351.改装完了
「お疲れさま」
「お疲れさま。【闇夜の侵入者】いいね。おかげで【隠遁】に変わった」
上機嫌なペテロ。
効果は字面の通り、【気配希釈】系の強化と夜の時間帯に闇に属する称号・スキルの効果の上昇。【祝福】を得て、私の魔術が魔法に変化したように、ペテロは【闇夜の侵入者】の影響で持っていたスキルが【隠遁】に変化したようだ。
もちろん世俗を離れて隠れ住むことではない。木遁、土遁、水遁、金遁、火遁、忍術では数十種の遁法があるが、特にこれらを五遁の術と呼ぶ。遁は遁走、逃げることをいう。火遁とか攻撃手段にもなりそうだが、とりあえず逃走の術のはずだ。
【隠遁】というからには五隠遁術に限らず、全部なんだろう。
「おめでとう、着々と忍者になっとるな」
とりあえず戦闘後の『回復』をかける。
「ありがとう。これでどこまでも追ってくるタイプの敵からも逃げられる」
「ペテロの速さでも振り切れない敵がいるのか?」
だいぶ高レベルな敵の出る場所に行っているのだろうか。
「速さ関係なく、距離を開けても消えたと思ったら近くに出るタイプの敵とかね」
よほど面倒だったのだろう、少しうんざりしたような顔のペテロ。
あれだ、ミノタウロスのようなやつか。あれは消えて出現じゃなく、物理的に壁をぶち破ってショートカットして来たが。
ボス部屋から進み、ペテロの迷宮の転移の解放を行う。
「『陰火の蕾』もいいね」
『陰火の蕾』の効果は、「エリア移動を行うまで、呪いをかけられるごと、呪いへの耐性が増してゆく」。陰火は人魂とか妖狐が出す鬼火などのことだ。
「呪いだらけのところに行っとるのか、もしや」
「フッ、秘密です」
唇に人差し指を当てて笑うペテロ。
――迷宮反魂ルートの『スケルトンロード』のソロ討伐アナウンスを聞いたな。35層だったか?
他のメンツと行ったバサンの討伐報酬『陽炎の蕾』は、火耐性系かと思ったら「エリア移動を行うまで、幻覚がかけられるごと、幻覚への耐性が増してゆく」という効果だった。『生命の蕾』の効果は継続HP回復、『蕾』とつくアイテムには継続効果が多いのか?
「結局『緑竜タラルの壺』の毒は?」
「次回お楽しみに?」
にっこり笑って誤魔化されたが、絶対忘れていたな?
さすがにいい時間なので、ログアウトするため宿に行く。
「夜はクランで40層ボスかな?」
転移を登録したので、金を払えばバサンまでを飛ばしてさっきの転移部屋から始められる。まだ行ったことがないので楽しみだ。
「またそんなチャレンジャーなことを。普通は何度かバサンと戦うなりして、装備を整えないと次のボスへは進めませんよ」
「そうか?」
「そうです」
話しながら宿へ。
一の郭のお高い宿だが、特に打ち合わせるわけでもなく二人とも足が向いた。古いが手入れが行き届いていて、飯がそこそこ、風呂もある。
「素泊まり、食事はホムラのでお願い」
――飯もそこそこだが、リクエストされたからには応えよう。
◇ ◆ ◇
現実世界で起床。10時過ぎ、天気はあまり良くないので洗濯を乾燥までセット。雨が降ってくる前に買い出しに行き、外食。戻って軽い掃除と作り置きをいくつか作って、ログイン。
生産するため酒屋の2階に行ったら、壁があった。醸造施設は小さくなり、部屋も4分の一ほどに広さが変わっている。今までは2階全てが醸造部屋だったため、壁が随分近く感じる。
真鍮色の醸造設備は美しい、そしてスチームパンクっぽくって楽しい。樽もあるが、うまく調和している。一応、この部屋でワインからラム酒、ビールまで造ることができる。なお、日本酒はストレージに入れている簡易アイテムで造っている、『庭』に日本酒用の設備を作りたいところ。
どう変わったのかと他の部屋も覗く。扉が開け放ったままで、覗いてください! みたいになってたので遠慮なく。まだ部屋の主人がおらず伽藍堂だが、おそらくイーグルとカミラの部屋。風呂と洗面。
風呂と洗面は、酒屋と『雑貨屋』で合わせて計3箇所、『雑貨屋』にはカル、レーノ、ラピスとノエル、酒屋にはガラハド、イーグル、カミラ、マーリン。2人から3人で一つの計算だが、実際にはうっかり酔ったレーノが長時間占拠することも多い。
私? 私は三階の倉庫を取り払って、模様替えしたタイミングでまた部屋に専用の風呂を復活させた。どうしても時間が不規則になるので、部屋には音もれがしないよう結界を張った。まあ、宿屋に泊まることの方が断然多いのだが。マーリンが『雑貨屋』にいるおかげで、倉庫スペースが縮小できて大変助かる。
あ、後でみんなの鵺がどうなってるのか見せてもらおう。
見学を終え、新醸造設備で酒を仕込んでみる。商業ギルドからはランク低めの――安い酒も造ってくれと言われている。まあ、ギルドで素材を倉庫に入れておいてくれるので、それで作れば大体ギルドの望むランクができる、面倒がなくていい……のだが。どうやらこの大きさで、この醸造設備の性能は以前のものよりいいようだ。ちょっと低ランクの酒を造るのは勿体無い気もする。
私が適当に販売物として酒屋の倉庫に混ぜる高ランクの酒は、贈答用に買われているのか、アホのような値段がついている。贈答用、ある程度高い値段がついていないとまずい場合もあるのだろう。高いと知られているほど、無言で贈っても「高いのを贈りましたよ!」と相手にわかって便利ということらしい。
まあ、自分で造るものだし、使うのは『庭の水』だし、料理に遠慮なく使うがな。ランクの高い酒を使って、チーズケーキを作るとイーグルに好評なのだ。――イーグルもカミラも早く戻ってくるといいのだが。
前回仕込んでできあがっていた酒から、ランクが高いものを数本持ち出し、酒屋の三階へ。居間のソファにはガラハドがうつ伏せになって伸びていた。
この階もカミラとイーグルの部屋が移動した代わりに、ガラハドの部屋と居間が広くなった。でかい男だらけな上に、9人いるしな。
「お疲れか」
突っ伏したまま手をひらひらと振ってきたので声をかける。
「なんとか生きてる」
「醸造設備、早速試して来た。酒ができるまで少しかかるが、使い勝手が良さそうだ。ありがとう」
情報はマーリン、醸造設備を手に入れるため実際に動いたのはガラハドだ。
「『リフレッシュ』でもかけるか?」
「あんがとさん。でも飯がいい」
そう言って狭いソファの上で器用にゴロゴロ動くガラハド。ソファは小さくない、ガラハドがでかいのだ。
「何が食いたい?」
「唐揚げ! タコカラ! ラーメン! 餃子! ビール!」
寝転がったまま、拳を握って突き出す。
「了解」
「おお! 背徳の昼酒!」
承知すると肘置きに置いた手に顔を乗せ、こっちを見て嬉しそうに笑う。ガラハドの笑顔は顔全体で笑っているようでこちらまで楽しくなる。
ラーメンは『雑貨屋』でたまに出す程度で、外では作らん。ガラハドもみんなも特に細かいことを言わずに美味しそうに食ってくれるので――単に食い慣れていないメニューだから比較ができんのだろう――作るのは苦にならない。
ガラハドの好みは醤油、出汁はトンコツとトリガラから脂を抜いたものと魚介の出汁を合わせたもの。さっぱりまではいかないが、あっさり目のスープな代わりに厚めのチャーシューをたっぷり。ちなみにレオはトンコツ背脂だったり、ネギがこれでもかと入っていたり、けっこうクセのあるラーメンを好む。で、突然ちょっとの間あっさり目を食べたがるという、波のある嗜好だ。
「どうぞ」
「おう!」
飛び起きて、箸に手を伸ばすガラハド。
ラーメンを啜り、熱々の唐揚げに手を伸ばし、冷えたビールで流し込む。
「あー。下でみんな働いてるかと思うと、より一層酒がうまい」
ぷはっと幸せそうなガラハド。
今は『雑貨屋』の開店時間中、下でみんなが働いている状態でこのメニューは確かに背徳的かもしれない。だが、おそらくガラハドも数日は屋根の下で眠れないようなクエストをこなしていたはずだ。
「なんじゃ。こんな時間に飯か」
マーリンが降りて来た。
「やらねーぞ」
「要らぬわ。すでにに……水を飲んだあとじゃ」
『庭の水』と言おうとしてやめたな?
冷めた目で睥睨するような態度なのだが、しまらないマーリン。
「――だいぶこの男が荷物を増やしておる。少し確認するがいい」
そう言いながら、空いたソファに身を沈めて目を閉じる。
「うん?」
マーリンの方に意識を向けると、ウィンドウが現れる。
アイテムの一覧がずらっと。私はドロップ品などは【ストレージ】に入れているので、これは『雑貨屋』の販売物と、あとはみんなが手に入れて来たアイテムだ。
住人は必要ないアイテム、シルを倉庫から取り出せるようにして入れておくと、生産してくれたり、ダンジョンなどでアイテムを拾って来てくれたりするものらしい。親密度によって、倉庫に戻されるアイテムの量が違ったり、赤字になることも多いらしく、たまにレベルか持ち出せるものが不足した状態でクエストを指定して送り出して採算を合わせる、というのがセオリーらしい。
ただ、レベルや持ち出せるものが不足した状態で、クエストを指定して送り出すと、住人のレベルは上がりやすいが、親密度が下がり、ひどい時にはそのまま出て行ってしまうこともあるそうだ。
私はシステム的なことは考えずに色々突っ込んでおいただけなのだが、元手となるシルは売り上げが大変なことになっているし、素材や薬もたっぷりで、自分のレベルに合わせて精力的に生産や冒険を行なっている状態、らしい。ガラハドをはじめとして、全員自分の修行だと言ってるが。
うん、見たことのない鉱物系がたくさん入っている。そしてどれも高ランク。
「ガラハド、だいぶ苦労した?」
「聞くな。だが、だいぶレベル上がったぞ!」
力瘤を作って見せるガラハド。
「ふ。じゃあ、疲れが取れたら、久しぶりに迷宮に一緒にどうだ?」
「おう!」
「主、その時は私も。不肖の弟子がどの程度なのかみたいですし」
休憩時間なのか、カルが『雑貨屋』から笑顔で居間に入ってくる。
「げっ!」
「『げ』とは何だ」
「あだだだだだだだだ!」
額のあたりを掴まれ、ぎりぎりと締め上げられるガラハド。
「ああ、では3人で行こうか」
これは日常なのでスルーする。
ガラハドの頭がミシミシ言ってる気がするが、たぶんおそらくスキンシップの一種。そう思うのだが、やっぱり少し、愛情表現が過激ではないだろうか。




