346.『赤雨大鷹』
「さて、揃ったところで何処へ行く?」
シンのためのクレープを焼きながら聞く。
リクエストはバナナブラウニー。バナナと生クリーム、チョコブラウニー入りでチョコレートソースもたっぷり。
「ホムラのアイスも美味しいでしよ」
「アイス、アイス、アイス、みんな!」
菊姫の一言に騒ぎ出すシン。何がみんななのか。
「バニラかチョコか?」
「バニラ頼む! 行きたいとこは戦闘あるとこ! クエストならスッキリしねぇのはヤダ!」
渡す直前でアイス追加。
割のいいクエストもあるが、あちこち行かされたり、話を聞いたり、護衛だったりと、なかなか面倒でスッキリしないものが多い。
「カーッ! 仕事からの解放感!」
がぶっと豪快にいって、ビールの後のような事を言うシン。
「塩キャラメルアイス乗せもいいですねー。甘じょっぱいの優勝でしょう。僕は『属性石』取れればどこでも」
お茶漬は私が食べていた塩キャラメルにアイスを追加したものをお代わり。
「俺は金が貯まるとこ!」
「無駄遣いしなければ貯まるでしよ。あてちも風の『属性石』ほちいでし」
レオはチキンマヨ、菊姫はレモンバターに粉砂糖を散らしたもの。
私は、砂糖なしの生地に卵を落としてちょっと崩し、ハムとピザ用チーズ。チーズとハムのしょっぱさがたまらん。
「私は【エンチャント】のレベル上げかな。『風属性石』なら迷宮行ってズーか? いっそグリーンヒドラの先に進むか?」
このメンツで迷宮三十層のボスグリーンヒドラまでは倒している。妖精ルートの方が『属性石』のドロップは断然多いのだが、生憎進めていない。
グリーンヒドラの先は鳥・蛇・妖精ルートに分岐する。正しくは蒼天・天鱗・幻想ルートだが、出る敵の傾向で呼ばれることの方が多い。あとは、そのルートで有利な職の系統――まあ、プレイヤーがいいように呼んでいる。
「ああ、鳥の魔物なら『風属性石』期待できるね。火ほどじゃないけどお高めだし、迷宮にしようか」
お茶漬が言って、そういうことになった。
で。
「ぶああああああああっ!!!」
「ぎゃあああああ!!」
シンとレオの悲鳴が響く現在。
「酸が降ってくるのエグいですね」
お茶漬が少し引きながら『回復』を配る。
『赤雨大鷹』という、赤い色をした酸を降らす敵が上空を旋回する。
「降りてこい! 卑怯者〜〜ッ!!」
上に向かって怒鳴りながら、どすどすと地団駄踏むシン。
「わはははは! ごっ!!」
その横で拾った石を投げてるレオ。届かず、落ちてきて自分の顔面に喰らってるが。
『赤雨大鷹』は通路に出た時はそう面倒な敵ではない。ただ、広間のような天井の高い空間に出た時が厄介。
広間の天井は高めで、氷柱のようなものが下がっている。そしてその氷柱のようなものが、私の魔法やシンの【気弾】を明後日の方向に向ける。一緒に出てきた地上にいる敵に当たったり、私たちの方に飛んできたり。氷柱に当てる角度かとも思ったが、氷柱に当たらなくとも一定の高さで不規則に跳ね返される。
『赤雨大鷹』のために誂えたような場所だ。そして実際そうなのだろう。
「しかも回復してるっぽいな?」
一周旋回するごとに、淡く輝く。その光はお茶漬の『回復』と同じ光。
「確実にしてますね、アレ」
「面倒でしねぇ」
お茶漬と菊姫。
白たちと来た時は、【誘引】で引きつけ、サクサクと屠ったのでこんな厄介な敵だとは思っていなかった。
「感覚的に残りHPが100切ったあたりで、上に逃げて旋回っぽいですね?」
「一気に削らないとダメか」
一度の攻撃で100以上から0になるように。
「その前に、最後一回で削れるように敵のHP残量調整要りますね」
お茶漬が言う。
「残念、ペテロが留守」
そういう調整は、さまざまな攻撃方法を持っているペテロが得意。私は魔法の威力が上がりすぎていて、微調整が難しい。
「シンとレオを教育しないと……」
「ガンバッテ」
「覚えた頃にはボス前でしね」
騒いでいるシンとレオに目を向けるお茶漬に、私と菊姫。
覚えるまで事件事故が起こるが、コツを覚えた後はサクサク行くのがシンとレオ。シンは理詰めで説明して、自分が納得すれば早い。レオは――突然悟るタイプと言っておこう。
「ここ遠距離物理ルートだから、弓ならいける気がする。いないけど」
「いませんな」
詮ないことを言うお茶漬にダメ押しする。
この妖鳥ルートは別名遠距離物理ルート。敵が遠距離物理攻撃に弱く、弓職などに有利なルートだ。弓職がいない私たちが、なんでこのルートを進んでいるかと言うと進み始めた時には詳しいことを知らなかったから。
「レオは【投擲】どうしたでしか?」
「金がない!!!!! 高っかいダガーならある!」
レオから勢いのいい返事。
「石ではできないの?」
お茶漬が続けて聞く。
「あっ!」
短く声をあげるレオ。
「……」
私も【投擲】あるんですが。
完全に薬投げ用だと思っていたんで、思考回路が攻撃用に繋がらん。実際回復薬をお茶漬のフォローで道中投げてるし。一人足らんまま進んでいるので結構攻撃をくらうのだ。
「わはははは!」
ただ投げただけでは届かなかったレオの石が、『赤雨大鷹』に綺麗に当たる。氷柱に跳ね返されることもなく、スコンと。ただその辺で拾った石のせいか、ダメージは大したことがなさそうだ。
「なるほど、【投擲】も遠距離物理。これはどうかな?」
【錬金魔法】で『短剣』を出す。
【錬金魔法】は一時的に剣などの武器や、盾などの防具を出す魔法。今のところ使い道は微妙なのだが、もしかしたら武器防具の耐久を減らすような敵が出る場所で有効なのかもしれない。自分以外に使えるようになれば、だが。
現れた『短剣』はシーフの初期装備。それを【投擲】。うむ、【投擲】は遠距離回復ではない。
「おお! けっこうダメージいってるっぽいじゃん!」
当たった私の攻撃を見てシンが言う。
「そういえば【投擲】持ってましたね。持ってるなら早く使って下さいホムラ先生」
「すまん。思いつかなかった」
私の【投擲】は完全に薬投げ用でした。お茶漬も絶対そう思ってた気配がする。
【錬金魔法】で作りだした『短剣』は、氷柱に邪魔されることなく『赤雨大鷹』に吸い込まれた。予想通り、魔法ではなく物理扱いのようだ。というか、そういえば。
「【金】『ミスリルの槍』!」
落ちながら光の粒に変わる『赤雨大鷹』。
「あ、それも通るんだ」
お茶漬が言う。
「割と緩いようだ」
遠距離物理の括りとは。
「僕らみたいに弓職いないパーティーも多いしね。多少抜け道残しておかないと進めにゃい」
お茶漬が言う。
「でも【金魔法】って結構マイナーじゃねぇ?」
「ホムラみたいに色んな魔法使える人、あんまりいないでし」
シンと菊姫。
「あくまでも弓! ここでは弓が最強! わはははは!」
「レオは職業的に投げるものポッケに持っといて」
キリッとした顔で言うレオに、お茶漬。
「なんか前に来た時投げすぎた! 金がごりごり減った!」
「ご利用は計画的に……」
そういえば投げなくてもいい時に、止めとか言ってレオがポーズをとりながら投げていたことを思い出す。
『赤雨大鷹』は出るが、広間は少ない。【金魔法】が有効なことがわかったのもあって、その後は滞りなく――いや、『赤雨大鷹』のHPを削る練習をシンとレオにしてもらったので、結構時間がかかった。
「かかかか! 『赤雨大鷹』、恐るるに足りず!」
シンが機嫌良く笑う。
私が魔法を入れて多めに『赤雨大鷹』のHPを削り、シンが繰り出す技を組み替え、微調整しつつも威力の上がるコンボの最後の技で倒す。上手くいくとだいぶ爽快らしい。
レオが調整する時は、最後を決めるのは私。シンのコンボは攻撃を繋げるほど威力が上がるものなので、いきなり大技とはいかないのだ。
「俺も大技欲しい〜!」
レオが叫ぶ。
「あるでしょ、安定しないのが」
「調整いらない敵に使うでしよ」
お茶漬と菊姫が言うように、レオにも大技はある。ただ、威力が気まぐれというか、全く安定しない。一撃で倒すこともあれば、ほとんどダメージを与えられないこともある。
「その安定しない威力はスキルのせいか、武器のせいか、どっちだ?」
ペテロが防御0、攻撃倍増ドン! みたいな捨て身な感じのレオ作の武器を使っていたことがあるので、聞いてみる。
「両方!」
疑問に返ってきた答えがこれだ。
「まさか、全部博打で揃えてるの?」
隣でお茶漬が慄く。
「色々へんなのあるぜぇ? ダメージ倍、自分のダメージも倍みたいなのとか、使うと自分が凍るやつとか!」
楽しそうなレオ。
「それは僕がいない時に使って」
ドン引きのお茶漬。『回復』頑張れ!
「ボス部屋みっけ!」
角の先を覗き込んだシンが声を上げる。
「ボスやるでしか?」
菊姫がたずねる。
「眠い!」
「レオが寝落ちしそうだからボスやって終わりにしようか。戦闘おしまいなら死に戻ってもいいでしょ」
一言レオが言うと、お茶漬が後を継ぐ。
「俺のせいで、ちっと始まるのが遅かったしな」
シンが頬をかく。
「気にするな、時間が不規則なのは私もだ」
それでもこのメンツで集まって遊べるのだから、短くても嬉しい。
ボスをやることに決まり、装備の確認を兼ねた休憩。
「薬草系と『風の属性石』のドロップなかなかいいですね」
お茶漬はほくほくしている。
「菊姫、『風の属性石』いるか?」
「いるでし!」
「わはははは! 俺のもやろうぞ!」
「買うでしよ。あてちよりお金溜まったらもらうでし」
シンとレオ、菊姫の会話を聞いて『火竜グラシャの剣』を思い出す。
「菊姫、普通の剣って使うか? 両手でも片手でも使えるやつだが」
「いらないでし、盾にできないから大剣じゃないとダメでし。趣味的にもでっかい武器がいいでし!」
「ですな」
クランメンツの武器の好みははっきりしている、機能を優先するのはお茶漬くらい。私も両刃の剣は使わんし、『火竜グラシャの剣』はイーグルに聞くだけ聞いてみよう。最終的に炎王に行く気がするが。使用武器の系統的にも色的にも。




