347.バサン
ボス部屋に入ると、目の前には竹林が広がる、ここのボスは確かバサンだ。
さわさわと竹の葉が音を立て、巨大な竹に負けない大きな影が現れる。どうやら通常ボス、バサンで間違いないようだ。
「おわ、ちょっと妖怪じみてて怖えぇ!」
シンが言う。
「えーと、バサン?」
ボス登場の演出中、レオが【鑑定】をかけたようで、巨大な鳥の名前を言う。
「どんな敵?」
お茶漬が能力底上げのために『付与』をかけながら、レオに聞く。
「バサン、鳥の魔物! 以上! あとはわからん!」
なお、【鑑定】のレベルは私とどっこいの様子。
私は一度倒しているので、【鑑定】結果に今はもっと詳しく説明が出るのだけれど、ネタバレはしない方向なので黙っている。
「ケエエエエエエエッ!!!!」
青い空に向かって胸を反らし、甲高く鳴くバサン。
防御のために【黒耀】を喚び出す。菊姫は『活性薬』を飲んで、準備完了。
「いくでしよー! 【オンリーワンエネミー】」
菊姫がスキルを使い、バサンの攻撃を自分に固定する。
シンとレオが走り出し、バサンの横と後ろに陣取る。格闘系のほとんどのスキルには攻撃する方向に指定があるため、シンは前後にも動きやすい横。シーフ系の攻撃スキルは敵の背後から当てると効果が高いものが多いため、レオは後ろだ。
魔法を使う私とお茶漬は、それぞれ菊姫の斜め後ろ。お互い動きやすいようにある程度散らばって、いざと言うときお茶漬の『回復』が届く距離が基本だ。
ついでに言うと、ペテロがいるときはレオの隣、お茶漬の対角が定位置。何故ならボスが大きいと一番『回復』が届きにくい場所だから。レオと違って攻撃をくらう率が低いし、回復が必要な時は自分でお茶漬の『回復』魔法の効果範囲に移動したり、ボスの影から出て私の【投擲】がし易い位置に来る。
「わはははは! 【フィーバー・ダガー】」
「【龍】『突』!」
「レオの新技でし?」
「ああ、見たことがないな」
後ろから魔法を放ち、菊姫に答える。
レオの周りにたくさんのダガーが現れ、火を纏い、水を纏い、様々なエフェクトを放ち、次々バサンに向かう。
「密偵にしちゃ、派手だな! 【虎】『蹴』!」
「【金剛の大盾】! カラフルでし」
流石にボスの攻撃は、スキルでなくても痛いのか、菊姫が早々に盾スキルを使っている。
次に使えるまでの時間制限や、菊姫のEPを考えると多少無茶をしても早めに倒した方がよさそうだ。
「属性対応か?」
魔法を放ちつつ見ている間にも、ダガーが次々現れてはバサンに向かう。
「あ。水が弱点ですね」
お茶漬が言う通り、水のエフェクトのついたダガーが当たるとき、一番ダメージが出ている。
「付くのは俺の持ってる属性からランダム!」
笑いながら得意そうに言うレオ。
「ランダムか、じゃあ弱点に絞るわけにはいかねぇな!」
攻撃しながらシン。
「でも弱点探すのに便利。レオ、でかした」
「ひひひ」
お茶漬がレオを褒める。
「全部属性持ってるでしか?」
「おう! 全部取った!」
菊姫にレオが元気よく答える。
ん? 忍者って光属性持ってるとなれないとペテロが言っていたような? いや、なれない気がするから取らないと言ってたんだったか? ちょっと記憶が曖昧だ。レオならたとえそうであっても、スルーして変な忍者になりそうだが。
ダメージを受けてバサンが羽根を飛ばして来たのを避けつつ、攻撃の手を緩めない。うちのクランは攻撃力が突出している代わり、生命力や体力が心許ないので、短期決戦になることが多い。
「なかなかいいスキルじゃない。ダメージもボス相手に安定してそこそこだし。密偵って感じは全くしないけど」
少しご機嫌なお茶漬。
レオのスキルは効果やダメージ量が博打的で不安定なものが多く、お茶漬は戦況が読みにくいとよくぼやくので、どうやらこのスキルにホッとしている気配。
それに35層のボスなだけあって、防御力高めの相手にダガー系統であれだけのダメージを叩き出しているのは素晴らしい。
「これ、カジノで取ったスキル!」
「博打だった」
思わず口に出す私。
スキルの効果が珍しく博打じゃないと思ったら、出どころが博打だ。なるほど、言われてみればフィーバーは博打っぽい。
「あ、ダガーなくなった!」
レオのスキルが止まる。
「まって。ダガー現物必要なの?」
「ダガー1つにつき、属性1セットだぜ!」
聞いたお茶漬が一転青い顔になる。
道理で威力高めのはず。何かを消費する系の攻撃や防御は、金がかかる分、効果が安定していることが多い。
「まさか道中で言ってたお高いダガー……」
嫌な予感が。
「わはははは! ボスには派手に!」
「散財でし」
うわぁという顔をする菊姫。
「【鳳凰火炎拳】!」
真面目にコンボを繋いでいたシンの拳から、鳳凰の形をした炎が上がる。
「かーっ! 火はそんな効かねぇな。俺もカジノで火以外の派手なのとるか!」
大技を決めてニヤリと笑うシン。
「ケエエエエエエエッ!!!!」
バサンが鳴いて赤い鶏冠が燃える炎に変わり、口から火を吐いたかと思うと、その火が陽炎のように体を包み、姿を消した。
「見習わないで! あんたら、どうしてそう散財したがるの! 普通にスキル取得して!」
「イチかバチかの賭けは男の浪漫!」
「わはははは! 浪漫だぜぇ!」
キレ気味なお茶漬に二人が朗らかに答える。反省の色はない。
「年中素寒貧でし」
「移動代と消耗品代くらいは残しておけよ?」
この二人が闘技大会で着ている装備以外を賭けた過去を思い出し、思わず忠告。
バサバサという羽音。揺れる竹、落ちてくる葉。
「ぎゃっ!」
背後に現れたバサンからシンが攻撃をくらう。バサンの羽根がシンにまとわりつき、爆発。
「びゃっ!」
次にレオ。こちらは、火のような吐息をくらい、【暗闇】の状態異常。
シンやレオが振り返ったととき、すでにバサンの姿はなく、先ほどと同じバサバサと音だけが響く。
「卑怯者ー!」
シンが地団駄を踏み上に向かって叫ぶ。
「どこだ!」
レオが真上に【投擲】。投げた石が無事自分の顔面に落ちてくる。
「回避不能? それとも何か徴候ある?」
お茶漬が二人を回復しながら聞いてくる。
「今気づいたが、降っている葉に赤い葉が混じっているな」
これで出現場所を予想するのか。
ソロの時は思い切り気配で斬ってた私です。白たちもそうだったし、おそらくどちらでもいいのだろう。ゲーム的にはこの赤い葉が目印。
「逆光で見づらい」
お茶漬が上を見上げて言う。
「あ、見つけたでし! ある程度下までこないと見えない仕様でし?」
菊姫にも見えたようだ。
「ごふぁるぁ!」
そして変な悲鳴をあげて潰れるシン。2回目。
はらはらと落ちてくるたくさんの葉に、いくつか赤い葉が混じる。次にバサンが出る場所。
「ちょっとギリギリなんですけど……っ!」
「いやんでし!」
だいぶ下までこないと赤い葉の見分けがつかないため、素早さの低いお茶漬と菊姫は、わかってはいるものの、背後に現れるバサンの攻撃を避けるのが大変そうだ。
「『回復』かけてる余裕ないし、そもそも届かなくなるから、バサンの姿消えてる間は自己回復よろ!」
そう言いながらお茶漬が赤い葉から逃げ、それぞれの距離が離れる。
「あいよ!」
「おー?」
二人から返事が戻る。
なお、私と菊姫はバサンの姿が消えた時点で自己回復済み。そして私は『ヴェルナの闇の指輪』の能力半減があっても余裕で避けられる。
バサンは【縮地】持ち。【縮地】は、地面自体を縮めることで自分のいる場所と目的地を接近させ、瞬間移動を行うという仙術が由来の移動法のことだ。背後に現れ、攻撃した途端【縮地】で離れ、姿を消すを繰り返している。
「レオは回復薬を持っているのだろうか……」
「怖いこと言わないで!?」
ぼそりと呟いたらお茶漬が嫌がった。
「有り得そうなことでしねぇ。薬持ってないか、自分のHP減ってるのに気づいてないのか……」
うんうんと頷く菊姫。
「雷と光は当てられるが、たいしたダメージが出んな」
「遠距離物理ィ!!!」
お茶漬が叫びながらバサンの攻撃を避ける。そのバサンに出現を予測して放った私の魔法が当たることは当たる。
お茶漬の叫び通り遠距離物理、弓か【投擲】、魔法なら【金】か【錬金】一部【土】あたりでしかダメージを与えられないのだろう。だが、それらの魔法は発動してから敵に届くまでラグがある。バサンに当たらん!
「ぎゃあああっ!」
「きゃーでし!」
羽根まみれになるシン、菊姫。
「菊姫はともかく、シンはくらいすぎでしょう! って、ひゃーっ!」
人を気にして攻撃をくらうお茶漬。
自己回復の余裕がなさそうなお茶漬に『回復薬』を投げる私。
「わはははは」
笑いながら避け続けるレオ。
「って、だんだん赤い色が増えてないか?」
「増えてる、増えてる! 絶対増えてる!」
お茶漬が必死な形相で答える。
「何か止める方法が……。あった!」
竹林の中、上の方に赤く光る竹の節が一つ。
「どう考えてもこれだろう……っ!」
【金】魔法Lv30『ミスリルの槍』。もう少しスマートな魔法にしたい気はしたが、ここは遠距離物理を選ぶ。
めりっと音をたて、『ミスリルの槍』が当たった場所から竹が二つに裂ける。その裂けた竹の間にバサンが姿を見せ、甲高く鳴く。
「ようやく出てきたなこの野郎!」
「お返しに、羽根むしる!」
途端に元気になるシンとレオ。いや、ずっと騒がしかったが。
《お知らせします。迷宮蒼天ルート地下35階フロアボス『バサン』がレオ他4名によって討伐されました》
《ボス初撃破報酬『陽炎の蕾』を手に入れました》
《称号【蒼天の射手】を手に入れました》
《バサンの羽×5を手に入れました》
《バサンの肉×5を手に入れました》
《バサンの鉤爪×4を手に入れました》
《バサンの魔石を手に入れました》
《バサンのシトリン×10を手に入れました》
《『バサンの羽飾り』を手に入れました》
「パーティー初なのか?」
ロイたちあたりが取得済みなのかと思っていたのだが。
「進んでるのはロイと炎王のところだけど、獣ルートみたいね。ここは黒百合のとこがやってるみたい」
「なるほど」
相変わらず情報通なお茶漬。
「【蒼天の射手】って――弓なんか持ってねぇ!!」
称号効果を確認したシンが叫ぶ。
効果は名前から連想する通り、弓の命中補正とダメージアップ。
「わはははは! 無駄、無駄、無駄〜!!」
笑うレオ。
「誰かにあげたいでしねぇ」
菊姫。
称号効果の重複はないようで、そこも微妙。
「こう、パーティー全体に効果発揮されましても……」
困惑する私。カミラが帰って来れば、一応役に立つ称号なのか? カミラも魔法の方が使い勝手がいいようだが。
「うちのパーティー、誰も持ってないですね!」
投げやりに言うお茶漬。
「ペテロ、弓のスキル持ってるぞ。派生させる気はないだろうが」
「持ってるの?」
お茶漬が意外そうに聞いてくる。
「持ってるぞ」
せっかくあるので、初期スキルだけだが上げているとは聞いている。私の剣士でとった【スラッシュ】のような扱いだ。
「そういえば最初は弓使い目指してたでしね」
「弓を持ってる人が称号漏れの事故発生」
菊姫とお茶漬。
外に出るとペテロとロイから言付けが届いていた。宿屋に向かいながら連絡を入れる。
ホムラ:ロイ、まだ起きてるか?
ロ イ:おー! 迷宮攻略のクラン会議中! 蒼天攻略おめ!
ホムラ:ありがとう。私が休憩ログアウトして戻ってきて、手が空いてたら時間取れるか?
ロ イ:オッケー、オッケー
ということになった。
ホムラ:ペテロおかえり。
ペテロ:ただいま、おかえり。バサンクリア? 35層だっけ?
ホムラ:うん。弓強化の称号がでましたよ?
ペテロ:いらないwww
ホムラ:今から休憩ログアウトして、ロイに謝った後になるがバサン行くか?
ペテロ:大丈夫なの?
ホムラ:明日は休みだ。
ペテロ:行く。
ということになった。
宿屋につくと「おやすみ!」と叫んでレオが急いでベッドに倒れ込む。もういい時間だし、シンも菊姫もこのまま寝るそうだ。お茶漬は風呂に入って来るそうで、その後は別行動。
私もベッドに潜り込んで、休憩ログアウト。
そして全員――おそらく本人も含めて――レオが『回復』魔法を持っていることを忘れていたことに、現実世界で気づく私。
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・増・
称号【蒼天の射手】
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