつ、自分のカードも渡す。『雑貨屋』経由で呼び出させるのかと思ったら、パートナーカード交換とは。
ちょっと予想外なことに動揺しつつ、宝物庫を後にする。
「レンガード様。この後、もしやすると転移門の前で礼を述べるために待ち構えている者がいるかもしれません」
高い天井の廊下を歩みながら、ボール王が言う。
というか、私に話しかけてくるのがボール王だけなのだが。
「我が主の行動を漏らした者が?」
冷えた笑顔のカル。
「あの者はレンガード様が宝物庫の物をお選びになると決まった時から、時間のある時は転移門の周辺にいる。他の時間は、アシャの庭の騎士たちが罹った『炎熱の病』を治すため、『火華果山』への同行、九尾の影響を落とすためのアイテム取得に尽力している御仁です」
一番年若い騎士がカルに言う。帝国騎士たちにとっては恩義を感じる人ということか。言い方からして外部の人間。
「『火華果実』を得たいと本人も言うが、自身の分はすでに病に冒された重篤者に譲っている」
アグラヴェインが言う。
『火華果実』は一人、一つだけもぐことができる実。一つ手に入れ、それを譲ったのならば、今後は自分で手に入れる機会は失い、誰かに譲ってもらうしかない。
『火華果実』は強力な火属性強化のアイテムにもなるし、今後を考えるならば入手したいもの。それを譲るとは、なかなか気持ちのいい人物のようだ。
「礼を言うだけと言質は得ている、他のことを口にするようであれば、ここにいる者全員が剣で止める。頼める立場ではないが汲んでやっていただけまいか」
「聞くだけならば。面倒になればそのまま転移門に入るぞ」
ボール王に答え、歩みを進める。
【転移】もあるが、城を守る結界や魔法があることが予想される。マーリンは、塔で私が通過できない結界を使っておったし。その前に、招かれておいて出入り口以外を使うのもどうかと思うので、最初から転移門を使うつもりなのだが。
来た時とはまた違う罠や結界があるらしく、先導する騎士たちが代わる代わる何事か作業をしている。絶妙なタイミングで解除してくれるため、私や王は足を止めることなく、高い天井の廊下を進む。
「賢者レンガード様!」
おっと、ここでアキラくん。今、生産道具が消えたのを見たので、どうやら生産しながら待っていたようだ。
「賢者レンガード様、その節は『火華果実』をお譲りいただきありがとうございます。死んでもおかしくはなかった状況で、ほんの少し魔力の上限値が減退しただけですみました」
そしてカミラの妹のエイミが、アキラくんの後で深々と頭を下げる。
その接頭語のようにつけられる賢者ってなんだ? 私の職業は【賢者】ではなく、現在は【黒白の魔剣士】なのだが。
柴犬色の頭が見えんが、パーシバルはどうしたのだろう? あのマーリンの塔の前で戦闘になったようだが。
「パーシバルは、回復のためアイテムを集める時間がかかるけど無事! エイミは姉とも和解できた! これもそれも賢者レンガード様のおかげ! 忠誠を捧げ、この身を役に立てたいが、色々足りない!」
テンションが高いアキラくん。よかったパーシバル無事だった、そしてカミラも和解できてよかった。
「賢者レンガード様に未だ『火華果実』をお返しできずにいる。『火華果実』をお返しし、強くなったあかつきには……っ」
拳を握って熱く語る。
「『火華果実』はもういい。騎士を助けたのならば、その騎士たちが『火華果実』を得、いずれ巡り巡って私の手にはいることもあるだろう」
炎熱の病に罹った騎士の数より、当然帝国騎士の方が人数は多かろう。異邦人は火属性はいらんけど、一度攻略はするという奴らが大半だろうし。
『火華果実』は安くなった頃買います。熱血についていけそうにないので、お断りを入れて転移門に向かう私。
「賢者レンガード様、なんと懐の広い!」
崩れ落ちて拳で床を打つような大袈裟ジェスチャーやめろ。
「レンガード様……っ」
ボール王も釣られて感動モードに入らない!
アキラくんが床になつき、王と騎士たちが胸に手をやり首を下げるなか、転移門に逃げ込む。
まあだが、カミラの妹エイミとパーシバルの無事が確認できてよかった。
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・増・
スキル
【宝箱】
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