348.認識阻害不発
体を伸ばし顔を洗って、緑茶を淹れる。15分というのは、なかなか絶妙。洗濯や掃除などの家事を済ませるには短く、それでいてゲームを早く再開したくてじれるような。要するにお茶を飲む、休憩時間としてちょうどいい。
一息入れたところでログイン。
ホムラ:ただいま
ペテロ:おかえり
お茶漬:おかえり
レオたちはそのままログアウトして寝たが、お茶漬は休憩して戻って来たようだ。
ホムラ:お茶漬も、もう一度バサン行くか?
お茶漬:生産仕込んだら寝る〜
ホムラ:はいはい。ロイに謝るというかばらす時、クランハウスに呼んでいいか?
お茶漬:どうぞ〜。僕、生産しながら見学していい?
ペテロ:私もww
ホムラ:いいが、面白いもんでも――いや、面白いか?
お茶漬:そこで否定できない当事者
ホムラ:サンバかもしれんし
ペテロ:サwンwバw
過去の中二病をつきつけられるバージョンもあったし、何が出るかわからん。仮面の効果は、異邦人と住人とで試させてもらったので検証はもういいのだが、ロイにあっさり明かしたことがバレたら、炎王がぷんすかする気がそこはかとなく。
謝る方が出向くべきだろうが、さすがにロイのところは大所帯すぎて、クランハウスにお邪魔するのは気後れする。多分、ハウス内にはロイの個室もあるのだろうが、そこが落ち着くような場所なら、雑貨屋の向かいにハウスは買わんだろう。
現実世界と違って移動が容易いという後押しもあって、申し訳ないがこっちのクランハウスに来てもらえるか打診しようと思う。
ホムラ:ただいま
ロ イ:おー、手空いたぞ〜
ホムラ:ありがとう、転移代払うんで、こっちのクランハウスに来られるか?
ロ イ:転移代くらい気にすんな!
ホムラ:では代わりに酒でも。そっち、人が多くてどうも行きづらくてな。
ロ イ:やった、酒! って……っ
ホムラ:なんだ?
ロ イ:……っ
ホムラ:うん?
ロ イ:すまん! 暁一緒でいい? うっかり酒って叫んだ
ホムラ:ロイが秘密を共有したい相手ならいいぞ。秘密を秘密のままにできるのが条件だが。
ロ イ:うん? まあいくわ。
チャットはチャットウィンドウを開いているか、チャットをオンにしておけばそのまま話しても、文字を打っても大丈夫。チャット相手が同じようにウィンドウを開いていれば、そのまま会話のようなこともできる。メールと違って、ログアウト後はログが残らないので注意。
「ただいま」
「おかえり」
宣言通り居間で作業をしているペテロ。
「おかー」
同じくお茶漬。
クランハウスに【転移】して、今度は顔を合わせて挨拶をする。
ペテロが人が少ないのに居間にいるのは珍しい。大体三人以上いる時とか、一人きりだ。薬研で怪しい毒を製造中。
お茶漬は通常運行。こっちはペテロと違って、人の声をBGMに作業をするのが好きで、うるさいと怒りつつもシンやレオがいる時、生産しながら話せる菊姫がいる時に居間にいるイメージ。こちらも怪しいものを製造中。
戦闘職なこともあり、簡易生産道具ではさすがにランクが低めのものしか生産できない。真面目に生産する時には、生産設備を置いた部屋に籠ることになる。おそらくそれぞれ、完成させたいものの素材を作っているのだろう。
「一応言っておくけど、毒にする前の薬だから安心してください」
ちらりと視線をやったことに気づいたのか、ペテロが言う。
「完成形は毒なのだな」
さすがにみんなが食事する場所で、毒は作らないらしい。
私はテーブルの上にツマミを用意。炎王ならカレー一択なのだが、ロイだとビールと唐揚げ、枝豆あたりか? 暁が来るのは確実なようだし、スルメも用意。スルメがあるなら日本酒も出そうか、こちらでは珍しいものだし、多少の詫びに。
ロイは未知の場所につっこんでいく攻略組なので、私たちと同じく自キャラを死なすことに抵抗があるタイプではないとは思うのだが――まあ、私も攻略中に死ぬならともかく理不尽に死ぬのは嫌だ。
「こんばんは〜邪魔するぜ!」
「おう」
「お邪魔します」
予想通りというか、来たのはロイと暁、クラウ。他の三人はプライベートが別というか、趣味が少し違うのだろう。シラユリ、カエデとモミジは酒より甘い物のようだし、菊姫と可愛らしいものを販売している店について情報を交換していたりする。
白い歯を見せて笑っているロイ、柔らかい笑顔のクラウ、仏頂面で斜め後ろをついてくる暁。
「いらっしゃい」
「どうぞどうぞ」
「フッ」
迎え入れる私たち。
「お茶漬とペテロはやたら機嫌が良さそうだな?」
「お気になさらず」
暁の視線に、笑顔で返すペテロ。
「あ、これ差し入れ。ところで、俺、何でホムラに謝られるのかわからないんだけど?」
手渡される生肉。おい。
後ろで暁が片眉を上げ、クラウがごめんなさいというように片手を顔の前に持ってくる。いや、うん。迷宮産の珍しい肉だな。【生活魔法】の『清潔』をかけてしまう。
「雑貨屋の前の廃墟で、うっかり巻き込み事故で殺したから」
「へえ?」
「申し訳なかった」
「いや、生き返ったし、アイテムロスもなかったからいいぞ?」
謝られたことが意外だ、のような顔で返される。
「すごいスルー力だね」
「さすが巨大クランのマスター、細かいことに拘らない度量! でも後ろの二人は引き攣ってるかもに」
ペテロとお茶漬の大きくはないが、小さくもない声。
「何であんなところにいたのだ? 暗殺予告が出ていたと思うのだが」
ソファにかけながら聞く。
「おお、料理すげぇ! だって、あそこ住むんだぜ? たくさん死んでたら怖えじゃん!」
ロイが言う。
「プレイヤーが死んでも神殿に飛んで、復活するだけでは……?」
「なんか怨念とか霊とか残りそうだろ?」
「ああ、どうぞ。霊……?」
「怖いだろ?」
「現実世界なら少し?」
こちらの世界ではクエストだと思って調べ始めるが。
「死なすならよそでって頼もうと思ってな。最初は暁とクラウに同行を頼んだんだが、聞いてくれなかった!」
「もしかして、怖いから衛兵を呼んだのか?」
「はははは」
笑うロイ。
「ちょっとホムラさん」
「うん?」
お茶漬に呼ばれて視線を移す。
「クラウと暁が大変なことになってるね」
そう言うペテロが生暖かい視線を床に向けている。視線の先には床に膝をついた二人。
「どうした? 早く座ろうぜ! 俺は早く飲みたい!」
ロイが脳天気な声を掛ける。
現実世界でなら病気を疑い心配するところだが、ここは仮想空間。
「くっそ……っ。仕留め損ねたッ! 弾数は……っ」
「やめてください! 僕にそういった趣味は……っ」
定まらない視線で目を開き、訳のわからんことを呟く。頬をつたい、鼻をつたい、床に垂れる汗。
「ちょっとこの二人、いったいどんな認識阻害うけてるの、コレ?」
「暁はゲームじゃなきゃ事案だし、クラウも事案な気配が。早く止めてあげた方がいいんじゃない?」
お茶漬が若干引き気味に二人を見て、ペテロは薄い笑いを浮かべた口元の平常運転。
「こう、ロイの反応が予想外でな」
そうか、匂わせるような事を聞いても、考えなければ――最初から正体など気にしなければ、認識阻害は受けないのか。
そうだな、阻害するべきものがない。そんなことを思っていたため、二人の様子に気づくのが遅れた。
「暁、クラウ」
「ぐ……っ」
「……っ」
私の呼びかけに、こちらを見たところで『アシャの白炎の仮面』を装着。
「は?」
「え?」
「はあああああああああああああああ?」
短い単語は二人から、叫び声は前に座っているロイから。
「ホムラ、せっかくだし白装備にしては?」
「着替えて、着替えて。サービス、サービス」
ペテロの提案にかぶせてくるお茶漬。
「何がどうサービスなのか」
そう言いつつ、白装備一式に着替える。
「レンガード……」
暁がこちらを見上げて呟く。
「意味が……?」
クラウはまだ飲み込めていないような顔。
「ええええええッ? 何で!?」
呆然としている二人に比べて、ロイは叫んでいる。
「ご近所になることだし、よろしく頼む」
とりあえず伝えるべきことを伝える。
「固まってる」
「見事な彫像キタコレ」
ペテロとお茶漬。
「本当に別人みたいに神々しくなる詐欺の現実」
「神器で揃えとるからな」
お茶漬がまじまじと見てきたので、裾を広げて見せる。
「仮面は表情が隠れるし、ホムラは造形は元々いいよ? ただ、喋ると残念なだけで」
ペテロが微妙なことを言ってくる。
「褒めてるのか、貶してるのか、どっちだ」
「中身がね」
お茶漬、「あーあぁ」みたいな顔で見てくるの止めろ。
ロイたち3人のために用意した料理だが、肝心の3人に反応がないので食べ始める。
「ビールに唐揚げは鉄板だけど、日本酒にツクネもいいね」
そう言って笹の葉の上に載ったツクネに箸を伸ばすペテロ。
鳥ルートを進んだばかりなので、鳥料理が多めだ。それとレオの釣った魚、今日は食材ルートの野菜もふんだんに。
「とうもろこしのかき揚げ、さくっと衣が軽くてグッド。甘い」
ジンジャーエールを飲みながらお茶漬。
「ロイたちには別に出すから、どんどん食べていいぞ」
そう言って冷奴に薬味を載せる私。
とりあえず胡麻と海苔。茗荷は次にしようか。
「冷奴も禁止案件」
真顔で検討し始めそうなお茶漬。
「薬味のご用意致しましょうか? レンガード様」
綺麗な作り笑いで言ってくるペテロ。
「気持ち悪いから止めろ。クランハウスは焼き串もノーカンだ」
「そこでそっとノーカンを増やす」
普通に笑うペテロ。むしろ外もノーカンにしてほしい。
「あ、一時的にハウスに鍵かけたから」
お茶漬の言葉に、じゃあいいじゃないかと焼き串を並べる私。
鍵をかけるとクランメンツしか入れなくなるので、『転移プレート』も無効だ。そもそも出入りができるのは、クランメンツ以外は許可を出している烈火とロイたちだけだが、ハルナやシラユリたちも入っているので鍵が安全だろう。
「いやいやいや?」
ロイが起動した。
「おかしいだろ! レベルいくつだ!?」
叫ぶロイ。
レベルはそう変わらんと思うぞ?




