345.クレープ
「主、詰所の件ですが……」
さて動き始めようと立ち上がったところで、カルに話しかけられる。
「ああ、何時頃になった?」
同じく立ち上がって、私の方を向いたカルに尋ねる。
詰所には、私がやらかした時にこちらで夜中だったことと、ログアウト前だったことが重なり、ちょうど会ったカルに『蘇生薬』と『回復薬』の差し入れを持って、今日謝りに行くためのアポをお願いして欲しいと頼んでいたのだが――。
「心臓に悪いので勘弁してくださいと、大変な勢いで辞退されてしまいました」
申し訳なさそうにカルが続ける。
「ジジイが行っただけでも固まってたじゃねぇかよ、可哀想に」
ガラハドがカルを見ずに小声で呟く。
お使いの人選、人選を誤った気配! 居合わせた衛兵さん、重ねてすまん。
「あだだだだだだ!」
私の方を向いたまま、カルが座っているガラハドの頭をわしっとつかんでギリギリ締め上げる。
「主の気がすまないかと思い、勝手ながら定期的に『回復薬』などを届ける話をまとめて参りました」
「ああ、ありがとう」
カル、有能!
満足そうに微笑んで軽く頭を下げてくるカル。それを見てすごく嫌そうな顔をするマーリン、カルの指から解放されて頭を押さえているガラハド。ガラハドの額に指の痕を見る私。
「相変わらずですね」
少し、私の願望でなければ少し嬉しそうなレーノ。
そう言うわけで詰所に謝りに行くという予定が一つ潰れたが、暗殺者ギルドには予定通りにお邪魔。
「あー」
そしていつになく歯切れの悪い権さん――暗殺者ギルドの長。
何だ? 今回は絵面を考慮して、忍者装束は控えたのだが。前回、この薄暗い空間で一見普通に見えるこの目の前の男と、忍者で対面している自分の絵面のシュールさにハタと気づいて反省したのだ。
ジョンドウと名乗って、すぐにジョンスミスでもいいと付け加え、初対面であからさまな偽名を告げてきた男。名乗った名前はどちらも日本風に言えば名無しの権平さんである。中肉中背、特徴のない顔は、果たして本当の姿なのかも分からん。
「『黒の暗殺者』が一緒に行動するのを承知したのも、『雑貨屋』が参戦したのもイレギュラーだが、確かに条件はクリアしてる」
目が死んでいるジョンドウ。元々だが。でも今日はお疲れだな、肩でもお揉みしましょうか?
私の暗殺者としての仕事量では、一度に大量の依頼を受けることも、実入りの良さそうな依頼を受けることも出来ない。今回のことは、言うなれば暗殺者として高レベルなペテロに、高レベルなクエストに連れて行ってもらって、パワーレベリングをした状態だ。
――パワーレベリング、高レベルな人の助けを借りて経験値を稼いでレベル上げをすること。私の場合、経験値自体は自分で稼いだのだが、あまり褒められたことではない。
暗殺者になることで得たのは【隠蔽】。初仕事で得たのは【幻術】【糸】。『白焔の仮面』をかぶっている時はいいが、外した状態のステータスの【隠蔽】、探索や捕縛に便利な【糸】はもはや手放せない。【幻術】で覚える『認識阻害』がメインで、あとは馬の気を引いたり、闘技場で姫さんの気を引いたりにしか使っていないので、失くしてもなんとか。今はクズノハが『認識阻害』付きのお面を作ってくれることが大きい。
一応、大規模イベントで【暗殺者】独自のスキルを手に入れて覚えたので、他も消えることはなくなってるはず――なんだが、最初に提示された条件をクリアしておくに越したことはない。
これからエルフの大陸にも行くし、とても暗殺者稼業に力を入れている暇がなく、斯様な仕儀になり申した。うっかりなってしまっただけだしな。
「ギルドの場所を明かす以外は勝手にしろ。今後ギルドはこっちが出した依頼で以外はサポートしねぇ、金を払えば別だがな。場合によっちゃ、アンタを暗殺する側に回ることもある」
そう言って一枚の書類をテーブルに滑らせるジョンドウ。
「暗殺請負許可証……。うをっ!」
手元に来た書類に目を通し終えたら燃え始めた。炎が上がるような燃え方ではなく、オレンジの線が端から進み始め、進んだ後が紙の形を保ったまま黒く焼け焦げてゆく。
この書類は自動的に消滅する、スパイのお約束である。いや待て、スパイ?
自動消滅は置いておいて、おそらくこれで個人で依頼を受けられるようになったのだろう。何もなくても殺せるが、それをするとシステム的に自分のカードが赤くなってバッテンがつく。姿を見せないよう上手くやったとしても、ギルドカードを見せると衛兵を呼ばれることになる。ちなみに、赤くなっている人は問答無用で倒してもいいそうです。
先日衛兵さんを巻き込んだ時は、あの時あの場所に立ち入った者全員が暗殺対象だったため赤くもならずバッテンもつかなかったが。むしろ3人討ち漏らし扱いになっている――ペテロに笑顔でメニューで確認しなさい、と言われて確認した結果なので間違いない。廃屋の打ち壊しを兼ねて綺麗に瓦礫にしたから、他の者が逃げたということもないだろう、たぶん。
だが覗きの犯人が暗殺対象だったはずで……。ロイと衛兵さん二人には覗き魔のレッテルが貼られたと言うことだろうかと考えて、微妙な心もちになったのは内緒だ。
なお、ギルドカードの件というか、犯罪者カウントは、殺った者が対象を蘇生させた場合はセーフのようだ。そこに至るまでに暴行などの他の犯罪はカウントされるそうで、なんとも不思議な気はするが、蘇生があること前提のゲーム仕様だ。まだ『蘇生薬』を持っている者は稀だし、蘇生の魔法やスキルの話も聞かないが。
私はカジノで何本か手に入れている。ペテロ、カルやガラハドにそれぞれ微妙な顔をされながら、昼間から「今夜建物内にいる方は暗殺します」の張り紙をした上で、保険で『蘇生薬』を持っていった――【ストレージ】に入れっぱなしとも言う。正直、使うとは思わなかった。
「で、最後にギルドから贈り物だ」
ジョンドウが軽く手を挙げると、暗がりからいかつい男が箱を持って現れ、私とジョンドウを隔てる机に置いて下がった。
濃い茶色に染められた、正方形で浅い木の箱。
「選びな」
短く告げられ、置かれた箱を手元に引き寄せて開ける。
中は小さく区切られ、スキル石が並んでいた。鉱物標本のようだな、と思いながら石を見てゆく。【毒薬調合】【毒魔法】【呪術】【暗器】【影潜り】【幻影の刃】【パラライズクロー】【鷹の目】【潜伏】【目眩し】【脱兎】……。
勿体ぶった感じで出されたが、初仕事のクリアで提示された物が並んでいるという。これはあれだ、私が色々飛ばした弊害だな。おそらく、きちんと段階を経ていれば初期の頃に候補に出て消えていたはずの物ではないかと思う。
――どれをとってもペテロと被りそう疑惑。【鷹の目】とか【脱兎】あたりは被らない気がするが、遠距離物理ではないし、逃げるより殲滅したいので私にはどちらも用がない。的が小さいならば、攻撃手段の方を広範囲にすれば当たるしな。格闘系ではないし、【パラライズクロー】もいらぬ。
奥の物から手前の物へと目でたどり、一つ気になるスキルを発見。これは当たりだ。
「これを」
選んだスキル石に指で触れると、粉砂糖がお茶に溶けるように崩れた。
「ふうん? 【影の領域】か」
「ああ。他はあまり使いそうにないんでな」
【影の領域】は私の影、もしくは私の作った影にHPとMPの回復効果をつける。対象は自分以外の味方――パーティー及びアライアンス、呼び出した召喚獣など、だ。これの何がいいかって、自動発動なところと【影の領域】自体にはレベルがないところ。効果は私と受け手側の【闇属性】との親和性。
「暗殺集団でも作る気なら、あちこち筋は通しとくんだな」
「いや、そんな物騒なものは作る気はない」
スキル効果を覚えておいて効果的に使うのが面倒なだけです。
じゃあ、何で選んだ? と若干不審な目を向けられたが、正直に白状はしたくないので静かに笑って誤魔化す。
この【影の領域】は【闇属性】を多く持つリデルやバハムート、夜に属するミスティフの白と黒、鬼たち、ペテロ、びっくりすることにレオとかに効果大なはず。素晴らしきかな自動発動。暗殺関係のスキルは身バレ防止のため、オンオフができるが発動させたままいく所存。
思いのほかいい物をもらったと上機嫌で外に出る。暗殺者ギルドから離れるために、散歩がてら少し歩く。ロイから「悪イ、迷宮! 落ちる時時間あったら!」のメッセージが届いた。これは、迷宮に入ったら時間がかかるのは分かっているので予想通り。
時間が空いたな、と思いながらクランハウスに移動。
「きゃーーーでし! レオは触らないで欲しいでし!!!」
「わはははは! 焦げた!」
「ひぇ! これ焦げで済む問題じゃない……。ゴホッ」
途端に騒がしい声が飛び込んでくる。レオがデスペナ中ならクランハウスにいるかなとは思ったが、みんないた模様。
「うっ」
そして鼻を刺激するツンとした臭い。
「何をしてるのだ、何を?」
鼻を押さえながら3人で何かしているキッチンへ。
「あ、ホムラ! いいところに来たでし!」
必死な様子の菊姫。
「ホムラ先生! 助けて!」
ドン引きのお茶漬。
「わはははは! 我ながらダメなものできた!」
何か紫がかった茶色い物体を持って楽しそうなレオ。
「刺激臭の元はそれか!」
料理? 料理なのか、もしかして?
「早く葬るでしよ!」
「食べるなら外で食べてきて」
なかなかヒドイことを言っている二人。だが、同意だ。
ひとしきりレオの生成した物体エックスを囲んでぎゃあぎゃあと言い合い、落ち着いた現在。
「は〜〜。これですよ、これ」
「これがクレープでしよ」
しみじみと言うお茶漬と菊姫。
「さすが美味いな!! オレのはちょっと砂糖入れすぎたのかな?」
「砂糖の入れ過ぎで何故刺激臭……?」
どこまでも前向きで明るいレオ。
ことの発端は菊姫がクレープを作るための焼き台など一式を、クエストで貰ってきたことだったらしい。「素材はそのクエストを受けた店で買うこと」という制約はあるものの、評価4といういわゆる普通の味までであれば【料理】のスキルを持っていなくても、誰でもできると言う触れ込みだ。
まあ、ちょっとやってみたくなる気持ちは分かる。生地に穴を空けず丸く薄く伸ばして、綺麗に剥がすのは楽しい。
「苺生クリームにアイス、幸せでし」
菊姫の食べているものは、生の苺といちごのソース、生クリームをくるくる円錐に巻いて、上にアイスを盛ったもの。アイスにはクッキーを刺して、苺で囲ってある。
「【料理】持ってれば評価8、素晴らしく美味しいですね!」
自分で作ることに懲りたっぽいお茶漬のものは、チョコと生クリームとほろ苦いクッキーを割り入れたもの。やっぱり上にアイス、ベリーソース。
もぐもぐとご機嫌に食べているレオは、チョコクリームに苺。菊姫とお茶漬のオーダーを聞いて、迷った末に合体した結果。
私はバターを塗った生地に塩キャラメル。丸めずに三角になるよう折ったもの。バターの風味と、塩キャラメルが絶品。
そしてシンがログインして来て、また自分で焼くチャレンジが始まるのだった。
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・増・
スキル【影の領域】
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5/14ちょっと書き足し修正。




