352.仕事の二人
「主は、戦勝会を終えた後、エルフの大陸に渡られるのですよね?」
「ああ」
「では迷宮は戦勝会の前に。明日にでも出発した方がよろしいでしょう」
何日潜る気だ。にこやかに言うカルに思わず脳内で突っ込みを入れる。
まあだが、開いていない――カルやガラハドが転移を開放していないルートを行く場合は、確かに迷宮内で泊まりになる。食材ルートとか食材ルートは、二人とも絶対行ってないだろうし。
「ガラハドがまだ回復していないのでは?」
「大丈夫です」
笑顔で言い切るカル。
ガラハドの方を見ると、ひらひらと手を振ってくる。顔からして大丈夫、というよりは「ギリギリ大丈夫」というところだろうか。
「戦勝会ではクリスティーナ嬢と踊られるのでしょう? そちらの練習も致しませんと」
「踊ることが確定しているのか……」
何でだ。
リズム音痴な私にダンスはハードル高いんだが。
「ホムラ!」
少々気が遠くなりかけたところで、華やかな明るい声がかかる。
「カミラ、イーグル! お帰り」
声の方を見れば、懐かしい顔。
実際はたいして長い間離れていたわけではないのだが、日数より距離より置かれた立場的な距離があった。私にとっては自由な冒険者だった二人が、騎士として帝国に仕えていたのだ。
今も二人の服装は帝国騎士のそれ。格好いいのだが、どこかよそよそしく感じてしまう。
「ただいま!」
立ち上がると部屋に駆け込んできたカミラが私の胸におさまる。
待て。いいのか? 役得? 胸は流体?
「おかえり」
内心の動揺は顔に出さず、ゆっくり部屋に入って来たイーグルをカミラの肩越しに見ながら答える。
「ただいま。――と言っても、まだ戻れないんだが。最後の仕事が済むまでは」
イーグルが言う。
「仕事?」
帝国を出るにあたって、何か無茶なことを頼まれたのだろうか。
「ええ――その前に何故ここに……」
マーリンに気づきイーグルが顔色を変え、緊張している。
対するマーリンはソファに深く腰掛け、足を組んで無言。その表情は相変わらず不機嫌そうというか、不健康そうというか、姿は子供だが溌剌さとは程遠い。
「……っ」
イーグルの視線を追い、カミラが身を固くしたのが分かる。
ただ、カルとガラハドがくつろいでいるのを見てか、剣に手を掛けたりはしていない。その一歩手前という状態だ。
「ふん」
二人を一瞥し、顎を反らし鼻を鳴らす。答える気がないようだ。
「『雑貨屋』の倉庫になったマーリンだ」
仕方がないので私が紹介する。
「……倉庫?」
「――説明してくれるかな?」
戸惑い顔のカミラと笑顔のイーグル。
「マーリンの記憶と姿を持っているが、その本性は『鵺』だと言えば説明になるか?」
「……なるほど」
「ホムラの封印の獣になったのね」
ため息と共に緊張を解く二人。
「で、仕事というのは? 迷宮のアイテムを取ってこいとかなら手伝うぞ?」
ちょうど明日から行くからな。
「いえ、そうじゃないの」
カミラが微妙な顔をして離れ、イーグルの隣に並ぶ。
「レンガード様、帝国内の整理も一段落つきました。御身の都合の良きときに、お約束通り宝物庫から望みの品をお選びください」
よそ行きの声でイーグルが言い、二人が首を垂れる。
「……分かった」
このタイミングでか!
戦勝会が終わると、おそらくエルフの大陸との航路が解放される。解放されたらすぐに行こうと、クランで約束がなっている。戦勝会とその前に迷宮が明日から。クリスティーナとも会う約束がある。――海を渡る前にちょっと寄るとかか? それも大分せわしない。
【転移】はあるが、エルフの大陸で転移門を開くまでは気軽に行き来ができない。イーグルの言葉から考えるに、私が宝物庫から何かを選び取るまで、二人は『雑貨屋』に戻って来ることができないのだろう。
「それは今からでも?」
私の逡巡を感じたのか、カルが二人に聞く。
いや、さすがにそれは早いだろう。
「はい」
「すべてレンガード様に合わせよとのことです」
イーグルがカルに頷き、カミラが補足する。
「宝物庫ってそんな簡単に入れるのか……」
何かこう、警備上の手続き的なことはいらんのか?
「入れるわけがないじゃろうが。一体何重の結界、封印、鍵で守られておると思っている」
マーリンがソファにのけ反ったまま半眼で言う。
「今日でいいと言うなら行くだけ行ってみるか、ダメなら手順と予定の確認をして戻ってくればいいし。ところで私、帝国の転移門は使える状態なのだろうか?」
一応1箇所解放したのだが、なにせ戦争前後にしたものだ。規制やら封鎖やらあってもおかしくない。
「もちろんよ」
「むしろ城内の転移門に案内することになる」
にっこり笑うカミラとイーグル。
「直接とは破格な。我の張り巡らせた首都と城の守りを無視しおる」
マーリンが嫌そうな顔。
いいのかそれで、帝国?
「失礼、レーノ殿に後を頼んで来ます」
そう言って雑貨屋側に姿を消すカル。
「ジジイも行くのか……」
ガラハドがカルが出ていった扉を眺めながら言う。
「騒ぎになりそうだが、大丈夫なのか?」
「ランスロット様の態度は最初から一貫してらっしゃるので大丈夫だろう」
イーグルが言う。
「そうか」
まあ、マーリンを連れて行くよりは平和か。
「我は行かんぞ?」
「ついてこられても困るわよ」
困惑しながら答えるカミラ。
「一刻を争うというものでもない。とりあえず何かつまむか?」
私もソファに座り直して二人に聞く。
「是非」
「久しぶりのホムラの料理ね」
二人が笑って畏まった態度をやめ、ソファに座る。
「おう、お疲れ、サンキューな」
「後で旨い酒を奢れよ?」
「一晩飲み明かしてやるんだから」
ガラハドたち3人の会話を聞きながら、やっぱり揃ってるのはいいなと思う。
「旨い酒も旨い料理も、ホムラに作って貰った方が確実なんだが」
腕を組んで少し悩むようにガラハドが言う。
「料理はいくらでも出すぞ?」
とりあえずワインをグラスで一杯ずつ4人の前に並べる。
自分には山葡萄ジュース、一見赤ワインに見えるので体裁的に。少し渋みがあって、普通の葡萄ジュースよりも味が濃い。
「それじゃ俺が金を出しても奢ったことにはなんねぇ気がして微妙。だがホムラの料理は食いたい」
「では、迷宮で食材の調達を一緒にするということでどうだ?」
「おう、それで頼む!」
笑顔のガラハド。
明日からの迷宮は食材ルート決定だな。
「では、イーグルとカミラの早い帰還を願って」
「二人に」
「『雑貨屋』に」
「『雑貨屋』に」
四人で乾杯。
マーリンは無言でグラスに手を伸ばし、飲み始めた。同意や協調を見せてはいないが、文句も言わんし、手をつけないということもない。二人と付き合いはないようだし、『雑貨屋』に来て日も浅い、理由もなく迎合して一緒に祝うような性格でもないだろう。
白身魚とグレープフルーツ、モッツァレラチーズのカルパッチョ。ピンクグレープフルーツを使って華やかに、オリーブオイルと塩胡椒。
アスパラガスを焼いて、熟成生ハムを巻きつけたもの。生ハムは濃い紅、赤身は弾力があって脂身は甘く濃厚、新鮮なアスパラは熱が入り切る直前で青臭さはなく、歯切れ良く折れて瑞々しい。
リンゴとカマンベールチーズのカナッペには蜂蜜をかけて。燻製牡蠣のアヒージョ、ヤリイカのフリット。
「ああ、美味しい。泣きたいくらい」
カミラが赤ワインを飲みながらしみじみと言う。
「帝国の酒もそれなりに質はいいはずなんだが、これを知ったらどうもね。――久しぶりのホムラの料理だ」
イーグルは酒を一口飲んだ後、燻製牡蠣のアヒージョを薄切りのバゲットに載せ口に運び、表情を緩めた。
「美味しく食べてもらえれば何よりだ」
自分で作った料理は、味の予想がついてしまうので、たまに人の作った料理も食べたくなるが、人が美味しそうに食べているところを見ると、自分の料理でも二割増し美味しく感じる。
「そういえば、2人とも『雑貨屋』に住むということでいいのだよな? 人数も増えたし、フライングして個室を広くするために改装してしまったのだが」
いない間に改装は微妙だったろうか?
しかし改装の間、改めてどこかに泊まってもらうのもな。現実世界と比べれば、断然早いが、それでも一日二日かかるので一泊は確実だ。ガラハドはここのソファで寝たらしい。
正直、改装を計画した時はそんなことは考えておらず、帰ってくるのが分かって、大分浮かれながら決めてしまったのだが。
「ありがとう、家具を揃えるのが楽しみだわ」
「ありがとう、後で改装代は請求してくれ」
「私がやりたくてしていることだ、気にするな。それに支払いはガラハドが大分持ってくれた」
カルやレーノも払ってくれたが、大部分――おそらく自分とカミラとイーグルの分はガラハドが出してくれている。
「でも新しい部屋を見るのは、後日の楽しみにとっておくよ」
「そうね、こんなお使いじゃなくって、ちゃんと帰って来た時に見たいわ」
微笑む二人。
カルが戻り、一緒に料理と酒を楽しむ。みんな揃って飲んでいる姿がとても嬉しい。
料理とグラス一杯分の赤ワインを飲み終え、神殿経由で帝国へ出発。
「ようこそ、レンガード様。ご足労をおかけします」
で、城で深く頭を下げて迎えてくれた人が、気のせいか頭になにか載せてる気がするんだが。あと何かでかい宝石がついた短い杖を持っているような……。
まさか新しい皇帝とか言わないだろうな? これはどういう状況……。
「主、お言葉を」
カルに促されたんだが、反応に困る!!!!!
1/20に6巻発売致します。
グッズも新しいのがでる模様! カジノコインカッコいいand白可愛い。
そのうちこちらも反映されるかな?
http://www.tobooks.jp/newgame/index.html
日にちを間違えるなど……。1/10は山の中の発売で、20が正しいです。




