353.宝物庫
アイルの城内が光と白と金ならば、こちらは火と黒と金。
床は灰色がかった大理石を基調に黒と燕脂のモザイク。柱も壁も重さを感じさせる灰色、上の方に黒耀石かなにかの黒い石と金の装飾。四階分はある、高い天井に設けられた明かり取りの窓は遠く、代わりにあちこちで火が灯され、よく磨かれた床と黄金に映えている。
天井が高く広い部屋に、円形に並んだ六本の柱に囲まれ、床から2段ほど上がった場所の真ん中近くにいる私。背後には転移門の象徴たる柱、前には首を垂れた人物と騎士五人。騎士のうち二人には見覚えがある、ガウェインとアグラヴェインだ。
後方に五人の騎士を従える王。アシャを表すのか、王冠と王笏についている宝石は中で炎が揺らめいているように見える。
こんな状況で王冠被って頭を垂れている人に何を言えと? 困るんだが。本日はお招き頂きでいいのか?
「王冠が重いのかもしれんが、頭をあげて欲しい。私はただの冒険者、本日は――」
「はっ! 本来は庶子たるこの身に巡るはずのない重い地位、ですがこのボール、その重さに負けず背筋をただし、折れず、弛まず、帝国をより良き方向へ進めて行けたらと思っております」
決意はいいと思うが、そういう話ではない。というか、ボール? アーサー王に無かったことにされてた最初の息子か! 物語では甥のコンスタンティン卿がアーサー王の後を継いで、あっという間に国を潰しとったが、『異世界』ではどうやら違うようだ。
「レンガード様には多大なる感謝を。封印の獣討伐ももちろんですが、神殿へ分け与えくださった、女神ファルの力を宿す聖水のおかげで、多くの騎士が正道に戻ることが叶いました。あれなくば、九尾に惑わされ他国へ戦を仕掛けるだけではなく、帝国騎士同士の同士討ちに及んでいたでしょう」
ファルの力を宿す水。うむ、何も間違ってはいない。
――以前、ガラハドに教えてもらったのだが、アグラヴェインを始め、ガレス、ガヘリスの三人をカルが捕まえて神殿に突き出したらしい。扶桑に行く途中でアグラヴェインに遭った時は、正気のようだったが……。その後に深く魅了されたのか、その時点で一見「正常に見える」状態だったのかは判別がつかん。
三人は兎娘にくっついていたガウェインの兄弟だ。ガウェインは早々に神殿で水浴びの洗礼を受けたそうで、帝国と残してきた弟たちを心配していたらしい。なんというか、本当にその辺は私が感知しないところで行われていたことなので、感謝されても困る。
「晩餐にお招きしたいところですが、レンガード様はお忙しいとお伺いしております。早速、宝物庫にご案内いたしましょう」
頭を上げた王が私にそう告げ、一瞬カルの方を見て寂しげに微笑み踵を返した。
四人の騎士が先導するように前を行き、次に王、私、カルとガウェインの順で続く。
「ランスロット殿、弟たちを斬らずにおいてくれたこと、感謝する」
「感謝は不要です。あの時は、たまたま盾のスキルの修練に励んでおりましたので」
後ろでカルとガウェインが話している。
「ガウェイン殿も帝国を出られますか?」
「籍は帝国に置いたまま、行き来することになるかと思う。ファストに心配な娘がいる、弟たちは自分がいなくとも立派に騎士として務めるはずだ。――モルドレッドが王位を望まずほっとしている。あれが一番、九尾の影響を受けておったようで、本人もだいぶへこんでおる。貴殿にも多大な迷惑をかけた」
モルドレッドはガウェインの異父弟、父はアーサー王の物語の設定は生きているようだ。おそらく、アーサー王の息子という立場に目をつけられ、九尾かマーリンに早いうちから利用されていたのだろう。
「ありもしないグィネヴィア妃との不義を言われた時は少々困惑しましたが、帝国を出たおかげで私は主を得ました」
後ろでカルが笑う気配がする。
「まさか王にも跪かなかった、あの騎士ランスロットが主と認める方が現れるとは思わなんだ。だが、剣を捧げるに相応しい」
ガウェインの視線を背中に感じる。
相応しくないと言われるよりはいい……のだと思うが、私はただの冒険者なのだが。困惑しつつ、後ろは絶対振り返らないぞ! という気持ちで真っ直ぐ前を向いて歩く。
「帝国深くに巣食っていた九尾と鵺を暴き出し、強大な魔法と剣を操り、騎士を蘇生させ――強く美しき姿に朴念仁と言われるワシとて心震えた。あの戦いに参加した騎士たちは多かれ少なかれ、レンガード様に認められた貴殿を羨ましく思っているだろう。同時に『騎士の中の騎士』に剣を捧げられたレンガード様を羨ましがる者たちも大量にいるだろう」
私の中身が伴っていないので、賞賛の言葉がくすぐったいを通り越して、叫び出したく感じる。幻想を私に重ねるのは勘弁していただきたい。
「レンガード様、この壁は幻です」
そう私に告げて、進む王様。
気遣いすまん。スキルやら称号のあれこれで、むしろその壁が見えない私だ。
前を行く騎士たちが、扉の魔法陣に触れ、あるところでは壁のモザイクやレリーフの一部を動かし、柱の模様の一部に指輪をはめ歩く。物理的な仕掛けや、魔法の仕掛けが数多く施されているようだ。
「到着いたしました」
目の前には二つの炎に照らされた一枚の石の壁。その壁の前に真っ直ぐ立ち、王が王笏を掲げる。左右に揺らめく火が細く伸び、王笏と王冠に付けられた宝石に吸い込まれ、今度は王の正面の壁に向かって真っ直ぐに伸びる。
火はぶつかった場所から上下に伸び縦に壁を進む。火が天井と床に到達したかと思えば、壁が開いた。
中はまさに金銀財宝。壁際に無造作に床に積み上げられた金貨や金の装飾品、宝石。そして等間隔で据えられた台座に飾られた武器、防具、アイテム。
「どうぞお選びください」
そう言って道をあける王と騎士たち。
なんというか、宝物庫! という場所だ。ここから選ぶのかと思うと、ため息しか出てこない。
とりあえず足を踏み入れ、中を見回す。一応、良さげな効果のついた剣が希望だ。
ルバから譲り受けた『天地魂魄の刀剣』の剣は、好みに成長させることができる剣。全体的な基礎能力を上げつつ、好きな効果を剣に付加するのだが、ランクが上がるとそれに応じたアイテムが必要になる。今の時点ではアイテムは【ストレージ】に溜まっているし、強化はルバが引き受けてくれるので問題ない。
最初とランクが10の倍数の時に、アイテムに応じた特殊効果がつけられる。つけられる効果の上限は全部で6つ、一応入れ替えも可能だそうなのだが、7つ目の効果を入れると、先についている効果のうち何が消えるかはランダムだそうだ。
私は剣術系のスキルをあまり取得していないので――EPやMPと相談しながら通常攻撃の間にスキルを挟んで、ダメージ量を稼ぐ戦い方が普通なのだが、どうも剣振るうと派手なスキルの存在を忘れる。
そういうわけで、魔物を屠る度攻撃力の上がる【斬魔成長】のついた高ランクの剣でもあれば、それを選ぶつもりでいる。【斬魔成長】は最初から付けるつもりでいるが、何か事故って上書きしてしまった時のための保険だ。
全部見ていると時間がかかりそうだし、とりあえず防具はスルーでいいだろう。だが、形が格好良かったり、クランの誰かが好きそうなのはスクリーンショットを撮っておこうか。
炎の盾やら氷の盾やら、聞いたことのある銘の入った剣、杖、槍、ビキニアーマー――って、おい。ここに置くな、反応に困る。
獣使いの鞭やら、召喚師のための指輪、魔導書など多種多様。高ランクで効果も良いものが多い、多すぎてだんだん詳細に見るのが面倒になってくるほどだ。ところどころ台座だけのものもあり、それは騎士に下賜されたものだと言う。
一応一通り見て、奥の壁に到達する。壁は壁で床付近には宝飾品と金貨、上には絵画だ。宝飾品は戦闘に使える高ランクのものは台座に置かれているので、床に置かれているのは宝物庫の背景効果の一部なのだろう。選ぶのも面倒になってきたし、【斬魔成長】がついたものはなかったし、帝国は復興や賠償でこれから物入りだろうし、もうこの積み上がった財宝から適当に選ぶか。
と、思って【鑑定】をかけたのだが。鑑定結果に「隠された財宝」「忘れられた財宝」「埋もれた財宝」とか引っかかってきてですね……。
これはきっと、人に言うと効果が落ちるか無くなる系の『世界の謎』扱いのものなのだろうな。おそらく帝国の人間も認識しておらず、ここにあることを知るプレイヤーが訪れると存在が無くなるもの。
だとしたら貰ってもいいか、もしくは引っ張り出して、王に認識させて引き渡す。そう思い「埋もれた財宝」に手を伸ばす。
手の中には一冊の本、【鑑定】結果は『氷の女王の書』。効果を読む前に本が脆くも崩れ去り、足元に白く埃が立つ。いや、白すぎないか?
その白は、足元で渦を巻くように広がり、冷たい氷の粒に変わって消えた。
《『氷の女王の書』の使用により【氷の精霊グラキエース】【氷吸収】を取得しました》
……。
どう考えても高位精霊です、ありがとうございました。
「なんと」
「今のは一体……?」
騎士たちがざわめく。
「『氷の女王の書』だそうだ。壊してしまったし、私の選ぶ宝物はこれでいいか? 返せと言われても返却できそうもない」
まさか手に取っただけで取得になるとは思わなかった。
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・増・
氷の精霊【グラキエース】
スキル
【氷吸収】
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